9-15.魔性の女 ~イマジナリーフレンド編~
この物語はフィクションです。この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則などは架空のものです。
創立記念日の後も僕は宮島の実家の病院で麻奈の病気のことを話し、善後策をふたりで考えた。
宮島 :「医学的には解離性同一性障害と認定されたのを確認してるわ。そしてオリジナル人格は麻紀。麻奈の方が交代人格。だから麻紀に統合するべき」
解離性同一性障害の最終的な治療方法は「統合」。人格を統合することで解離に伴うもろもろの障害を取り除く。また、オリジナル人格とはもともとの人格。本名が麻紀であることから麻奈の方が作り出された人格であるということだ。
修 :「(やはり、麻奈は消さなければならないのか)」
だけど、僕は踏ん切りがつかなかった。別に今は問題ない。だったら今のままでもいいんじゃないか。
宮島 :「でも、先延ばしにしてると取り返しがつかなくなるかも。DIDは特徴として発作的に自傷行為に走ることも多いわ。そうやって大事な人を失った症例は幾つもあるのよ」
しかし、宮島も前と違って強気ではない。宮島自身も逡巡している。
そして、もう一つの謎も気になった。麻奈とのプールの帰り道間違いなく麻紀が僕たちを睨んでいた。あれは何だったのか。つまり、麻奈と麻紀は人格が別どころか別人ということなのか。だが、普段一緒に暮らしていてそんなことはあり得ないこともわかっている。
宮島にもそのことを話したが、「勘違い」の一言ですまされた。
そこで、詩音ちゃんにこの話をしてみることにした。彼女だけが僕の言ったことを素直に信じてくれる。
詩音 :「もう一人の麻紀さんが現れた? なんか面白くなってきた」
電話の向こうでわくわくした感じで詩音ちゃんが話してる。
詩音 :「それで宮島さんはまだ麻奈さんのこと消すべきだって言ってる?」
修 :「いや、今回のプールですべて麻奈が解決したことでさらにわからなくなったって言ってる。当分様子見ってところだ」
詩音 :「その方がいいと思う。ちょっと相手が尻尾出すの待った方がいいと思う」
修 :「だな」
詩音 :「しっぽだすといえば、もうひとつお願いがあるのだけど」
修 :「なんだい?」
詩音 :「解離性同一性障害の本を買ったでしょう。あれをリビングに出しておいてほしいの」
修 :「どうして?」
詩音 :「色々、現状動かしてみたいの。どんな結果になったか教えて」
修 :「よくわからないがやってみるよ」
特に問題があるとは思えないので例の本をリビングのテーブルの上に置いてみた。
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夜も更け、僕はひとり柳風荘のソファーで座りながら考える。麻奈は疲れたと言って先に寝てしまった。宮島も調べものがあると言って家に戻って今日はそのまま泊ると言っていた。藤原さんのお母さんは夜勤でいない。藤原さん自身は今お風呂に入っている。
全校生徒のあこがれの的の藤原さんと二人っきりの状態。だけど、間違いなど起こりようがない。互い恋愛対象外だ。
修 :「ふう、こんな時はお酒でも飲めればいいのだが」
思わず独り言をつぶやいた。
藤原 :「あるわよ。『どろ酔い』がふたつ。一緒に飲まない?」
風呂から上がった藤原さんが後ろから声をかける。
修 :「いや、僕たち未成年だし」
藤原 :「いいじゃない、たまには。今誰もいないんだし」
そう言って、僕の隣に座る藤原さんを見て、僕は目を見張った。
修 :「ちょ、ちょっと、その格好」
藤原 :「だって、暑いんですもの」
風呂あがりでバスタオル1枚巻いただけの藤原さんが横に座っていた。
藤原 :「若い女と男。たまには楽しみましょう」
藤原さんが僕の耳元でそう語る。
修 :「いやいや、藤原さん、それは不味いでしょ!」
藤原 :「あんまり大きな声を出すと麻奈が起きちゃう。今、この状態見られたら不味いのは修君でしょ。だから静かに楽しみましょう」
藤原さんが猫なで声でつぶやく。
修 :「(魔性の女!)」
木原が言っていたのを思い出す。
藤原 :「このごろ修君悩んでいるようだから慰めてあげる。ちょっとした息抜き」
藤原さんが体をぴったりとくっつけ耳元でささやく。
修 :「いやいやいや、僕には麻奈がいる」
藤原 :「だから?」
修 :「だからって」
藤原 :「理恵とはデートしても私とはできないの?」
修 :「え?」
藤原 :「私知ってるんだから、この頃、理恵の家でこっそりデートしてるって」
