短編「五百光年」
この物語はフィクションです。この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則などは架空のものです。
ある日の柳風荘での出来事
麻紀 :「修君、この本の五百光年って短編おもしろいわよ。読んで感想を聞かせて」
そういって、麻紀はSFマガジンを渡す。大分読み込まれていてぼろぼろだ。
柳風荘に来てから本を読むことが多くなった。麻紀が倉庫の中で山積みされていた段ボールの中の本を引っ張り出して部屋の本棚に並べた。そのため、目にする機会が多くなった。
深川麻紀の100冊。特に興味深い本はそうよばれてリビングにおいてある。五百光年もその中の一つである。
修 :「SFかあ。あんまり得意じゃないんだけどなあ。特にこういったハードSFはねえ。SFファンタジーの方があうな」
そういって、分厚い本の中ほどにある短編を読み始めた。SFマガジンには色々な著名陣が執筆していた。でも、五百光年の著者は聞いたことがなかった。
麻紀 :「暇つぶしには良い短編よ」
麻紀はそう言った。
麻紀 :「もともとは文芸部に所属する女性宇宙人が読んでるという触れ込みの本の一つ。彼女も100冊の推奨を出していて、私もそれを見習って100冊の推奨を考えたのよ。五百光年はそのうちのひとつ」
修 :「ふ~ん」
半分上の空で聞いていた。麻紀は暇つぶしに読めと言ったが、どうしてどうして一気に引き込まれてしまった。
主人公は五百光年を飛ぶことのできる超能力者。でも、ちょうど五百光年しか飛べない。そして、恋人にプロポーズをするため、1kmさきの恋人の家まで行こうとする。しかし、その間には国境線があり、両国は交戦中。そこで、五百光年先から彼女の家まで飛ぶことにする。
問題は五百光年先までどうやって行くかだ。彼には金がない。宇宙船で行くわけにはいかない。そこで、彼はヒッチハイクをすることにした。
しかし、ろくな奴にであわない。麻薬の運び人、殺し屋、詐欺師まがいの廃品回収屋、エイリアン…。なんども命の危機にさらされる。
でも、そのたびに持ち前の機転で解決する。やがて旅の仲間を見つけ五百光年さきにたどりつく…
修は一気に読んだ。
修 :「思ったより面白かった。SFというよりも良くある旅物語」
麻紀 :「そうそう、名作の定番よね。レインマンなんかも自閉症の映画なのに旅物語なのよね。だから面白かったりするのよね」
修 :「なるほどね~。旅を通しての成長物語でもあったりするんだ」
麻紀 :「五百光年の主人公は成長していないけどね。でも、人との出会いで何も持たなかった主人公が精神的に豊かになって行くのよね」
修 :「それに伏線の張り方もすごい、最後で、あ、ここで効いてくるんだって感じになる。なんで有名にならないんだろう」
麻紀 ;「その世界では有名な人よ。穴埋めの名人」
修 :「穴埋めの名人?」
麻紀 :「雑誌とかで締め切りに間に合わない作者がいて急に穴があいたときに、ポンって作品を出してくる人。あまりにすぐ出てくるんで、家の中には大量の未発表原稿があるんじゃないかって言われている人」
修 :「へ~。面白い人もいるんだね」
麻紀 :「でしょ~」
修 :「ところで、このSFマガジン当分借りてていいかな。他にも読みたいものあるし、学校でも読みたい」
麻紀 :「どうぞ~」
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次の日学校に行くと教室で文芸部の部長と副部長が話をしている。3年生のいない文芸部は2年生が部長をやっている。彼と彼女は俺の席の隣で談議を深めている。席が近いのでついつい聞こえてしまう
部長 :「長沼有希の100冊だが、大分読み進んだが、やはり、あれが手に入らない」
副部長:「無理よ1冊は未知の媒体で書かれていて、1冊は未知の言語で書かれている。そして、一冊は今から七百年後に書かれた小説」
修 :「(なんだそりゃ。無茶苦茶な設定だな)」
部長 :「いや、その3冊じゃなくて、理論的には手に入る方さ」
副部長:「金はあっても手に入らないってやつよね。出回っている本がないのよね」
部長 :「ああ、多くが廃刊になっていて、そして、電子書籍化もされていない。しかし、さすがって感じの本ばかりでどうしても読みたい」
副部長:「通販のジャングルとか、ネットオークションでも出てないしね」
部長 :「でも、やはり草上仁のあの小説は読んでみたい」
副部長:「うん、私もどうしても読んでみたい」
部長 :「だが、あの小説は単行本化されていない。そして、その小説が載った雑誌は20年くらい前の本」
副部長:「その、雑誌自身がもう手に入らないし。あったとしても凄いプレミアつくから私たち学生には無理ね」
部長 :「でも、読んでみたいなあ、『五百光年』」
修 :「ぶ~~~~」
思わず、飲んでいたペットボトルのお茶をふきだした。
部長 :「どうした、相川。調子悪いのか?」
俺はいそいそと雑誌をとりだした
部長 :「SFマガジン1998年2月号!」
副部長:「ど、どうしてそれを持っているの?」
二人がにじり寄ってくる。
修 :「ふ、深沢に借りた」
二人は麻紀のところに飛んで行った。
副部長:「深沢さん、あの本貸して、おねがい!どうしても!」
必死でお願いをする二人。
麻紀 :「いいわよ。修くんの次ね」
二人は大喜びをする。そして、次といったにもかかわらず、昼休みには持っていかれてしまった。そして、五百光年を読み終えた二人は満足そうに俺にSF談議をえんえんと振りかける。それをうんざりして聞いていた。
帰り道、俺は麻紀きいた。
修 :「いいのかい? あの本もう絶対手に入らない貴重品だろ。ほいほいかして大丈夫か」
麻紀 :「あの、本いくらで手に入れたと思う?」
修 :「一万円、下手すると10万円?」
麻紀 :「まさか。五百円よ。五百光年だけに」
修 :「ええ~! そんなに安いの」
俺はつまらないダジャレの方はスルーした。
麻紀 :「流通量が多いのよ。思った以上に。それに新品同様でないとコレクターとしての価値もないしね。なので、状態にこだわらなければネットをたんねんに調べていくと存外手に入るわ」
修 :「なるほどね」
麻紀 :「それに本もみんなに読まれる方が幸せ」
修 :「確かに」
俺は麻紀の本に対するポリシーにあらためて共感を覚えた。
麻紀 :「ねえ、この前、世界SF大全手に入れたんだけど読んでみない? 夏への扉とかが入ってるの」
修 :「ああ、ぜひ貸してくれ。そして文芸部の奴らの目の前でよんでやるよ」
修 :「(意外と本の話ができるって言うのもいいものだな。普段話しをしない奴らとも話ができるしな)」
例年より早く梅雨が明けた7月の帰り道、入道雲を見ながらそう思った。
おしまい