第68話 そんなわけで再開です?どんなわけなの?
(;´Д`)本業がががが
「ありがとね、ビートーンさん。またね~」
「山親爺、また暇になったら顔見せに行くわ……って前の山奥におるん?」
『いや、久しく飛んでいなかったからな。しばらくは空を堪能するつもりだ。前に居た場所に行っても会えぬぞ?』
「そっかー。じゃあまたそのうちどこかで」
『うむ』
なんだかんだで王都近郊、以前シアの思いつきで精霊によって生み出された温泉の湧き出る岩山に辿り着いた一行は、後はぼちぼちと陸路で向かうと言うことで、大賢竜ビートーンとはここでお別れということと相成った。
シア達が別れを告げると大賢竜はゆるゆると宙に浮かび白い靄を身に纏い始めた。
『ではな』
ビートーンはシア達の脳内にそう告げると、甲高い音を響かせるジェットブレスの火炎を吹き出して空高くに舞い上がり、いつしか雲に紛れて見えなくなってしまったのであった。
まさしく見えなくなるまで手を降っていたシアであったが、気を取り直して出立の用意を整え始めた。
近郊とはいえ、それなりの距離はある。前回同様、シアの召喚獣である玉藻の前と、巨狼“神喰い”フローズヴィトニルに乗って行こうと思ったのである、が。
「たまちゃんに元に戻ってもらいたいんだけど……」
「いやだ」
「うわこいつ馬鹿だ」
セイバーが、タマちゃん幼女バージョンと元邪神な妖女を放そうとしないため、仕方なくフローズヴィトニルに前回より少々大きくなってもらい、皆で乗って移動を開始したのである。
駈け出した巨狼は、その背に大の大人が何人も乗っているにもかかわらず、軽やかな足取りで空をとぶかのように風を切って進んでいった。
「ねーちんや、こんなでかいのが近づいてきたら、門番の人たちビビったりしねえ?」
「前の時は平気だったじゃない」
「そりゃあれは騎士隊が一緒だったからじゃね?」
と言う当然の心配もされたため、目視できる距離からはゆっくりとした歩みで、何名かは歩いて危険がないことを示して近づくことに。
それでもシア達が門に近づいた際には門の衛兵に緊張が走ったのは仕方がないことであろう。
色々と揉めそうに成ったりしたが、騎士団と縁のあるセイバーや蒼衣の戦士、その嫁のイスズによる執り成しで、どうにか王都ルーテティアへと入ることが出来たのであった。
「世話になった。では、またな」
「色々とお世話になっているのはこちらのほうでしょうから、お気になさらずに」
門をくぐってカールマンとイスズの二人と別れたシア達一行は、のんびりと冒険者ギルド・ルーテティア支部へと到着したのであった。
☆
一方、天の磐船では、幹部連中が陰鬱な表情で顔を見合わせていた。
「シア達はあれで良いとして。さて、これから色々と厄介なことが増えそうだな……って、あれ?前にも言ったよな、これ」
「ええそうね。ホント、どうなっちゃうのかしら」
新生した大賢竜ビートーンの「乗ってく?」と言う軽い申し出により、懸案であったシア達の王都への早期帰還の件はカタが付いたのであるが。
その大賢竜から告げられた言葉から導き出される、更なる面倒事に彼らは頭を悩ませていたのだ。
「魔素が以前のように豊富になるってか」
「あの異界の魔神とやらを排除したのがその要因なんでしょうねぇ」
大賢竜ビートーン曰く、長ね大地を巡る力の流れが滞っていたのが、あの魔神の討伐を境に一気に是正されたのだという。
カレアシンらギルド幹部らは、渋い顔で近い将来発生するであろう様々な事象を脳裏で思い描き、頭を悩ませていたのだ。
「と言うことは、モルダヴィア大砂漠が魔素の発生地点だったと?」
「いんや、そう言うわけじゃない、と思う」
魔素が生み出される地を抑えられていたから、大地を巡る力が滞っていたのかと尋ねるヘスペリスに、カレアシンは視線だけを向けてそう答えた。それを受けて、呉羽が続ける。
「ビートーンは魔素の生成なり発生が正された、とは言っていないの。魔力を生み出すための根本たるものが極端に少なくなっていた、そう言っていたはずよ」
それを聞いたヘスペリスは、顰めた眉間に指を当てつつ、ため息を吐いた。
「魔素の発生をあの魔神が阻害していたのではなく、何か他の者がそれを行っていた……?」
「それはわからんが、魔神が倒されたのとほぼ同時に魔素が漲ってきたとあっちゃなぁ……どっかで見てた誰かさんの関係者かその上役あたりが、魔獣撃退からの魔神討伐コンボに興奮して魔素ブシャー、とかありえそうじゃねえか?」
