9-1.白帽子 ~イマジナリーフレンド編~
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
花の丘病院の西棟の6階。そこは特別小児病棟のあるフロア。そこの院内学級の部屋で高校生くらいの女の子と小学生の女の子が話をしている。
麻紀 :「これがその時の傷なの。私は全く覚えていないのよ」
そう言って高校生の女の子は左手に巻かれた黄色いバンダナを外し、手首を見せる。女の子の明るい華やかな表情とは似ても似つかない傷跡がそこにはあった。
女の子:「こ、これって」
相手の小学生の女の子が驚いて聞く。
麻紀 :「そう、リストカットの痕。あの子がやったこと」
女の子:「自傷行為に走るなんて。そんな」
麻紀 :「自分が知らないうちにね。睡眠薬を飲んで自殺を図ったこともある。幸い発見が早くて命話取り留められたけどね」
女の子:「自殺人格」
麻紀 :「さすがね。草薙先生が推薦するだけあるね。だから手伝ってほしいの。あの子を消すことを」
女の子:「え?」
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田村 :「次はキックオフリターンの練習をする。みんな修を止めるんだぞ。キックオフリターンタッチダウンをさせるんじゃないぞ」
そういうとキッカーがラグビーボールのようなアメフトのボールを思いっきりける。
修 :「やばい! キックミスだ」
キッカーが蹴ったボールはまっすぐ飛ばず、一直線にグラウンドの外を目指す。その先には木陰で本を読んでいる女の子が。
修 :「あぶない。よけて!」
僕はそう叫んで、女の子の方に全速力で向かう。何とかボールを取らないと。間一髪間に合った。でも、勢い余ってそのまま白い帽子をかぶった女の子にぶつかってしまった。これじゃ意味がない。
女の子:「きゃ!」
修 :「大丈夫? ごめん、痛かったよね」
女の子はじっと僕の方をにらんでいる。
修 :「怒ってる? 深沢さん」
女の子の名前は深沢さん。あまり目立たないがクラスメートだ。無口で僕もそれほどしゃべったことがない。というか、どちらかというと変な人でクラスの中では見られている。いつも白い帽子をかぶり、手に黄色いバンダナを巻いて、木陰で本を読んでいる。友達とも話をするところをほとんど見たことない。
深沢 :「あの、帽子とっていただけませんか?」
今の事故で帽子が飛んで行ってしまったらしい。あわてて、僕は白いつばの広い帽子を拾いに行った。
深沢 :「ありがとう」
彼女はそういうと再び帽子をかぶり、本を読み始めた。僕はなにか置いていかれた感じでその姿をじっとみる。
深沢 :「あの、まだ、何か?」
彼女は黙っている僕の方を見上げて話す。
修 :「ううん、なんでもない。でも、本当にごめんね」
深沢 :「はい」
そういうと再び本に目を落とした。
修 :「じゃあ、また、教室でね」
僕は仕方なしにボールを持って練習に戻る。
その日はそれ以上はなにもなく終わった。
だけど、次の日の朝、学校に着くと深沢さんが僕の席に来た。そして、いきなりとんでもない発言をした。
深沢 :「あの、責任を取ってくれませんか?」
クラス中の目がこちらに向く
田村 :「修、お前ってやつは。いつの間に」
深沢 :「男の人として、ちゃんと責任をとってくれませんか?」
キャー。一部の女の子が声を上げる。
修 :「ちょっと、誤解だよ。誤解。僕は何もやってない」
深沢 :「やっぱり逃げるんですね」
深沢さんがうつむく
国立 :「おい、修、男らしくないぞ」
修 :「ちょっと、ちょっと、どういうこと? 身に覚えがないよ」
深沢 :「昨日、あなたがぶつかったところ、少し、あざになってます」
修 :「え? あ、ごめん。そういうことだったんだ」
深沢 :「そういうことって、何を想像してたんですか?」
修 :「いや、別に」
深沢さんがため息をつく。
深沢 :「セクハラです」
