第65話 一門の百発百中は百門の百発一中に勝る?それって初撃で倒されてますよね?
「シア、ちょっといいかしら」
「ん?どしたの呉羽」
ギルドハウス館橋で、をーをー言っている妖女とソレに絡む熊子を眺めていたシアに、呉羽が宴席で上気した雰囲気を保ったまま声をかけたのである。
ソレに気づいて振り向いたシアは、呉羽の背後に佇む2人に目をやると、居住まいを正して頭を下げた。
「お招きしておいて、何のお構いも出来ず申し訳ございません」
「いや、ソレはいいんだが……」
「私達を此方に連れてきた理由をお教え願えないかと思いまして」
全身を蒼い装備で包んだ男、自称流れ者の一介の賞金稼ぎで、通り名を『蒼衣の戦士』若しくは『蒼き獅子』であるところの本名カールマン氏が、困惑を隠さずにシアの礼に答えようとしたが、その横から口を挟んできたカールマンの細君であるエルフ女性のイスズがセリフを奪い取ってしまった。
「あー、はいはい。うんあのね?」
前置きも何もなしにドストレートに問うてきた彼女に対し、一転して砕けた口調でシアは応え、館の操作を熊子に丸投げするや館長席から立ち上がり、皆に「ついてきて」と告げ歩き出した。
「ウチ世間一般よりかは遥かにMP有るけどねーちんとかと比べたらしょっぱいのにー?」
【をー?をっをっ!】
「なぬ、MP譲渡出来るだと!?なにそのありがた能力。流石元魔神」
置いてきぼり&お留守番を任された熊子であったが何気に便利機能を持つ妖女にヘルプされ驚きを隠せなかったりした。
館橋から出た4人は、シアの先導でギルドハウスの通路を進み、しばらくしてとある巨大な空間を持つ一室へと到着した。
「ここ、なんだけど。ちょっーと待ってね」
それだけ言って巨大な空間―――ギルド倉庫―――の入り口そばの小部屋へと足を運ぶと、一冊の革張りの本を取り出し、その本に何やら話しかけてにやりと笑みを浮かべるとそのページを指でなぞり、今度は口角を上げてにっこりと微笑みを浮かべて元の位置にその本を戻した。
そして待つこと暫し、倉庫の広大な空間の奥から、昆虫の羽を生やした三匹のホムンクルスがとあるアイテムを携えて姿を表したのだ。
「……それは?」
ホムンクルスからシアが受け取ったアイテムを、食い入るように見つめるイスズが訝しげに尋ねると、シアは楽しそうに笑ってソレをカールマンへと手渡した。
「……アレってもしかして」
「うん、必中のチャンピオンベルト。すごいよー、絶対命中の効果が付与されてるから間違いなく当たるの。まあ1回の戦闘に1回しか発動できないけどね」
はて、と記憶を手繰っていた呉羽に、シアは頷いて答えを返しながらカールマンとイスズに向かってとても良い笑顔を見せてそう言い切った。
数瞬の停滞の後、シアの言いたいことを理解したイスズが、顔を真赤にしてシアを追いかけ回り始めたりしたがソレはソレ。本気で逃げる気もなかったのか、イスズにとっ捕まったシアは、「んもーんもー」と言いながら涙目でぽかぽか叩いてくるのをとても良い笑顔で甘受していたのである。
カールマンとイスズの夫婦としての悩みをそれなりに知っていた呉羽は、くつくつと笑うと呆然としているカールマンへ頑張れと励ましの声をかけ、一方的なゆるゆるキャットファイトを続けるシアとイスズの二人を見守った。別に眼福眼福とは思ってはいないはずである。
そうしてカールマンは、意外や真顔になって向き直り、折り目正しく腰を折り「ちょっとイスズさん?そろそろ落ち着いて?」と困惑顔のシアに、頭を下げた。
「……つうか、こいつ下手すりゃ国宝レベルのお宝じゃねえか?」
そう呟きながら。
☆
「さて、渡すものも渡したし、さっさと帰りますか」
「ソレはいーけどさー。わかってる?ねーちん」
「何がよ」
三人と別れて一人館橋へと戻り、熊子からギルドハウスのコントロールを返却されたシアであったが、その熊子から何やら呆れたような口調で問われ、ソレに首を傾げて問い返した。
「ルーテティア支部に転移魔法陣まだ作ってなかったじゃん」
「……あ。ああああああああああ、しまったあああああああ~……」
どーするよ、あの二人さっさとお家に連れてったげないと拙いと思うよ―?と追い打ちされ、更に落ち込んだシアであった。
「さ、最大船速!?」
「地表がヤバゲな感じになると思うからソレはヤメレ」
「んー、じゃあ鳥之石楠船神ちゃんで飛んでくとか!」
