9-12.DID ~イマジナリーフレンド編~
この物語はフィクションです。この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則等は架空のものです。
昼休みに例によって中庭に向かう。木陰で大きな白い帽子をかぶりなにかを読んでいる女の子がいる。僕は当然のようにそこに行き声をかける。
修 :「ごめん、麻奈。おまたせ」
そういって僕は隣に座る。
麻奈 :「どなたでしょうか?」
修 :「え?」
麻奈 :「どうして親しげにここに座るのでしょうか?」
ものしずかに、そして、すこし憂いのあるさみしげな表情で僕を見る。彼女の手には本のようなものがあった。僕はふぅとため息をついて彼女に語りかける。
修 :「日記には書いてなかったのかい? 麻奈さん」
彼女は手に持っているものをあらためて見る。
麻奈 :「はい。なにも書いてありませんでした。昨日、麻紀は何か約束したのでしょうか?」
修 :「うん、ここで二人でお弁当を食べるって約束したよ」
麻奈 :「すいません。昨日、麻紀はうっかり日記に書かなくて寝てしまったようです」
修 :「なるほどね。でも、何らかの形跡が残ってるかもしれない。もう一度その日記を見て御覧」
麻奈 :「はい」
麻奈は再び手に持っている日記帳を見る。そして、首を振る。
麻奈 :「どこにも書いていません。ご存じのように私は麻紀と記憶の共有ができていません。なので、昨日ここでお弁当を食べた記憶が残っていないのです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。相川さん」
修 :「なるほどね」
僕は彼女の日記を覗き込む。「一日だけの友人。」という題名の本だった。日記でもなんでもない。
修 :「原作本?」
麻奈 :「そうなんです。おととい修君と一緒に映画見たときの原作本なんです。映画では時間の制約で伝えられなかった背景が書いてあって面白いんです。映画だとところどころわかりずらいところがありましたから」
修 :「読み終わったら貸してくれない?」
麻奈 :「はい」
修 :「ところで僕は誰?」
麻奈 :「すいません。麻紀の日記に何も書いてなかったのでわかりません」
修 :「麻奈さん、3つの矛盾点を説明します。①先ほどから僕のことを「相川さん」とか「修君」とか言っています」
麻奈 :「そうでしたっけ?」
修 :「二つ目。昨日一緒にご飯を食べたのは麻紀です。どうして記憶の共有ができていない麻奈さんが『ここでお弁当食べたこと』を知っているのでしょうか? 日記にも書いてないんですよね」
麻奈 :「うう~」
修 :「みっつめ。映画を見に行ったのは麻紀とです。記憶の共有をしていない麻奈さんはどうして映画の内容を知っているのでしょうか?しかも、細部にわたって」
麻奈 :「人の記憶はあやふやです。私そんなこと本当に言ったのでしょうか?」
修 :「はいはい」
このところ、麻紀が麻奈になることが増えてきている。特に、お昼のお弁当の時間帯が多くなっている。後お風呂に入った後もそうだ。
藤原さんがこんなこと言っていた。
藤原 :「麻紀はリラックスしてると麻奈によくなるの。これは彼女の緊張をほぐすやり方。ハイテンションな麻紀を続けると疲れちゃうからね。私は『まなーモード』って呼んでるけどね。一種の自己防衛。相川さんの前で出るってことはそれだけ心を許してるってこと。あんまり他人の前では出さないようにいってるからね」
そして、麻紀はおととい見た映画にすっかり感動して、その真似をしている。その映画はヒロインが事故で18時間しか記憶を保てず、日記にその日の出来事を書いて別人の自分に伝えるというものだ。なので、麻紀と麻奈が記憶を共有していないのは設定で、本当はもちろん同じ記憶を持っている。
修 :「ところで、今日のお弁当は?」
麻奈 :「ミックスフライ弁当です。白身魚とエビとヒレカツです」
そういってお弁当を出す。
修 :「おいしそう。いただきます」
麻奈 :「待ってください。それは私のお弁当です。修君のはこちらです」
修 :「え?」
そこにはエビの頭だけがいっぱいあった。
