第76話 肉体の性能の違いが戦力の決定的な差では無いのですよ?まあ性能の違いで敗れる事も稀によくありますけどね?
「ホイねーちん、そこから来るぞ」
「ん、知ってた。【ボッタクリ商店】っと」
てこてこと湿原をあるき続ける二人には、時折こうして魔獣が襲いかかって来ていた。
そのたびにシアに注意を促す熊子であるが、シアは少しも慌てず飛び出してきた相手に対して鑑定スキルを発動させ、その襲撃者の詳細を確認してから攻撃に移ると言う段階を踏んでいた。
さて、この鑑定スキルだが、現状だと脳内に鑑定した結果が表示されるという訳ではない。
ゲーム時代は視界内に敵のステータスや弱点、特徴的な攻撃方法等が鑑定スキルのレベルに合わせて鑑定の失敗成功、その他詳細が表示されていたが、今は違う。
スキルを使用すると「これアレだ、◯◯だ」となんとなく「理解」できるようになるのだ。
熊子的に言えば「ウチらとかアレやん? 一コマでもぱっと見たら、誰の描いた何て漫画かお察しやん?それと似たようなもん」だとか。
なお職業欄に、「鑑定人」や「賢者」、「博士」、「教授」や「哲学士」などという如何にも調べることなどに特化してますと言う『称号』が付けば、スキルを使用すること無くそれが明確にわかる様になる、らしい。
少なくともセージがピンゾロを振って知識ロールに失敗してしまい、有る事無い事法螺を吹く、という事はしなくて良いのである。
「んまあホントは鑑定しなくてもソレっくらい頭に叩き込んで来るのが正解なんだけどなー。まあブッツケでもなんとかなるのは前のときに実績あるからのう」
シアによりさっくりと倒された魔獣をこれまたさっくりと解体して希少部位を「魔法の小袋」に詰めてゆく熊子。
「まあギルメンと一緒だと連携とか楽だったしね。特に指示なしでも臨機応変にやれてたし」
「ほいそこ」
「ん」
もはやルーチン的に倒しては解体・回収を行いながらゲーム時代の事を思い返しつつ前進する二人であるが、現在のこの世界における常識に照らし合わせると、あり得ない事態である。
シアが会話の片手間に殲滅している魔獣や野生動物達は、そのどれもが通常ならばパーティーを組んで相対する必要性があるモノたちばかりだからだ。
「うーむ、どれもこれも一撃必殺?」
「だいたいオーバーキルになっちゃうわね。使ってる武器、程度低いのに変えよっか?初心者用の剣とか」
「確かに使い減りしないからソレはソレで便利だけど、安全第一よ。それに消耗してもいないんじゃろ?」
「んー?うん、むしろ自己修復のが勝ってる」
「……まあそうなるな」
ゲーム時代においても現実となった今でも、武器などの装備は使用する度に劣化していく。
無論、完全に破壊し尽くされなければ修復技能によって回復は可能であるし、折れたりして使い物にならなくなったとしても、打ち直して新たな装備の素材として復活・再利用することも出来る。
であるが高価な品に自己修復やらのエンチャントを付けるのは高位プレイヤーには常識であった。
お気に入りの廃レベル装備が壊れてイチから作り直しとか死ねる。というか辞めたくなる。
もちろん使用頻度によっては今回のように切っても切っても使い減りしない状況もあるが。
「流石、銘に『神剣』とか付いてるだけあるな」
「自作なんだけどねぇ?」
シアが使用している剣は、ゲーム時代にアマクニとともに鍛え上げた品である。
とは言え、製作者いわく「普段使い用」に制作した数打ちの一つだったのだが。
「そらねーちんとアマクニのおっちゃんが二人して作ったら、『神剣』レベルになるんちゃうの」
「んー、まあそう言うの作ろうとしたらそうだったけど」
より高位の品を作ろうと研鑽した結果、出来上がった品にその「評価」が銘に刻まれることがある。
