8-6.奇跡の子
この物語はフィクションです。この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則などは架空のものです。
八重山は龍之介君の手術の日の数週間後、大垣先生のエルベの花の丘病院に招待され訪問した。
八重山先生が周産期センターのセンター長室に入ると小さな女の子に迎えられた。少し知恵遅れっぽく、自分のこととをことりと呼んでいた。そして、大垣先生の席まで案内してくれる。
八重山:「ここが、対世界のエルベの花の丘病院。もっとこっちは未来の世界っぽいと思っていたのに、これではまるで昭和の病院みたい。昔も花の丘病院はこんな感じだったのかしら。古いけど懐かしい。」
大垣 :「んだ。でも、設備は決して古くないぞ。建物に金が回っていないだけだ。」
八重山:「ええ、中身は素晴らしいわ。」
八重山は薄型テレビがついた各ベッドなどを見て感銘を受けている。
八重山:「でも、いまだに信じられない。あなたが学生時代の恋人の大垣君と結婚した私だなんて。どう?結婚生活は幸せ?」
大垣 :「まあまあだな。旦那は相変わらず研究に明け暮れてる。お互い干渉しないのがルールだ」
八重山:「結婚しても変わらないのね。でもすっかりあなたは大垣君の北関東弁うつってるわね」
大垣 :「んだな。付き合い長いからな」
八重山:「ところで、向こうの周産期センターも方針を変えたわ。18トリソミーの患者に対して積極治療をすることにしたの。雪菜ちゃんの手術も無事終了したわ」
大垣 :「ええことだ。18っこだからって差別しちゃなんね」
八重山:「私怖かったのよ」
大垣 :「?」
八重山:「研修が終わって、初めて受け持った難病の赤ちゃんが18っこだったわ。確かあやちゃん。そう、滝沢あやちゃんて子だったのよ」
大垣 :「ほう」
八重山:「やっぱり、その子は遠山さんと一緒で不妊治療の末に生まれた子だった。待ち望まれて生まれた子だった」
大垣 :「…。」
八重山:「だけど、当時の方針は積極治療は行わない方針だった。うまれてもすぐ死んでしまう。だから、親御さんの情が深くならないうちに天使に迎えに来てもらおうって」
八重山:「でも、あやちゃんには天使は迎えに来なかった。何度も危機を乗り越えて生き延びた。積極治療をしないと言っても対処療法はしたわ。だから、危機のたび生き延びた。1か月どころか3か月も半年も。そうしたら…」
大垣 :「情が移っただか」
八重山:「ええ、ご両親と一緒に治療を続けているうちに『この子だけはなんとか生き残らせたい』って思うようになったわ。それで、方針を変えたのよ。積極治療方針に。そう、心臓手術を勧めたわ」
八重山:「でも、途中から変えたから後手後手。だから入念な準備もできず手術もあまりうまくいかなかったわ。周りの先生たちにも怒られご両親からの信頼も失った。結局1歳のお誕生日を迎える前に旅立って行った。今から14年も前のことよ」
大垣 :「そっか」
八重山:「そのとき、大垣君とわかれた。ちょっとしたことで大ゲンカになってね」
大垣 :「…。」
八重山:「それ以来、わたしは18っこに積極治療をしなくなった。無駄だからね。でも、今回あなたたちを見てたら少し気が変わったわ。ご両親の同意があれば積極治療を試みてみるわ」
大垣 :「んだな。でも、おめはおめ、おらはおらだ。気張ることはない。」
八重山:「ええ」
大垣 :「ところで、最初から積極治療したら滝沢あやちゃんはどうなったか知りたくないか?」
八重山:「!」
そして、八重山は少し考え首を振る。
八重山:「いいえ。生きていたら生きていたで後悔するし、天使になってしまったらそれはそれで残念に思う」
大垣 :「そっか」
八重山:「それじゃ、わたし、学会の準備があるからこれくらいで」
大垣 :「ああ、大変だな。大橋先生に目をつけられてしまったばかりに」
八重山:「これも仕事のうち。それじゃまた」
大垣 :「ああ。 ことり、八重山先生を階段まで一緒に送ろう」
ことり:「ん」
そういって3人は医局を出て階段まで行き、そこであいさつをして別れて行った。
大垣 :「会いたくないか。そんなものなのかな。ことり」
ことり:「ん?」
大垣 :「ことりには難しいか」
そう言って大垣先生は笑う。帰り道、プロジェクト18の会合に参加していた遠野さんにばったり出会った。ことりがあいさつをする
ことり:「や」
遠野も気づき挨拶をする。
遠野 :「ことりちゃん、こんにちわ。今日も元気ね。先生もお元気そうで」
大垣 :「遠野さんも大分元気が出てきたようだな」
遠野 :「はい、娘ももう少ししたら退院できそうです。それで今もプロジェクト18の皆さんに色々退院後のことなど教えてもらっていました」
大垣 :「それはよかった。そういえば、遠野さんにきちんとことりを紹介してなかったな」
遠野 :「ことりちゃん? いまさらですか? ちゃんと知ってますよ」
遠野がにっこりほほ笑む。
大垣 :「いや、ことりというのはニックネームなんだ。いつもことりのようにさえずりながらどこかに行ってしまう。それで、ことりってつけたんだ」
遠野 :「へ~。ニックネームだったんですね」
大垣 :「それにことりの年も教えていなかったしな」
遠野 :「小学1~2年じゃないんですか?」
大垣はほほ笑む。
大垣 :「ことり、遠野さんにきちんと本当のお名前であいさつできるかな?」
ことり:「ん」
そういうとことりは遠野の前に進み出た。窓から入る早春の日差しに照らされことりはあいさつした。
ことり:「滝沢あや。14才!」
18っこ編 完
8-5話下記直しに合わせて修正しています。今回はなぜ大垣という姓なのかを明らかにしました。