第8話 なにかおかしいですか?おかしいですけどね?
熊子に手渡された手鏡を覗いて、私は固まってしまった。
あるぇ?おかしいなぁ、てんせいとりやめてとりっぷにするからって、ちゃんとへびにもいったのにちゃんと聞いてなかったかあの野郎今度あったらぶち死なす。
と思ったところで、目の前の自分を思い返す。
“ハイエスト”エルフ。
全種族の転生を無死でコンプした後に出てきた、隠し種族。
ハイエルフのさらに格上ですよ。
噂ではこれに限らず色々と「あるらしい」と聞いてたので余り驚かなかったが、洒落でやってた自分ルールの結果としてもらえた報酬としては上出来だと思った。
正直嬉しかったです。
他にも、種族選びの順番とかで、スーパー普通人とか竜人転生時にのみアイテム造形にボーナスが付く特殊スキルだとか、名前に二つ名が付けられる機能があるアクセサリーとか、色々と用意されていたらしい。
でもまあ、普通ゲーム内だと死ぬしね、低レベルキャラ。
かなり手馴れて無いとさ。
それはともかく、まあ、これはこれでいいか、と。
超美人だし。
寿命長いし。
魔力は高いし。
普通にこの世界にいる人種のほうが、基礎体力も段違いだし。
元の現代人の体力の無さ舐めんなってとこよね。
あ、でも転生?のわりに、さっきここに転移した時に、向こうからモノ持ってきてたはずなんだけど、あれ?
「ちょと本取って」
「ん?ああ、これ?ほい」
熊子が小さな手で在庫検索のでっかい本を持ち、私に手渡してくる。
開いて、つぶやく。
「ノートパソコン」
『ノートパソコンで検索しました。該当は3点です。』
あった。
110リットル容量のバックパックを背負い、さらに両手に一つずつ、巨大なトランク持ってきたんだから、間違いようが無い。
転移早々にここの使い方調べて放り込み、使役魔召喚用のアイテム引っ張り出して外にぶん投げていつもの3匹呼び出して、服も着替えて飛び降りて…。うん、自分の容姿の確認する暇なんて無かった。
一人得心する私に、二人は眉間にシワ寄せて睨んでくる。
「え、と。なんでノートパソコンなんて…。しかも3台?」
「流石にゲーム内アイテムでノートパソコンは無かったと思うし、ほんとに転生じゃなくて転移?っていうか、何で三台?」
本に浮かびあがっていた文字に指を滑らせつつ、全部とつぶやく。
『お待たせしましたー』
待ってないデス。はえーな。
確認すると、3匹の魔法生物がそれぞれにノートパソコンを抱えて浮かんでいた。
「ふっふっふ。正副予備の三系統でもどこぞのスパコン3点1セットでもいいけど、まあ保険みたいなもんよ。こいつに現代知識放り込んできたからw」
「…うおう。ねーちんやるな」
「それは…助かります」
「あ、アキバのお店巡ってアニメのDVDとかBDとかも安く買い叩いてきたから、見たけりゃいつでも言って。」
「うえ?マジで!?見たい見たい!リリカル魔王さまシリーズある?」
「それはBOXで買った。あと、最後まで発売されて無いシリーズは残念だけど買ってこなかったけど」
「生殺しよりはましだからべつにいい。ひゃっほー!」
無駄に喜ぶ熊子を横目に見ながら、ヘスペリスに視線をやると、苦笑しながらこういった。
「ああ、私はアニメの方面には興味ありませんでしたから…」
「ふーん。実はこういうのもあるけど、どうでしょう」
言いつつ、本を開きなおすと、私の言葉の語尾に反応して文字が浮かび上がった。
『どうでしょう、で検索しました。該当は3点です』
「ほ、ほほう、コンプリートBOX1,2,3ですか」
「いかが?」
「ありがたき幸せ。犬と呼んでください」
「それはいらんけど、これからもよろしくね」
「もちろん。きっと無駄に長い付き合いになりますよ。寿命的に考えて」
「くっそ、ウチだけホビットじゃん。ねーちんたち、ウチの老後ちゃんと見てくれよ」
「しらんがな」
「しりません。ご自分のお尻はご自分でお拭きになってください」
それにしても、なんでこの身体?
