10-8.告白
この物語はフィクションです。この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則などは架空のものです。
茂は詩音のお見舞いに行った。
茂 :「すまなかった。本当にごめん」
詩音 :「もう、いいよ~。過ぎたことですし~」
茂 :「でも、大人として本当に情けない。ごめん。あの後、松井先生にこっぴどく怒られた。死ぬほど怒られた。大人になってからこれほど怒られたことはないぐらい怒られた。本当にごめん」
詩音 :「いいって、いいって。でも、満足でしょ。雪絵さんにもう一度会えたし、そして、あの事故の話もできたし、絶対的な証拠の台本も手に入ったし」
詩音ちゃんはにっこりほほ笑む。
茂 :「ああ」
茂は心と反対のことを言った。雪絵さんと再会し、あの事故を回避するよう無事伝えられた。目的は達成できた。だけど。
詩音 :「今頃、きっと、助かっていつものようにケーキ屋さんやってますよ」
茂 :「だよな」
茂は力なく笑う。
茂 :「なあ、もう一度会えないかな? 本当に事故は回避できたのかな?」
詩音 :「無理無理。ブチミス壊れちゃったし。プロジェクトからもう過去に行くなって禁止令出たし」
その通りだ。大人のくせに情けない。詩音ちゃんの体を壊したのは自分のわがまま。まだ、わがままを通すのか。
詩音 :「それに治ったとしても事故の結果の確認はできません。見ることしかできない」
茂 :「そこのところなんだが、もう少し教えてくれないか? もし、もしだ。そのまま、残ったら戻れないのか? 全然戻れないのか?」
詩音 :「理論的に戻れません。世界線が変わるからね」
茂 :「でも、ニャーゴは戻ってきた。世界線が変わったはずだ」
詩音 :「あれは、すぐに世界線が集束したから戻れました。でも、今回は人の生死にかかわる変更だから戻れないんです」
茂 :「そのままいたら?」
詩音 :「代謝異常が起きて死ぬわ。それは説明したはずです。10分たったとたんにこうなったんですよ」
茂 :「ごめん」
春菜 :「こんにちは」
詩音 :「春菜さん! お見舞いに来てくれたんだ」
春菜 :「今回の件は私が悪いんです。私が取り乱したばっかりに」
詩音 :「しょうがないですよ。あの台本が出てくるのは反則ですよね」
春菜 :「はい」
台本は持ち帰った。雪絵さんと一緒に天国に上った台本が奇跡的に復活した。
春菜 :「それで、今日はお二人にちょっと相談がありまして」
茂 :「はい」
春菜 :「これを見てください」
春菜は壊れたビデオカメラを差し出す。
春菜 :「今日、ケーキ屋に行ったら隣にキラッて光るものを見つけて、なんだろうと思ったらこれだったんです」
茂 :「それって!」
詩音 :「私が持ち込んだビデオカメラ! 残ってたんだ!」
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詩音 :「レンズは割れ、外も中も壊れしまい、3年間雨ざらしになっていてだいぶ痛んでいます」
詩音ちゃんが退院し、後片付けと称して、茂と春菜はファンダルシアの地下室に集合する。
茂 :「そっか。録画した中身は見られないか」
詩音 :「いえ、プロジェクトにこっそり頼んであらかた復旧しました」
茂 :「なんだって?!」
春菜 :「じゃあ、あの後、どうなったか見られるのね」
詩音 :「はい。今からお見せします」
詩音は淡々と話す。そして、パソコンに動画が映りだす。
そこには呆然と見送る雪絵が映っていた。
茂 :「雪絵さん!」
その後、雪絵の顔がアップで映し出される。
「ま、またすぐに取りに来るでしょう。」
雪絵の声が残っている。
その後、雪絵は店に戻るとお客さんが来た。雪絵はお客さんと楽しそうに話しながら接客をしている。
春菜 :「お姉ちゃん、早く逃げて!」
