西アフリカウィルス熱
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
今年も運動会の季節がやってきた。毎年、私にとって悩みの季節が来る。そう、毎年欠かさず、運動会では詩音とポッチがいたずらを仕掛ける。詩音は幼稚園の時担任だったし、それ以上に生まれたときから和恵とあきらの子供なのでよく知っている。だから、彼女の行動パターンはわかっているつもりである。でも、毎年想像を絶する作戦でいたずらを仕掛けてくる。そして、毎年防ぎきれずにやられている。
今年も、予告状が届いている
「響子先生、運動会もうすぐだね。楽しみにしててね。詩音&ポッチ」
何が楽しみなのかは明白でいたずらのことである。しかし、そのいたずらのターゲットは私であり、楽しめるわけがない。
彼女たちのいたずらの傾向はわかっている。科学的ないたずらを仕掛けること。自らは手を下さないで、誰かに実行させること。そして、プロジェクトメンバーが絡んでいることである。
そのため、私は今年は先手を打った。まず、2年連続でいたずらの黒幕となっている三条教授を運動会に来させないようにした。しかし、幸いにも別件で忙しく今年は来れないとのことだった。これで、首謀者を遠ざけることができた。そして、昨年来、いたずらにしょっちゅう絡んでいる実行部隊の冬子を遠ざけた。彼女には商店街からもらった一泊二日温泉旅行券を渡して出かけてもらった。冬子は、母親と喜んで出かけていった。残るは文科省コンビの大橋女史と南だ。ふたりとも今年も来るという。これは断れなかった。そこで、くるのはいいけどいたずらしないことと誓約書を書かせて参加してもらうことにした。もちろん、そんな誓約書などプロジェクトメンバーのことだから、口先三寸でほごにされる可能性がある。だが、やらないよりましだ。それに、今回は前山先生と川上先生にこの二人を見張ってもらうことにした。これで、プロジェクトは手も足も出なくなる。
万全の準備をして運動会当日を迎えることとなった。
しかし、今年は少し様子が違った。ポッチがマスクをして赤ら顔で登校してきた。それを心配そうに詩音がつき添いながら教室に入ってきた。
響子 :「ポッチどうしたの?」
詩音 :「どうも風邪みたい。昨日から変なの。でも、なんかちょっと風邪じゃないような気がするの。よくわかんないけど。」
ポッチはごほごほと咳をする。
響子 :「熱はないの? 大丈夫?」
詩音が代わりに答える
詩音 :「ちょっとあるみたい。37度ちょうどくらい。」
響子 :「なら、すぐ帰りなさい。」
ポッチ:「大丈夫。これくらいなら。クラスのみんなに迷惑かけたくないし両親も楽しみにしてるので。ひどくなったら帰るから。せっかくの運動会なので出させてください。」
ポッチは声も枯れ気味で返事をする。
詩音 :「ということで、今年は先生の期待に添えないかもしれない。私、ポッチについてるね。」
そう言って心配そうにポッチに寄り添う。
響子 :「あんまり無理しないでね。少しでも調子が悪くなったら言うのよ。」
ポッチ:「うん」
そう言って、ポッチは席に着いた。詩音が心配そうに見ている。
これでは今年はいたずらは無しね。私はそう思い、ほっとするとともに、少し残念な気がした。
それでも午前中の競技は頑張ってポッチは参加した。どうやら風邪薬を飲んで頑張ったらしい。だけどお昼近くになって、本部席に詩音がポッチを伴ってやってきた。
詩音 :「ちょっと、やっぱり無理見たい。午後はお休みさせて。」
そう詩音は言ってきた。
響子 :「それがいいわ。今日は帰りなさい。詩音、送ってってあげて。」
詩音 :「うん、でも、一応診てくれない? つかささんもいるし。」
今日は運動会ということで花の丘病院から看護師さんが来ている。その看護師さんがいとこのつかさだった。
響子 :「つかさ、ちょっと診てあげて。」
つかささんがポッチの様子を見る
つかさ:「う~ん、ただの風邪だと思うけど。」
詩音 :「でも、つかささん、お医者さんじゃないから。ポッチの体考えると松井先生呼んだ方がいいと思う。」
つかさ:「大丈夫と思うけど。でも、松井先生呼んでみるね。病院で待機してるはずだから。」
そういって、つかさは電話をかけて病状を説明する。
つかさ:「すぐ来てくれるそうです。ちょっと待っててね。」
そして10分くらい待って、先生が来た。でも、松井先生でなく女の先生だった。
