第75話 冒険と自殺は違いますよ?冒険は崖っぷちを全速力ですが自殺は崖下に一直線ですからね?
(´・ω・`)早くね?俺頑張ってる
「失礼、こちらは冒険者ギルドで間違いありませんか?」
「はいそうですよ。冒険者ギルド・ルーテティア支部になっております」
「そうですか、よかった」
シアたちが出立してしばらくたったある日の、中天に陽が差し掛かった頃。
とある人物達が、冒険者ギルド・ルーテティア支部を訪れていた。
凛々しい面差しのその人物は、もう一人の人物の護衛として剣を佩き、その安全をより一層確かなものにするべく注意を払っていた。
しかしながらそれはごく自然に振る舞われる他の動作に紛れ、生半可には余人に看過されない程度のものであった。
「当ギルドに御用ですか?どうぞお入りください」
ギルドの入り口で立哨していた二人のうち一人、おそらくは地元採用の若いギルドメンバーは、訪れた人物らに向けて扉を開いてやり、中へと招き入れたのである。
「立派な建物ですね」
「はい、ありがとうございます。御用のほどはそちらにあります受付に申し出てくだされば対応してもらえますので」
興味津々にギルドの建物を見上げながら入館した二人のうち後から続いた人物は、それを隠そうともせずに思ったことを口にしていた。
立哨に戻る若者に礼を告げて見送った彼らは、言われたとおり受付へと向かい、ここを訪れた理由を告げるのだった。
「は?護衛してもらった礼を言いたいって人が来た?」
「はい、間違いなくギルドの者だったと言う話ですが、こちらにはそう言った案件の記録が残ってないもので……」
一階受付で話を聞かされた職員は現地採用の受付専従の従業員である。
その為、各種問い合わせ等の業務に関して以外は職務範囲外と言えた。
記録に見当たらないという時点で、それを告げられた責任者――冒険者ギルド・ルーテティア支部長であるリティ――の脳内では、例の件絡みなのだと予想がついた。
「とりあえず、ここに通してちょうだい」
シアや熊子に聞かされていた道中から考えておそらくと検討をつけていたリティであったが、やって来たのは思った通り、ここに至るまでの間護衛についていたと聞かされていたと思しき容貌の二人。
男装の麗人アラミス・デュマとその護衛対象であるシャルル少年であった。
☆
「結構あっさり着いたわけですけど」
「まあまだここ入り口でもなんでもないんだけどね」
新人連中を待たせておいて、二人で様子を見に行くと言って先行している熊子とシアである。
その足はかなりの速度で進んでいるにも関わらず、何も不安げなところを見せてはいなかった。
池沼、と言うには水は見えず。
見えるのは背の高い草に覆われてたり、その草が軒並み倒れてミステリーサークル状態にポッカリと空間が空いていたりする、人の手がまったく入っていないであろうだだっ広い平地であった。
平地と言っても足元は至極不安定な、何やらふわふわとした頼りなさが足裏から伝わってくると言う感じである。
ここはエウローペー亜大陸最大の湿地帯である、ラーへランデン大湿地帯のそのほんの端っこであった。
「ココらへんはあれよ。池とか沼地みたいなところを枯れた草とかが覆ってっちゃってて、地面みたいになっちゃってるんよ」
「ああ、ゲーム時代にはたまに通ってたからその辺は知ってる。時たま目玉みたいな深い穴ボコの水たまりがあったりするアレね?」
「そーそー。んで、タマにそっから――」
熊子が先導しながら大湿原の概要をシアに語っている最中。
その大湿原の前方から、いきなりにゅるりとした動きで巨大な何かが姿を表したのである。
「こういうのが出てくるんよ」
「なるほど奇襲」
そこから現れたのは、ヌメヌメとした体表を持つ鰻のような巨大な魚と思われる、魔獣であった。
足元に空いた穴からその身を飛び出させ、地上をゆく生物に襲いかかると言うのが常態なのであろう。
飛び出してきた穴の奥はかなりの深さがあると思われ、それは太さでも長さでも数人分のシアを一呑にして余るほどの大きさであった。
「あ、そいつ電気で攻撃してくるから」
「電気うなぎ?」
身体を地面の穴からニュルリと伸ばした大うなぎもどきは、その長い身体を器用に動かし二人を絡め取ろうとした。
しかしその身体が二人に届く前に。
「エレクトリッガー!」
