第67話 揚力だけで飛ぶ?そんなんだったらあんなに頑丈なはずないですよね?
七七日忌法要も滞り無く済みました
今後は執筆に励むつもりです
というわけで更新再開でございます
「あ、見えてきた見えてきた。すごいねー、天の磐船より、ずっとはやい!!」
「やめれねーちん、そのセリフはウチに効く」
【をを?】
凄まじい速度で空を渡る、純白の翼。
新生した竜の賢者、ビートーンがその翼を広げ、暁の蒼穹を突き進んでいた。
その背に、我らが冒険者ギルドの長、ハイエストエルフのシアを始めとした王都帰還メンバーの姿があった。
「竜の本気の飛行なんて乗るどころか見るのも初めてだけど、トンでも無いね。飛んでるけど」
「ウチだってこっち来てから見たの初めてだわ。前の時には、たまーーーーにフィールド上空をゆったり飛んでるところが見えたり、特定の場所で遭遇イベントがあるくらいだったからね。そういやねーちん、召喚獣に竜はいないんだ?」
「うーん、下位の竜種ならいるけど、ビートーンさんみたいな最上位竜なんて、そもそも戦闘に入らなかったしねぇ……」
「まあそうだわな」
ゲーム時代、この世界を自由に探索していた彼らであっても、流石に実装されていなかった相手とは闘えなかったのである。
それでも無理やり戦おうとして武器で切りつけたりすると、次の瞬間違うフィールドに転移させられてしまったり死に戻っていたりして、そもそも戦闘にならなかったのだ。
「それに私、鱗テカテカ系の爬虫類、ちょっと苦手だし」
「あー、もふラーだもんね」
『('・ω・`)ショボーン』
「脳内に直接!?」
そんなシアと熊子の会話に割り込んで器用に顔文字表現を脳内に送り込んできたビートーンであった。
ちなみにビートーンの高速飛行であるが、ただ翼を羽ばたかせるでもなく、浮遊魔術を用いて移動するわけでもない。
翼は羽ばたかず伸ばしたまま、ただ風を受けるのみ。
ならばその推進力は?と見れば、体側から魔力の残滓を伴った炎が吹き出ていた。
【魔力火炎噴流推進】。
そう形容する他ない、この世界の幻獣種である竜達の飛行方法の一つであった。
まず巨大な竜の口腔が開かれ、空間魔素が取り込まれる。
取り込まれた魔素は体内で魔力へと変換され、体内を満たし、駆け巡る。
そして幻獣や魔獣が生体器官として保持している魔晶結石により密度を高めた魔力は物理的な魔力火炎へと変換され、身体の両脇にある鰓状の器官から後方に超高速で吹き出すという、言わば生体ラムジェットエンジンとでも言うべき推進力で飛行しているのである。
その飛行速度は凄まじく、シアが精霊魔法で気流を操作してガードしていなければ乗っていることすら出来なかったであろう。
とは言えこれでもビートーンは手加減しているようで、音速を超えてはいないが。
少なくとも低軌道とはいえ衛星軌道に乗れる速度まで加速出来るのである。
抑え気味にしなければ出せるというより出てしまうのだ。
そんな高速度で対流圏を飛行などすれば、人間など下手をしなくても空気との摩擦やら断熱圧縮による高温で、蒸し焼きに成ってもおかしくないのである。
そんな竜の背に乗り空をゆくのが殊の外気に入った様子のシアは、それはそれは楽しげにしていたが、同行している蒼衣の戦士とその妻、エルフのイスズの2人はおっかなびっくりといった感じを隠せていなかった。
魔獣使いのクリスとハイジは高速移動や空中移動は日常のものであるからか、空の旅自体には然程動揺を見せはしなかったが、竜に対しての畏怖は拭えないのか些か緊張の面持ちであった。
結果、ビートーンで行く空の旅を楽しんでいるのはそれ以外の面子、シアをはじめとしてお供である熊子と、ルーテティア支部の幹部であるリティ・メリュ―・セイバーに加え、シアの召喚獣扱いの妖女に九尾の狐であるたまちゃん達。
特にセイバーは、タマちゃんと妖女を抱きかかえて終始ごきげんであった。
「翼よ、アレがルーテティアの灯だ!って、もうとっくに陽は昇ってるけどな!」
地平線の彼方におぼろげに見えてきた王都の姿に、ハイテンションが天元突破しているほどである。
『ほほう、しばらく見ぬうちに随分と規模が広がったものよ』
