第72話 盾って大事ですよね?伊達に紋章に使われまくって無いですよね?
ようやく発売日が決まったそうです。
春頃だそうですが、来月には正式発表されるそうなので、今しばらくお待ち下さい。
「お昼からは、まず身を守る為の基本。盾の取扱い訓練をするからね」
「武器の扱い方じゃないのね」
「とりあえず、盾をちゃんと扱えさえすれば、生存率は格段に上がるからね」
「ふむん」
昼食を終えた面々は、訓練場に移動しつつ昼からの予定をリティから告げられていた。
まずは盾の扱い方からというリティに、ふむふむと頷きつつシアは何やらゴソゴソと、背中に背負った小さなリュックサックを腹の前に回して手を突っ込みながらその後をついていく。
そしてその背後では、熊子が新人転生者の連中と一緒に遊んでいた。
「みんな盾は持ったな!行くぞぉ!」
「うおぉぉぉ!」
「どこにだよ」
まあ熊子のノリに付いてきている転生組と、地元採用組との間で温度差は合ったがどちらも余り気にしていないようである。
「盾の使い方わかってないと割りとシャレにならないから。武器の方はまあ、素人はメイスか短槍ね。それにしたって、とりあえず振れる身体作らないと」
「あー、なるほど」
そんな背後の騒動を物ともしないで会話を続けるリティとシア。
どちらもこの程度は慣れっこなのであろう。
「さて、あんたら。みんな盾は用意してきたね?」
そういうリティの目の前に広がる訓練場は、いつの間にか平らな元の姿に戻っていたが、もはや誰もそのことには驚くどころか言及すらしなかった。
そしてその中央部まで進んだリティは、ぞろぞろと付いてきていた新人らをぐるりと見渡しそれぞれの持つ盾を一瞥して口角を上げ――そのうちの一人を二度見した。
「盾の使い方なら私も中々のもんよ?」
そこには左手に盾を装備した上で、右手にも盾を持ち、更に背中にも盾を背負ったシアの姿があったのである。
左腕の前腕部に取り付けられているのはスッキリとしたシンプルな円形の盾で、これぞ盾と言った風情の分厚い一枚板だ。
右手の盾は、長楕円形の盾で、先端部分の左右からは敵を突き刺せるような二本の突起が生えている。
そして背中に背負った盾はというと、縦長の六角形で端にのぞき窓が付いた大型の物だった。
どれもこれもが希少で高価な素材を精錬して得られた金属の塊から、高レベル鍛冶スキルにより生み出された逸品である。
「なにその偏った装備」
「失礼な。防御専門のタンク役する時はこれだったのよ?残念ながら盾の職業は付かなかったけど」
「あー、有ったわねぇ、盾専とかだっけ?私らにゃ昔過ぎて忘れちゃったわ」
呆れたように苦笑するリティだが、両手の盾を拳を合わせるようにガシンガシンと体の正面でぶつけながら、シアはいい笑顔である。
「質問!」
「はい、なにかしら」
そんな二人に、新人冒険者で転生者のアルバトロナール・A児・アズマが声をかけてきた。
「自分はニンジャなんですけれど、要りますか?盾」
「あ、俺ら弓使いも要らないよーな……」
「だよな」
避け職であるニンジャなA児の言葉に、他の新規転生組も同調する、が。
「ふむん?あんなこと言ってるけど、どーするん?リティ」
「要るに決まってるでしょう?あなた達、対物理・対魔法のリバーサルカウンター持ってる?」
「いえ、スキルツリーがそこまで育ってませんでした。半自動の当身投げ位はありますが」
「俺は基本遠距離からの狙撃役だったんでないです」
「同じく」
自動的に敵の攻撃からの反撃を行うスキルは恐ろしく便利な代物で、生存率を格段に上げてくれる有為な技術である。
それ故に、スキル取得にかかる手間と時間はかなりのものになるのだが、不意打ちからの毒攻撃や致命の一撃などを防げる為、分かっている者からすれば最優先でとっておきたいスキル筆頭なのだ。
たとえ避け職であろうと遠距離攻撃メインであろうと、実戦においては有象無象の区別なく降り注ぐのだから。
なお半自動の当て身投げスキルというのは、構えを取った状態においてのみ発動するスキルである。
敵と相対して構えを取れば、相手が近接戦闘を仕掛けてきた場合においてのみ投げを打てるのだ。
同様のスキルは剣術などにも存在しており、居合い系の物もその範疇である。
閑話休題。
「じゃあ却下。常時発動型の防御スキルまで育ったら盾なしでも認めてあげる」
「私持ってる。オートで反撃もできるよ!できるよ!」
「あんたにゃ聞いてない」
「ぶーぶー」
