第73話 ぼちぼち次の目的地に向かいましょうね?いい加減にね?
(´・ω・`)続き書いた。次はもうちょっと早く書く。多分。きっと。メイビー。
シア達が新人らに訓練を施している、ちょうどその頃。
モノイコス王国の冒険者ギルド本部において、一部の幹部による話し合いが行われいていた。
「まずは種を採らなきゃなぁ、トマトは。どっちも試食する分以外は全部そっちに回すとして……」
「そのあたりはカレアシンにお任せするとして、作付けの場所の方はどうします?いっその事、現地農家に生産委託しますか?」
ザルに盛られたトマトと稲籾を前に、カレアシンと呉羽の二人がこの使徒からのご褒美の取扱について話を煮詰めていたのである。。
トマトに稲籾。
言わずと知れた銀シャリや、トマトケチャップの原料であり、冒険者たち待望の農作物である。
米の方は精米した際に出る糠で漬物も漬けることが出来るし、トマトに至ってはケチャップ以外にも様々な利用方法があり、どれほど発展性があるか料理の素人である呉羽とカレアシンには想像もつかない。
これらを栽培するのは当然として、それら生産物をどう取り扱うべきか。
新たに発見された新作物として広めるのか、秘匿して自分たちだけで楽しむのか。
要は、「見た感じたしかにトマトでお米だが、その実どんな物かはまだわからん。神様関連なんだから絶対色々おかしいに決まってる。下手に広めたら正直まずくね?これどうする?」という訳なのだ。
「他の大陸はどうか知らんが、このエウローペー亜大陸の農作物にゃあ無かった作物だからなぁ。しばらくは俺らが面倒見て、広めるのはまあ、まだ先だな。実際問題、影響が読めん」
「というと?」
「じっくりと鑑定スキル正体見たりで調べたが殆どわからん。なんとかわかったのは、米の方は下手すりゃ旧来の農作物を栽培する農家がなくなるレベルで優秀すぎるって事ぐらいだ」
「そこまで!?」
「そりゃそうだろ。米は基本優秀なんだ。収穫倍率はな、現代日本だと百倍超えてんだぞ?海外の小麦の場合は二〇倍ってところか」
そう言われても今ひとつピンと来ていない様子の呉羽に、カレアシンは言葉を続けた。
「まあ日本の米の場合、水田だからってのもあるから一概には言えんか……。ちなみに中世ヨーロッパだと小麦がおよそ二倍だ」
「この世界だと、小麦はどれくらいの収穫率なのかしら……」
「この国だと普段は五倍から一〇倍だな。収穫率の数値が幅広いのは天候が良くて貯水池完備、肥料を必要十分与えてても、この世界だと精霊の機嫌次第で豊作になったり飢饉になったりするからやっかいだ。まあこの国限定だけどな。だいたい俺らのせい」
「……続けてちょうだい」
冒険者ギルドの本部が置かれているモノイコス王国における農業は、彼ら冒険者の尽力で安定した生産を行えるようになっている。
カレアシンの農業指導やギルドによる治水事業への協力、なによりも精霊を行使できる者によって秘密裏に行われる精霊たちへの根回しがその根幹にあった。
それらによる農作物の収穫は、カロリーベースであれば十分に国内の需要を満たせるレベルになっていた。
とはいえカロリーだけでは人は生きていけないので一概には言えないのだが。
「収穫倍率ってのはな、まいた種と育った穀物の比率だ。種が一で収穫量が百としたら、収穫倍率は百。同じだけ翌年育てたきゃ百分の一を種として取っときゃいいってこった」
「て事は、中世ヨーロッパの収穫率二倍って種に五割残しておかなきゃいけないわけ!?」
「そうだ。しかも、翌年が同じように育つかどうかは時の運。だから同じ作付面積で、収穫倍率が圧倒的に高いってわかりゃ、そっちに手を付けたくなる。現時点では食べ慣れないモンだってのを考慮しても、将来的には慣れる。そう考えりゃ誰だってそうする、俺だってそうする。早い話が、同じ条件だと間違いなくこの米が席巻する」