背に乗っているために、そう言うビートーンのその表情はうかがい知れないが、興味深げな声だけは脳内に響いてくる。
「山親爺、しばらくってどれくらい前なん?」
そういえば、と熊子がビートーンに尋ねたのは、彼がこの地に以前来たことが有るような口ぶりが気になったからである。
『ふむ、これほどに近づいたのは太陽の周りをこの大地が六百回ほど巡るくらい前かの?その頃はあの川の中州を中心としたこじんまりとした集落であったのう……』
「六〇〇日……なわけ無いわな。ウチラが山と一体化しかけてた山親爺と会ったのってそれよか何年も前だし。って、ちょとマッチョ、太陽の周りを巡ってるって……?つーことは、もしかして六〇〇年? 天動説主流のこの世界で太陽の周り回ってるって知ってんのかぁ……大賢竜ぱねえ」
何気なしに聞いただけの会話のネタだったのだが、ルーテティアの黎明期を知るのみならず、地動説を理解している大賢竜に流石の熊子も驚きを隠せなかった。
「ねえ熊子。この世界って天動説主流なの?」
「だよ?地動説云々ってのは一部の学者連中くらいじゃね?観測してたら地動説でないと説明つかない部分でてくるじゃん」
ビートーンの声は熊子のみならずシアにも届いていたようで、彼女も目を丸くして驚いていた。
方向性は違っていたが。
この辺り、ゲーム時代にはプレイヤーに知らされていない部分であったため、シアとしては中々に興味深いところであった。
「天動説に疑問を持った辺りを詳しく」
『ふむ?そうさの、昔々の魔素がふんだんに満ち満ちておった頃に、どこまで高く飛べるか試した事があってな。その折に大地が弧を描いておるのがわかる高さまで昇ったんじゃが、それだけ登っても届かぬ見上げた空の果てなさに、感極まってな。しばらくそのまま飛び続けて星の巡りを飽きるまで眺めておったんじゃが、その時にの。ふむ、お主らは惑う星を知っておるか?』
「んー?惑う星?ああ、惑星ね。知ってる知ってる。太陽の周りを回ってるから、他の星とかと運行が違うんよね、ものによっちゃ行ったり来たりして見えるアレ」
熊子が受け答えしている横で、『そう言えばコッチだと明けの明星とか宵の明星とかあるのかしらん』などと疑問を浮かべていたりするシアであった。
『そうだ。今まで小さき者にこの事を語っても、賛同を得ることは皆無であったが、やはりお主らは面白い』
「いやあ、ウチが思いついたわけじゃなくって、ご先祖様達の知恵と知識と経験の蓄積の賜物ですわ」
向こうの世界の、だけどな!とは心のなかでつぶやく熊子である。
『いや、それでも、だ。その昔、知らぬことを教えろと我がもとを訪れる者が少なからず居ったが、小さき者は真実を語ってすら否定するばかりでのう……』
「ああうん、知識のベースが違うパターンだとあるよね、そゆこと。ウチだって知らないことは知らないしわかんないことはわかんないけど、どっちが合理的で辻褄が合うかって考えたらどうしても地動説に行き当たるもの」
熊子にとって、基礎的な知識は旧世界の学校で学んだ事柄であった。
地動説にしても、一般に公開されている観測結果を元に検証を行えばそれが正しいと分かる事だと知っていたがゆえの納得である。まあ、実際に自分で計測したり観測したわけではないが。
であるにもかかわらず、元の世界でも天動説を未だに信じている人が意外に多い、と言う記事なども散見したこともある身としては、確かに頭から否定する人もいるだろうなぁ、と言う感想であった。
『地動説、と呼ばれるものであるのか、この大地が太陽を巡るという考えは』
「ここらじゃ一般的じゃないみたいだけどね。ウチラの間じゃそれで通る。他にもいろいろ思索してそうだねぇ。こと自然科学に関しちゃやっぱマジ賢者だわ、山親爺殿」
『星の世界と大地の繋がりを知ることを自然科学というのか、小さき者よ。ふふ、褒めらるるのも幾年ぶりか……。何、考える時間だけは腐るほどあったでな』
「さすが大賢竜様だぁね。生き字引的な知恵の宝庫だけじゃなくて天文学まで独学たぁね」