だからこそのリティの言葉となるのだが、シアはここぞとばかりにスキル自慢である。
素っ気なくスルー対象だったが。
どうやら彼ら新規転生組は、初心者から中級者になったかならないかくらいのレベルであるようだ。
現在のこの世界においてはかなり上位の範疇ではあるだろうが、冒険者ギルドの面子ほど世間と隔絶した域には至っていない模様である。
なおシアのスキル関連自慢に対しては、ギルメン総意の塩対応標準装備であるらしい。
「はいはい、ってシア。あんた教える側でしょう?なんでそっちに並んでるのよ」
「いやー体力関係ならともかく、実技の実地系は前ん時にちょいとやりすぎてまして」
「今回も十分やりすぎてるけどね、ねーちん」
いつの間にか新人らの列に混ざって並んでいたシアであるが。
午前中は教官役として新人たちを追いかけ回した教官側であったが、昼からはどうやら教えてもらう側に回るようである。
なお前ん時とは、ハイジやクリス相手に剣の相手をした際のことであろう。
たしかにアレはやりすぎであった。
何しろ相対した二人はもう少しで乙女の尊厳を失うところであったのだから。
それに今回も既に、新人連中を追い詰めては袋竹刀ではあるものの、叩きのめし、叩きのめし、叩きのめしたのだ。
「ちょーっとやりすぎたかしら?とは思った」
「アレをちょっとというならな」
「まあまあ、もうみんな復帰できてるんだから良いじゃん」
「多分明日は起き上がれないレベルで筋肉痛に苦しめられる新人君たちに謝っとけ」
「あいすいません」
そういって横に居並ぶ新人たちにシアは頭を下げた。
躊躇いなく頭を下げるシアに驚いたのは新人たちだ。
「そんな、鍛えてもらってるのに文句なんてありませんよ」
「ちょーっとやりすぎじゃないかなーとかは思いますけどねデュフフ」
「昔の口調に戻ってんぞ、ジークフリード」
「おっといけねえ。すまんなアレクサンドロス」
「俺の名前はアレキサンドロスだ。間違えんな」
「細けえな」
「人の名前間違えといてなんで偉そうなんだよお前」
何やら言い合いを始めた弓使い二人を放置して、リティは新人たちに向かって先ずはと言ってシアを呼び寄せた。
「基本から言うと、盾は受け止めるもの。敵の攻撃を反らしたりするのは今は考えなくていいから。こんな風にね」
そう言って、手にしていたバールのようなものを全力で振り下ろした。
何の予備動作もなく、いきなりシアに向かって。
風切る音すら追随を許さずに振り抜かれたそれは――
「おっと」
ガキン!という甲高くも鈍い音と共に、シアの盾に受け止められたのである。
それと同時に巻き起こった旋風と衝撃波が新人たちを襲うが、それを気にもとめずに彼女らは続ける。
「こんな風にね。攻撃は受け止められるだけ受け止めるの。受け止めることで敵は攻撃のリズムが狂うわけ。わかる?」
「ねー、盾スキル使っていい?」
「それは次からね」
「それはまた次回の講釈で、って私らしばらくしたら次の目的地に行くんだけど」
「そんなに急ぐ必要ないじゃない」
ガキンゴキンと派手な金属音を上げながら、二人は会話を続けていた。
その合間に時折新人たちへと解説し講釈を垂れるリティに、シアはぶーぶー言いながらも律儀に盾を使って彼女からの攻撃を受け止め続けたのだ。
「ま、いきなりここまでは出来ないだろうけど、盾の重要性は理解してもらえたかしら?」
一頻り殴り終えて鬱憤……もとい、盾の重要性を新人に理解してもらえたかリティが尋ねたところ、現地採用組からは一様に激しい首肯を示されていた。
さもあらん。
「あー、腕しびれた~。もー、ちょっとは手加減してくれないかしら」
「アレだけやっても盾にすら傷一つつかない癖に。私の可愛い『バールのようなもの』は傷だらけになってるってのに、どんだけよ」
「まああの頃に作った奴だからねぇ。こっちで作ったソレじゃあ打ち負けるのは仕方ないかなーと。あと私、臨公だとだいたいタンク役が回ってきてたんで。防御力とスキル的に考えて。本職剣士なのに」
「あー、まあそうなるわよね」
臨公――臨時公平パーティー――は、MMORPGに於いては普段の面子が集まらなかった場合に、臨時にパーティーメンバーを募集してクエストを行う事を指して言う。
その際に、彼我のレベル差が大きいと得られる経験値に違いが出るため、公平を期すべく同レベル帯の者だけで組む事を意味するのだが。
「同じレベル帯でも、転生回数とかプレイヤースキルが違うとねえ。装備もダンチだし」
「最初はだいたい火力に振る。気持ちはわかる」