修 :「え?」
深沢 :「セクシャルハラスメントです。立場の弱い人間に対して立場を利用して性的な行為を要求する行為です」
修 :「いや、用法が違うような」
深沢 :「やっぱり、昨日は私の体が目当てでぶつかってきたんですか?」
修 :「違うって!」
深沢 :「そんなに私の体って魅力ないんですか?」
修 :「ちょ、ちょっと」
深沢 :「冗談です。本気にしないでください」
なんだとばかり、周りの視線がはずれていく。
深沢 :「でも、昨日、ぶつけた責任は取ってほしいです」
修 :「どうすればいいの?」
深沢 :「今日のお昼休み、私と付き合ってください。中庭で待っています」
そういって、深沢さんは席に戻って行った。
修 :「でも、責任って、一体何に付き合ってほしいんだろう」
お昼休み、僕は裏庭に行ってみると、大きな木の木陰で白い帽子をかぶった深沢さんが本を読んでいた。
修 :「何を読んでいるの?」
そう、僕は声をかける。深沢さんはブックカバーがつけられたハードカバーの本を閉じ、こういった。
深沢 :「興味ありますか?」
修 :「うん、少しね」
僕はいつも本を読んでいる深沢さんが何を読んでいるのか知りたくなった。
深沢 :「セクハラです。人の知られたくないことまで入り込むなんて」
修 :「ちょ、ちょっと」
深沢 :「やっぱり、相川さんは私の体目当てでここに来たのですね?」
深沢さんがおびえた目でこっちを見る。
修 :「あのね、呼んだのは深沢さんの方だと思うんだけど」
深沢 :「冗談です」
深沢さんは座っている場所を少し右にずらし、僕に座るように促した。
僕は彼女の隣に座る。
深沢 :「一緒にお昼いかがですか? お弁当作ってきました」
修 :「え?」
めまぐるしい展開に僕は付いていけなかった。
深沢 :「責任とって、お昼一緒に食べてほしいのです。嫌ですか?」
修 :「嫌ってことはないけど」
深沢 :「じゃあ、決まりです。寮なので、大したものは作れなかったのですが」
そういって、彼女は小さな包みを取り出す。中身はおにぎりだった。
修 :「うわ、おいしそうなおにぎり」
深沢さんが少し憂いを込めた感じで笑う。
修 :「じゃあ、いただきま~す」
深沢 :「だめです」
修 :「え?」
深沢 :「それは私のおにぎりです。相川さんのはこっち」
そういって、味付けのりを一袋だされた。
深沢 :「相川さんは、今日は海苔だけです。この味付け海苔はとてもおいしいんですよ」
修 :「そんな~」
深沢 :「プッ。冗談です。相川さん、本気にするなんてかわいいです」
そうやって、おにぎりを渡してくれた。中身は焼きたらこのおにぎりだった。
深沢 :「おいしいですか?」
修 :「うん、すごくおいしい」
深沢さんが笑う。だけど、やっぱり、少し、さみしげだ。
修 :「いつも、一人でここで食べてるの」
深沢 :「はい、大体、ここで一人で食べています。前は仲良かった子と食べていたような気がするのですが。でも、今はこうやって好きな本を読みながらここでお昼ご飯を食べるのが好きです」
修 :「そうなんだ。どんな、本が好きなの?」
深沢 :「秘密です」
修 :「え~」
深沢 :「相川さんがもっと、私のこと知るようになったら教えてもいいかもしれません。だけど、今はまだだめです」
修 :「じゃあ、どうすれば深沢さんのこと知るようになれるかな」
深沢 :「また、明日、お昼休みを一緒に食べてくれませんか? そうしたら、もしかして教えてあげるかもしれません」
修 :「本当? じゃあ、また、明日来てもいい?」
深沢 :「ええ、明日はサンドイッチ作ってきます。楽しみにしててください」
このちょっと奇妙な子と午後の木漏れ日の中で僕は約束した。
次の日、昼休みに中庭に行く。やはり大きな木の下で深沢さんが座っていた。
深沢さんはびっくりした目で僕を見る。
深沢 :「あの? 何しに来られたんですか? やっぱり、わたしの体が目当てなんですか?」