『うむ、その昔にはこの大地の大きさを測る為に、深い穴をいくつも掘って、そこに差し込む陽の光の角度を調べて計算したりもしたぞ』
「うわあ、この竜ってば最低でもエラトステネスとかアリスタルコス並ってことよね。大賢竜は伊達じゃない!」
エラトステネスは地球の大きさを初めて計測したとされるヘレニズム時代の学者であり、アリスタルコスは太陽中心説を最初に唱えたとされる古代ギリシャの天文学者にして数学者である。
それ以外の業績も数多く、冗談抜きの賢者なのだ。
彼らほどの思索を行えるとあれば、大賢竜と呼ばれるのもうなずけるというものであった。
「って言ってる間に目的地上空なわけですけど、どーするよ、シア?」
「んー?適当なところで降ろしてもらえば……って厳しいか、な?」
大賢竜との会話が弾んでいたところであったが、そこにちょいちょいと肩をつついて声をかけてきたのはセイバー。
彼女の言うとおり、もう既に竜の巨体は低い位置の太陽の陽を浴びて王都に影を落とす位置にまでたどり着いており、今はゆったりとした弧を描いて上空を旋回している状態であった。
「……王都、大騒ぎに成ってたりしませんかね」
「まだ朝早いからダイジョブなんじゃないかな?……今んトコ騒ぎにもなってないみたいだし」
メリューの心配気な言葉に、リティが遠見スキルで地上の様子を確認していたところ、特に問題はなさそうであるとのこと。
その言葉に、大賢竜自身が応えたのだが、幾分かその口調に楽しげな成分が含まれていた。
『心配せずとも、下から見上げるだけでは我が姿はそうそう見つけられんよ』
「ほお、ソレは如何なる理由で?」
穏やかな声で告げてくる大賢竜の言葉に、シアは興味津々で問いかけた。
内心、なにか光学迷彩的なトンデモ魔法とか何かを使ってくれてるんではないかと期待しての事であった。
が、しかし、大賢竜の答えは実に単純なものであった。
『雲を纏っておるのよ』
気づけば大賢竜の周囲には薄っすらとした霧のようなものが漂い、薄く広く、たなびいていた。
それはビートーンが生み出した微細な水滴であったのだが、飛行機雲のように軌跡となって、空に幾筋もの道を描いているかのようであった。
「っしょ、と」
「ふむん、ここならまあ大丈夫でしょ」
かくして王都上空にはたどり着いた面々であったが、少々逆戻りをすることとなったのであった。
何しろ王都周辺は多少の起伏がある程度で、雲に隠れているとはいえ流石に竜の巨体を目立たずに下ろす場所がなかったのである。と言うか、地上に雲が降りてきたら、逆に目立つ。
「そんなわけで、先日作った温泉の湧き出る巨岩の近く、私がふっ飛ばしちゃった丘の側にやって来たのだ」
「そういう風に言われると、ついつい良い男が座ってるベンチがどこかにないか探してしまう今日このごろ、みなさまいかがお過ごしでしょうか」
「またシア様と熊子殿がよくわからない会話をしている……」
「故国の様式美なんだろ?まあ良いんじゃないかい?」
シアと熊子がくだらない話をしている横で、クリスとハイジの2人は固くなった身体を解すように延びたり捻ったりを繰り返していた。
『さて、言われた通りの場所に降りてみたが……ここから歩くのか?小さきものには結構な距離ではないのか?』
「そこら辺は考えておりますのです。さて、んでは」
ビートーンの心配を他所に、シアは胸元から薄汚れた一本の紐を取り出し、高く放り投げた。
「【戒めの紐は今断ち切られた】。よしよし、よく来たね、ヴィト」
シアの手から離れ、力ある言葉が紡がれると、投げられた紐は緩やかに放物線を描かず、宙に浮かんだ状態でゆるゆると蠢きだした。
その紐は捩れ、伸び、環を成して、そこから輝ける白き闇が噴出したのである。
巨狼“神喰い”フローズヴィトニルがその姿を表したのだ。
が、その体躯に似合わぬ軽やかな仕草で己が主に歩み寄ると、目を細めてその頬をすり寄せ始めたのである。
「放ったらかしで悪いね、うんうんごめんごめん」
「……ねーちん、放ったらかしの召喚獣、あとどんだけ居るん?」
「いやーヴィト、ほんっとごめんねー」
熊子の苦言を聞かなかった事にしたシアは、精々に白銀の柔らかい体毛を堪能するのであった。