天体観測 その3
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
五十嵐の不思議な言動は一向に原因がわからなかった。草薙先生も首をひねっている。そうやって数週間が過ぎて行った。
11月も終わりに近づいたある日、詩音が舞の家にやってきた。
詩音 :「ちょっと、相談したいことがあってね。」
舞 :「どうしたの?」
詩音 :「舞ちゃん、五十嵐さんって知らない? 花の丘公園で倒れていて病院に入院してなかった?」
舞 :「うん、知ってるよ。五十嵐さんがどうかしたの?」
詩音 :「言動がおかしくない?」
舞 :「うん、ちょっと変。」
詩音 :「やっぱり。」
舞 :「でも、なんで詩音が知ってるの?」
詩音 :「こっちにも同じような五十嵐さんがいるからよ。」
舞 :「あ、対世界のバランス!」
詩音 :「そう。そういうこと。それで、プロジェクトがある仮定を導き出して、私が確かめに来たってこと。」
舞 :「? どういうこと」
詩音 :「私もよくわかんない。でも、本人に確かめてみるわ。」
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ある日、私が週に一度の検診を受けに病院に行くと意外な人物が私を訪ねてきた。
詩音 :「五十嵐さんですね。」
五十嵐:「あれ? 舞ちゃんか。今日はまた新しい遊びかい?」
詩音 :「いえ、楠木詩音です。舞ちゃんと似ていますが別人です。」
五十嵐:「はあ、で、詩音ちゃん私に何の用だい?」
詩音 :「あなた自身に関する話です。そこに私の祖父母がやっている洋食屋があります。そこで、お話しましょう。」
そう言って私たちはキッチン花の丘に入った。
五十嵐:「それで私に関する話ってなんだい?」
詩音 :「この本知ってますか?」
詩音と名乗る子はリュックから一冊の本を取り出す。
五十嵐:「ああ、もちろん。有名な『くるみエッセンシャル』だ。でも、こんなのもってるなんて小学生にしてはすごいな。」
詩音 :「やっぱり。」
そして、詩音ちゃんはその本の「はじめに」のところを指差した。
五十嵐:「『この本を私のよき理解者でパートナーのしおんちゃんこと楠木詩音さんに捧ぐ。』って、おお~そういうことか。」
私はまじまじと詩音ちゃんを見た。
詩音 :「中身はご存知ですよね。」
五十嵐:「ああ、もちろん。物理学を志す者ならだれでも知っているし、必ずもっているバイブルだ。」
詩音 :「ですよね。」
五十嵐:「でも、大学の連中は、だれも、この本のこと何も知らないんだ。」
詩音 :「ええ、売ってないですからね。」
五十嵐:「え? 売ってない? どうして、大きな本屋ではどこでも売っているはずだ。」
詩音 :「そうですよね。でも、確かめてみてください。売ってないから。」
五十嵐:「どういうことだ?」
詩音 :「んじゃ、質問、この本の著者、三条くるみは何回ノーベル賞を取ったことがありますか?」
五十嵐:「え?え? 何言ってるんだ。ちょっとまて、あれ、思い出せないえっと、一回? ちがう!2回だ。統一場の理論とαベクトルだ。2回目は今年で授賞式がストックホルムで行われる。」
詩音 :「ですよね。でも、テレビとかで全然報道されてないですよね。それどころか、日本で女性のノーベル物理学賞を取った人なんていないですよね。」
五十嵐:「そんなバカな。三条教授はノーベル物理学を取ったはずだ!」
詩音 :「でも、だれもそんな話してないですよね。もっと話題になってもいいのに。」
五十嵐:「なぜだ。」
詩音 :「じっちゃん! 今年、ノーベル賞とったの日本人の若い女性だよね。」
健一 :「じっちゃん言うな。健一さんと呼べ。それに、今年はおろか昔も日本人でのノーベル賞とった女性などおらん。」
詩音 :「ほらね。」
五十嵐:「どういうことだ?」
詩音 :「くるみエッセンシャルの第4章なの。」
五十嵐:「え? ますますわからない。なにを言ってるんだ?」
詩音 :「ここは『対世界』なの。」
五十嵐:「へ?」
詩音 :「へ?じゃなくて、本当に『対世界』なの。」
五十嵐:「え、ちょっとまて、まさか、そうか、それなら話があう。第15方程式によって導かれるもの。『対世界』 パラレルワールドか!」
詩音 :「そう、ここは『対世界』。私たちのいる世界と対になるもう一つの世界。三条博士の理論がまだ生まれていない世界。多分五十嵐さんは迷い込んでしまった。」
