第79話 メイド in ダンジョン
_(:3」∠)_ 死んでた(嘘
「先史文明時代の訓練施設ぅ?」
「こ、こここここってそんな昔っからあったもんなんですか!?」
先史文明、と言ってもどんな文明があったのか、までは知られていない。ただあちこちに遺跡やダンジョンとして残されているために、一纏めにそう呼ばれているだけである。クリスやハイジら傭兵経験者はあちこち飛び回ってそういった話を耳にしていたために、他の新人に比べてこのような反応となっていた。
「おちつけ? まあ、ウチの天の磐船も似たような代物だし、今更っちゃ今更なんだけどな。んで今見つけたばっかのここに、アレがあった、ていうか居た」
クリスやハイジを含めた現地人組を集め、今いる場所についてそう説明しているのは熊子である。そして、その奥で発見した、どう見ても人にしか見えない神造人形についても語っていた。
ただ眠っているだけのように見えるメイド型神造人形は、テーブルを何卓か並べてその上に寝かせてやった。部屋の隅っこで蹲っているよりは遥かにマシだろうというシアの意見だ。
機能停止状態というのがどういう意味合いなのかは、高レベル鑑定スキルを持つシアにも現在のところ不明であった。なにしろ構造がまるでわからない。内部構造を調べようにも継ぎ目すらないし、そもそも分解して良いものかどうかもわからない。
下手にバラしてから元に戻せないのだけが分かったとかだったりするとか笑えない冗談だ。それこそ生物と同様の扱いをしなければいけなかったりしたら目も当てられない。なにしろ神造である。位階と言えばいいのか、この世界の生物もある意味神造された存在なのであるから、存在として同格なのかもしれないと考えれば、ありえないとは言い切れない。
元の世界の工業製品ですら、素人が開けたらそれだけで修復不可能になる物はいくらでも存在していたのだから。
「壊れてたら壊れてるってなるはずなんだけどなー、鑑定・解析のレベルにもよるのかしらねぇ」
寝かせた神造人形を見つめながら、シアはため息混じりにそう口にした。
壊れているわけではない。それならば機能を回復させてやりたい。そう思うのは当然といえば当然であった。そしてなにより。
「うほぅ!? メイドなアンドロイド様!? まさかこの世界に存在していたとは! でゅふふふふ」
「こ、構造解析して量産を、一心不乱の量産を! 寂しい独身三十路に一人一体的なレベルで量産化を!」
「古式ゆかしいメイドスタイル! 悪くない、いやむしろ基本こそ全て! ここからありとあらゆるモノが生まれるのだからして!」
3馬鹿が全力で復活前提の話をし始めていた。まあシアも最初からその方向性で動くつもりであり、それに反対する気は毛頭ないのだが……
「中身を調べる方法がないのよねぇ。うーんむ」
「ねーちんや」
「何ぞなもし」
「ていっ! 【光よ彼の者の障りを示せ】」
「ああ! 神聖魔法『人間ドック』ね、その手があったか」
ジモティ達への講釈を終えた熊子がシアに近寄って声をかけるやいきなりテーブルに寝かせているメイド人形に神聖魔法をかけたのである。
キラキラと煌めく光の粒が、横たわったメイド姿の神造人形を覆っていく。
不調部分が術者の眼に見えるようになるこの神聖魔法は、通常であれば生物に向けて使うものであるが、果たして神が創り給うた絡繰り人形においてどのような結果をもたらすのか。
神聖魔法が発動し、その結果が今、熊子には見えているはずである。
メイドを凝視する熊子。その絵面的にはメイドの寝込みを襲おうとしているロリ、としか見えないが。
「うーんむ」
「ど、どうなの? 熊子」
「うーんむむむ?」
「はよ」
「わからぬ」
「あきまへんか」
「そんな単純なもんじゃないみたい。どこも光らなかったもん」
神聖魔法の検査でも詳細不明かと落胆した二人だった。さてこうなると本当に手詰まりである。どうしたものかと考えて、シアはなんとはなしにメイド人形の手をとった。
「転移の魔法陣みたいにこう魔力を込めたら起動するとかだったら楽ちんなんだけどねぇ」