レア物の武器に様々な希少アイテムを用いてより強くしていった結果、そうなるのは既定路線として存在していたからそれに関しては何も問題はない。
だが普通に制作した品の出来は、その時その時で若干の変動があるとは言え、ほぼ違いはなく同等の品になるはずで、特にスキルの使用により生み出されたモノは基本的に均一であった。
だが、何が起因するのか不明ながら時折トンデモなく出来の良い品や、なぜこうなったかわからない失敗作も生まれることがあった。
「ワンオブサウザンド的な何かだと思うんだけどねぇ」
「せやな」
対「水辺の生き物用」装備がアレだったので、普段使い用装備に切り替えたシアである。
その手に持つのは、ごくごく常識的な、華美でもなんでもない当たり前の装飾を施されているだけの、見た目はごく普通の『太刀』であった。
「普段使いの太刀、なぁ」
たしかにあの頃普段の適当な狩りに出る時に使っていた、ような記憶もあるし、そういえば獣人ミーシャを脅ろかせて完全獣化させた際に使用したのもこれだったかなぁ、と思い返す熊子である。
腰の鞘に戻されたその太刀を「鑑定」した熊子は、その脳裏に浮かぶ「理解」出来たことに対して心の中でツッコミを入れるのであった。
(【神剣】『普段使いの太刀』ってなんやねんそれ)
皆気がついていなかったが、職業として「光の神」の称号を得ているシアが作れば、そりゃあ神剣になろうというものであるが、そのことに気づくのは今暫く掛かるのであった。
☆
一方その頃、大湿原の手前で待機中の新人たちはと言うと。
「ね〜え〜、はいじおね〜ちゃ〜ん」
「なあに?ミーシャちゃん」
「いつまでこうしてるの~?」
「シア様達が戻ってくるまでだよ?」
「そっか~」
ハイジを始めとしたお供たちは、大湿原の手前、足元のしっかりとした開けた丘の上で、シア達の帰りを待っているところであった。
ミーシャを膝の上に載せ、大湿原を望める丘の斜面に腰を下ろしているのはハイジだ。
ルーテティアから大勢を引き連れて次の町へと移動したあと、適当な宿に一泊して今度こそは新人達とシア一行のみで移動を開始したのであるが。
「大湿原の様子、偵察してくるって言ってたけど、大丈夫なのでしょうか」
そう心配そうに言うのはミーシャの姉であるマーシャだ。
ハイジの横に膝を折って座っている彼女は、その不安そうな視線を大湿原に向けていた。
「しあさまだったら絶対大丈夫だよ!な、はいじおね〜ちゃん!」
「そうだね、シア様と熊子ちゃんが危険な状態になるなんて考えもつかないし」
あははと乾いた笑い声と共にそう返したハイジであった。
確かにここに至るまでの道中、何が寄ってきてもシアと熊子のどちらかがほぼ一撃で撃退していた。
中には村や集落に著しい被害をもたらすレベルの魔獣すら居たにもかかわらず、である。
そんな会話をしている三人とは別に、残りの者たちはと言うと。
「強っ!クリス氏強くね?」
「あんたらが弱いんだよ!その程度の素早さと馬鹿力だけじゃあ、スキルがあっても勝ちは拾えないよッ!」
新人転生者三人を相手に、クリスが手合わせを行っていたりする。
地元採用組の前衛担当達はというと、クリスとハイジの使役獣相手に模擬戦を行っていた。
「うわっ!速い、そっち行ったぞ!」
「これで手加減してくれてるとかマジかよッ!」
ヒポグリフのシュニーホプリは空を飛ばず、クリスのジェヴォーダンの獣はその牙を使ってもいない。
にも関わらず、手も足も出ない状態なのであった。
「……ミーシャちゃんとマーシャちゃんは参加しないの?」
「私はどちらかと言うと後衛?って言うんですか?出来ることって怪我の治療とか干渉魔法とかなので、あんまり身体を使うのは得意じゃなくて」