どこぞのよく喋るゆるキャラ的存在が居るような意見を述べるカレアシンに、皆少々引き気味であったが無いとは言い切れないだけに押し黙ってしまった。そこに口を挟んだのは、一人考え込んでいた黒子さんであった。
「あのー、思うんだけど、あの魔神があそこに封じられてたのって、どーしてかなーと」
「そりゃあれだろ―――ってそう言や、なんでだ?」
魔神は、封じられていた。遠い過去、力及ばず封じることしか出来なかったのかもしれないし、単純にその時点では倒す事が出来ない存在だったのかもしれない。
そのような存在であった魔神を討った、と言うか変質させ無害化に至った今回の手法は、凡そ再現性の無い方法であって、言ってしまえば封印されている側で大規模な攻撃魔法を行った為にその箍が緩み、それを好機と思った魔神が外界に出てきた場所は、言わば射撃演習場の標的の前だった、という訳だ。復活直後で魔力も潤沢ではなく、状況もつかめない。そんな状態で避ける暇も防御する暇も無いまま、高魔力の坩堝に叩き込まれた魔神が、地獄に仏というか藁をも掴むというか、回復のために周囲に存在した巨大スライムを吸収、その過程でシアの必殺スキルに巻き込んだ結果、まるで悪魔合体の失敗のような状態に陥ってしまい、その本質すらも保てなくなった、という、幾つもの偶然やら何やらが重なった結果なのだ。
おそらく今回のイレギュラーがなければ、魔神はいまだ眠り続けたままで、そこにはただ単純に魔獣をすべて撃退した後の荒野が残るだけであっただろう。
魔神が、いつ目覚めるやもしれないままに。
「そのへんが分からなかったのよね。魔素を生み出す重要地点だった?そこに陣取られて魔神を倒すほどの威力を持つ攻撃が使えなかった、とか?」
「ああ、この世界のモンじゃないんだから、神様も使徒連中も、倒すのに躊躇しなくても良いはずだよなぁ」
「うん、だから、封印出来るまでに削る程に力を使った結果のあの砂漠、って事、じゃないかなって」
黒子は、魔神が封印されていた事に関して使徒たちの対応が弱腰であった事を考えていた。この世界に存在する、この世界で生まれ、生きて、死にゆく者全てを守護する存在である、神とその神の使徒と言う存在。それらは圧倒的な力を持っているが故に、その力をこの世界で存分に振るえない。奮わない。
全てはこの世界に生きるモノのために。
「魔神を倒せるほどの力を神様が振るったら、か」
「そりゃもう大陸の一つや二つは軽く吹き飛ぶんでしょうねぇ」
カレアシンの言葉を受けて嘆息混じりにそう口にする呉羽の眉間には、似合わない深いシワが寄っていた。
世界を生み出した神とはいえ、そこに巣食う魔神のみを他に被害を及ぼさずに倒すのは難しかったのではないだろうか。この世界の神は、全知でも全能でもないのだ。
「細かい仕事を自分でできるくらいなら、使徒なんて使わないでしょうし」
「使徒も細かいことできてないけどな」
それを言っちゃあおしめぇよ、というところであるが、皆が割りとそう思っていることであったのだろう、誰からも否定の意見は出てこなかった。
「って使徒といやあ、そういやアレはどうした?」
「アレ?ってなに?」
「ああ、アレですか。そういえば仕舞い込んで放置してましたね」
ふと思い出したかのようにカレアシンが口の端に上げた言葉に黒子が首を傾げる。
その仕草は男であれば身悶えするほど愛らしいものであったが、ここの面々には通じない。
アレで通じたヘスペリス、古女房か。
それはさておきアレと呼ばれた品を取りに、ギルドハウスの倉庫へと向かったヘスペリスであったのだが、しばらくして大慌てで戻ってきたのである。
「た、大変です!」
「どうした?」
「ヘスペリスが慌てるとか、ヘマした面子を呉羽が怒らないくらい珍しい――」
飛び込んできたヘスペリスに皆は一様に怪訝そうな顔を向けたが、彼女がその両の手に持つ黄金色の粒と真紅の実を見て色めきだった。
「っ!?おいおいおいおい、ちょっと待てよ」
「カレアシン、これって、これって……」
泣きそうな顔で手にした物をカレアシンに見せるヘスペリス。
周囲の面々も事の次第が理解できたのか、ざわつき始めていた。
「倉庫に入れてた、例の使徒が寄越したご褒美の未鑑定品が、いつの間にかこんな……まさか、これ……」
「へぇ、使徒の奴もタマにゃあいい仕事してくれるじゃねえか……」
