第77話 不遇職というのがありますよね?廃人も過ぎると寧ろそれ狙いますよね?
「ねー熊子」
「ん?どしたん」
お目当ての軍隊ザリガニの群れを一蹴したシアと熊子の二人は、もと来た道を――道などはないが――逆戻りしていた。
大湿原の広い範囲を縄張りとしている軍隊ザリガニを仕留めた為、とりあえずの危険は排除出来たとの考えから、らしい。
であるが気になったシアは一つ突っ込んで熊子に尋ねたのである。
「初心者用のダンジョンじゃなかったの?あの子達連れてくとこ」
「そだよ?」
「あんなけっこうな強さの魔獣いるのに?」
「あー、まあ道中はな。中に入っちゃえばそうでもないから心配すんな」
「うーん?ダンジョン内のが安全ってどゆこと?」
「行けばわかるさ」
「わかってる人にそれ言われてもナー」
そんなことを言いながら時折襲い掛かってくるハグレ魔獣を切り倒しつつ、皆が待っている場所まで戻る二人であった。
☆
「う、ううう」
「どうしたなんか言え」
夕刻、皆の待つ野営地に戻った二人は、早速夕飯に先程狩ってきたばかりの軍隊ザリガニを調理したのである。
道すがら摘んできた香草をふんだんに使った軍隊ザリガニの香草蒸しを手始めに、殻ごとぶつ切りにした身を油で炒めた後、どこに持っていたのかスープストックを加えて作った軍隊ザリガニのシチュー。
直火でバーベキューにしたり、果ては刺し身で摘んだりと軍隊ザリガニづくしであった。
「うんまぁーーーい!」
「うんうん、そう来なくちゃ」
調理スキルも高いシアが作ったものもあるが、それも含めて全て熊子の指示の下作り上げた本日の料理であった。
出来上がった料理をまずはと言うことでシアが頬張り、その一口目を咀嚼、ゆっくりと飲み下した後の一言が、今の叫びなのである。
「ほらタマちゃんも妖女もお食べー」
「ヲッ!」
「きゅー」
未だ名前をつけてもらえていない妖女に、タマちゃんこと九尾の狐の玉藻の前も幼女姿になってシアの左右で食事を頬張っていた。
「ほれ、お前らも食……」
「あっテメこれは俺が」
「はいミーシャ、食べなさーい」
「ありがとーマーシャー」
「ほんと、美味いわねこれ」
ガツガツと。
「美味しいです……こんな、野営でこんなの食べられるなんて女神様に感謝です」
「ほんっっと、食い物に関しては他所と比べ物にならないねぇ。これだけでも冒険者ギルドに入ったかいがあるってもんさね」
熊子が言うのよりも早く、皆の手と口は動き始めていたのだった。
「しかし熊子、よくこんなに道具とか調味料持ってたわね?」
「まあ、ここ来るのわかってて尚且つアレを無理なく狩れるんだったら誰だって準備くらいするやろ?」
「たしかに」
誰よりも早く多く食べているはずのシアであるが、その手も口も、現在食べている様子が伺えない。
その残像だけが熊子の目に識別できる程度であった。
「格闘ディナーじゃねーんだからゆっくり食えばええのに」
「いやまあ、つい。この方がたくさん食べられるし?」
「食べてる姿を見るのんも料理した人の楽しみなんやで?」
至極まっとうなことを言う熊子に、それもそうかと思い直したシアは、一旦手を止め、落ち着いた所作で改めて料理を口にし始めた。
「うーん、美味い」
「そりゃどーも」
素っ気なく返事をする熊子であったが、その頬が若干赤くなっているのは焚き火に照らされている為だけではないだろう。
楽しげに奪い合いつつどんどんその量を減らしている大皿の料理を尻目に、自分用にあらかじめ取り分けられていくつも並べられている料理を食べ比べながら、シアは首を傾げた。
「料理スキルのレベル、私のが高いのになんで熊子が作ったやつのが美味しいのかしらね」
「素の料理の腕前のせいじゃね?」
「マジすか」
何の気なしに呟いたシアの言葉に対して返ってきたのは、至極単純な理由であった。
同レベルの同じスキルを発動した際に生まれる差異は、その人物の素のステータスに影響される。
攻撃系のスキルなら素の筋力の違いで破壊力が変わってくるのは自明の理だろう。
それと同じことが、調理系のスキルでも発揮されるというのである。
「ウチもねーちんもあっちでは一人暮らしやったやん?それプラス、ウチはこの世界で前の人生以上の濃度で日々暮らしてるわけよ。やる気があったら更に出来る様になったな!になるのも必然やろ?」
前の世界での一人暮らし歴に加え、こちらに来てから既に二桁年が経っている。
その間、熊子に限らず料理に忌避感のない者たちが食に拘って邁進してきたとなれば、当然の結果とも言えるのではなかろうか。
「おおう、そう言われると返す言葉もありもはん」
「介錯しもす?」
「いや、そこまででもない」
目から鱗だ、とばかりに頭を下げるシアであった。
☆