五十嵐:「どうして?!」
詩音 :「偶然。なんらかの理由でこっちに来ちゃった。あの街なら考えられる。花の丘公園とか行かなかった?」
五十嵐:「ああ、花の丘公園に言ったら急に耳鳴りがして、そのあと気付いていたら倒れていた。」
詩音 :「やっぱりね。固有時間振動による共振が偶然起きちゃったみたい。」
五十嵐:「固有時間振動... 思いだしてきた。くるみちゃんの第三定理。Shion's Theory。そうか詩音ちゃんか!」
詩音 :「うん。」
私はどんどん思い出して行った。
五十嵐:「だけど、どうして詩音ちゃんがここにいるんだ? 詩音ちゃんも偶然ここに来たのか?」
詩音 :「ううん、プロジェクトに頼まれて五十嵐さんを確認しに来たの。もし、五十嵐さんが私たちの世界の人間だったら連れて帰るようにって。」
五十嵐:「自由に行き来できる?! どうやって?」
詩音 :「もちろん、くるみちゃんの第三定理『12の平均律による時間調和理論』を実践して。」
五十嵐:「ああ、そういうことか。本当に実践したんだ。」
詩音 :「うん、これ以上は秘密だけどね。プロジェクト外秘だから。」
五十嵐:「やっと、これで、納得行った。自分がおかしくなったんじゃないかと思ったがそういうことか」
私は納得するとともにほっとした。
詩音 :「そゆこと。じゃあ、一緒に帰ってくれるね。」
五十嵐:「ああ。 いや、ちょっと、待ってくれ。私には好きな人ができたんだ。こっちの世界にとどまることはできないのか?」
詩音 :「ええ~それは無理。絶対無理。対世界のバランスが崩れて世界が崩壊しかねない。特に、五十嵐さんのようにαベクトル空間とか「くるみエッセンシャル」に書かれたことを理解している人はだめ。あの知識はここでは禁じられた知識。あの知識を持った人がここにいてはだめ。」
五十嵐:「どうしてもか?」
詩音 :「だめ。例え、物理学の道をあきらめて、その知識を封じたとしても、生理学的に長くはいられない。一度戻らないとだめ。それから期間を置いてまた来ることもできるけど。」
五十嵐:「けど?」
詩音 :「無理やり移動する形になるから移動のたびに、脳震盪とか体の不調を起こす。体がもたなくなっちゃう。」
五十嵐:「そんな」
詩音 :「五十嵐さんは大人なんだからわがまま言わないで。この世界にいてはいけない人なの。急いで戻りましょう。」
五十嵐:「もし、このまま残ると言ったら?」
詩音 :「私でない別のプロジェクトメンバーが来て、あなたの存在を消すことによって対世界のバランスを戻すでしょう。それだけでなく五十嵐さんの好きな人にも危害が及ぶ可能性があります。秘密保持のために。」
五十嵐:「物騒なこと言うなよ。」
詩音 :「それだけ、重大なことと思ってください。そうしなくてもずっとこっちにいると体調不良を起こして下手するとしんじゃうわ。だからわがまま言わないで。さあ、一緒に帰りましょう」
五十嵐:「・・・待ってくれ、そんな急には決められない。」
詩音 :「一日だけなら待ってあげられる。」
五十嵐:「一日か。。。わかった。夏奈さんと話したい。」
詩音 :「うん、それがいいわ。そして、絶対に『対世界』のことは秘密です。よろしくお願いします。」
私は詩音ちゃんと別れてから本屋やインターネットで調べた。やはり、彼女の言っていることは本当だった。三条くるみの統一場の理論ごとごっそりこの世に存在していない。それ以外にもいくつか気になる違いがある。お財布携帯で電車に乗れない、それ以前に電子マネーが普及していない。ところどころぽっかり10年くらい科学技術が遅れている感じがする。だけど街の姿はまるで同じ。これが対世界なのか。
次の日、私は例の喫茶店に行った。
夏奈さんはにこにこしながら待っていた。だが、私は遠いところに行かなければならないことを話すと彼女は目に涙をためてこう言った。
夏奈 :「私も一緒に行く。連れてって。海外でも宇宙でも一緒に行く」
五十嵐:「だめなんだ。海外よりも宇宙よりも遠いところだ。連れてくこともできない世界だ。」
折れそうになる心を必死に抑える。彼女には危害を与えるわけにはいかない。
夏奈 :「もう、もどってこないの? 会えないの?」
五十嵐:「ああ、戻ってこれない。会えないんだ。」
