第74話 実地研修は大変ですよね?でも根性試し的なのは勘弁ですよね?
「と言う訳で、よろしくお願いするわね、シア。ホラあんた達」
「はいっ、よろしくお願いしまっす!」
「しまーす!」
アラマンヌ王国への出発当日、冒険者ギルド・ルーテティア支部の訓練場に整列したジョニーを始めとしたミーシャ・マーシャ姉妹を含めたご当地新人チーム六名は、いざダンジョンへ! と言う意気込みで気持ちを高ぶらせていた。
そして。
「おなしゃーす」
「ざーす」
「ちょ、お前らあいさつくらい真面目にしろよ。あ、よろしくお願いします」
ギルメンとは別枠の転生組である、ジークフリード・ローエングリーン、アレキサンドロス・ズルカルナイン、アルバトロナール・A児・アズマの3名も、その場で整列していたのである。
「リティ、これは聞いてないんだけど」
「あら、間違いなく新人ですし?」
確かに新人としか言っていなかったが、シアはてっきりこの世界出身者の方だけだと思っていたのである。
一応基礎的な能力は現地住民と比較して高く、それなりにスキルも持っているため、彼らに関しては後は自由にさせるのだろうと。
そんな事を考えながら、約一名以外はどことなく挙動不審な転生組を見つつ、シアは「まあいいけど」と新人たちに向き直った。
「えー、ではこれから新人実地研修『ダンジョン探索』に向かいます。実のところ私はそのダンジョンを直に知ってるわけではないので、現地では熊子の指示に従うように。以上」
シアはそこまでつらつらと言い終えると、隣であくびを噛み殺していた熊子の背中を押して、前へと進み出させた。
「えー?聞いてねえ……けどまあしゃーないか。それじゃおまいら出発すっけど。言う事聞かなきゃ死んでも知らないからな」
気だるそうにそう軽く口にした言葉に、新人達は一様に頬を引きつらせた。
「しっ!質問っ!質問がっ!」
「ほい?なんやねん」
そんな中、何やら必死な形相で手を上げて声を荒げたのは、転生組の一人でマシな奴と見做されている金髪のニンジャ男、アルバトロナール・A児・アズマであった。
彼は熊子に問い返されるや、グビリと喉を鳴らしたあと、焦りを含ませたままこう言った。
「けっ、研修ですよね?」
「ああ、研修やね。実地研修」
「あの、今言う事聞かないと死ぬって聞こえましたが」
「そりゃ死ぬでしょ。現地はマジモンのダンジョンだし。だいたいウチらがあちこちから色んなもん持って帰ってくるのにお咎めなしなのは、『どこの領地でもない』ところで活動してるからだぞ?わかるか?」
この世界において、領地とするにはただ単に線引してしまえば良いというわけではない。
広大な森や山を領地だと言い張るのならば、そこを管理しておかねばならず、そこを管理していると主張するならば、そこから発生する事象に関しての責任も取る必要が出てくるのである。
すなわち、魔獣その他の被害も、その領主の責となるわけだが、正直リスクが大きすぎる。
その為、そういった魔獣の巣である森林地帯やら山岳地帯などに関しては、どこの誰も権利を主張していない。
そこから魔獣が溢れ出たりしたら、ソレこそ管理不行き届きであちこちから文句が殺到するのである。
なのでそういった地域近郊の領主たちの対応はというと、自領までに緩衝地帯を設けて監視に務める程度でほぼ終了である。
ギルドメンバー達が最初に降り立った地、ワイバーンの繁殖地だったヴィーブルダンセ平原などはその典型とも言える。
無論、街や村の近くにある森などはその殆どが魔獣などが存在していないため比較的安全であり、所有者や権利者が往々にして決まっているためキチンと許諾を得てからしか動かないが。
そして、そんなことをサラリと言ってのける熊子曰く『何処かの誰かが確保している建物やら何やらに入り込んで某かの物を持ち帰るとなると、普通に窃盗やん?んだけど誰のものでもないところから拾ってきたら、それは拾った者の物なわけよ。この世界じゃあな』
故に彼らが赴くのは基本的に人跡未踏の、魔獣が多く住む森や山地の奥深くであり、そこは根本的にどこの国も手を出せない程の危険地帯であると知った上での命がけの探索なのである。
素人に毛が生えた程度の新人が安々と出入りできるダンジョンなら、とうにどこかの誰かがその周辺を領地として確保してしまっていたことだろう。
「今回向かうのはラーへランデン大湿地帯にあるダンジョンよ。詳しいことは熊子が知ってるから安心なさい。何しろ発見者で踏破者だから」