詩音 :「番井先生! なんで、わざわざここに?」
番井先生は普段は東京の淳典堂病院で副院長を務める、日本でもトップクラスの高名なお医者さんである。でも、忙しくてめったに患者さんを見ることができない人でもある。私は訝しげた。どうやら詩音もそう思ったようだ。
番井 :「いや、ちょっとポッチの症状が気になるので来たのよ。主治医だしね。」
そういって、ポッチの診察を開始した。
番井 :「やっぱりね。困ったわね。」
聴診器を耳から外してぼそっと呟いた。
詩音 :「何がやっぱりなの?」
番井 :「西アフリカウイルス熱の疑いがあるわ。つかささん、ポッチの採血をお願い。」
詩音 :「西アフリカウイルス熱? 何それ?」
番井 :「西アフリカで発生する風土病の一種ね。はしかとか水疱瘡みたいな病気なのよ。」
詩音 :「でも、なんでポッチがその病気にかかるの?」
番井 :「近頃、アフリカから動物を輸入しなかった? よくポッチは世界各地から珍しい動物を取り寄せるわよね。」
詩音 :「そういえば、先週、西アフリカから蛇を取り寄せたっていってた。」
番井 :「それよ。ウイルスは動物を媒体にして感染することがある。鳥インフルエンザとかね。それで、うつったのよ。」
詩音 :「ええ!、大変~。原因不明の風土病にかかっちゃったってこと?」
番井 :「いえ、原因はわかっているわ。西アフリカウイルスよ。でも、薬がないのよね~。ワクチンもないし。」
詩音 :「じゃあ、このままポッチ死んじゃうの?」
番井 :「それは、おおげさ。さっき言ったでしょう。はしかみたいなものだって。薬がなくても自然に治る病気。感染力は強いけど、子供なら、そんな重症化しないわ。はしかにかかったって思って大丈夫よ。」
詩音がほっとする。
番井 :「とりあえず、ポッチを保健室に寝かせてあげて。つかささん、連れてってあげて。」
響子 :「なら、私が連れていきます。」
私はそういってポッチを連れてこうとした。
番井 :「待って! 動かないで!」
響子 :「え?」
番井 :「まだ説明が終わってないわ。とりあえず、つかささん、ポッチを連れて行ってあげて。他の大人は動かないで。」
響子 :「どういうことですか?」
番井 :「あなたたち、濃厚接触者だからよ。わかってないわね。はしかなのよ。はしかって大人がかかると重症化するでしょう。しかも西アフリカウイルスの免疫持ってないじゃない。こっちは大問題なのよ。」
来賓の方々がどよめく。
番井 :「大丈夫、屋外の開放的なところで10分くらい接触したってうつらないわ。念のため、手洗いうがいをしてくださいね。」
来賓の方々がほっとする。
番井 :「だけどね。先生方は違うでしょ。特に担任の泉先生はポッチと濃厚接触しているわ。なので感染の可能性が非常に高いわ。」
響子 :「私たちが感染しているってことですか?」
番井 :「可能性があるわ。だからむやみに歩かないでほしいの。感染が広がるから。」
前山 :「大人が感染するとどうなるんですか? まさか致死率の高いウイルスとか。」
私は前山先生の話を聞いて事態の深刻さを少し理解した。
番井 :「う~ん。死亡例はあるけど、何か重篤な持病があって合併症で死ぬ場合がほとんどだわ。だからめったに死にはしないわよ。」
前山先生がほっとした顔をする。
番井 :「でもね、生殖細胞がやられちゃうのよ。」
詩音 :「生殖細胞?」
番井 :「わかりやすく言うと発病すると子供ができなくなるわ。」
響子 :「!」
私と前山先生と川上先生が青くなる。
川上 :「ワクチンとか薬とかないんですか?」
番井 :「さっき説明したと思いますが。ワクチンも薬もないです。」
前山 :「助からないってことですか?」
番井先生がうつむく。
響子 :「冗談でしょ。なんでこんなことになるのよ。」
私はその場にうずくまった。
詩音 :「先生、本当に治す方法ないんですか! 番井先生ならなんとかなるでしょ!」
番井 :「ないこともないんだけど、あまり、学術的に認められてないのよね。それでも、よければ説明するけど。」
前山 :「お願いします!」
番井 :「踊りを踊るのよ。」
詩音 :「先生、冗談言ってる時じゃないです。」
番井 :「別に信じる信じないはお任せするわ。でも、考えてみて、この風土病、聞いたことないでしょ。実はアフリカではそんなにはやってないの。 なんでだと思う?」
詩音 :「そんなのわかるわけない。」