茂 :「逃げろ~!!」
しかし、そんな声も届くはずなく、接客は続く。そして店の前でお客さんを見送る姿があった。
その時、
「キキキー」
というブレーキ音。
「キャー!!」
という悲鳴。そこでビデオは終わった。
茂 :「…」
春奈 ;「…」
詩音 :「残念な結果でした」
詩音は涙ぐみながらそう告げる。
春菜がその場に座り込む。
茂 :「そんな」
詩音 :「正直ここまで整合現象が強いとは思いませんでした。歴史改変はやはり無理なのでしょうか」
黙り込む茂と春菜。
詩音 :「そりゃそうですよね。声かけただけで歴史が変わるなんて、そんなことがあったら未来の人たちによって歴史は改変されまくりですよ」
茂 :「言えなかった」
詩音 :「?」
茂 :「言えばよかった」
詩音 :「何をですか?」
茂 :「『好きだ!』って、『大好きだ!』って そうしたら聞いてもらえたかも。素直に自分の想いを告げればよかった」
春菜 :「そういっても変わらないと思います」
茂 :「何故?」
春菜 :「だってお姉ちゃん知ってたもん。結城さんの気持ち。それにお姉ちゃんも結城さん好きだった。だから言ったとしても多分結果は変わらないと思います」
詩音 :「逃げろって言っても響きませんでしたからね。好きだって言われても」
春菜 :「はい、かえってボーとして逃げなかったでしょうね」
茂 :「じゃあ、どうすれば!」
ポッチ:「あなたのこと嫌いです! っていえば逃げられた」
茂 :「そんなこと言えるか! それにどうして逃げられるんだ」
ポッチ:「だって結城さんのこと雪絵さんは好きなんでしょ。だったらそう言われたらふつう結城さんを追いかける」
茂 :「!」
詩音 :「ほんとかなあ。その場で泣き崩れるかもしんないよ。整合現象のこと考えるとそのほうが合理的」
茂 :「つまり、どんな言葉をかけても無駄ってことか」
ポッチ:「うん、今までのことを考えると物理的にお店から引き離さないとだめ。つまり、結城さんが彼女の手を引っ張って、お店から引きはがし、トラックが突っ込むところまで確認しないと」
詩音 :「それって整合現象覚悟で行くってこと? 帰ってこれなくなるよ」
ポッチ:「その覚悟はある? 結城さん」
茂 :「う~ん」
茂はすぐには返事はできなかった。
ポッチ:「ところでブチミスの修理終わったけどどうする? まだ5分だけど時間は残ってるけど」
詩音 :「プロジェクトに内緒で直してたんだ」
茂 :「もちろん行くさ。ああ、もちろん。もう一回声をかける。そしてこれが最後だから告白する。そして帰ってくる。5分あれば十分だ」
ポッチ:「なら、明日また来て。明日には充電が完了する。でも告白するなら『嫌い』」ってことで」
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次の日
詩音 :「今回は結城さん一人で行ってもらいます。前回の結果から重量の増加と到着時刻のずれは相関関係がありました。なので、残りの時間の少ない状況では誤差を少なくするため一人で行ってもらいます。設定はここから遠隔で行いますので、準備ができたら、結城さんは緑のボタンを押せば過去に戻れます」
茂 :「わかった。じゃあ行ってくるよ」
ポッチ:「ちょっと待って。今回は今までと違う」
詩音 :「何が違うの?」
ポッチ:「残り時間は5分。つまりブチミスの滞在限界時間10分よりも短い。もし、歴史改変が成功した場合、10分以内でも帰れなくなり整合現象が起きる」
詩音 :「だけど、今回は結城さんが雪絵さんを物理的にケーキ屋から引き離すのに十分時間があるってこと?」
ポッチ:「そう。それが一番確実な方法」
詩音 :「そして、その瞬間、世界は別れ、結城さんに整合現象が発生する」
ポッチ:「うん、自分の命と引き換えに雪絵さんを確実に助ける方法がある」