「おう、割と凄いんやでウチ。崇め奉るがいい」
リティの言葉に驚きの表情を見せる新人たちに気を良くした熊子は、満面の笑みを浮かべて調子に乗った。
わざわざ「調子」と書かれた箱の上に乗ったりするのだが。
「まあそんな感じで出発するわけだけど、チミらはウチラのあとを徒歩でついてくるように」
「マジすか」
「マジマジ。まあそんなにスピード出さないからさ」
そう言って魔法の袋からバケツを取り出した熊子は、「ちゃう、モンスターバケツはデカチュー腐敗やんけ」と言いつつ、召喚解除を何故か受け付けず出しっぱなしで厩舎の方に繋いだまま放置していた鳥バーを引きずり出しに行くのだった。
「タマちゃんは街を出るまで手を繋いでこうね。んで妖女ちゃんは……っと。あれ?」
いざ出発、とは言っても、王都では基本許可のない騎乗は取締対象なので引いて歩くわけだが。
妖狐のタマちゃんはシアとお手て繋いで歩く気満々である。
そしてもう片方のおチビはと周囲を見渡すが、その姿が見えなかった。
「おーい妖女やーい」
「……ねーちん、いい加減名前付けね?」
「いやー、なんか名付けって責任重くって」
「アホほど持ってる召喚獣の名前はさくっとつけてたやん」
「ソレはほら、元ネタが分かりやすかったからそこから取って、的な」
「あ、妖女いた」
「む?」
話途中で熊子が指差した先には、妖女がいた。
ただし、訓練場の隅っこで座り込んだセイバーに抱っこされた状態で。
「……セイバーに抱きかかえられて身動き取れないように見える」
「奇遇やね、ウチにもそう見えるわ」
「何やってんのあのおバカ様は」
呆れるシアと熊子を置き去りにして、リティがあっという間にそのおバカ様の元まで「加速」してその頭を叩いたのであった。
「んじゃ改めて、行ってきます」
「気をつけてね、新人君達は行きはともかく帰ってくるまでがダンジョン探索ですからね」
「うう、タマちゃんに妖女タソ……」
そうして頭頂部にでかいたんこぶを作ったセイバー以外は、皆にこやかにシア一行と新人たちを送り出したのである。
なおメリューだけはさっさと朝イチに挨拶を済ませ、受付に座ってお仕事を始めていたのであった。
☆
「ねーちんや」
「なんでっしゃろ」
「なんかスキル使ってる?呼び寄せる系の」
「うんにゃ、接近禁止系のもあんたに言われて使ってないけど?」
王都ルーテティアを出て暫くの間は特にこれと言った事態は起こらなかった。
と言うよりも、起こるほうが不思議である。
王都から最寄りの街に続く街道は、基本的に安全である。
見通しの良い平原を貫く、まっすぐに伸びる踏み固められた道は、逃げやすく襲いにくい為だ。
「ほななんでこんなに人が多いねん」
「知らんがな」
ぽてぽてと乗騎を進ませながら、二人は自分達だけが聞こえるように【伝声管】スキルまで使って会話をしていた。
というのも、彼らの後方に数十人ほどの旅行者が、ぞろぞろと列をなしてついて来ているからである。
街を出る時は、「入る時だって結構な列が出来るくらいに人がいたしね」と不思議には思わなかったのだが。
街から離れるに連れ、普通ならばそれぞれの移動速度の違いから疎らになるはずの列が、常にシアたちを先頭に維持されていたのである。
「もしかしてアレ?強い集団と行動したら旅路が安全です、的な」
「そりゃそうだけど、ウチらそんな義務もへったくれもないからねぇ」
確かに旅路は出来るだけまとまって行動するのが安全の秘訣である。
盗賊にも収支を考えるオツムがついているし、野生の獣たちにしても集団の人間などという面倒なのを相手にするよりも、同じ野生の動物を相手にしたほうが楽だと知っている。
故に、こう言った場所で何か起こるというのはそういった生存本能的なモノよりも攻撃的な衝動が優先される魔獣達による襲撃が起こる事の方が多いのだが、それらも定期的に行われる領主や国の街道整備という名の駆除により間引かれている。
そのため極稀に起こりうる襲撃に対応するため、弱い人間達は集団で行動したり、より強い者たちとともに移動することが慣例となっているのだが。
「とは言えいまさらダッシュして引き離すのも何というか気まずいわね」
「おまけに徒歩の新人連中が置いてきぼりになってしまうま」
仕方ない、というか何というか。
次の休憩で人が散らなければ、ルート沿いの街までは面倒見ようと言うことになったのである。