と言って手のひらから魔力を送り込もうとすると。
「うお!?」
「どしたねーちん?」
「めっちゃ魔力入った……」
「まじで?」
「ていうか今もまだ入ってってる」
「マジでっ!? ……もしかして魔力切れで止まってるだけ?」
「さあ……でもそれなら魔力籠めたら再起動するのかしらん」
シアの感覚的には、もうすでに常人の総魔力量の数百倍は吸い込まれていっている。
なお魔力は常人:レベル1だと二桁に届かない程度なので、シア的には誤差であるが。
「とりあえず入るだけ入れちゃおっか」
「まあ他に手がないっていや手がないし。ええんちゃうん? 知らんけど」
「んじゃあまあ、こう言うときのお約束」
そう言ってシアは、何処かから取り出した白黒チェック柄の山高帽を被り、奇妙な呼吸をし始め――
「究極! 深仙脈疾走!!」
「うん、まあなんかやるとはおもてた」
ボッゴァァ、と擬音が発生するような勢いでシアは魔力を注ぎ始めた。呼吸や掛け声にはなんの追加効果もないが気は心である。
「おお……」
「なんかすごいことしてはる」
他の面子も、シアのやっていることが尋常ではないことにだけは気づいていた。
三馬鹿だけは、
「なるほどゼンマイ巻いてる状態なわけですな」
「まきますか まきませんか的に考えて!」
「トランクケースに入ってて欲しかったですな」
などと何か変なこと言ってたりしたが。
そして、過剰なのか適正なのか不足なのか、神造人形が、注ぎ込まれた魔力により薄っすらと燐光を放ち始め――。
「よぉ、カール」
「ねえ熊子、なんかめっちゃ親近感湧くセリフ吐いてくれちゃってるんだけど何この子」
「うちに聞かれてもその、なんだ。こまる」
ゆっくりと、ゆっくりと神造人形のまぶたが動き、その奥に隠されていた瞳が辺りを舐めるように見渡すと、開口一番そうつぶやいたのだ。
「長期間眠っていた後に、周囲に人がいる状態で目覚めた時に言いたいセリフランキングの最上位にランクインしているセリフと伺っておりましたが」
「誰によ」
「上司にですが」
「ちょっと上司連れてこい」
「ねーちん、今そう言うのいいから。えーと、お名前は?」
「残念ながら目覚めた時に言いたいセリフ総合ランキング1位の『知らない天井だ』は、知ってる天井でしたので使えませんでした。何処かに連れ出していただけていれば使えたものを」
「そういうのはええっちゅうとんねん」
「申し訳ありません、我が創造主たる青銅の蛇の野郎がこう言う思考形態をデフォルトの仕様にしたまま放置しくさりやがりましたので」
神造メイド人形が告げた名前に、シアはポンと手を打った。ここに来る際に関わった使徒の名だったからだ。
「ああ、そういやあいつ元の世界でアニオタ方面に全力だったわ……ていうかあいつがここ作ったの?」
「作ったと申しますか、あの腐れ外道がここをモデルに色々とやらかしまくったので。死ねばいいのに」
「くっ、すごく共感できる」
「何? 何があったのね―ちんってば」
「まあその辺は後でね。とりあえずあなた、起きられる? ていうか動ける?」
シアにそう問われた神造人形は、瞳を閉じてしばらく無言となり、ゆっくりと目を開くとこう告げた。
「現在頂いた魔力により劣化した構造部分の再構築及び最適化を行っています。アプリケーションエラー。再起動。最新バージョンの適用、成功。進捗を可視化します」
そうつぶやくと、彼女の額に埋め込まれたおそらくは魔晶結石であろう部分から淡い光が放たれ、小さなスクリーン上の画面が表示された。
【現在83%まで処理完了、残り時間、1分と30秒】
「どう考えても残り時間とこれまでに処理した割合との時間配分がおかしい件について」
「ねーちん、元の世界でもよくあったはなしやで」
「せやけど工藤」
「まあ待っとこ。変に触ったらあかんのは今も前の世界も変わらんやろ」
「……せやね」
そう口にするシアと熊子の会話を聞いているのかいないのか。神造人形は薄く、本当に誰にもわからないくらいに薄く笑みを浮かべ、再びまぶたを閉じたのである。