ヘスペリスが手に持つそれは、カレアシンにとっては見間違えようもないシロモノであった。
彼は手渡された物をしげしげと見つめ、嘆息する。
一同が見守る中、カレアシンは興奮したのを隠しもせず、言葉を絞り出した。
「米だ。短粒種だ……細かい品種はともかく……米だ。それに――トマトだ!」
その一言で、その場に居た者達は、盛大に喝采をあげ、歓喜に身体を震わせたのであった。
「うぉおおおおおお!ご飯が!銀シャリが!」
「これで夢にまで見たトゥメィトゥケチャップが!」
「なんでトマトの発音がやけに(ry」
騒然としたギルドハウスのリビングの中で、一人カレアシンだけは大きな感情の起伏を見せず、米とトマトをテーブルに置き、立ち上がった。
「どうかしましたか?」
「倉庫に残っている分を確認する。まさかこれだけしか無いって訳じゃなかろう?」
無言で立ち上がったカレアシンに、なんとかいつもの落ち着きを取り戻せたヘスペリスが尋ねると、そう端的に答えが戻ってきた。
「使徒から預かった|未鑑定品《何だかよくわからない物》からこれが出てきたんだろう?」
「え?ええそう、なんでしょうね。実際にアレがこれに変わった瞬間を見たわけじゃないありませんが……」
ヘスペリスによると、いつもの様に倉庫の在庫一覧の本で検索をかけ、倉庫の管理人である魔法生物に取り出してもらう段取りをしたところ、いつものように即座に姿を見せるかと思われた彼らが中々やってこない。
はて、と首をひねっていると3匹の中で一番小さい奴が何も持たずに慌ててコチラに飛んできたのだという。
「そうして手を引かれて入った倉庫の奥で、床に溢れた米とトマトを懸命に集めては棚に戻している残り二匹の魔法生物と合流した、と」
「ええ……」
リビングに残る喧騒を他所に、カレアシンとヘスペリスの二人は倉庫へと足を運んでいた。
姿を見せた二人に、いつもは呼ぶまで出てこない3匹の魔法生物が姿を表し、ついて来いとばかりに二人を先導して倉庫の中を進みはじめた。
しばらく歩くとそこには、棚から溢れていたであろう米とトマトが、綺麗に棚に戻されているのが目に入った。
「結界魔法か?また面倒なことを……」
棚と言ってもご家庭用の本棚レベルではなく、正しく倉庫のような、一一〇cm四方のパレットが載るような棚が並んでいるのである。
その棚に浮かぶようにして保持されている黄金色の粒の塊と真紅の実の集合体を見て、カレアシンは苦笑いを浮かべた。
カレアシンが棚板に浮かぶ米に手を伸ばすと、結界に阻まれることなく手が滑り込み、その掌に望むだけの品が取り出せた。
「……うん、流石に神の使徒、とでも言やぁいいのか……」
「な、何か問題でも?」
一人納得顔で掌の粒を弄ぶ竜人に、ヘスペリスは浮かない顔で問いかけてきた。
その声に、我に返ったかのように目をパチクリとさせると、カレアシンはニッと笑みを浮かべて指先で摘んだ米粒をヘスペリスの目の前に突き出すように見せつけた。
「こいつぁ只の種籾じゃあねえぞぉ」
「……防弾タイヤでも撃ちぬく気ですか?今はネタはいいので話を進めてください」
「ははっやっといつもの調子に戻ってきたな」
「やめてくださいぶち転がしますよ?」
手の平の粒を一つつまみ上げ、カレアシンは陽に翳すように持ち上げてみせた。室内だが。
「鑑定スキル金剛石の瞳かけてみても詳細は不明なんだがな、おそらくコイツはアレだ。農林一号とかその類のトンデモ改良品種だ。それそのモノとは言わんがな。おそらくは神様だか使徒だかがこの世界の稲を弄くってくれたんだろうが……」
「っ!それはまた、大変なシロモノに聞こえますが……」
ヘスペリスも同様に籾を手に取って目の前でじっくりと見つめるが、鑑定スキルはカレアシンよりも育っておらず、元の世界でも籾殻を外した玄米を見たのが関の山である為、種籾を見ただけでその違いを分かれと言われても、その、なんだ。困る。
もちろんカレアシンにしても、見た目上だけではどこがどう違うとは答えにくいのだが。
「もしかすると水耕でも陸耕でもどんと来いで、収穫率が数百%レベルの変態米だったりしてな」
「ふふっ、そうだとすれば私達の口に入るだけに留まりませんね」
そう言って笑い合う二人は、もう一つの赤い果実を手に取ると、「そう言えばこれから種を取る方法は……」「ああ、そいつぁ……」などと話しつつ、倉庫を後にしたのであった。
★