明けて翌日。
三交代制で夜の見張りを行ったが、何も起こらなかった。
魔獣も野生動物の一匹すらも見かけなかったのである。
「まあシアが結界張ったしね」
「割りと頑張った」
それもそのはず、野営を行った地点を中心に、シアが全力で魔獣避けのスキルを発動した上で、精霊魔法によって結界も張ったのである。
近寄れる魔獣が居たらそれはそれで見てみたいものであった。
「まさかほんとに一匹たりとも寄ってこないとは思いませんでした」
「夜番要らなかったんじゃないかい?」
「まあ夜の見張り番も実地研修の一貫やからね。万一があったらやだから結界張ったけどな、新人らにはナイショで」
テントから這い出て来たシアと熊子に声をかけたハイジとクリスは、当たり前のように言う熊子に対して呆れともなんとも言い難い表情を浮かべながら、後片付けを開始した。
「成り行きで商隊護衛することになった前の時は、他所の人らがいたから自重してたわけですか」
「いんや、接近禁止スキルはねーちんが使ってたけど? まあ言う必要もないかなって」
「なるほど……」
テキパキと片付けながら、訪ねてくるハイジに答える熊子である。
以前であればスキルの秘匿というのを念頭においた行動を取っていたのだが、今現在それは撤廃されている。
それでもやはり、あまり広言するモノでもないだろうというのは身にしみている先行転生組の熊子であった。
「っしゃ!後片付けも済んだな?んじゃサクッと目的地まで行くとするか。んー、ねーちんや」
「ほい?なんでっしゃろ」
「ばふってハニー」
「らじゃ。どれくらい?」
「防御全振り」
「おっけ」
熊子にそう指示されたシアは何の躊躇もなく背中の小ぶりなディバッグから一振りのワンドを取り出した。
「まじっくわんどー」
てんてけてっててーってってー♪
「変な音が聞こえた気が……」
「きのせい」
シアが取り出したのは、キラキラと煌く星を散りばめたような半透明の蒼い柄に、金の装飾が施され大ぶりの魔晶結石がはめ込まれた、どこからどう見ても魔法の杖と言った風情の代物だ。
なお取り出した時にサウンドエフェクトが鳴るのは仕様である。
「うわ、またシア様がなんか如何にもなどえらいものを……」
「……私はもう慣れたわ」
それは魔法などは門外漢のクリスやハイジから見ても、国宝とかそういうレベルの品にしか見えないのであった。
「ほーい、新人共そこに並べ」
「別に並ばなくてもバフかけるくらい出来るけど?」
「こういうのはハッキリとかかったことを認識させる必要もあるんよ、ねーちん」
「ふむん」
のそのそと集まってきた新人たちを一列に並ばせ、その顔つきを見比べる。
ここ最近の食事のためか、入りたてよりも血色の良い地元組。
「眠い~」
「んもう、夜は元気だったくせに。しっかりしなさい、ミーシャ」
眠そうなミーシャ以外はこれと言って問題はなさそうである。
「まあコアラって夜行性だしね」
「夜行性なはずのネコ種な黒子さんはあんな状態にはならんけどな」
それと比較して転生組の三人のうち二人は、地元採用組よりも基本スペックが遥かに高いはずであるのにやけに憔悴した顔色をしていた。
「……虫とかが山盛りで結界の境界に積み上がってんだけどなんなんだあれ」
「たぶんだが、接近禁止系のスキルの対象外の奴らが、精霊魔法か何かの結界に阻まれて即死したんじゃないのか?」
「いや、それが生きてるから質が悪いんだよ。お前も見てくりゃわかる」
「なにそれこわい」
どうやら彼らは、結界を張っていたのには気がついていたようである。
言われてみれば、シアが設定した半径およそ1チェインの外周に沿って、何かが積み上がってモソモソと蠢いている。
「ねーちん、虫アカンかったんちごた?」
「うん、見てない見えない知らない。はーいバフかけるよー 【肉のカーテン】【ヘルメットがあるので】【絶対魔法耐性】【状態異常無効】」
「対物理スキル、対即死スキル、対魔法神聖魔法、対状態異常魔法か。まあこれだけかけときゃ死なんやろ」
「まあ死んでもすぐなら蘇生効くんでしょ?」
「身体がまともに残ってたらな。ウチラは今んとこ経験はないからアレだけど。他人様を助けたことは何度かあるけどな」
「……」
ぐだぐだと言い合いながらも新人連中と自分自身、それに熊子やハイジとクリスにもバフを掛けるシア。
気楽に蘇生のことを口にしたシアであったが、それに対して返ってきた熊子の言葉が幾分憂いを帯びていたのに気づいた彼女はそれに続く言葉を口に出来なかった。
☆
「と言う訳でダンジョン入り口にたどり着いたわけなんだけど」
「雑魚しか出なかったね、っていうかどこに入り口が?」
「……アレを雑魚って」
「相変わらずシア様も熊子ちゃんもおかしい」