両手を左右と順番に上げガシンガシンとガッツポーズを取ったと思いきや、そのまま鳩尾の前で拳を合わせたシアの両耳の耳飾りから、金色の雷光が迸ったのである。
バンッ!という空気を割る音が響き、その次の瞬間には襲い掛かってきていた大うなぎもどきはブスブスと煙を上げて倒れ込み始めていたのだった。
「……電気使うって言ってるのに電気で対抗するとか」
「いやだって、ヌルヌルしてて触りたくないじゃない?」
今のシアの装備は、対水属性用の特化型であった。
水属性には雷でしょ!という某最終幻想的考えからであったがしかし。
「でもねーちん、あいつ生きとるよ?」
「なんですと」
全身からブスブスと煙を上げつつも、敵はまだうごめいていた。
それも、表面の焦げた部分がパリパリと剥がれ、そこからつやつやとした地肌が現れていたのだ。
「むぅ、表面のヌルヌルが電気を逃したのかしら」
「ファラデーのカゴ状態やね」
ファラデーのカゴとは。
別にファラデーと言う神様の加護がある訳ではない。
ファラデーという名の科学者が、鉄で出来た籠の中に入った状態で人工雷を落とし、電気が中の人間に影響するかどうかという実験の事である。
簡単に言うと、電気伝導率の高い物体に囲まれた内部には、電気が流れにくいという事である。
「チッ。魔法通さないけど金属製の鎧を着てたら雷魔法が超有効って某大冒険の事例は嘘だったのね」
「まああれは勇者魔法だから別の法則が働いてるんじゃないかにゃー」
バラバラと表皮が落ちて、未だ健在な様子をうかがわせる大うなぎもどき。
表情など無いはずであるのにその顔には嘲りの感情が浮かんでいるようにも見えた。
逆襲とばかりにパリパリとその体表から放電を始めた大うなぎもどきであるが。
「シアコレダー!」
目にも留まらぬ速度で接敵したシアが、その両腕を相手に突き刺し、技を放ったのである。
直接相手の体内に高電圧・高電流を流し込む、かかってしまえば回避不能、通電時間は任意と言う極めて恐ろしい技であった。
のたうち回る敵がその動きを止め、だらりと身体を横たえてもその通電を止めず、背後の熊子が「ねーちんそろそろそのへんで」と止めるまで、技を継続し続けたのである。
「ふう、面倒な相手だった」
「ウチはそんなねーちんの容赦の無さが結構好きよ」
手についた相手の体液ならぬ炭化した体組織をぴっぴと払いながら、シアはほぼ黒焦げとなった大うなぎもどきから視線を外し振り向いた。
ドヤ顔で振り向いたシアに、熊子は半ば呆れながら、しゃーないなーといった態度で大うなぎもどき――名前はそのままグレートイール――に近寄り、どこからか取り出した大ぶりのナイフを手にして解体を始めたのである。
「そこそこってトコか」
「それでそこそこなの?」
ピンポン玉サイズの魔晶結石を穿り出してそう言う熊子に、シアはどの程度の品なのかと問いかけた。
鑑定スキルで調べても詳細はわかれども、実際の流通価格までは表示されなかったのである。
「まあゲームのときも、素材なんて時価だしね」と変な納得の仕方をするシアであった。
「そこそこ、って言ってもまあ、捨て値で売っても金貨数枚ってとこ?」
「ほーん。ほんとそこそこね」
これ一匹で日本円換算だと数十万円かー、と通常ならば中々に手強いはずのグレートイールをそこそこ扱いする二人である。
「しかしエレクトリッガーの後なのにコレダーは目からじゃないのな」
「音速の男爵さんを忠実に再現しようとするとちょっとね……」
「あー。確かにアレは色々と無理。首回すとか死ぬ。ソレはそれとして、もうちょい綺麗に倒してほしかった件」
「ん?なんでまた」
黒焦げの大うなぎもどきを足先でツンツンと弄くりながら問い返すシアに、熊子は惜しそうにこう告げたのだ。
「だって普通に焼くだけで下手なウナギの蒲焼きより美味いし」
「何やて工藤」
「そもそもレクチャーする前に大技で倒しちゃって……勿体無い」
「せやかて工藤」
「まあゲーム時代とは勝手が違うから先手必勝様子見なしなって言ったのウチだけども。言う事聞いてねって出発前に言ったのは新人に向けてだけやないんやで?」
「正直すまんかった」
可食部分などほぼ残っていない状態の大うなぎもどきを見つめて、シアは平身低頭で熊子に謝るのであった。
_(:3」∠)_ちょっと短いけどごめん