8-1.エルベの森 ~18トリソミー編~
この物語にでてくる薬名、治療法、一部の病名、一部の物理法則はフィクションです。
エルベ側の花の丘公園の北東の端に詩音たちが「エルベの森」とよんでいる木々が一杯植えられた一角がある。ここは詩音とポッチのお気に入りの場所で、よく二人で遊ぶことが多い。そして、今日はもう一人の女の子がいる。
詩音 :「ことりちゃん、こっちこっち!」
ポッチ:「早く早く」
二人は、どこから持ってきたのか果樹園で使うような大きな脚立を持って、木の枝に立てかける。
詩音とポッチはその脚立に上り、大きな木の枝に飛び移り、ことりを呼ぶ
ことり:「あは。あは」
ことりとよばれた子はよたよたと走りながら追いかける。
ことり:「しおんちゃん」
脚立の下までくるとことりは詩音の名前を呼んだ。
詩音 :「脚立に乗ってここまで来なよ」
ことり:「あは」
そう言って、ことりは不器用に脚立を登ろうとするけど、うまくいかない。
詩音 :「がんばれ、ことりちゃん」
ポッチ:「詩音、やっぱりこの一角に特異点があるわ。」
詩音 :「地上にではなく、上の方か」
ポッチ:「うん、2階くらいの高さにあるみたい。」
詩音 :「う~ん、ちょっと使えないよね。」
ことり:「なに?」
脚立をなんとかよじ登ったことりが質問する。
詩音 :「宝さがし」
ことり:「たから? きれい?」
詩音 :「ううん、宝石じゃない。未来への入口。」
ことり:「ん?」
そんなことりに詩音とポッチが説明をする。
その三人にゆっくりと二人が近づいてくる。
大垣 :「こらー、また、おめたちいたずらしてるんだべ。はやく降りてこい。」
舞 :「小さい女の子を連れて危ないことしちゃだめじゃない!」
3人を遠くから注意する。
すると、声に気づいたことりが、脚立を降りて、よたよたと走りながら寄ってくる。
ことり:「あは。先生。」
そう言って大垣先生ににっこり笑う。そして、
ことり :「だれ?」
舞に向かって話しかける。
大垣 :「楠木舞ちゃんだ。」
ことり:「双子?」
舞 :「詩音のいとこだよ。」
ことり:「いとこ?」
大垣 :「ふたりともおばあちゃんとおじいちゃんが一緒なんだ。」
ことり:「ふ~ん」
納得したような顔をして舞のことを見る。
ことり:「じゃ」
そう言って、再び詩音とポッチのところによたよた走っていく。
舞 :「会わせたかった子って、あの子?」
大垣 :「んだ。おめ、あの子の病気わかるっぺか?」
舞 :「染色体異常の子。あの歩き方とか表情とか見てるとわかる。でも、大丈夫なの走ったり、脚立に登ったりして? 心臓にも病気があるよね。」
大垣 :「さすがだな。一発で見抜くんか。草薙先生はいい教え子を持ったべ。確かに心臓が悪かったが、手術をしてあっからあれくらい大丈夫だ。」
舞 :「なるほどね」
大垣 :「もっと詳しくわかっか?」
舞 :「えっとダウン症だと思う。21トリソミー。21番目の染色体が一本多い子。でも、ちょっと不思議なのは精神遅滞が少し見られること。普通、子供のころはダウン症の子は頭がいいのが多いんだけどね。まあ、それは人それぞれか。」
大垣 :「18っ子ってことは考えられねえか?」
舞 :「ないない。18トリソミーの子のわけがないわ。18トリソミーはおなかの中でしか生きられない子。95%が死産になってしまう。たった5%の子も1ヶ月で半分死ぬわ。1歳を迎えられるのは生まれたあかちゃんのうち10%くらい。」
大垣 :「んだ。よくしってるな。」
舞 :「あの子小学校1~2年生でしょ。あんな大きくなるまで生き残れない。よしんば生き残っても、病院で寝たきりのはず。立って、歩いて、走れて、よじ登れる? 重度の肢体障害がある18っこにはありえないこと。さらに重度の知的障害を持つから言葉をしゃべったり、理解したりすることなんてありえないわ。」
大垣 :「んだな。18っこなんてありえないな」
そう言って二人は再び病院に戻って行った。