「ミーシャはな!寝るのが得意だぞ!」
「あんた放っといたら丸一日でも寝てるもんね……」
「まあ、出来ることと出来ないことの把握も大事だけどね……」
ハイジは二人を見比べながら、「マーシャちゃんはともかくとして、ミーシャちゃんやっていけるのかしら」と少なからず心配するのであった。
☆
「ふむん。群れだわね」
「せやな。あ、言っとくけどねーちん。広範囲魔法は使用禁止な」
「はいな。被害でかくなるし、慣らしにならない上に素材がパーになるものね」
「よくおわかりで」
大湿原をまっすぐ奥へと進んできた二人の周囲には、現在這い出る隙間もないほどの数の魔獣が姿を表していた。
集団で行動する性質を持つ巨大なザリガニ、軍隊ザリガニと呼ばれる魔獣の群れである。
「本日の目標やっと発見、ってトコかしらね」
「まあこいつら狩っとかないと、新人たちには道中荷が重いかんね」
「ついでに私の実戦訓練っと」
「んだ。そいじゃこっからはウチも手伝うから」
「素手だけどダイジョブなの? こいつら結構防御高かったはずだけど」
「ちゃんと対重装甲用の武術スキルも持ってるから心配すんな。それより――」
ゲーム時代も当然こいつらは居た。
初心者にとっては湿原や湖沼などの水辺に於いての厄介な敵として、熟練した者にとっては「美味しい」素材集めの出来る獲物として、である。
出現するのは必ず数十匹以上の集団で、その規模は時と場合によっては災害レベルにもなり、『緊急クエスト』としてイベント対象となっていた事もあったのだ。
そして当然二人にとっては――。
「殻はともかく、肉は出来るだけ原型残しておいてな」
「わかってるってば。特にハサミの肉はいい値が付く、でしょ? 」
「売るとかそういうの抜きで、シャレにならないくらい美味いんだよ……」
「マジで?」
「マジで」
そう言って陶酔したような表情を見せる熊子。
それだけで、その味の筆舌に尽くしがたさがわかろうというものである。
そうして頷きあった二人は、何のためらいも無く群れの中心に向かって飛び込んでいった。
なおこの軍隊ザリガニであるが、その殻は当然様々な品の素材となるのだが、問題は二人の言っていたように肉である。
軍隊ザリガニの肉は食味も良く、超高級食材として珍重されているのだ。
が、狩りの対象とするには常人では困難を極める。
動きが遅いため、一匹であれば低レベルの者達でも複数人で囲んで叩けば対処が可能なのだが、基本的に出現するのはその名の通り、軍隊と呼ばれるほどの群れである。
真正面から対応するには冒険者ギルドのメンバーのように高レベルか、それこそ軍隊を持ち出さなければならないほどだ。
しかも、軍隊ザリガニには更にまだ先がある――。
「この肉が高級品で出回ってるって言ってたけど、ウチで卸してるの?」
「依頼があれば狩りに行くけどね。けど一応コレを専門に狩ってる人もいない事もないんよ」
「そなんだ?」
「紐をつけたエサを群れの側に放り投げて、一匹だけ釣って群れから引き離した所で穴に落として、ってのが常套手段かな?」
「ふーん、って普通にザリガニ釣りだ!?」
などと無駄口を叩きつつ、その足は止まっていない。
二人は人間サイズよりも若干大きい程度の軍隊ザリガニを無視して、更に進む。
「ここいらのはさっき言ってた「釣り」で狩れる、通称「雑兵ザリガニ」な。コレは言ってみたら稚魚みたいなもん」
言いながら、足の踏み場もない地面を諦め、ザリガニの頭を踏みつけて更に先へ。
「わかるわかる。前の時もそうだったし。脱皮した回数だけ大きくなるのよね?」
「そーそー。で、味の方も、な」
「ごきゅり」
曰く、雑兵ザリガニを最下層として、上位に隊長ザリガニ・司令ザリガニといった感じで規模が大きくなるに連れて、その中心にいる親玉は巨大に育ち、かつ味も良いというのだ。