修 :「あのね、昨日約束したじゃない? 覚えてないの?」
深沢 :「昨日の夕飯何食べましたか?」
修 :「え? えっと 確か餃子だったはず」
深沢 :「じゃあ、1週間前は?」
修 :「え?えっと、そういえば」
僕は思い出せなかった。
深沢 :「人の記憶なんて曖昧なものです。たった1週間前の夕食ですら忘れてしまうのです。ですから、昨日の約束なんて本当なのでしょうか? 別の人と約束してませんか?」
修 :「え?」
深沢 :「やっぱり、早く、その人のところに行ってあげてください。今も、きっと待っていらっしゃいますよ」
修 :「ああ」
僕は記憶をひも解いた
修 :「じゃない、ちゃんと僕は深沢さんと約束した」
深沢 :「ププッ。相川さん、面白いです。ちょっとした冗談なのに本気になって」
修 :「もう」
深沢 :「今日も一緒にお昼ご飯ご一緒する約束でしたね」
修 :「そうだよ」
僕は良介たちの誘いを断ってここまで来たんだ。
深沢さんは座っているところを少しずれて、隣に座るように誘う。僕は隣に座る。
深沢さんはお弁当の包みをほどきだす。中にはサンドイッチが一杯入っていた。そして、深沢さんはそのサンドイッチの入った箱を僕の方にさし出す。
修 :「うわ~、おいしそう。いただきま~す」
深沢 :「だめです。これは私のです。相川さんのはこっちです」
そういうと深沢さんはパンの耳が一杯入ったビニール袋を僕にさし出した。
修 :「これって」
深沢 :「はい、サンドイッチを作った時に出だパンの耳です。これが相川さんの分です」
修 :「…」
深沢 :「ちゃんと責任とってもらわないと。どうぞ。マーガリンはここにあります」
僕は渋々食べる。
深沢 :「おいしいですか?」
修 :「おいしいよ」
深沢さんはほっとした顔をする。
深沢 :「よかったです。お気に召さないかとちょっと気にしてました。喜んでくれてうれしいです。明日も持ってきますので、よろしくお願いします」
修 :「ちょ、ちょっと!」
深沢 :「ププッ。相変わらず、相川さん、冗談通じないのですね。パンの耳だけでは栄養が偏ってしまいます。ちゃんと、こっちも食べてください」
そういってサンドイッチをさし出される。
修 :「もう、勘弁してよ~」
深沢 :「ふふっ」
修 :「でも、おいしい、このサンドイッチ」
深沢 :「お粗末さまです」
そういうと深沢さんは再び本に目を落とす。
修 :「今日は教えてくれるかな」
深沢 :「何をですか?」
修 :「その本のことさ。教えてくれるって昨日言ってた」
深沢 :「そうですね。でも、この本はだめです。この本は私そのもの。だから、教えるわけにはいきません」
修 :「もっと、深沢さんのことを知らないとだめってことだね。じゃあ、質問。月並みの質問だけどどうして深沢さんは本が好きなの?」
深沢 :「相川さん、自分はこの世界の人間とは違うんだとか思いませんでしたか?」
修 :「へ?」
深沢 :「例えば、自分は特別な存在で『練習すればカメハメ波を出せる』とかいって練習したり、恥ずかしくなるようなポエムを書いたり」
修 :「ええっと」
深沢 :「やっぱりあるんですね」
修 :「カメハメ波はないけど似たようなことはある」
深沢 :「ププッ、それ中2病って言うんですよ。そんなのありえないのに」
深沢さんが少し見下した表情で僕を見る。
修 :「で、でも、それって、誰でもある話じゃんか」
深沢 :「そうですね。それで、今も相川さんは自分は特別な存在でこの世界の人間とは違うんだと思ってますか?」
修 :「いや。さすがにそんなことは」
深沢 :「私は今も自分はこの世界の人間じゃないんじゃないかと思っています」
修 :「え? どうして?」
深沢 :「秘密です」
修 :「でも、それと本が好きなのとどういう関係なの?」
深沢 :「本は今生きている自分の世界と違う人生を歩めます。この本の世界こそが私の世界なのかもしれません。」
つづく