麻奈 :「海老の頭はカルシウムたっぷりで体にいいんです」
修 :「勘弁してくれ~」
麻奈 :「しかえしです。さっきのセクハラの」
修 :「いやいやいや、さっきのは当然の突っ込みをしただけで」
麻奈 :「ぷぷ。やっぱり修君面白いです。本当のお弁当はこっちです」
そういってもう一つのお弁当を出してきた。今度はまともなミックスフライだった。
麻奈 :「どうぞ召し上がれ」
お弁当も食べ終わったころ、中庭にアメフト部の顧問である担任と藤原さんが現れた。
先生 :「おお、ここにいたか、お邪魔して悪いんだが、深沢、次の練習試合の件で少し相談したいことがある。ちょっと来てくれないか?」
藤原 :「ごめんね~。二人の邪魔しちゃって。先生が急ぎだっていうんで、二人の愛の巣教えちゃった」
修 :「愛の巣ってなんだよ」
麻奈 :「わかりました。いま行きます」
そういって麻奈は立ち上がろうとした。だけどバランスを倒してストンと尻もちをついた。
先生 :「大丈夫か、深沢」
先生が近づき手を伸ばす。
その時だった。
麻奈 :「イヤ~~~! こないで。近寄らないで!!」
麻奈は怯えた口上で後ずさりをする。
先生 :「なにを言ってるんだ? 大丈夫か? どこか打ったか?」
麻奈 :「来ないで、来ないで!」
先生 :「深沢?!」
麻奈 :「イヤー!!!」
麻奈はパニックを起こし絶叫するとともに、まるでおびえた子供のように泣き叫び始めた。そして、地面に倒れ、背中を丸めた体制になった。
修 :「麻奈大丈夫か?」
藤原 :「フラッシュバック!」
僕は倒れている麻奈の肩をゆする
麻奈 :「おとうさんごめんなさい。おとうさんごめんなさい」
修 :「おい、麻奈」
藤原 :「本名で呼んで! 麻紀を呼び出して!」
藤原さんが僕のとなりに来る。
修 :「わかった。おい、麻紀、しっかりしろ」
麻奈の体がぴくっと震える。そして、少し落ち着きだす。
藤原 :「麻紀の体を支えて、少し起こしてあげて」
修 :「ああ」
体を起こす。
藤原 :「麻紀。この指を見て」
そう言って、藤原さんは人差し指を立てて麻紀の目の前に持っていく。そして、ゆっくりと左右に腕を動かす。その動きに合わせて、麻紀は顔を動かす。そして、
「パチン」
突然、麻紀の目の前で両手を合わせて鳴らした。
麻紀 :「あれ? 私、どうしたの?」
藤原 :「パニック起こしたのよ」
麻紀 :「ああ、突然先生が襲いかかってきて、パニックになったのね」
先生 :「違う。そんなことしてない!」
麻紀 :「ええ、わかってます。ご迷惑おかけしました」
先生 :「トラウマによるフラッシュバックか」
藤原 :「ええ、ご明察。もう大丈夫、だけど、一応保健室に行かせるわ。先生、用事は放課後でもいい?」
先生 :「あ、もちろんだ。じゃあ、深沢を連れてってやってくれ」
麻紀 :「あ、私は大丈夫よ」
藤原 :「麻紀は大丈夫だけど、麻奈がアウト。とても不味い状態。それに相川君に説明しないとね」
そういやって3人で保健室に向かった。
修 :「トラウマによるフラッシュバック? どうして先生が近付いた時起きたんだ?」
麻紀が顔を下に向ける。
修 :「ああ、大丈夫だ。何言われても驚かない。僕が守る。大丈夫だ。だから話して」
麻紀 :「うん。でも、千秋お願い」
藤原 :「しょうがないわね~。 まあ、相川くんが一番近くにいるんだから対処法を知ってるべきだしね。ちゃんと説明するわ」
修 :「お願いします。」
藤原 :「麻紀の子供のころの環境は知ってるわよね。小学校に入る前の環境」
修 :「まあ、ある程度は」
藤原 :「あの頃はお父さんから暴力を振るわれていた。それがトラウマになってるの。なので、スイッチが入ると一気に幼児退行を起こしてパニックを起こすの」
修 :「そのスイッチって?」
藤原 :「大人の男の人。特に30代のね。その人が近寄ってきて手を出したりすると時々起るわ。今回もそれ。対人関係が苦手な「まなーモード」で突然声かけられたからスイッチ入りやすくなった。麻紀も麻奈のままで行こうとするからよ。ああいうときは麻紀にならないと」
麻紀 :「ごめんなさい」