「ということで、先ずは親玉を丁寧に倒して確保な」
「統率の効かなくなったのをすりつぶすんですね分かりますん」
かくしてザリガニの群れの最奥部にたどり着いた二人の前には、一際巨大なザリガニが二匹、屹立していた。
「おお、凄い威嚇してきてる?」
「うん、サイズからしてこの辺の主かな?サイズ的に将軍ザリガニって感じかな、っと。んじゃ戦闘開始すっか。ねーちん、右任せた」
「らじゃ」
二匹の巨大ザリガニを前にした二人は、それだけ言うと消え失せるが如き勢いで左右へと展開した。
そしてシアは、すらりと抜き放った勢いのままに太刀を振りかぶると、一気にスキルを展開したのである。
「スキル発動6連!【加速装置】【剣術】【身体操作】【命中上昇】【解剖学】【残心】!」
僅かにゼロコンマ数秒であろうか。シアが抜刀したと見えた次の瞬間には、スキルを重複発動させた攻撃により巨大なザリガニの関節部分は断ち切られ、あっけなく倒れ伏したのである。
「ちょwスキルいくつ重ねてるんよねーちん。相変わらずとんでもやのう。負けてらんないか」
圧倒的なその戦いを見せつけられた熊子はと言うと。純粋な戦闘向けキャラではないにも関わらず、気合を入れ直してスキルを発動させた。
「っしゃ!戦車格闘術|起動!車両前へ!」
そう叫んだ彼女の全身が、淡く輝きその体表の色を薄っすらと変えてゆく。
「砲弾装填」
全身をダークイエローに染めた熊子はそう呟くと、右腕をギリギリと背後に回さし力を溜めはじめた。
そして次の瞬間。
「88mm硬核徹甲拳!」
その右腕から、凄まじい爆発音が発せられるとともに、眼前に存在していた巨大な軍隊ザリガニの分厚い頭部の殻を貫通する、鋭い一撃が放たれたのである。
「ふう、いっちょ上がり」
「おーおー、相変わらずの武術スキル一辺倒ね、アンタは」
「ねーちんみたく出鱈目を極めらんないもんで」
いまだ倒れもしていない巨大ザリガニの前で、やって来たシアとの軽口を始める。
確かに熊子の一撃は見事にザリガニの急所を貫通しており、その狙いの正確さを如実に物語っていた。
「さて、あとは」
「雑魚の掃討ね」
丁寧に巨大ザリガニを処理して魔法の小袋に詰め込んだ二人は、キラーンと目を光らせて振り向いた。
そこには表情を見せることなど無いはずの巨大な節足動物たちが、気のせいか怯えたような素振りを見せて佇んでいたのである。ボスの敵討ちに動こうともせずに。
「ひゃっはー!MG34Tで七面鳥撃ちだぜぇ!」
「便利ね、そのスキル」
無手にも関わらず、遠距離・中距離・近距離攻撃が全て行えるのである。
スキルを重複機動させられるだけの能力があれば、使い勝手はかなり良さそうに見えた。
「ん? そう思うやろ? でもな、すっごい燃費悪いねん」
「あー、まあそうでしょうね。あ、集中攻撃行くわよ? 気をつけて」
「超信地旋回受け流し!」
「ホント便利ね、燃費悪いの差し引いても」
「めっちゃ腹減るけどね!」
元ネタに戦車的イメージを混ぜたりしているだけに、そのへん省エネ化はできなかったようである。
「んじゃ、とりあえず」
「倒したの回収して、みんなのトコに戻ろっか」
そう言いつつ、地面に転がる雑兵ザリガニを片っ端から魔法の小袋に詰めてゆく。
その作業途中、ふと思いついたかのように熊子に尋ねたシアである。
「泥抜き的な事はしなくてだいじょぶなの?」
「そのへんは神聖魔法でリフレーッシュ的にな」
「なるほど便利」
そんな事をくっちゃべりながら、いまだ一面に広がるザリガニの躯を眺め、このまま放置したらさぞ凄まじい異臭を放つんだろーな―と考えてしまうシアであった。
(・ω・)でぃんじゃらすや