詩音 :「でも、それは、絶対やっちゃダメ」
ポッチ:「それをしないと約束してください」
自分の命と引き換えに確実に雪絵さんを助ける方法がある。それがわかっていて帰って来いと。そういうことか。やっとわかった。自分の気持ちが。
茂 :「その約束はできない」
詩音 :「どうしてですか?」
茂 :「私は雪絵さんを愛している。だから彼女を助けられるならそうするかもしれない」
詩音 :「わけわかりません! だって、結城さん、死んじゃうんですよ」
茂 :「それが大人の恋ってもんだ」
その時だった。
パンという音とともに明かりが消えた。そしてどたどたと人が入ってくる音が聞こえた。
春菜 :「きゃ!」
茂 :「春菜さん!」
大橋 :「そこまでだ! これ以上は座視できぬ!」
再び明かりがつくとそこには大柄な女性と警官たちがブチミスの周りを囲んでした。
大橋 :「詩音!ポッチ! この実験は中止と決まったはずだ! なのになぜ続ける! 約束を守れ!」
詩音とポッチが首をすくめる。
茂 :「あんた、いったい誰だ!」
大橋 :「おっと、これは失礼。私は大橋志穂。エジソンプロジェクトの理事長である」
茂 :「へ?」
大橋 :「さて結城さん、北条さん。いままで詩音とポッチの実験に付き合っていただきありがとう。しかし、ここらで引いてもらえぬだろうか。歴史の改ざんは忌むべき行為だ。プロジェクトとして許さん」
茂 :「いやだと言ったら?」
大橋 :「二人とも逮捕する」
警官たちが前に出る。
茂 :「あんたたち、そんな権利あるのか!」
大橋 :「当然だ。この実験に参加する際の契約書に書いてある。プロジェクトの指示に従うこと。従わないときは国家特別プロジェクト義務違反で逮捕すると」
茂 :「ううう」
大橋 :「頼む。こらえてくれ。あなたたちの気持ちはわかる。だが、歴史改ざんはやってはいけぬこと。重ねて頼む」
大橋は深々と腰を曲げる。
茂はふうと息を吐きその場に座り込む。
大橋 :「わかってくれたか。ありがとう。お礼と言ってはなんだが二人には特別報奨金を出す。一人一千万だ。迷惑料として受け取ってくれ。そして死者に心を動かすのでなく、生者に使ってくれ。ご両親への孝行をしてやってくれ。未来に目を向けてくれ」
茂 :「でも!」
大橋 :「頼む」
腰を折ったまま大橋はそう依頼する。
茂 :「…。わかりました」
(飴とムチか。仕方がないか)
大橋 :「ありがとう。大人の対応に深く感謝する。では、ブチミスは処分する。絶対復活できない方法でな。メインボードを取り外せ」
警官達:「は!」
ポッチ:「それを取ると二度と直せない!」
大橋 :「そう、このメインボードは1年間の機械学習成果が入っている。調整に調整を重ねた結果がこのボードだ。これさえなければブチミスは動かない」
詩音 :「やめて!」
ブチミスに駆け寄ろうとする詩音を警官たちが押さえる。
大橋 :「実行!」
バチッ
メインボードを取り上げた警官はその場でボードを二つに割る。
詩音はその場にへたり込む。
大橋 :「お騒がせした。ご協力ありがとう。詩音、ポッチ安心するがいい。この件は不問に処す。それと結城さん、北条さん、二人には別途礼をさせていただく。では」
大橋と警官隊は去って行った。
茂 :「詩音ちゃん…」
倒れている詩音ちゃんに駆け寄り抱きしめる。
茂 :「かわいそうに」
詩音 :「茂さん聞いて」
詩音が小声で話す。
茂 :「なんだい?」
茂は詩音にいたわるように声をかける。
詩音 :「プロトタイプ。一人ならいける。設定してある。あきらめないで」
茂 :「!」
まだプロトタイプがあった。
詩音 :「直に大橋さんたちが気づく。急いで。行くか行かないかは結城さん次第。でも見張られてるかもしれない。気づかれないようにこっそりと」
茂 :「ありがとう」