「シア様?これどうします?」
次の休憩ポイントである、小さな川のほとりにたどり着いた一行。
騎乗していた者は降騎して乗騎に水を飲ませたり軽く何かを食ませたりさせ、徒歩だった新人たちは荷を解き身体を休めたりしている中、彼らと同じく足を止め休憩を始めた周りの旅人たちを見回して、クリスが他の面子に先立って、ため息混じりにそうシアに向かい口にした。
「成り行きだけど、まあしゃーないって事で」
「うん、まあ次の町までだしな。そっから先は街道もないトコ行くわけだし?」
シアと熊子の反応を見て納得したのかしないのか、クリスは口元を綻ばせて離れていった。
ソレを見送った熊子は、シアの耳元に顔を寄せ、こっそりと告げた。
「実はな、ねーちん。これ多分メリューが手配したんだと思う」
「ほい?なんでまた」
「新人研修よ、実地研修。ダンジョンだけが研修やないんやで」
「なるほどありがち。この一般人の中に誰かが紛れて監督してる可能性もあるわけね?……って言われてみればなんか知った気配があそこに――」
シアが指差した先には、どう見てもヨボヨボなお婆さんにしか見えない、頭からローブを纏った人物が居た。
その老婆は、指さされたことに気づいたのかよいよいとシアに近づき、そのフードを脱がずにペコリと頭を下げるや、その様子からは程遠い力の篭った声を発したのだ。
「ご明察。さすがシア様」
「クリスチーネさん?」
「ほっほっほ、わたしゃタダのババアでございますよ」
そう、その発せられた声は、先日ギルド支部で挨拶を交わしたルーテティア支部の筆頭冒険者であるクリスチーネその人だったのである。
しかし続くその言葉は、その老婆のような振る舞い同様のしわがれ声で、傍目からはどう見ても体力的に付いてくるのに無理がある人物を気にかけているシア、と言う光景にしか映らなかった。
だがシアはその時点で熊子とクリスチーネを含む自分達三人を【遮音結界】で包み込んだので、声を変える必要は別段問題はなかったのであるが。
「言ってみればアレでしょ?目の届かない所で見知らぬ人達相手にどういった対処をするのか、ソレを見たいと」
「せやな。正直なところ、知らん人からすれば冒険者は堅気の仕事とは思われないからなー」
武装した何でも屋集団といえば、傭兵家業が思い浮かぶのがこの世界の一般常識であるが、そちらと混同されては少々立ち位置が違うと言わざるを得ない。
あちらは正しく戦闘のためだけの集団であり、本業は寧ろ戦争への参加である。
翻って冒険者は戦闘行為も出来るけれど、むしろソレはおまけであって本来の目的はいろいろな場所に赴くことだ、
そのついでに金になりそうなものを持ち帰ったり、装備の更新に役立ちそうな素材を採取したりするのだ。
まあ、ついでの部分が本来の目的よりも重視されることなどよくあることなので気にしてはいけない。
「冒険者の行いを広く知ってもらうために、こう言った遠征時には広報しておく事がままあるのですよ、シア様」
「まあ急ぎとかだと、即出発するしついて来ようとしても断り入れて、振り切っていくけどね」
「あー、うん。まあなんとなく分かる」
ガヤガヤと騒がしい周囲とは隔離された三人の会話は、「ではそういう事で」とクリスチーネが踵を返した事で終了となった。
彼女は何らかのスキルを使ったのか、意識を集中しなければシアにもはっきりとその気配がわからない程度に、人混みに埋もれてしまった。
「あー、やるねぇクリスチーネさん。ぱっと見じゃもうわかんないわ」
「うん、あの人元は怪盗だからね」
「なんですと」
その昔、ルーテティアの金持ち・貴族たちの心胆を寒からしめたという、謎の義賊だったというのだ。
「あくどい金持ちとか悪辣な貴族とかの機密情報をパチって公開したりとかしてた」
「おおう……なんという義賊」
「盗品とかを取り返してやったりもしててさ―」
「何その聖なるポニーテール的なムーヴ」
そんな彼女が冒険者ギルドに参加した経緯はと言うと。
色々と社会の闇だのなんだのを叩いて回っていた彼女は、冒険者ギルド設立以前の転生者達をその同類とみなして突っ込んできたところを返り討ちにあい、その後意気投合して現在に至る、という話らしい。
「その辺はまた作者が外伝的に書くんじゃないかな?」
「なるほど当てにならん」
そんな感じで休憩を切り上げ、出立する一行であった。
(´・ω・`)いっつしょーたーいむ