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トリックエンジェルSS  作者: まーしゃ
第8章 18っこ編
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8-4.四分の一成人式

この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。

大垣 :「うん、大分容体も安定してきたな。」


1ヶ月後、大垣先生は娘を診察して、そうおっしゃった。娘はまだ病院にいる。そして、うれしいことに平均余命14日を過ぎてもちゃんと生きている。


大垣 :「だけど、このままじゃだめだ。肺動脈系がおっちんでしまう。」


私は大垣先生を見る。娘は心臓に欠陥を持って生まれた。心室に穴があいていて、そして肺動脈が細いという合併症だそうだ。ファロー四徴症というらしい。


大垣 :「心臓に穴があいてる分、肺動脈や肺そのものに負担をかけてる。このままだと血管が固くなって、呼吸も苦しくなる。


無呼吸症。娘のもう一つの症状。18トリソミーの子が生まれ持ってくる可能性の高い症状。娘も時々サチが80を切り危ない時がある。そのため、酸素チューブは外せない。


大垣 :「18っこが死んじまう理由は心臓よりも呼吸が止まることの方が多い。そっちの方がおっかねえんだ。だけど、呼吸が止まっちまうのは心臓がうまく働いてないからだ。だから心臓を何とかしないとならない。」


遠野 :「何とかするとは。」


大垣 :「心臓の穴をふさぐんだ。」


遠野 :「手術すると。」


大垣 :「んだ。」


遠野 :「ちょっと、待ってください。こんな、こんな2カ月にもなっていない小さな子の手術をするんですか? もうちょっと大きくなってからでも」


大垣 :「おっきくなる前に天使が迎えにきるぞ。このまんまだとどんどん肺動脈が悪化する。やるなら今のうちだな。」


遠野 :「ちょっと、考えさせてください。」


大垣 :「そっか。旦那さんとよく相談しろ。でも残されてる時間はすくねえだ」


遠野 :「はい。」


大垣 :「そういえば、まだ、1か月検診してねえだろ。ちゃんと受けないとだめだあ。」


遠野 :「でも」


1か月検診。私は受けたくなかった。娘がこの病気になり明日をも知れない状態のなか毎日張り裂けそうな思いで病院に来ている。でも、他の子供たちはすくすく育ち、お母さんたちも幸せそうだ。そんな中、一人だけで検診を受けるのは辛かった。