番井 :「こう言っては何だけど、彼らは普段から飛んだり跳ねたりしてるでしょ。喜怒哀楽を踊りで表わしてるじゃない。実は有酸素呼吸が血液中のリンパ球を刺激して、免疫力を高めることにより、ウイルスの蔓延を防ぐみたいなのよ。」
詩音 :「しんじらんない」
番井 :「でもね、子供がなかなか感染しなかったり、重症化しないのも同じ理由で、普段からお外で遊んでる子供は軽症で済むの。だから、ポッチはそんなに心配してないのよね。普段からお外で詩音と遊んでるじゃない。でも、普段から運動不足の大人はあぶないのよ。」
川上 :「じゃあ、エアロビクスみたいな運動をすると発病しないんですね。」
番井 :「そういうことになるわね。しかも、早ければ早いほど効果があるわ。」
前山 :「でも。踊るって言っても...」
詩音 :「響子先生! 私いいこと思いついた! 実は今年の昼休みも踊りを踊ってもらう計画だったんだけど、ポッチがこんな状態で当初のようにうまくいかなかったの。でも、吹奏楽の人に話をしてるわ。一緒に踊りましょう!」
響子 :「いやよ、そんな恥ずかしい話。運動会が終わってからゆっくり一人でジムにでも行くわよ。」
番井 :「もちろん、それは自由意志ですので構わないと思います。でも、みなさん、証人になっていただけますか? 私は至急の有酸素呼吸運動こそが治療法だと説明しました。後で、説明責任不足の医療過誤で訴えられても困りますわ。」
志穂 :「確かに聞いた。万が一の時は私が証人になろう。」
南 :「僕も聞きました。嫌がったのは響子であり、番井先生の責任ではないです。」
ふたたび3人は青くなる
川上 :「わかった。踊ろうじゃないか。去年もやったし、いまさらだ。」
前山 :「そうだな。こんなところで意地張って一生とり返しがつかなくなったら大変だ。詩音ちゃん付き合ってくれるか?」
詩音 :「もちろん。ところで響子先生はどうする?」
詩音が心配そうに私を見る。
響子 :「わかったわよ。わかりました。お医者さんの助言に従います。みんなとやれば恥ずかしくないです。」
詩音 :「うん、その方がいいよ。」
前山 :「ところで、今年はどんな曲なんだ?」
詩音 :「ピッポッピー!」
川上 :「あのボカロの曲か!」
詩音 :「しってるなら、話が早いね。」
川上 :「あの恥ずかしい曲っという意味でわな。」
詩音 :「え~、かわいいじゃない。」
川上 :「子供が踊るならかわいい。でもな、おとなだと微妙だぞ」
詩音 :「じゃあ、やめる?」
響子 :「いいわよ、ここまできたならどんなに恥ずかしくてもやってやるわ」
そうやって、4人は今年も参加した。詩音はヘッドホンとマイクが一体化したヘッドセットをつけた。私は、ネギを持たされ、青いツインテールのかつらをかぶせられた。
響子 :「いいわよ。とことん付き合ってあげようじゃない。」
そして、今年も完璧に踊る詩音と見よう見まねで踊る先生達の対比が面白く、児童や父兄から笑いと喝さいを受けることができた。
戻ってきた4人に対して番井先生が言った。
番井 :「いい動きでした。多分これで大丈夫です。でも、万が一の時は花の丘病院に来てください。精子や卵子の冷凍保存など含めて対処したいと考えています。」
私はそうならないことを真剣に祈った。
番井 :「詩音ちゃん 今日はポッチ連れて帰りなさい。あなたもラインベルク症候群の季節だから、暖かくして早めに寝るようにね。」
詩音 :「はーい。」
そういって詩音は保健室にポッチを迎えに行った。
番井 :「では、私は校長先生に状況説明などしなければいけないので校長室に行きます。くれぐれもお大事に。」
そういって番井先生は校長室に向かっていった。
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しばらくして、運動会が終わり、私は校長室に呼ばれた。番井先生はもう東京に帰ったらしい。
校長 :「いや~、先生今年は大活躍でしたね。」
響子 :「はあ?」
校長 :「なんといっても、あのいたずら娘のいたずらを抑えたんですからね。快挙ですよ。」
響子 :「いや、別に今回はポッチの調子が悪かったからであって、私が抑えたわけでも。」
校長 :「いやいや、風邪ぐらいでいたずらやめるような二人じゃないですよ。番井先生も褒めてました。『やっぱり泉先生じゃないとあのふたりの担任はつとまらない』って。そうそう、泉先生は番井先生をよくご存じなんですよね?」