小声で返事をする
茂 :「少し一人で頭を冷やしたい。どうする春菜さん一緒に帰りますか?」
春菜 :「いえ、私はもう少し詩音ちゃんたちとここに残ります」
茂 :「そっか。では失礼」
春菜さんならそういうと思った。
茂 :「ありがとう」
茂は外にでてとぼとぼと歩く。そして頃合いを見てダッシュで花の丘小学校に向かう。
花の丘小学校は顔パスだった。まあ、まじめに実験に取り組んだ報酬と考えよう。
そしてプロトタイプはそこにあった。乗り込みスイッチを入れる。
機械の声が流れる。
「行先 2012年10月29日 10時25分 片道航行になります。帰ることはできません。
それでもよろしければ緑のボタンを押してください」
茂 :「片道? そうだったな。往復なら1年半。片道なら3年」
帰れないということか。そして整合現象が発生する。その覚悟はあるのか。
茂 :「どうする? 自分の命を捨ててまで雪絵さんを助けるのか?」
ファンファンファン。遠くでパトカーの音が聞こえる。
茂 :「まずい! 気づかれた! ええいままよ!」
茂は緑のボタンを押した。
ブン。という音とともにブチミスが動き出す。
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プシュー
ドアが開くと当然ながらそこは花の丘小学校だった。
茂 :「ついたか」
ゆっくりと降りてドアを閉める。
茂 :「このマシンも10分すれば整合現象で朽ち果てるのだろうか」
教室の時計を見ると10時25分ピタリだ。あと5分ある。十分だ。階段を登ればすぐそこだ。
茂 :「ああ、ここは花の丘小学校! しまった。いつもの喫茶店の地下じゃない! 走って5分で間に合うのか?」
茂はあわてて走り出す。校門を抜けると女子高生が二人自転車を止めておしゃべりしている。
茂 :「自転車!ごめん!」
茂は女子高生の自転車に乗る。
茂 :「これなら間に合う!」
JK :「コラー!ドロボー 誰か捕まえて!」
捕まるわけにはいかない。茂は自転車に乗って全力で走る
大通りに出る。しかし信号は赤。しかも女性警官が見張っている。でも、信号を守っていたら間に合わない。しかし幸いにも自動車は周りにいない。
茂 :「なむさん!」
警官 :「ピー!まちなさい!」
待てるわけがない。茂は全力で走る。駅前が見えてきた。駅の時計塔は29分。あと1分。
茂 :「間に合ってくれ~」
ケーキ屋が見えてきた。ちょうどお客が出てきた。
茂 :「うわー、時間がない」
雪絵もでてきた。
茂はまっすぐ雪絵にむかい、自転車を投げ降りる。
そして
茂 :「ごめん」
と言って雪絵を抱きかかえ、走る。
雪絵 :「茂さん、ちょっと!」
その直後、
キキキー
ドドーン
トラックが突っ込む。
間一髪逃げられた。
その光景を呆然と見る二人。
雪絵 :「本当にトラックが突っ込んできました」
茂 :「はい、危ないところだった」
雪絵 :「茂さんが来なかったら私本当に死んでたんですね」
茂 :「ですね」
雪絵 :「茂さん、助けていただいてありがとうございます」
茂 :「いえいえ、怪我はない?」
雪絵 :「ええ、大丈夫です。茂さんは」
茂 :「私も大丈夫。そして大事な話があります」
雪絵 :「なんでしょう」
茂 :「雪絵さんが大好きです。私と結婚してくれませんか?」
雪絵の顔が見る見る赤くなる。
雪絵 :「それちょっとだけ卑怯です。この状況ですから。でもこの状況でなくても答えは一緒です。YESです」
茂は歴史改変に成功したことを悟った。そして、同時にもう自分の世界に戻れないことも。そして、平行宇宙が枝分かれして、異分子を排除するために、自分の体に代謝不良が起きることも。
でも、満足だった。
茂 :「(俺は成し遂げた。雪絵さんも救った。自分の思いも伝えた。もう、思い残すこともない)」
つづく