キャラクターが同じレベルでも、中の人の操作技術で差が出る上、使用キャラの転生回数によっては保持スキルの数、スキルレベルに大きな開きが生まれるのも当然なのであった。
「まあパーティー組まないとクリアできないクエストとか、ボッチいじめか!と思ってた頃もありました」
「一度やったら慣れるわよ。まあ二度とやるかって思う人もいるかもだけど」
「幸いマトモな人ばっかりにしか当たらなかったので、後進の育成にも精を出しました。私偉い」
「はいはい、その節はどうも。で、あなた達にも盾を使って貰うわけだけど、使ったことがあるって……のは居ないわよね、やっぱり」
狩猟にすら出ていないだろう現地採用組や、ニンジャに弓使いの転生組も当然と言えば当然なのだが、ソレを別にしても、この世界の住人で戦闘職に付いていない者にとって武具防具は基本的に縁がないものである。
それに大体において、それらの品は日常品と比べて桁違いに高い。
大ぶりのナイフ程度なら、品質さえ気にしなければ手軽に入手出来なくもないが、実戦での使用に耐える品をとなると話が別だ。
よくあるRPGあたりの品で例えるなら、ご家庭用のナイフなどはゲーム開始当初の状態で持っている初心者用のナイフ、売ってもゲーム内通貨でコイン1枚分ぐらいにしかならない代物と同様で、いざ武器屋で装備を揃えようとすれば、お値段が何桁も違う事は記憶を手繰らずとも理解いただけるだろう。
であるからして、実際に盾を扱ったことがある一般人などそうそう居るわけもない、ということに繋がるのだ。
「別に盾なんて無くても避けりゃいいんじゃねえの?とか思ってる人いる?ウチの攻撃避けれるんなら免除して貰ってやるけど」
「え」
そんな中、気軽にそう言い出した熊子に新人の耳目が集まるが、手を挙げるものは居なかった。
流石に多少は学習するらしい。
「熊子……殿、でしたっけ」
「おう、親しみを込めて熊子さん、と呼ぶがいい。一応冒険者ギルドの大幹部様なんだけどな!」
ニンジャであるA児から声をかけられた熊子は、ぎゅいんと首を回して彼に親しげ……とは言えない威圧感を込めて言葉を返した。
そんな熊子にA児はツツツと歩み寄り、他の者には聞こえない程度の声で耳元に囁いた。
「因みになんですけど、転生前の累積レベルと職業は?」
「……企業秘密。と言いたい所だけど、こっちじゃ広まっても意味不明だから構わんか。幹部連中はみんな累積レベルなんてとっくにカンストだし。称号は――」
ぼそり、と呟いた熊子の言葉にA児はピクリと反応し、次の瞬間事切れるようにその場に蹲った。
「……雉も鳴かずば撃たれまいに」
「どったの熊子、その新人君」
「ウチの昔の職を教えてやっただけ」
「ほーん?」
「ふふ……誰やねん、あんな職業実装したの」
「使徒さんたちじゃないの?」
「今度会えたら一回死なす」
地面にうずくまり身動き一つしなくなったA児に対し、介抱などの何のアクションも起こさずに何やらくっちゃべっている熊子とシアに首を傾げながら、口論を中断して様子を見にジークフリードとアレキサンドロス。
二人はしゃがみこんでA児を抱き起こそうとしたのだが、その彼が微妙に震えている事に気づいたのだ。
すわ痙攣を起こしている?なんかやべえ!と思ったのだが、よく見ると涙目になって何かを堪えているのだと、理解した。
「おい、A児。どうした、なにがあったんだよ」
「熊子さんに何か聞いてたけどそれが原因か?」
余人に聞こえないようにと気を使った囁きは、以外に高スペックな転生組新人の耳には届いてたようである。
そして、尋ねてくる二人に、ようやく収まったのかA児は深く息をして呼吸を整えると、ゆっくりと立上り、熊子に対して綺麗な敬礼をしてのけたのだった。
「お、おい。どうしたんだよ」
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫だ。今はただ、熊子さんに対して敬意を表していたい」
「どういうことなの?」
「さあ?」
その時、A児の脳裏には一人の男が浮かび上がっていた。
圧倒的な筋肉に包まれた、全裸。
全裸であるにも関わらず、手に入れた布切れをネッカチーフにする。
そんな全裸。
「聖なる筋肉に敬礼……」
「なお必殺技は、ぬいぐるみの刑」
感涙なのかなんなのか、涙を浮かべて敬礼するA児の姿は、その直後。
熊子による笑撃の第二波攻撃によって限界を超えたのか、ぶばふぅ!とばかりに吹き出し、全てご破産となったのであった。