一気に冷静になった。
修 :「どうしてそれを」
藤原 :「私に隠し事なんて早いわよ。大方、DIDの対処法を考えていたんでしょ。麻奈をどうやって消すかって」
修 :「!!」
藤原 :「リビングにこの本おきっぱなしだったわよ。麻奈に見つかったらどうするつもりだったの?」
藤原さんは手にこの前買った解離性同一性障害の本を持っていた。
藤原 :「ここんとこふたりの態度が怪しかったからね。案の定、良からぬことを考えている」
修 :「良からぬことじゃない。このままだと命にかかわる。いつか麻奈は消さないといけないんだ」
藤原 :「理恵の影響受けすぎてるわよ、相川さん。でも、麻紀は麻奈が消えることは望んでない。彼女たちも知ってるのよ。バランスの上で成り立っていることを」
修 :「でも、解離性同一性障害のまま、生きていくことは困難。どのみち統合しなければならない」
藤原 :「彼女たちは特に困ってるように見えないけどなあ」
確かに、だったらこのままでもいいのか。でも、突発的な自傷行為の可能性もある。
修 :「しかし、麻奈は交代人格の自殺人格だ。もう一度やりかねない」
藤原 :「自殺図ってないわよ。ただ眠れないから睡眠導入薬飲んだだけ。あれで死ぬことなんてできないわ。理恵の早とちりよ」
修 :「え!?」
藤原 :「睡眠薬の容器に入っていたけど、中身はメラクトニンという睡眠導入剤だったのよ」
修 :「なんだって?!」
藤原 :「きっと誰かがメラクトニンの入った睡眠薬容器を渡したみたい」
修 :「そうだけど、麻奈は知らずに飲んだんだろ?!」
藤原 :「薬に詳しい麻奈が知らずに飲んだ? ちょっと考えにくいんじゃないかな」
宮島 :「じゃ、どうしてそんなことを!」
藤原 :「麻奈の性格考えればやりかねないわよ。知っていてわざと乗った。きちんとメッセージを受け取ったのよ」
修 :「?!」
藤原 :「とにかく、麻奈を消すのはなしよ。大きな問題が起きない限り必要ないんじゃないかしら。」
修 :「でも」
藤原 :「相川さん肝心なことわかっていない。もし、解離性同一性障害なら人格間で記憶は共有しないことを。確かに彼女たちは症状は解離性同一障害そのものだわ。パニック障害、自傷行為。でも、記憶を共有しているのよ。」
修 :「記憶を共有すると違うのか?」
藤原 :「解離性同一性障害は記憶を共有していない二人以上の人格が現れることにより、不整合が起き社会的な生活が送れなくなる病気。でも、記憶が共有されるなら不整合が起きない」
修 :「ということは」
藤原 :「ただふたつの性格があるだけ。麻奈を消す必要はないってこと。それにどうしても消すなら麻紀の方がいいわ」
修 :「で、でも、麻紀の方がオリジナル人格では?」
藤原 :「ええ、そうよ。でも主人格は麻奈の方よ。麻紀が交代人格」
修 :「はい?」
藤原 :「オリジナル人格と主人格が別なんてざらにあるわ。子供のころの天衣無縫な性格は成長するにつれ変わって行く。子供のころのままなのが麻紀。分別が付いているのが麻奈」
修 :「しかし、麻奈だけだと対人コミュニケーションの問題で生きていけないだろう?」
藤原 :「そう? 春祭とかプールとかで麻奈が自分で解決してなかった?」」
修 :「た、たしかに」
藤原 :「実際、お医者さんでも麻奈の病気ははっきりと分かんないのよ。それで、統合することが解決になるのかがはっきりつかめない。統合してもフラッシュバックを起きて自殺衝動がでるわよ。夜フラッシュバックが起きてるのは麻奈だけでなく麻紀でも起きるでしょう。だから統合することは私は反対。」
修 :「そうだったんだ」
藤原 :「理恵には私からももう一度言っておきます。彼女は修君が麻奈の病気に気付いたのを知って、突っ走ったのでしょう」
藤原さんはため息をつく
修 :「いや、彼女も迷っている」
藤原 :「そう、それなら、ますます慎重にね。相川さん。一人の意見を取り入れて短慮には知らないように。それじゃおやすみなさい。」
そういって、藤原さんは自分の部屋に戻ろうとした。
修 :「ちょっと待った。藤原さん。もう一人の麻紀について教えてくれ」
僕は不意に尋ねた。
藤原さんは一瞬躊躇したように間をあけて首を傾け答えた。
藤原 :「麻紀が二人? そんなことあるわけないわ。それじゃおやすみ」
そう言って部屋の中に入って行った。
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そのメールは夜遅く理恵の携帯にかかってきた。
短く一言。
「たすけて!」
麻紀からだった。
つづく