昨日シアと熊子が踏破した距離のおよそ倍ほど進んだ場所にそれは存在した。
結構歩いたとはいえ広い大湿原の、ほんの端っこである。
湿原全体から見れば、薄皮一枚程度奥に入り込んだにすぎない。
そこに、目的の場所はあった、のだがダンジョンの入口と思しきモノは見当たらなかった。
そこにあったのは、大湿原の中にあって、しっかりとした硬い乾いた地面だけであったのだ。
本当にここで間違いないのかと問いかけるシアに、熊子いわく「もーちょい待ち」という事で、大休止を取ることとなったのだが。
それ以前にシアと熊子、それにハイジとクリス以外の連中は、息も絶え絶えであったのだ。
「ちゅうかハイジもクリスも普通に倒せてたやん」
「そりゃ倒しますけど!倒しましたけど!」
「ありゃ普通、徒党を幾つか用意して交代で相手の体力を削って倒すもんでさぁ」
ここに至るまでに襲ってきた魔獣は全て、新人とハイジ・クリスだけで相手をしたのである。
正確に言えば、新人とハイジ・クリスとが、シアと熊子の支援を受けて倒したのであるが。
「バフって大事やろ?」
「あうう。確かに凄かったです」
そう、防御系スキルをてんこ盛りバフられた後出発した面々であったが、その道程に現れた魔獣に対して、攻撃を仕掛けたのは新人とハイジ・クリスのみであった。
シアや熊子であれば一撃必倒の攻撃を繰り出せるのであるが、他の者はそうではない。
防御に関しては普段であれば明らかに致命傷必至な攻撃が、不思議なくらいに容易く受けられたり流せたりと、バフの恩恵をハッキリと感じることが出来ていたのだが、攻撃に関してはいつも通りなんの上乗せもないままである。
倒されないけれど倒せない、そう言う状況であるにも関わらず、シアや熊子は手を出そうとしてこない。
さてどうここを切り抜けるのかと思案していたところに、転生組のスキルが発動した。だが。
「【アローレイn】」
「やめんか馬鹿」
弓を引き絞り、今まさにスキルを発動させ矢を放とうとしていた黒髪のイケメン転生者、アレキサンドロス・ズルカルナインの後頭部に、熊子からのダメ出しチョップが入ったのである。
「痛った!って、ええ?一旦発動したスキルが……?」
「教育係担当するなら【スキルキャンセル】なんて出来て当然なんよ。て言うかお前こんな敵に一々スキル使うとか、しかも今使おうとしたの【五月雨撃ち系】だろ。そう言うのは遠くから来る雑魚一掃するのに使え」
【五月雨系】は弓などの投射系の基本スキルの一つである。
一本の矢をつがえた弓にスキルを乗せることにより、広範囲に矢と同威力の放出系打撃ダメージを与えることが出来るのである。
が、基本的に「ここらへん」という範囲指定しか出来ない上に、威力は撃った矢よりも数段墜ちるという、初期状態のままではまさに雑魚敵掃討に便利なだけの貧弱スキルなのだ。
「そ、そんな……俺が使えるスキル五月雨撃ち系のばっかりなのに……」
「スキルツリーは関係ない。おーいハイジ。ちょっとおいで」
「はっ!?はい、なんでしょう」
「あのへんになんでもいいから広域殲滅系のスキル使ってみてちょ」
湿原の穴からぴょこぴょこ顔を出す魔獣をトンファーで叩きのめしていたハイジを呼び、そう指示した熊子は、先程アレキサンドロスが狙おうとしていたのとは別の方向を指差したのである。
「はぁ、分かりました」
よくわからない指示を出されるのは今に始まったことでもないのか、特に何も疑問を呈することもなく、背中に背負っていた弓を構え、矢を番えてスキルを発動させた。
「【スキャッター・アロー】」
それが発動する寸前、彼女の身体に金色の光が降り注いだ。
それにより、放たれた矢は本来のスキル効果による「矢の散乱」に加え、更なる威力を持って狙った範囲を蹂躙した。
「は?」
「うん、ねーちんナイスタイミング」
そう呟いた熊子の言葉で振り向いたハイジは、背後のシアがにんまり笑ってVサインを出しているのを目にし、もう一度自身が放ったスキルの結果を見るために振り向いた。
「うん、死んでる死んでる。うまく隠れて近づこうとしてたつもりだろーけど、ウチの目はごまかせんのよ」
そこには、いつの間にか移動していた熊子が、そこにいるとは気づかなかった既に残骸となっている魔獣から魔晶結石をえぐり出している姿があったのだった――。
「まさか攻撃にかけるバフでアレほど威力が変わるとは……」
「まあねーちんのバフは特別製だけどな……」
そう言いながら熊子は、地面に転がって休みを取る地元採用組のマーシャの姿を見ながら、こう続けた。
「バッファの大事さをしっかり噛み締めとけ。直接戦闘ができないからって蔑ろにすんじゃねえぞ?」
(*゜∀゜)リアルワンド!作ってもらったの!ミニチュアだけどね!