「それは……私達の望む未来ではないわね」
「ま、こいつを外に出すのは時期尚早じゃねえかってこった」
米食文化を広めるのには反対しないが、それがこの地の食文化を破壊する事に繋がるならば、広めない方が良いだろう。
現状、危急な食糧不足などは起こっていないのだし。
二人はそれぞれに納得の行く理由を胸に、これら二つの農作物の取扱方針を決定した。
一般には食材としては広めるが、苗や種としては出さない。
外に出すなら脱穀後や、加熱済の商品として。
そして、もっとも重要な点は。
「では、ギルドで保有している農地を当てることとしましょうか?」
「いや、こいつらはギルドハウスで育てよう。その方が安心だ。トマトはともかく、稲の方は管理しきれん。盗まれでもしたら責任とれんぞ。まあそもそも陸稲なのか水稲なのか、どっちなのかすらわからんから知らんやつにゃ育てようが無いだろうが」
「あら、案外適当に蒔いても芽を出すんじゃないかしら」
「……そいや某一子相伝の人が墓に蒔いた種、あの後どうなったんだろうなぁ」
「……立派に育ってればいいわねぇ。じゃ、そういうことで試験栽培から、ね。任せたわよ」
「あいよ。暫くはこれにかかりっきりになるなぁ」
「頑張ってちょうだい。他の誰にもできないでしょうし」
こうして最大の懸案事項である、神賜物の取扱い方針が決定したのであった。
前世の本職が専業農家であるカレアシンの出番であるのは当然で、こればかりは地元の農業従事者に任せる選択肢は取れない。
先にも言ったように作物の方が問題有りかもしれないからだ。
何しろ神の使徒が直々に与えたシロモノである。
どんな特殊効果を持つトンデモ作物が育つか知れない。
「頑張らないわけないだろうが。しかしアレだな。正直、植えた翌日実ってても驚かねえぞ、俺は」
「あのころはどうだったのかしら。残念ながら、私は動植物育成スキルにはとんと疎くて」
「ああ、普通に耕して普通に種まいたらだいたい育ってた。ただ、目で見てわかる速さでな」
「なにそれこわい」
ゲーム時代、狩りや鍛冶以外にもいわゆる生産職と言うものが存在していた。
そこで行われた農業は、いわゆる農園シミュレーションゲーム的な勢いで育ったらしい。
流石にこれらはそんな変態農作物ではないだろうが、なんにせよ一回収穫してみてからの方が良かろうと言う結論に達したわけだ。
「んじゃひとっ働きしてくらぁ」
「……なんか生き生きしてるわね?」
「そりゃ本業っつーか生業だったからな。気合のは入り方も違うってもんだ」
どっこらせと言いつつ立ち上がったカレアシンの、その瞳は今までになく輝いていた。
この世界に来て様々な狩りや冒険を行った時よりも。
それを見た呉羽は苦笑交じりに指摘したのだが、当の竜人は意気揚々とそれを肯定して扉に手をかけた。
ただ、それに続いて送られた言葉には、年甲斐もなく戸惑いを見せ、あたふたとした態度でその場を後にしたのだった。
「そ。じゃあそちらはよろしく。夕飯までには戻らないとヘスが寂しがるわよ」
「お、おう。わかった」
おそらくは顔を真赤にしていたであろう、恋も仕事も昔気質の竜人を見送った呉羽は、テーブル上に鎮座する二種類の農作物を見つめつつ、こうつぶやいた。
「後始末が済んだと思ったらまた厄介事が増える、か。せめて美味しいものでも食べられなきゃやってられないわよねぇ」
言いつつ伸ばした指先で皿に盛られたトマトをツンとつつく呉羽。
「さて、試食分に回したのは処理出来てるかしら」
既に冒険者たちの調理担当の長であるツィナー・ジャコビニへは、お試し分として届けられている。
久方ぶりの懐かしい味に出会えるかもしれないと、呉羽は彼女らしからぬリズミカルな足取りで調理場へと向かったのであった。