夏奈 :「私のこと嫌いになったの? どこがいけなかったの? ちゃんと治すから会えないなんて言わないで。」
五十嵐:「嫌いになったわけじゃない。大好きだ。だけどだめなんだ。国家機密に絡んでいて詳しくは言えないけど行かなければいけない。だから。」
夏奈 :「待ってる。いつまでも待ってる。絶対戻ってきて。それまで、このペンダント大事に持ってるから」
五十嵐:「ごめん」
そういって、俺は逃げ出すように喫茶店を出た。後には顔を両手で覆う夏奈さんがいた。
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その日の午後、キッチン花の丘の店に二人がいた。
詩音 :「話をしてきましたか。」
五十嵐:「ああ、泣かしてしまったがな。夏奈さんは待ってる。ペンダントを大事にしますっていってた」
詩音 :「それはいいことだとと思います。きっといいことがありますよ。」
五十嵐:「そうだといいな」
詩音 :「では、いきましょうか。花の丘公園から戻りましょう。」
五十嵐:「わかった」
詩音はバイオリンを持って弾きはじめた。再び耳鳴りがして目の前が暗くなった。
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看護婦:「お気づきになりましたか?」
五十嵐:「ここは?」
看護婦:「街外れの病院です。花の丘公園で意識を失って倒れられていたんですよ。」
医師 :「少し、頭を打ってようだ。2~3日は病院で安静にしておいた方がよい。」
五十嵐:「今、いつですか?」
看護婦:「12月7日です」
五十嵐:「三条教授はノーベル賞を取られましたよね。」
看護婦:「はい、授賞式は3日後ですから、正式ではないですが。でも、街はお祭り騒ぎです。」
五十嵐:「ああ、戻ってきたんだ。」
看護婦:「ええ、現実に戻ってきたんです。」
五十嵐:「どうやら、長い夢を見ていたようです。とても楽しくて悲しい夢でした。」
看護婦:「そうですか。とりあえずまだ安静にしていてください。すこし様子を見ないと。」
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3日後、やっと退院の許しが出た。大学の同僚たちも見舞いに来てくれた。同僚たちは三条教授の授賞式の話で持ちきりだった。若い三条教授の授賞式はすごく華やかで感動的だったらしい。
何もかも昔のままだった。やっぱり、あれは夢だったのだろうか?
看護婦にそれとなく草薙先生のことを聞いてみたが、そんな先生はいないということだった。
つかさ:「五十嵐さん、退院の準備はできましたか?」
五十嵐:「ああ、あんた内山さん!」
つかさ:「えっと、白石です。内山は旧姓ですが、どこかでお会いしましたっけ。この科には今日は応援にきたので初めてお会いするかと。ああ、別の科でお会いしてるんですね。」
別人か。でも初めて会う人間が夢に出てくるのか? やはり、どこかで実際にあっているのだろうか?
五十嵐:「そういえば舞ちゃんはいないのですね」
つかさ:「舞ちゃん?」
五十嵐:「いつも、隣にコバンザメみたいについてたじゃないか」
つかさ:「よくわからないのですが。」
やはり、夢だったのだろうか。
私は、退院して日常生活に戻った。昔と変わらない生活だった。
大学の学生に「くるみエッセンシャルってしってるか?」ときくと馬鹿にしたように「あたりまえじゃないですか」と答えられてしまう。何もかも昔と一緒だ。
でも、夏奈さんだけはいなかった。例の喫茶店に行っても、病院に行っても、夜裏山に行っても、姿はなく、そんな人知らないと言われた。夢だったのだろうか。いや、夢じゃないとしても行くことのできない世界だ。
こっそり、大学の同僚に対世界の話をしたが、馬鹿にされるだけだった。
同僚 :「頭打った影響が出てるぞ。夢と現実を混同している。対世界は理論の世界であり23世紀にならないと行けない。」
そうだったな。やはり、あれは夢だったのか。夏奈さんとの日々も夢だったのか。
そんなある日、大学で学生が話をしていた。
学生A:「くるみエッセンシャルに出てくる楠木詩音ちゃんて実在するらしいな。」
学生B:「ああ、隣町に住んでる小学生だろ。実際はスタンフォード大学の学生とのやり取りだったのをくるみエッセンシャルでは、その子とのやりとり風に書いてあるんだ。結構かわいい子なんだよな。」
楠木詩音?
