8-3.絶対予後不良
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
看護師:「遠野さん、大垣先生がお呼びです。NICUまでいきましょう。」
遠野 :「はい。」
私は力なく答えて看護師の後についていく。
「絶対予後不良」
八重山先生からそのように伝えられた。
不妊治療の末、やっと授かった我が子は18トリソミーという遺伝子の疾患を持った子供だった。お腹の中でしか生きられない子。平均余命14日の子。
遠野 :「(ごめんなさい。ちゃんと産んであげられなくて。私がきちんとしてないのがいけなかったんです。)」
私は自分を責めた。
NICUはガラス張りで中が見えた。外からでも中が見えるようになっている。そして、その奥に衝立がある。私は衝立の奥に案内された。
大垣先生は私を見ると娘に声をかけた。
大垣 :「ほら、雪菜ちゃん、お母さんがきたぞ。」
私は自分の娘をみた。痛々しいまでに何本もチューブが体の中に入っている。泣くこともできずそこで眠っている。
大垣 :「呼吸は自発呼吸ができていないので補助的に人工呼吸器をつけている。でも、心臓はしっかり動いている。大丈夫だ。立派なあかちゃんだ。」
遠野 :「はあ。」
私はお世辞にもかわいいとは言えない我が子を見た。
大垣 :「おめのあかんぼだ。おめが親だ。だから、親として仕事をしてもらう。あかんぼのおむつをかえるんだ。看護師の指導を受けてやってみるとええだ。」
私は無気力に言われたままにおむつを替える。
大垣 :「んだ。良くできた。また明日もお願いする」
そういわれ、私は病室に帰った。
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次の日もNICUにいく。娘は衝立の奥で、いくつものチューブに繋がれて寝ている。
衝立は直接外から見られないようにするための病院の配慮。奇異な目で見られないための配慮。それはわかっている。だけど、娘がそういうふうに配慮されるのが悲しい。自分がいたらないばかりにこんなことになってしまうなんて。
遠野 :「すいません、私がきちんと妊娠の時体調管理できずにこんなことになってしまったんですよね。」
私は隣で診察している大垣先生に話した。
大垣 :「そんなことはないだ。18っこは染色体異常。母親の責任じゃない。だれでも起きることだ。」
遠野 :「でも」
大垣 :「そんな自分を責めるもんじゃね。それより、一杯お母さんらしいことやった方がいい。」
遠野 :「お母さんらしいこと?」
大垣 :「ああ、おしめを替えたり、話しかけたり。普通のお母さんがやってることをできるだけやってあげる。そうすれば赤ちゃんにも伝わっていく。」
遠野 :「(そうかしら)」
私はそう思いながら毎日世話を続けていた。
そして、自分だけ退院する日が来た。一人だけ病院においていかれる我が娘。自宅に一緒に連れてってあげたいけど、それは無理な話。
夜になっても寝付けない。旦那はのんきにとなりでいびきをかいて寝ている。でも、私は、病院にいる娘が心配でねつめない。うとうとして夢を見ても娘の雪菜が天使になる夢ばかり。はっとして目覚めてまた寝る。それの繰り返し。
家での電話も怖かった。病院からの電話じゃないかとひやひやする。平均余命14日。いつ電話がかかってきてもおかしくない。
結局、私は朝一番に病院に行き、雪菜のそばにいることにした。本当は許されないことだけど、特別に大垣先生が認めてくれた。きっと、残り短い時間を大切に過ごしなさいということだろう。
遠野 :「雪菜。今日は機嫌はどう?」
でも、返事することはない。泣くこともしない。一生このまま植物人間のように機械につながれて生きていくのを見守るのだろうか。
いえ、それはそれで、もしかして幸せなこと。こんな時間を過ごせるのもそんな長くないはず。それが18っこの運命。後1か月いや後1週間・・・
それまでは毎日こうやって雪菜の顔を見ててあげよう。
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八重山:「いい加減にしてください。自然分娩の予定を帝王切開して、しかもNICUにいれて積極治療。苦痛を与えてるだけです。」
八重山先生が一時帰国をして病院に顔を出す。そして、18っこの積極治療をしている大垣先生をなじる。
八重山:「いいですか? 人工呼吸器をつけたら一生離すことはできないんです。一生、病院のベッドに縛られ続けられるんです。ご両親の負担、病院の負担、なによりも赤ちゃんの負担、そこまでして延命する必要あるんですか?」
八重山:「お母さんが、退院後毎日朝から晩まで付き添っているそうじゃありませんか? 自然分娩させていたらこんなご苦労させることなかったはずじゃないですか? 18っこは絶対予後不良。助けることはできないんです。」
大垣がぶぜんとした顔で答える。
大垣 :「確かにおめのいうことはわかる。おめはおらよりも遥かに優秀だ。でも、18っこに関してはおらの方が上だ。人工呼吸器はそのうち取れる。自然分娩させたらその日のうちにおっちんじまってたぞ。」
八重山:「何言ってるんですか? 人工呼吸器がとれる? そんなことありえない。」
そのとき雪菜ちゃんを見ている山口先生が入ってきた。
山口 :「あの、大垣先生。雪菜ちゃんですが、大分呼吸が落ち着いたので人工呼吸器外して酸素チューブにしようと思うのですが。」
八重山:「?!」
大垣 :「んだな。はずしてみっぺ。」
八重山:「そんな? どういうこと?」
大垣 :「18っこはちゃんと生育しないで生まれた子だ。だから、保育器の中で成長する。呼吸もできるようになったってことだ。」
八重山:「そんな」
大垣 :「18っこだからって差別しちゃいかん。ちょっとばかり発育が遅いだけだ。じっくり、そして積極的に治療すれば助けることができる。」
八重山:「しかし!」
大垣 :「本件は理事会よりおらに任されている。八重山先生は今は大橋先生と一緒に各国の病院や厚生省にロビー活動をするという大事な役目がある。それはおらにはできないことだ。だからここはおらにまかせてほしい。」
八重山:「うう、わかりました。でも、これ以上へんなことするようでしたら理事会にねじ込みそれなりの対応をしてもらいます。」
そう言って八重山先生は再び海外に出張に向かった。
つづく