遠野 :「つらいんです。」


大垣 :「だな」


遠野 :「…」


大垣 :「よし、こうしよう。おらの病院に来い。知ってる人もいないし、気が楽だ。おらの病院なら、同じような境遇の人ばかりだ。辛い思いもさせねえ。」


確かにそうかもしれないと思った。


大垣 :「それに、ちょっとレトロな雰囲気があって落ち着くぞ。おらの病院。まあ、金がなくて建て替えられないんだけどな。」


そういって大垣先生はおどけた。


遠野 :「それじゃあ、お願いしてもよろしいでしょうか。」


大垣 :「わかった。それじゃ、この日に来てくれないかな?」


そういって日付を指定された。



私はその日病院につくと女の子が待っていた。


舞  :「道案内します。」


そういって公園の中に連れて行かれた。


そして、


舞  :「ここからは秘密の通路を通ります。この目隠しをしてください。」


そう言われ目隠しをする。私は言われたとおりにした。事前に聞かされていた。


女の子に手を引かれ歩いていく


舞  :「もういいです」


そういって目隠しを外してもらった。


でも、そこはさっきと同じ公園だった。


詩音 :「それじゃ行きましょうか」


そういって歩き出す。方向は娘が入院している病院の方角だった。


しかし、見えてきた病院は小さく、そして、少し古い病院だった。


舞  :「じゃあ、時間になったら迎えにきますね。私は6階の小児科のナースセンターにいます。」


そういうと女の子はどこかに行ってしまった。


受付 :「ご予約の遠野さんですね。それでは2階の周産期センターにどうぞ。左手の階段になります。」


そういって受付の人が階段を教えてくれた。


古い病院だった。でも、清潔感のあふれる病院。まるで昔に戻ったような懐かしい病院だった。


コンピュータとか液晶の掲示板とか使っていない頃の病院。そんな感じの病院だった。


遠野 :「まるで昭和の病院。」


私は時間もあることだしゆっくりと落ち着いた気分であたりを見ながら階段を上っていく。


途中から母親たちの声が聞こえる。何人かで話をしている。


母親A:「龍之介君、おめでとう」


「おめでとう」か。


私の娘には言われなかったな。


まるで生まれたことを祝福されていない子。


そんな感じだった。


ただ一人おめでとうと言ったのは大垣先生だけだった。


遠野 :「つらいな」


祝福された子供たちが当たり前のように通う病院。ただ一つ病気でない子が行く病院。それが周産期科。


きっと、祝福されたこどもが退院するんだろう。


遠野 :「さっさと横を通り過ぎよう。」


私は目を伏せその一団の横を通り過ぎる。


母親B:「四分の一成人式おめでとう。」


「四分の一成人式」?


私はその耳慣れない言葉に反応して顔を上げ、その一団の方を見る。


そこには7~8人の子供たちがいた。みな車いすやベビーカーに座っていた。いやひとりだけは母親の周りをちょろちょろ歩いたりしている。


みんな小さな子どもたちだった。それに、子供たちの中には経管チューブをつけている子もいる。そして、みなグーの手をしている。


そして母親たちは


「プロジェクト18」


と書かれたトレーナーをきたり車いすにシールを張っていたりする。


遠野 :「まさか」


私は意を決して近づく。


遠野 :「あの?」


一団の人は不審な目をしながら私の方を見る。


遠野 :「18っこですか?」


母親A:「18っこをご存じなんですか?」


遠野 :「娘も18っこなんです」


-------------------------------


私は一瞬で話の中に入れてもらえた。


母親B:「そう、一か月検診でここにねぇ。じゃあ、赤ちゃんはまだ病院ね。」


私はうなづく


母親C:「大変だわよね~。あのころは私たちも右見左もわからずに泣いてばかりいたもんね。」


母親D:「私のどこが悪かったの? とか、この子の生まれた意味は何とか考えながらね。生まれた意味なんて無いのにね。」


北沢 :「でも、必死でした。限られた時間の中でどれだけ輝いて生きていけるか。思い出を作っていけるか。そればかり考えていました。」


ここにいる子たちは皆娘と同じ18っこだった。


母親A:「でも、それも今日で卒業ね。」


北沢 :「はい。今日は四分の一成人式ですから。」


遠野 :「あの? 四分の一成人式ってなんですか?」


母親A:「ふふ~ん。この子たち何歳に見える?」


遠野 :「えっと二つか三つじゃないでしょうか?」


母親A:「そう見えるわよね。でも違います。みんな5歳以上。小学校に通っているのが5人います。」


遠野 :「小学生なんですか? そんなに生きできるんですか? 絶対予後不良じゃないんですか?」


母親A:「生きられるわよ。厳しかったけどね。」


母親B:「これまで何人ものお友達を天国へ見送ったわ。」


母親C:「お友達はこの倍はいました。残ったのは私たち半分だけ。」


母親D:「でも、もう安心なんです。5歳の誕生日を過ぎましたから。もう、天使として見送ることはないでしょう」


北沢 :「だから20才の4分の一の5歳になったらお祝いをするんです。天使に見捨てられた日です。」


遠野 :「それってつまりどういうことでしょうか?」


母親A:「この病院のいちご先生にとりあげられた18っこで5歳を過ぎて死んだ子はいないです。」


母親B:「そう、もう安心なんです。」


そんな会話をしていると大垣先生が奥からやってきた。


大垣 :「それじゃ、北沢龍之介君の四分の一成人式を始めるっぺ。」


そういって、5歳になった龍之介君をみんなが取り囲んで式を始める。


大垣 :「北沢さん、今まで大変だったな。でも、これからもっと、大変になる。そのためにはもっと自分を周囲の人に売り込んでいく必要がある。」


北沢 :「売り込む?」


大垣 :「んだ。生まれたばかりの時は子供の死を覚悟してどう身送るかばかり考える。だども、1歳過ぎたあたりから、この生活ができるだけ長く続けられるよう充実した生活を送ることを考える。例えばネズミの国に行って思い出を作ろうとするだろう。」