五十嵐:「その子にあったことあるか?」
学生A:「なんですか五十嵐さん急に。あったことないけどテレビに出てるから。あ、いまだったら週刊こども科学やってるから。つけてみましょうか?」
テレビには小学生で科学の解説をやっているこが映っていた。間違いなく、あのこだった。
五十嵐:「ああ~!」
学生B:「どうしたんですか?」
五十嵐:「詩音ちゃんに話がある」
私はそう言って花の丘公園の隣にあるキッチン花の丘に向かった。
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五十嵐:「こんにちは、あの~楠木詩音さんってご存じありませんか?」
祐美子:「はーい。どなたですか?」
五十嵐:「五十嵐と申します」
祐美子:「ああ、五十嵐さんですね。お噂はかねがね。詩音ちゃ~ん、お客さんよ~」
なんと、テーブルの一つに詩音ちゃんが座ってジュースを飲んでいた。そして私を見つけるとびっくりした顔で話し始めた。
詩音 :「ごっめんなさ~い。すっかり忙しくて忘れてた。どうぞ、ここに座って。」
詩音ちゃんは、ジュースを飲みながら目の前の席をさした。私はほっとした。やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。
五十嵐:「ひどいじゃないか、あの後ほったらかしなんて。」
詩音 :「だって、意識失っちゃうんだもん。あわてて病院に連れってても、目覚まさないし。私だってストックホルム行かなきゃいけなかったから、病院にあとをお願いしたのよ。」
五十嵐:「ストックホルム?」
詩音 :「うん、ノーベル賞の授与式。くるみちゃんが一生の記念になるからって連れてってくれたの。」
五十嵐:「なるほど、そういうことだったのか。でも、そのあと忘れるなんてひどいじゃないか。」
詩音 :「えへ」
詩音ちゃんは笑ってごまかした。
五十嵐:「やっぱり、あの話は事実だったんだ。」
詩音ちゃんはにっこり笑うと羽根の生えたリュックサックから紙を取り出した。
詩音 :「この書面にサインして。」
五十嵐:「何だい? この紙は」
詩音 :「守秘義務の誓約書。あの話をするのは守秘義務を守ってもらう必要があるから。」
五十嵐:「なるほど」
そう言って私は安易にサインしてしまった。
詩音 :「やった~。これで五十嵐さんも私の使いっぱ。契約書にサインしちゃったもんね~」
五十嵐:「ええ~?」
詩音 :「プロジェクト加入の契約書だよ。これにサインすると対世界の話が出来るようになるの。その代わり、見習いとして私の実験に付き合ってもらうけどね。」
五十嵐:「そんなことはお安い御用だ。実験に参加できてなおかつ秘密にも触れられるんだろう。いいことだらけだ。」
詩音 :「ちぇ~。もっと困ると思ったのに。」
五十嵐:「あはは、それは残念だったな。」
詩音 :「じゃあ、オリエンテーションしてあげる」
そう言って、詩音ちゃんは、対世界移動の秘密を話してくれた。その内容は驚愕の内容だった。
五十嵐:「そこまで、研究は進んでいたんだ。」
詩音 :「そだよ。でも、まだまだ。瞬間空間移動とタイムトラベルの方程式が解けてないの。それ以前に男の人を対世界に連れていく方法が解明されていない。これは今からの研究テーマだけどね。」
五十嵐:「だけど、すごいぜ。対世界に2回も入院しながら往復したかいはあったよ。感動もんだ。」
詩音 :「でしょでしょ。」
五十嵐:「でも」
詩音 :「でも?」
五十嵐:「失ったものもある。」
詩音 :「・・・」
私は夏奈さんを思い出していた。夢だったらあきらめがつくが。夢じゃないとわかるとあきらめがつかない。
五十嵐:「今頃夏奈さん何してるんだろう。」
詩音 :「・・・」
五十嵐:「そうだ、私が無理なく行けるようになれば会いに行けるじゃないか、詩音ちゃんと一緒に研究していける方法見つければいい。」