はて。
あの蛇、何ぞしでかしたか?
★
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回想入りまーす
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「ほら、クソ蛇。急ぐわよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。筐体の方の手配をしないと」
「そっちはアテがあるから。今メール送った。それより先に、やる事を思いついたの。さっさと来い!」
事務の制服を着た女性が、ネクタイを引っ張って若い男を引き摺るように進んでゆく。
周りから見れば痴情の縺れとも取られかねないが、二人はそっち方面では一向に気にならないようである。
「あの…」
「何?急がしいんだけど?」
自分の机に戻り、いきなりなにやら書き始めた真実矢に、源さんこと青銅の蛇は尋ねた。
「何をお書きで?」
「退職届け」
「は?」
「急がなきゃならないからね、あんたにセクハラされたって事にでもしたところだけど、時間かかるし」
「は??」
「お金を都合したいのよ。取りあえず、退職金ね」
「はあ」
書きあがった辞表を上司に手渡し、何か言おうとするのを「お世話になりましたっ!」と礼をしてぶった切る。
そのまま蛇を引き連れ社外へと足を進めた。
「さて…。アンタは、私が向こうに行っても、この世界からすぐいなくなるって事はないんでしょ?」
ずんずんと歩きながら、真実矢は後ろに居るであろう蛇に声をかける。
「は、はい。他にも良い方がいらっしゃれば、ぜひおいで頂きたいですから。それが何か?」
「ちょっと手伝って」
☆
「印鑑証明に実印に登記済権利証、固定資産税通知書に固定資産税評価証明書でしょ?現状確認書と付帯設備表と管理規約に委任状っと」
「…本当に売るんですか。と言うか、そんなに早く売買成立するもんなんですか?お金だってそう早く入ってこないでしょうに」
「別に?今すぐ払う必要なんてないはずだし」
「払う?貰うのでは?」
困惑したままの蛇に向かって、真実矢はとてもいい笑顔で答えた。
「あんた、あのゲームを提供してる会社の、関係者でもあるのよねぇ?」
「え?」
「課金アイテムのお支払いは来月末、現金振込で行いたいと。なるほど、それなら何とかなりそうですが」
「家の売却代金でしょ?家財道具もリサイクル屋に買い取りに来てもらって、勤め先からも今月までの給料にスズメの涙ほどだけど退職金も出るはずだし、その辺はお願い」
「わかりました、それくらいはサービスの一環として承りましょう。それで、クレジットのほうは限度額一杯までお使いに?」
「そうそう。だからその分の金額だけきっちり引き落としの口座に残しておいて欲しいわね、落ちたらちょうど残高0になるように。まあ、後のことは私の知ったこっちゃ無いから、支払しなくてもいいっちゃいいんだけど。まあ、立つ鳥跡を濁さずって言うしね。出来たら解約もお願い」
「銀行口座は別にそのままでもか構わないでしょう?貴方が向こうに行かれても、身体はこちらで別の人生を送るのですから。多少は私も便宜を図るつもりではいますが…」
流石に残る身体の事を無視したような、財産処分をするとは思わなかったと、蛇は嘆息した。
「ん?転生しないよ?トリップにする」
「は?」
「だから、転生するのやめて、トリップするの。だから、後腐れなく、ってね」
私の言葉に、暫く固まってから、あきれるように肩をすくめた。
「う…左様ですか。手続き進めてたのに…。まあ、そういうことでしたら、合点がいきます。ですがよろしいのですか?」
「何が?別に問題はないでしょう?」
無いはずなのだが、他人からの視点で見ると問題があるのだろうか。
「いえ、ギルドハウスと共に向こうに転生できる貴方の場合、アイテム等の所持品無しという不利は無いのですから、お好みの種族をお選びになっての転生になるかと思っていたのですが」
せっかく異世界に行って他の好みの種族に成れるのだからと言うことらしい。
「うーん、まあね最初はそれも良いわねって思ったけど」
いや、見た目的にはすごく心惹かれますが。
「けど…なんですか?」
「やっぱさ、最後まで付き合いたいじゃない、自分の身体」
