第6話 偉い人の反対?偉そうな人ですよね?
「逃げちゃっていいの?後で敵前逃亡とか言われたりしない?」
「はっ!もう敵なんぞいやしねえ。どの道この魔獣撃退が済んだら、ギルドにゃ各国から無理無茶無謀な召喚が来るに決まってんだ。どうせ難癖つけてくるに決まってるし、その手の厄介事は、俺の責任範囲じゃねぇ」
「まあ、ちょっと力の差を見せ付けすぎましたしね。特に隊長とか、どこぞの国が騎士団長にってオファーが来ても驚きませんよ」
「いきなり騎士団長って…。そこまで低レベルなの?今のこの世界」
蛇の馬鹿から一通り聞いてはいたが、そこまで酷いとはと、二人がここまで投げやりにぼやくのならば余程のものなのかとシアは思った。
事実、ギルド設立とその運営、それにこの世界の住人から新規メンバーを集める事に、恐ろしく苦労している事もあるが、各国の対応が酷いのだ。
まあ、スキルで製造したアイテムの売買で顔を繋いだ国の重鎮に話を通して、と言う形だったため、冒険者という印象よりも製造職人の集団と見なされていた事が大きい。
故に当初は既存の各種職人・商人ギルドに加入すればいいと、けんもほろろであったのだ。
実際に剣を交えて腕を見せると主張するも、「我が騎士団相手に力を見せるだと?笑わせるな」と一笑に付されるなど、冒険者らに厳しいものが多く、長い間不遇の時期が続いたのだ。
氏素性のわからぬ者に、権力機構の一端を担う者が、まったく新規の、どう転ぶかわからないものを興すためになど、力を貸すはずが無い。
失敗すれば自分の経歴に傷が付くために、官僚も貴族達も嫌ったためだ。
多くの交渉失敗……と言うか交渉の席にすらつけない状態が続いた末に、なんとか一国にギルドの設立に向けての協力を承諾してもらえたのは、つい5年ほど前だった。
それも山に囲まれ海が迫る狭い土地で、細々と暮らしているような人々ばかりの小さな王国で、アイテムを売りつけに行ったときに対応してくれたのがそこの王太子と言う、金も無ければ人材も無い、弱小国だった。
しかしながら比較的友好的で、亜大陸の辺境とでも言う位置にある貧乏王国であるため、色々との都合がよかった。
何より王太子の伝で、直接王と謁見出来たために無駄な交渉無しに、借款の約束と有事の際にはさらに金銭面でも人的な面でも無償で協力すると言う、しかも期限付きで更新時にまた金銭の上納ありという非常に不平等に見える契約を結び、ようやくギルドの設立がなったのである。
小なりとはいえ一応国家の後ろ盾が出来たために、各国に支部のようなものが作られたが、当時は碌な活動が出来ない状態だった。
冒険者などと言うものが、どのようなものか周知されていないのもあるし、何よりギルドに登録するための試験をクリアできる者が数少ないのである。
…まさか、ゲーム開始時のチュートリアルと同様の試験―――最弱モンスター1匹の退治、ギルド員の監視付き―――をクリアできるものがこれほど居ないとは、転生者達も想定外であった。
出来たものも少数いるが、純粋にこの世界で生まれたものは一握りで、他は調べてみれば早々に市井に紛れた転生者の息子だったり、中にはゲームの『ALL GATHERED』からの新規転生者であったりと、これまた面倒な事柄が見つかったのである。
今把握している自分達以外の転生者の存在に、冒険者ギルドの上層部は慌てた。
自分達の技術的な優位性がどうのと言う問題も無いとは言わないが、むしろ下手に能力が突出した新規転生者が、どこかの国に仕官でもしようものなら、嫌な未来が想像できてしまう。
と言うのも転生者のレベルと指導しだいでは、この世界最強の騎士団が生まれてしまい、国家間の戦力バランスが崩れて、現状とりあえず低レベルの戦力故に外敵排除にかかり切りの為安定している世の中が、荒れ始めてしまうのではと。
そこで冒険者達は此度の魔獣襲撃の神託を契機に、これに参加し名を上げて冒険者の地位向上を図り、名実ともにギルドの存在を各国に認知させ、立場を確立するつもりであった。
それに伴い、おそらくは来るであろう召致にある程度応じ、各国の戦力引き上げを平均的に行うという目的もあったのだ。
なので、いまとっ捕まるわけにはいかない。
下手に一人でも捕まってしまえば、そこから何らかの強制的な手段が取られかねない。
いくら転生者でも、殺戮する気などない為に、人海戦術で囲まれては逃げ出す手段が極端に減る。
盗賊相手などならともかく、逃げる際にまかり間違って国軍相手に下手な手傷を負わせたりしたら、ギルド自体の存在が危ぶまれる。
未だにその程度の立場なのだから。
「おいお前ら!うまく逃げろよ!出来るだけ早く近場のギルド支部に集合だ!」
「隊長、ちょっと」
「おい、ヘスペリス。お前も何人か連れて行け。俺は逃げ遅れが出ないように最後まで残る。いざとなれば俺は飛べるしな」
言いながら、背中に折りたたんだままであった皮膜で出来た翼をばさりと広げる
「いやだから隊長」