詩音 :「でも、そんなに待っててくれないんじゃないかな。」
詩音ちゃんがボソッという。私はキッと詩音ちゃんをにらんで
五十嵐:「そんなことない! 夏奈さんはいつまでも待っててくれるって言ってた。」
詩音ちゃんはそんな子供じみた私を笑って言った。
詩音 :「そうだよね。すぐに会えるよ。」
五十嵐:「ああ、そうだ。」
私は現金なもので急にやる気が出てきた。研究に目的ができたからだ。
詩音 :「でね、話は変わるんだけどあってほしい人がいるんだ。」
五十嵐:「え?だれだい?」
詩音 :「くるみちゃん。三条教授。」
五十嵐:「三条博士! それはぜひ会ってみたい。あこがれの人だ。 でも、なんで?」
詩音 :「プロジェクトの理事だから。参加した人はあいさつしてもらわないと。」
五十嵐:「ああ、いつでもOKだ。」
詩音 :「じゃあ、急で申し訳ないけど明日の3時でもいい? 場所はここに書いてあるとこ。」
そういって、地図を渡してくれた。
詩音 :「三条教授の自宅。お茶でもしながら3人でお話ししましょう。」
五十嵐:「あしたか... うん、でも何とか都合つけて行くよ」
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次の日、私は朝から大学でそわそわしていた。午後から休暇をもらって三条教授に会いに行く時間が来るのを心待ちにしていた。
学生A:「そういえば、昨日楠木詩音に会えたんですか?」
五十嵐:「ああ、あってきた。」
教授 :「知り合いなのか?」
五十嵐:「ええ、入院中にお世話になったんです。」
教授 :「ほう、意外な縁だな。」
学生B:「それでどうでした。やっぱり普通の子供ですよね。」
私はにやって笑って答えた。
五十嵐:「いや、とんでもない天才少女だ。くるみちゃんの第二定理をフーリエ展開しながら説明してくれた。」
学生B:「まさか!」
教授 :「いや、その話は事実らしい。私もその話を別の時に聞いたことがある。その時は偏微分方程式を解いたという話だが。」
学生B:「五十嵐さん、今度連れてきてくださいよ。楠木詩音ちゃん。」
五十嵐:「ええ~、まあ、頼んでみるか。だめもとで。」
教授 :「そういえば、楠木詩音は三条博士のお気に入りだよな。」
五十嵐:「ええ、そうですね。」
教授 :「三条博士とは死ぬ前に一度会ってじっくり話をしたいものだ。あの若さであれだけの大理論を築き上げた人だ。すごい人なんだろうな。」
学生A:「教授、いくらなんでも無理。相手はノーベル賞を二度受賞した、歴史上これ以上の人はいないといわれる物理学者ですよ。講演会チケットすら手に入らないのに会って話をするなんて無理。」
教授 :「そうだよなあ」
私は鼻高々だった。その三条教授に今から会いに行くんだと言ってやりたかった。でも、これはプロジェクト外秘として口止めされている。
午後になって、いよいよ、私は早びけして地図の場所に向かった。その家は高級住宅街の外れに位置していた。私を玄関の前に立ち、息を整えてから、ゆっくり呼び鈴を鳴らした。
ピンポーン。
詩音 :「は~い。」
詩音ちゃんが出てくる。
詩音 :「お待ちしてました。くるみちゃんは庭で待っていますのでこちらにどうぞ。」
そういって私を案内する。私は緊張して、後についていった。
きれいに整えられた庭。そしてその庭にテーブルと椅子。テーブルの上にはお菓子と飲み物。そして椅子には女の人が座っていた。
五十嵐:「え?」
その人を見て私は茫然と立ちすくんだ。そこにはよく知っている人が座っていた。
詩音 :「さっきからお待ちかねよ。早く行ってあげなよ」
五十嵐:「う、うそだろ、し、信じられない。」
詩音 :「冷静に考えればこれしかないでしょ」
くるみ:「三条くるみです。三宮夏奈のほうがいいかしら?」
くるみの胸には紫水晶のペンダントが輝いていた。
おしまい