胸を張って前を見据えながら言う真実矢に、蛇もそう言うものなのかと納得は出来ずとも理解はした。
「わかりました。まあ、貴女なら、エルフだろうが人だろうが関係ないでしょうしね。では、旧版を一旦プレイなさるのですね?」
「そうねぇ。あ、VR版で新しい便利そうな課金アイテムとかはあるの?」
「…現状実装されてませんね。旧版のものと同じかそれ以下です」
「あー、そなんだ。やっぱまだサービスし始めて間が無いから?」
「各アイテムの3D化に手間取ってるようでして…デザイン的にも難しいらしくて」
「あー、うん、お疲れ」
よし、それじゃあまず買い物だ。
と言うことで。
「ごめん、蛇。お金貸しといて。マンション売れたらそっから返済って事で」
「…構いませんけど、お幾ら入り用で?」
「取りあえず、1000万」
「…まあ、いまさら驚きませんけどね。現金でいいですか?」
「持ってるんかい」
「ありますよ、ほらこの財布。向こうの世界の宝石とか貴金属売って作った現金が入ってまして」
「お金の詰まったガマ口の財布とか。おまえはバ○ル君のお父さんか。ていうか、それならあんたがマンション買い取りしてくれない?」
「ああ、その発想は無ありませんでした。別にいいですけど?」
「いいのか。っていうかそんなんでいいのか?」
「この世界を離れる時には、ちゃんとまともな不動産屋に転売しますし。どうせこの世界のお金、持ってても仕方ないですしね。100兆円ほどあるし」
「最近の円高の原因はお前か」
「苦労したんですよ?あちこちの国で少しずつ色々と売りさばいて、日本円に換えてこれに詰め込んでって言うの繰り返すの」
「知らんがな」
取りあえず、これくらいで売れるだろうという額に多少色つけた程度の現金をいただいておきました。
不動産屋に仲介手数料取られるのも癪だしねってことで。
後の煩雑な手続きは、蛇がしてくれるとかで。
と言うことで、その後色々買ったのです。
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「んで蛇を荷物持ちにしてー。大急ぎで必要書類抱えて名義書き換えにいってー」
そのあと色々買い物して、色んなデータやらをノートに詰め込んどくように蛇に頼んで、ヘスペリスの中の人に筐体借りに行って、もう要らないからあげるって言われて寂しい思いして。
「色々やり終えてから、PCと筐体だけ置いてある空っぽのマンションで荷物背負って、課金アイテム買ってからVR版にログインしたんだけど…あれ?おかしいところ無いよね?」
「いやいや、いろいろ怪しいよ?怪しさ大爆発だよ?ねーちん」
鋭い手首の返しで私に突っ込みを入れてくる熊子。
いい突っ込みスキルだ。そんなスキル無いけど。
「そうですね、どうせならそのガマ口から出来るだけ融資を受けてさらに買い込んでから、この世界に逃げ込むべきでした」
「そこ!?ほんとにそこがおかしいと思ってるの?黒ねーちん!?」
淡々と私に金掴んで逃げればいいのにと言うヘスペリスに、熊子が突っ込む。
突っ込み役が居るっていいなぁ。
「冗談です。それにしても、うまくやりましたね」
「まあ、この身体になったのは予想外だけど、まあいいか。誰か相談できる人が他にも居れば、もっと色々出来たかもだけど」
「十分すぎだろ。で、ねーちんズ。これからどうする?とりあえず本部行く?」
そうだった。
魔獣撃退を終えてから、どう動くのか何も決めていない。
取りあえず、全ギルメンと会っておきたいのはあるし。
「ここに放り込んであるアイテム、取りに来たいでしょうね」
「そりゃね。みんな自前のアイテムでフル装備したいだろうし」
「そうですね。完璧に備えられていれば、今回のような無様な戦闘にはなりませんでした」
「ウチかて避け装備で固めてたら斥候なんて楽勝だったもん!避けるぜぇ~超避けるぜぇ~?もう虫型戦士ロボ並に避けるぜぇ。あとパリィ。にゅう」
あんたのパリィはある意味無敵だからね、1対1なら。
しかも持ってるナイフが魔法付与されてるから実体非実体関係無しにパリィするし。
とりあえず。
ギルドハウスは砂漠上空で待機、魔獣の再侵攻を監視させるとして、取りあえず各ギルド支部を回って一回みんなをここに連れてきてあげよう。
大事な大事なみんなのお宝、手元に置いておきたいだろうしね。