響子 :「いえ、お話はよく聞きますが、今日初めてお会いしたんですけど。」
校長 :「え? そうなんですか? 番井先生は泉先生のことよくご存じでしたから、てっきり。」
響子 :「はあ、多分いとこが同じ病院で看護師やってるので。」
校長 :「なるほど。でも、よかったです。ポッチも単なる風邪らしくて2~3日休めば学校に出てこれるようです。いたずらっ子でも、いないと寂しいですからね。」
響子 :「え? ポッチは西アフリカウイルス熱じゃないんですか?」
校長 :「は? なんですか? その病気?」
響子 :「西アフリカの風土病で、蛇を媒体に感染する重病。踊りを踊ると治るらしいです。」
校長が大笑いをする。
校長 :「冗談をいうならもう少しほんとらしい冗談にすべきですよ。いいですか? ウイルスはその性質上、近種間でうつるんです。哺乳類同士とか鳥類から哺乳類とか。でも、爬虫類から空気感染って言うのはほとんどありません。あったとしても、重症化しえないんです。」
響子 :「え?」
校長 :「しかも、踊りを踊ると治る病気? ありえないです。 西アフリカだって都会があります。そこで働く人たちは私たち同様運動不足になるでしょう。そうしたら、あっという間に蔓延してしまいますよ。いや~、泉先生も冗談がお好きだ。」
響子 :「でも、番井先生がポッチは西アフリカウイルス熱だっておっしゃってました。」
校長 :「まさか、番井先生は私に『ただの風邪ですね。大丈夫です』と断言しておられましたよ。」
響子 :「ええ?」
校長 :「第一、西アフリカウイルス熱なんて聞いたことない病気ですよ。エボラ出血熱とかラッサ熱とかならともかく。インターネットで調べてみたらいかがですか?」
響子 :「はあ?」
私はわけわからなかった。なんで、番井先生が矛盾したことをおっしゃるのか。
校長 :「そうそう、番井先生から手紙を預かっています。」
そういって手紙を渡された。私は首をかしげながら中を読んだ。
「泉先生。今日はとても楽しかったですわ。昨年、三条博士から運動会の話をきいて今年はぜひ参加しなければと思い参加させていただきました。やはり詩音ちゃんいたずらの天才ですわね。そうそう、万一大病にかかったらぜひ私を訪ねてきてくださいね。プロジェクトのよしみで全力で助けてあげますわ。
エジソンプロジェクト 理事 番井美雪
P.S.やっぱりポッチはただの風邪でした。」
響子 :「く~、やられた~」
そう、つまりは全部詩音と番井先生の仕組んだいたずらだった。
おしまい
ポッチ:「ほんと、よくこんなのでだまされるよね。普通に考えればばれると思うけど。」
詩音 :「大人の人って権威に弱いのよね。それに、響子先生、まさか、番井先生がプロジェクトの中核者であるって思ってなかったみたいだし。」
ポッチ:「でも、踊りを踊れば治るっておかしいと思わないのかな?」
詩音 :「そこわね、考える暇与えなかったのよ。振り込み詐欺と一緒。至急踊らないとどうなっても知らないわよって番井先生が言ったのがポイントなのよ。」
ポッチ:「でも、冷静さをそれで失うの?」
詩音 :「もう一つは集団心理。他の二人が同調したら響子先生も従うでしょ。」
ポッチ:「まさか?!」
詩音 :「そう、今回は川上先生も仕掛け人なの。川上先生が性懲りもなく私に数学の問題を出したから、解いたら言うこと一つだけ聞いてもらうってことでつきあったの。当然私が勝ったけどね。」
ポッチ:「うわ~、確かに展開に少し無理があるところに川上先生が強引に話に割り込んでる。」
詩音 :「でしょ。これだけ罠仕掛ければ、いたずら成功するわよ。」
ポッチ:「でも、後で響子先生に怒られるわよ~。これは限度超してると思う。」
詩音 :「そう? 予告状も出したし本人責任でしょ。それに私たちのいたずらを保護するプロジェクト理事からの手紙も出したし、これで怒ったら学校側の責任も問われて小学校にもいられなくなるし、プロジェククト見習いの響子先生は約束を果たせず幼稚園に帰れなくなるでしょ。あっという間に無職になったうよ。そこは大人だから大丈夫。」
ポッチ:「はあ。絶対詩音敵に回しちゃいけないってことだけはわかったわ。」
詩音 :「さて、次回のトリックエンジェルSは?」
ポッチ:「『給食』です。舞ちゃんが学校給食の味にかみついたみたい」
詩音 :「やれやれ。舞ちゃんの悪い癖出たわね。」
ポッチ:「まあ、詩音に言われてくはないと思うけどな」
詩音 :「コホン。それではお楽しみに~」