エウローペー亜大陸の中央北部に位置するアラマンヌ王国。その現在の王都であるアンブールには、冒険者ギルドの支部が存在している。
支部とは言っても、ここの規模はさほど大きくなく、ルーテティア支部と比較するとその建物の規模ですら百貨店サイズとコンビニレベル程に差があるので営業所と呼ばれていたりするが。
過去にこの地に支部を開く際に一悶着あったせいで、ギルド側が支部設立の意欲を喪失したがゆえの小規模支部なのだ。それならばいっそのこと設立しなければよかったのだが、その一悶着というのが設立の諸契約を締結した後であったため開設自体は不可避であったからだ。
現在、その支部に残っている構成メンバーは2名。
所長である男性と、店長と呼ばれる女性の二人きり。砂漠に出向いてる者が戻ってきたとしても、およそ片手で収まる構成人数であった。
そんな冒険者ギルド・アラマンヌ王国アンブール支部であるが、今日も今日とて営業は行われており、それなりに客足は確保されているのである。
そして今日もその扉を開く人物が訪れた。
「いらっしゃい、完全窮地支援事務所ヘようこそ。俺が所長のサイゴーだ」
こじんまりとした事務所の扉を開いて現れたうら若い女性、それに声をかけたのはどこかぼんやりとした雰囲気をまとった、中年の普通人であった。
「え?いえ、私は別に……」
「……これは失礼、あちらのお客様でしたか。おーい店長、そっちのお客さんだ」
所長と名乗った男が事務所の奥に向かって声をかけると、のんびりとした返事が返り、しばらくするとその声の主が姿を表したのである。
「いらっしゃい、うちのお客さんかい?」
「はっ、はい!お友達に教えてもらって!」
「そうかいそうかい、僕が店長のラウラだ。それじゃあこちらのテーブルにどうぞ」
「は、はい!」
現れたのは、スラリとした長身の、女性とも男性とも付かない、魔人と呼ばれる人物であった。
両のこめかみからねじ曲がって天を衝くような歪な角を生やした彼は、にこやかな笑みを浮かべると、訪れた女性を事務所の奥のテーブルへと案内し、優雅に礼を行うと一旦奥へと戻り、今度は綺羅びやかな食器に沢山の焼き菓子と漆黒の液体が注がれたカップを載せて彼女に興じたのである。
「さあどうぞ」
「わぁ……」
満面の笑みを浮かべた少女は、出された品を初めはおずおずと、次第にガツガツと言う擬音が似合う程の勢いで食べ始めたのであった。
「ありがとうございましたー」
お腹を満たした少女を送り出した魔人は、溜息を一つ吐くと、所長に向き直り更に深い溜息を吐いた。
「今日もまた本業は空振り三振ですか……」
「……おっそうだな。お前んところは盛況で結構なことじゃないか」
「仮にもここは冒険者ギルドなんですから、冒険をしたいんですがねぇ」
ムスッとした顔で所長に向き直る魔人、店長。
「俺もお前も、謎解き系のクエストは得意だが、モンスター相手はちと厳しかろう?」
「……いやまあ確かにそうなんですけどぉ。だからと言って、副業の方ばかりというのもちょっとアレじゃないですか」
「本業も副業も不人気な俺に謝れ」
「……この世界じゃ安定した公務員なんてありませんからねぇ」
二人は向き合って同時に溜息をつくと、「こんなはずじゃなかった」と誰に言うでもなく言葉をこぼした。
「もっと冒険したーい!」
「俺だってもっと手に汗握るギリギリの依頼受けたい!でも無理!楽勝なんだもん!」
二人は共に、いわゆるシティーアドベンチャー系のキャラクター育成を行っていた転生者である。
戦闘力はそこそこ、とは言え現状のこの世界においては破格の出鱈目な身体能力を持っている為、窮地に陥る事は先ず無いのだった。
「もっとハラハラ・ドキドキの、悪の盗賊ギルドとかとの暗闘とか!」
「世の中の闇を凝縮したような敵が襲いかかってくるとか!」
「そういうのを!」
「期待してたんだよ!」
「悪い貴族とか!」
「横暴な貴族の子弟とか!」
「そういうのをやっつける俺素敵!っていうのをだな!」
「やりたかったんだよ!」
残念、君たちがお望みの敵は、姿を表す前に君たちの親分代行が表舞台から叩き落とした上でつい先日人生の舞台からも叩き落とされた模様。
「……ま、食うに困らないだけでもよしとしとくか」
「ですね、僕も追加の焼き菓子、焼いてきます」
そうして二人はいつもの様にいつもの仕事に戻っていくのであった。
しばらく後にトンデモない台風の目が自分たちを騒動に巻き込みにやってくるとも知らずに。