藤原 :「対処法は落ち着いて麻紀を呼び出すこと。麻紀の名前で呼んだり、さっきみたいに指を振ってパチンと手を合わせれば麻紀に戻るわ」
修 :「わかった」
藤原 :「それと相川さん、『まなーモード』にはこういった危険があるの。リラックスできる半面、今回のようなことがある。時には無理やり麻紀に戻る必要がある。そこは忘れないでね」
修 :「ああ、しかし、藤原さんよく知ってるな。そんなこと」
藤原 :「まあ、麻紀との付き合い長いし。それに指の対処法を教えてくれたのは理恵なんだ。」
修 :「宮島が?」
藤原 :「彼女、医者の娘だしね」
修 :「え?」
藤原 :「だから、こういうフラッシュバックに対して対処法とか知っているのよ」
麻奈の存在を頭から否定する宮島。その理由がわからなかった。生理的な嫌悪によるもの。そうだと思っていた。
だけど、ふと頭に気になることが浮かんだ。
「医学的見地による麻奈の否定」
もちろん医者の娘だからといって医者と同じように詳しいわけではない。
放課後、藤原さんと一緒に麻紀を家まで送った後、大型書店に向かった。
そこの3階の専門書コーナーで読みあさる。医学書のコーナーが何列にもわたって置かれている。
修 :「ないなあ」
店員 :「なにをお探しですか?」
修 :「パニック障害の本なのですが」
店員 :「それなら、こちらの心療医学のコーナーです」
そう言って案内されたのは反対側のコーナーだった。そこは医学書のコーナーに匹敵するくらいの心療医学の本があった。
修 :「こんなにあるんだ」
店員 :「ええ、このストレスの多い時代このような本が売れるのです」
僕は店員にお礼を言った後、本を探した。
修 :「パニック障害。あ、これだ」
本を読んでいくが一向に今日の麻奈の行動や藤原さんの対処方法について触れられていない。
そんななか近くの本に目がとまった。
「解離性同一性障害」
修 :「(ああ、肉体的には男だけど精神的には女の子だと思ってしまうやつだな)」
同じような本がいっぱいある
ちょっと興味をもち、中を読んでみる。
内容は思っていたものと違った。
多重人格の本だった。
修 :「なんだ」
僕は残念に思ったがなんとなく興味を持ち読み進めた。
そこには書かれたいた。
「トラウマによりフラッシュバックが起きたときの対処例」
修 :「!」
藤原さんがやったことと同じことが書かれていた。
「幼児期の虐待などから2人以上の人格が現れる。特に親からの虐待が原因。幼児期に神に近い親の虐待は自分に原因があると考えいい子になろうとするが、どんなに頑張っても虐待は止まらない。その現実から逃れるため別人格が現れる」
「人格の中には自傷行為に至る人格も多くみられ、中には自殺を図る人格がある」
僕は急いで本を買い、宮島さんに電話で連絡を取った。
宮島 :「それでお話って?」
修 :「麻奈の件だ」
宮島 :「麻奈がどうかしたの?」
修 :「解離性同一性障害」
宮島さんのため息が聞こえる。
理恵 :「やっと話ができる人が現れたわね。少し時間がある? 直接会って話をしましょう」
僕は宮島さんの実家、宮島病院に向かった。
…
修 :「ただ性格が2面あるだけだと思ってた」
僕は今日買った本を見せる
理恵 :「ええ、違うわ。彼女は解離性同一性障害を患っている」
修 :「うん、原因は子供のころのネグレクト。あまりにつらい現実から逃避するために麻奈を作り出し、そして、嫌なことは全部麻奈におっかぶせた」
理恵 :「そう、だけど押しつけられた麻奈はストレスがたまる一方。そして、彼女は逃げ道がない」
修 :「だから、この世に存在する場所がないと思い、逃げに走る」
理恵 :「ええ、つまり彼女は」
修 :「自殺人格」
理恵 :「その通りよ。実際、麻奈は自殺を図った」
修 :「うん」
理恵 :「麻奈はいつか麻紀を殺す。麻奈は存在してはいけないの」
修 :「悪かった。今まで宮島のことを疑ってた。よく知らないで」
理恵 :「ううん、わかってもらえればそれでいいわ。でも、やっと理解者が現れた。それが相川君なのが何よりもうれしい」
修 :「話してくれないか? あの春休みのことを」
理恵 :「ええ、そろそろ話す時期よね。実は旅行に行っていたのは嘘なの」
修 :「嘘? じゃあ、何をしていたんだい?」