みんながうなづく。


大垣 :「でもこの成人式の後は、子どもの死から解放される。その代わり、この子の未来に対する責任が生まれるんだ。中学生、高校生になった時どうやって生きていくかだ。」


遠野 :「中学生、高校生」


そんな未来の話。今、必死に生きるだけの娘の未来。そして、今、その未来へ向かう親子が目の前にいる。私たちの近い将来。


大垣 :「だから、地域の人、先生、医療関係者に売り込むんだ。そうすれば、みんなが助けてくれる。ひとりで抱え込まないで地域の中に生きていくんだ。子供を失う恐怖から卒業して障害児の母としてどう向き合っていくかを考える、これが四分の一成人式だ。おめでとう。」


北沢さんは泣き出した。今までの苦労を思い出し、これからの不安と希望に胸をふくらまし。


周りの母親が拍手をする。私も拍手をする。力いっぱい。


--------------------------------


その後、私は予約の時間になり、外来診察室の前で待つ。診察室の扉には「天使立ち入り禁止」と書かれた札がぶら下がっている。そして、そこにはマジックで「トリックエンジェルを除く」と手書きで書かれている。


時間になると診察室の前のドアが開いた。


そこから出てきたのは先生でも、看護婦でもなく、小学生の女の子だった。


ことり:「どぞ」


そう一言言って私をいざなう。


中には大垣先生が待っていた。


大垣 :「四分の一成人式はどうだった?」


遠野 :「感動で涙が出てきちゃいました。私、雪菜をどう看とるかばかり考えていました。それじゃ、だめなんですね。」


大垣 :「んだ。『絶対予後不良』この言葉に惑わされてしまうんだ。調べても出てくるのは『看とる』までどうやって生きるかばかりだ。『育児』に関してなんか出てこない。」


遠野 :「はい。私も色々調べましたがありませんでした。」


大垣 :「しかし、現実には先ほど見たように立派に育つ18っ子もいる。そもそも何も積極治療しないで1歳の誕生日を迎える子が10%いる。いわんや積極治療したらもっとその率は増える。」


遠野 :「確かにおっしゃる通りです。あの、雪菜は積極治療したら長生きできるのでしょうか?」


大垣 :「18っこの死因は心臓の病気と呼吸の障害がほとんどだ。この治療をきちんとできればそれなりに生きられる。」


遠野 :「どれくらい生きられますか?」


大垣 :「わからん」


遠野 :「わからないのですか?」


大垣 :「外国の文献、それも50年以上前の古い例で20歳まで生きた例がある。」


遠野 :「二十歳ですか…」


大垣 :「50年前の例だ。今とは治療方法が全然違う。」


遠野 :「先生が知ってる例では?」


大垣 :「14歳だ」


遠野 :「14歳ですか…」


大垣 :「勘違いはだめだ。私が研修医を終えて周産期科に入ったのが15年前だ。その時取り上げた子が一番古い。だから14歳だ。」


遠野 :「もしかして、その子まだ生きてるんですか?!」


大垣 :「んだ。元気にしてる。平気でインフルエンザにかかりよる。普通18っこはインフルエンザにかかったら覚悟する必要がある。でも、インフルエンザにかかって生きていけるくらい丈夫になってるんだ。」


遠野 :「すごい!」


大垣 :「そこまで生きると死の恐怖というのから逃れられる。普通の障害児として生きてる。」


遠野 :「でも、寝た切りなんですよね」


大垣 :「いや。普通にうろうろ歩いてる。どたどたと不格好ながら走ることもできる。」


遠野 :「でも、しゃべれないんですよね。」


大垣 :「いや、2語つなげてしゃべることはできる。『先生、バイバイ』とかな。ちゃんとコミュニケーションできる。」


遠野 :「本当ですか?!」


大垣 :「ああ、本当だとも。ただ、個人差はある。しゃべれない子、歩けない子も多い。しかし、ゆっくりだけど発育していくから気長にみんな見てる。育児を楽しんでるんだ。」


遠野 :「なんてすばらしいんでしょう。」


大垣 :「だから私は雪菜ちゃんの手術を勧める。前に進むために。」


遠野 :「は、はい、よろしくお願いします!」


私は、この病院の1か月検診で多くのことを学び希望をもらった。


つづく



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