☆
「そろそろ次の支部に向けて出発しようかなと」
あれから数日。
新人たちの訓練に付き合ったシア達一行は、次の目的地に移動する事を告げに支部長のリティと顔を合わせていた。
まあそうは言っても、食堂で晩飯を食い散らかしながらテーブルを挟んで会話しているだけなのだが。
「ん、わかった。まあ気ぃつけてね」
「うわすっごいどうでも良さそうな返事」
大皿に盛られたミートボール入りスパゲティを取り分けながら返事をするリティに、シアは苦笑いしながらその素っ気ない反応に苦言を呈した。
「どうでもいいっていうか、心配する必要性が全くない件について」
「なんでやねん。普通ちょっとは心配するのが仲間っちゅうモンでしょうに」
「ねーちん、その気持はわからんでもない。わからんでもないが、せんでもいい心配はせん方がいいだろって話やん?って事だわ」
ごっそりと麺を自分の皿に移し替えたリティの行動を見ながら、シアは自分も同様に大皿の麺を取り分けようと動き出したがその横から手を伸ばした熊子によって、次の瞬間には麺一筋すら残さず奪い去られていたのである。
それを見かねたハイジがお代わりを注文しに行くのを横目で見ながら、テーブルを囲む残りの一人クリスが、こちらはとっくの昔に腹を満たし終え酒精を含んだ飲み物を片手にその三人の会話の内容に、ポツリと呟いた。
「旅の道中でシア様を心配するのなんて、一般常識の齟齬ぐらいなものなんじゃ……」
誰にも聞こえないはずの囁く様なその声は、だがしかし。
聴覚すらも常人以上の上位ギルドメンバーの耳は聞き逃さなかったのである。
「だよねぇ、わかってるじゃないかクリスの嬢ちゃん。そう、そうなのよ。こっちに来たばっかだって言うから最初は心配もしたわけよ。でもさ?いざ色々と教えてあげようと思ったらそんな必要まったくないんだもの、ある意味がっかりよ!」
「えーひどい……ひどくない?」
「残念ながら当然だわねーちん」
新人への教練ついでに、この世界初心者のはずなシアに身体能力の使い方を教授して差し上げてよオホホホ!と思っていたリティ。
それが蓋を開けてみれば、魔法は当たり前のように使いまくり、事もあろうにコンマ数秒単位のタイムラグすら読んだ上で結界を張るわ超絶無敵なスキルまで使いこなすわ。
それじゃあ身体を動かす方は、と思えば当たり前のように新人共を追いかけ回しまくりだわと自分の出る幕がない状態だったのだから、意気消沈もしようものである。
「ぜ―ったいなんかチートもらってるでしょあれ、って十二分にチートな私らが言うなって話だけどさ」
「ウチら身体使いこなすだけでも結構な時間かかったもんね。何人かは例外いたけど」
率直に言って、普段から体を動かし慣れていなかった熊子の中の人や、インドア派な連中はことごとく苦労していた。
元の感覚と今の感覚との齟齬を埋める作業とでも言えばいいのだろうか。
意外に中の人が寝たきりだったカレアシンなどは、端っから身体能力を十全に使えていたりなど、そのあたりは謎に包まれている。
いまさら検証もできないしね、とは元検証厨であった某ギルドメンバーの言葉である。
「で、次どこいくか決まってるの?西?東?」
そう言ってぐるぐるとフォークに巻きつけた麺を頬張り咀嚼するリティに、シアはニッコリと笑って熊子に向き直りこう口にした。
「どこいくの?」
「決めてないんかい」
ごっきゅんと飲み込んでからツッコむリティに苦笑いで返すシアであった。
「ねーちんのそういうトコ好きよ」
「行き当たりばったりこそが人生の醍醐味が信条ですので」
「初めて聞いたわ」
「今考えたからね」
「お代わりいただいてきましたよ―」
「あー、ありがとハイジー」
「いえいえ」