「なんだ、ギルド長代行への言伝ならないぞ。まったく、あのアマ、面倒な事は全部俺に押し付けやがって」
「いや、だから隊長」
「なんだ!」
「上」
「ん?」
色々と考えを巡らし、この状況からの取りあえずの脱出を目論んだカレアシンだったが、ヘスペリスのしつこい呼びかけに、苛立ちを隠せずに答えながら振り向いた。
見れば、ヘスペリスの魔法銀製のガントレットに包まれた指先が、天を指していた。
そこでふと思い出して横を振り向く。
そこには小首を傾げたシアが、お前は何を言っているんだ、とばかりに腕を組んでカレアシンを見つめていた。
その背後に並ぶ、同じような表情をしたギルメンと共に。
☆
「っかぁーーーー!うめーーーー!ふぅ。さて、取りあえず落ち着いたな」
浮島リゾート改でひと風呂浴びて汚れと疲れを洗い流したカレアシンが、ギルドハウスに設置されている自分の倉庫から、ア○ヒス○パ○ドライを引っ張り出して一気飲みした所である。
「はい。ですが、まさかゲーム内でのネタアイテムや企業との提携アイテムがそのまま持ち込めてるとは思いませんでしたが、試して正解でした。結果が出るまで時間がかかり過ぎたのはいただけませんでしたが 」
「それはごめんってば」
カレアシン同様、空いているギルドの倉庫スペースに、実際に向こうの世界で売られていた商品をアイテム化したキャンペーングッズを詰め込んでいたヘスペリスである。
その手には、当人たちには懐かしの、ホムーランバーのアイスが握られていた。
あの直後、ギルマス権限による“強制送還”が発動。
戦場にいた全てのメンバーが、ギルドハウスである浮島に転移したのである。
目くらましついでに、シアは効果範囲最大でセイクリッドブライトネスを発動。
眩いばかりの光を受けて、周囲の面々がにわかに塞がっていく傷に驚いているうちに、全ギルド員の転移を完了させたシアである。
「いやはや、ギルマスに来ていただけて助かったわい。あのままでは、ワシらのうち何人かはどこかの国に囲まれておったわ」
カレアシンの腰の高さほどの背丈をした、いかにも鍛冶大好きなドワーフ族の親父、といった見た目の男が、同じようジョッキ片手に微笑んでいた。
こちらはビールではなく、蒸留酒で満たされていたのであるが。
ギルド内でクラフトスキル持ちのリーダー格であった男で、名をアマクニと言う。
ゲーム時代は刀剣を鍛えるのが専らの職人プレイヤーであったが、こちらに来てからというもの、自分で刀剣を打つための材料集めや、打ってからの試し切りに至るまでを全て自分でこなし、そのうちに戦闘職においても高レベルに到達してしまったと言う変り種だ。
カレアシンの大剣も、彼の作である。
「伊達にネトゲ廃人ではないとはいえ、種族的な属性である鈍足さ加減はどうにも出来んかったでなぁ。ほんに良かったわい」
「素早さ上昇用の課金アイテムでもあれば別だけど、この世界ではどうしようもないもんね。残念だね、じじい」
「喧しいわ!このくそチビが!」
シアに頭を下げていた天国に横からちょっかいを入れたのは、アマクニの服の裾を掴んでいる、ホビット族の女性であった。
この世界に転生する際、「合法ロリ!ヒャッホー!」と叫んで喜び勇んで転生を承諾したはいいが、自分がロリになったのでは愛でられないではないかと、転生し終わってからがっくりと膝をついた馬鹿である。
「じじいはともかく、ウチは楽勝で逃げれたけどね」
「ふん、斥候もろくにこなせん奴が何を抜かすか」
どうやらこのホビット女性―――とはいえ、この世界にきてからの時間を考えれば、最低でも40近いはずなので、ちょいと子供っぽ過ぎる言動ではあるが―――先の戦闘前に、信号弾を打ち上げた者であるようだ。
「まあまあ、アマクニよ。スキルを取ればいいことじゃねえか。別スキル併用とかで逃げ足程度ならどうにかなるだろ」
「ふん、おぬしドワーフ族の転生経験は無いのか?ワシらは加速系スキルがろくに取れんのよ。素早さをあげるには、別種族から加速スキル取得後に転生するか課金アイテムしか方法は無かったんじゃ」
カレアシンの助言にもアマクニは苦虫を噛み潰したような顔で返した。
それに、各種能力値上昇スキルはキャラクターの能力値にスキル熟練度に比例して割増加算される仕様のため、実際に使えたとしてもドワーフでは他の種族ほどの恩恵は無く、普通は他のスキルを使うのが常道である。
少ない素早さを増やすよりも、器用さを上げて元から高い力を確実に的にぶつける方が有用であるから。
「あ…っと。そうだったな。スマン」
そして、今のこの世界では、ゲーム世界時の課金アイテムはほぼ無いに等しい。
あっても王家の秘宝やら、高レベルの銘付モンスターが秘匿していたりする程度である。
ある程度のレベルと懐具合に余裕があれば、そう苦労せずに“エリクサー”や“若返りの薬”やらが作れた往時とはわけが違うのだ。
「あ、速さが足りないなら、倉庫に在庫ありますよ?」
「何ぃ!?」
シアの言葉に、皆が目をむいた。
誤字修正と細かな直しをしました。