理恵 :「治療。解離性同一性障害の治療よ。統合を図ったの」
修 :「統合? 麻紀への人格の統合か?」
僕は本に書かれていた治療法を思い出す。でも、そんな簡単ではなかったはずだ。
理恵 :「ええ、オリジナル人格の麻紀に一本化するための治療。麻紀が自分に向き合い逃げないための治療。2週間入院して自分自身に向き合ってもらった」
修 :「その結果、うまく麻紀が現れた。だけど統合までは行かなかった。そういうことか」
理恵 :「麻奈が隠していた麻紀が表に出るようになった。そして、人格交代が起きて、麻紀が主人格として現れるようになった。そして、麻奈の説得に成功して麻奈の人格は消えてなくなった」
修 :「だけども、再び現れた。」
理恵 :「うまくいったと思ったのよね。でも、再び麻奈が現れた。そして、ゆっくりとだけど麻奈の時間が増えている。そもそも2週間やそこらで統合なんて無理があったのよ」
修 :「どうしたらいい?」
理恵 :「時間をかけて麻奈に消えてもらうしかない」
修 :「…。 どうやって?」
理恵 :「相川君が説得するしかない」
わかっていた。それしかないことを。
理恵 :「辛い役目なのはわかっているわ。でも、あの子を救うには他に方法ないの」
修 :「…」
理恵 :「もう相川さんは麻紀に十分惹かれてるわ。だから麻奈がいなくても平気」
修 :「でも!」
理恵 :「また、この前みたいに自殺を図ったら麻奈だけでなく、麻紀も失うのよ!」
修 :「だけど…」
理恵 :「今すぐでなくてもいい。統合を図ることによって麻奈がいなくなるわけではない。麻奈っぽい麻紀が現れるだけ」
修 :「でも、今までの麻奈の記憶は失われる」
僕は本に書かれていたことを口に出す。
理恵 :「また、新しい記憶を作っていけばいい。まだ付き合いだしてたった3カ月。ずるずるすればするほど、失われる期間は長くなる。そして、自傷行為に走る可能性も大きくなる」
修 :「わかってる。わかっているけど…」
僕は上を向いてため息をついた。
宮島は麻奈のために色々尽力をしてくれた。医学的なバックサポートをするため俺たちと一緒に住んでくれている。いい奴だったんだ。そのために大芝居も打った。僕は春休み直前に麻紀が現れたことを思い出した。
修 :「それで、春休み前、別人を麻紀に仕立てて麻奈を説得した。そういうことだよな」
理恵 :「え? 何言ってるの? 麻紀と麻奈は同一人物じゃない。そんなことしたって意味ないじゃない」
修 :「でも、春休み直前、麻紀は麻奈の前に2度も現れている」
理恵 :「何言ってるの?そんなことあり得ないわよ。相川さんの勘違い」
宮島は嘘をついているのか。でも、本当に麻紀が現れたことを知らないみたいだ。
となると、この一連の謎は解決していない。詩音ちゃんに相談しないと。
修 :「とりあえず、この件は保留にさせてくれ。簡単にきめていい話じゃない」
理恵 :「時間はないわよ」
修 :「ああ、わかってる」
…
その日の夜、詩音ちゃんに電話をかけ一連の話をした。
詩音 :「なるほどね~。そういう病気だったんだ。治すためには麻奈さん消さないといけないのね」
修 :「ああ、思ったよりも大変なことになっている」
詩音 :「でも、黒幕が別にいるわよ。というより、まだまだ入口についただけって感じ」
修 :「どういうこと?」
詩音 :「麻奈さんだけでなく、宮島さんの記憶も消されている」
修 :「なんだって?!」
詩音 :「もう一人の麻紀さんよ。その存在を知られては行けないと思っている人がいて、催眠術か何かで消してるわ。もう一人の麻紀さんか、あるいは別のだれかがね」
修 :「ということは?」
詩音 :「もう一人の麻紀さんが麻奈さんを消したがってる。何らかの理由によって。彼女は実在で今回の関係者とみていいわ」
修 :「しかし、どうやって確認する?」
詩音 :「麻奈さんと仲良くしてればいいわ。そうすれば、向こうからきっと尻尾を出す。だから、麻奈さんを消すのはやめて」
修 :「わかった。麻奈は消させない」
僕は宮島に悪いと思ったが、このまま麻奈との関係を続けることにした。麻奈を消させてたまるもんか。
つづく