熊子とリティに呆れられつつそんなバカ話を続け、お代わりの山盛りスパゲティを携えて戻ってきたハイジを労いながら、シアは脳内でゲーム当時の世界地図を広げ、この世界での先達に合っているかと問いかけた。
「こっからだと北東に行くと、ラーへランデン大湿地帯を抜けてアラマンヌ王国だよね?」
「せやな」
「西なら海渡る必要があって時期待たなきゃだけど、東なら陸路だから何時でも行けるわね」
「西?海の向こうって……、何があんの?」
ゲーム当時、実装されていなかった領域は多い。
エウローペー亜大陸と呼ばれるこの大地以外はその接続地域が開放されていたぐらいである。
海の向こう側は基本的に未知の領域であったし、亜大陸の東端であるリフェアン山脈とモルダヴィア大砂漠の向こう側であるアフローラシア大陸などはその一切がそういう地域があるという『設定』以外知らされていなかった。
故に、この世界の今を知らないシアとしては、そう尋ねるしか無かったのである。
「海の向こうには未知の大陸があるって相場が決まってるんだよねーちん」
「そんな長旅しとうない……」
元の世界での大航海時代の悲惨な船旅を知る者であれば、忌避するのもやむなしである。
だが続くリティの言葉に、シアは思わず驚愕した。
「まあ泳いでたどり着ける距離なんだけどね」
「近っ!」
予想外の近距離であった。
まあその言葉を聞いたクリスとハイジは「無理無理」と首を横に振っていたが。
そんな二人を横目に、熊子はシアの耳元に顔を寄せると、こう囁いた。
「だいたいさ、ねーちん。元の世界とこの世界、地理的には似たり寄ったりじゃん」
「まあフリーハンドで何も見ないで書いた地図、ってレベル程度には似てるわよね」
「んだもんで、当然こっから北西の海の向こうには」
「なるほどメシマズの国があるわけね」
「と思うやん?……そこ、飯うまいんだ、実はすっごく」
「マジで!?」
再び叫んだシアに、熊子はしてやったりと笑みを浮かべた。
そして当然のことながら「じゃあそこに行こう!」となったシアに対して、ニッコリとほほ笑みを浮かべてこう返したのである。
「残念、今行っても何にもないんだなそれが」
「なん……だと……?」
「まあその辺は後で詳しくしちゃる」
そう告げた熊子は、リティに対して「とりあえず次はアラマンヌ王国の支部っちゅう事で」とだけ言って、食事を再開したのだが。
「ならちょうどいいから、ついでをお願いしようかしら」
「ついでって……何を?」
「引率の先生。新人をちょっとダンジョンに潜らせようかなって」
「だんじょんかぁ……私はいいけれど。いいよね熊子」
「えーんとちゃう?あそこなら十分初心者向けですしおすし」
シア達の次の目的地がアラマンヌ王国の王都にある冒険者ギルド・アンブール支部へと出立するのが決まったのであるが、それに相乗りする形でリティがお仕事を放り投げてきたのだ。
まあゴール王国の王都であるルーテティアから、アラマンヌ王国の王都であるアンブールに向かうそこに途上にあるダンジョンである。
別に遠回りするわけでもなく、新人たちもまあ使えないというわけでもないために、連れて行ってくれないかと言われれば、その程度はこれと言って苦にもならないだろうと考えた熊子には快諾されたわけだ。
「私もダンジョン初めてだからちょいと楽しみ」
この世界に来て初のダンジョンであるシアにとっても、これは楽しみなイベント扱いであったのだろう。
「徒歩だと目的地まで三日、探索に二日ってとこかにゃー」
「往復だと単純計算で合計八日か。まあ私らは戻る計算はいらないけど」
「まあ行きで野営の心得を仕込めば帰りはなんとかなるっしょ。街道から外れてるわけでもなし」
そんなこんなで引率の先生役をやらされることとなったシアたちであった。