「主人のねーちんはだいじょぶでも、他の人乗れるん?全身火ぃ噴いてるやん?」
「シアは本当にバカでした! 転移魔法陣が有るとか無いとか関係ないのです!」
「めっちゃあるからね?転移融合事故は勘弁。て言うかアレってワープアウトしたの地面の下ってめっちゃ転移事故だよね」
「見える距離の転移を繰り返してくとかは?」
「頭にビーズぶつけるん?いや、ねーちん一人なら行けるかもだけど他の人連れてけないっしょそれ」
「そーいえばさ、ワープといえばアレよね、敵さんに「なんと早いワープだ」とか言われたりさ」
「ワープ開始からのワープインが早くて敵の攻撃が外れるっちゅーやつ?ロマンっちゃロマンかねー」
「当時はワープが速いのは当たり前じゃないか、って思った人が居たりしたらしいね」
「そんなやつはおらんやろ」
「いやいやわかんないよ?ほら、某大作戦的な宇宙船はワープ1から10まで云々って話だしさ。世間は狭いけど世界は広いしネットは広大だもの、どんなネタが転がってるかなんてわっかんないわよぉ?」
「この世界にはネット無いけどな。で?それはともかくどうすんのさ」
「ぐぬぬ」
急ぎでルーテティアへと戻る足を確保すべく候補を上げてゆくシアであったが、尽くを熊子にダメ出しされた上に話を逸そうとして失敗し苦い顔である。
「なんぞ適当な飛行召喚獣、他に持ってないん?」
「私が持ってる他の空飛べる子は、だいたい乗れて一人なのよね……それか他人様が触れたらダメージ食らったり」
「なんでそげな扱いづらいのばっかり」
「そーゆー子が仲間になりたがるんだから仕方ないじゃない。さてどーするか」
その麗しい眉間にしわを寄せて考えこむシアに、熊子は思わず助け舟を出したのだが、答えは今ひとつのようである。
とんでもない召喚獣は抱えてるくせに、何故に使い勝手の良いグリフォンだのを持っていないのかと小一時間ぐらい問い詰めたい熊子である。
「前に言ってた折り鶴さんは?」
「をを?そういやチャーイカさんが居たじゃないのさ。ちょーっと大きいけどそれぐらいは良いよね」
「……却下で」
「なんでさ!?」
シアのちょっとはだいたい桁が違うと理解している熊子的に、これはあかんフラグですわ、と即座に魂で理解した。
故に答えは大却下の一言だったわけだがシア的には他に選択肢がないのだから良いじゃないと言いたいところであったのだろう。
「ルーテティア上空に巨大な何かが姿を表して何も問題にならないと思うならいいけどー。折り鶴ちゃんは全長おいくらめーとる?」
「数百メートルはあるかなーなんて……(大事に)なると思います」
「アカンやん」
「あきまへんか」
「ちゅーかその子大気圏内で使用禁止な」
「えー。ギルドハウスよりちっさいじゃない」
「コイツは初登場時に大勢の人らに見られちゃったからしゃーなし」
「無思慮であいすいません」
ともかく大都市の上空に、見慣れない巨大な物体などが現れた日には大混乱必死である。
ちょいと離れたところに降りればいいんじゃないかしら―的なシアの提案も、熊子に無駄な混乱の原因に成りかねないからと、きっちり潰されていたりする。
「それにギルドハウスは結界魔法で環境固定して、高度上げても空気薄くなったり物がぶつかったりしないから乗ってる人らに被害なく飛べるわけで、普通の使役獣は剥き出しよ?その辺ねーちん理解してるん?」
「チャーイカちゃんは身体の中に入れるっぽいんだけど……はい、すいません、思慮が足りませんでした」
滾々と説明している熊子に対し、平謝りのシアであったがそんなに妖女がヨチヨチと寄ってきて、てしてしとシアを叩きながら何か言いたそうに声を上げていた。
脳内に直接。
【をっをっ!】
「どしたの妖女ちゃん」
「妖女ちゃんて……そいやーそろそろ名前つけてあげたら?ねーちんがテイムしたようなもんなんだし」
「そー言われたらそうなんだけど……って何!?」
この妖女、先だってのクレーター内でひっくり返って見つかったわけであるが、シアに足を掴まれて掘り出された折に『すごく仲間になりたそうにこちらを見ている』状態になっていたのである。
見た目の幼女っぷりに思わず『はい』を選択してしまったシアであったが、直後にこれがネフシュタンが言ってた責任取ってね♪的なブツであったのかと打ちひしがれてしまったりもしていたが、今は気にしても仕方がないとばかりに好きにさせているのである。
そんな妖女(名前はまだない)がシアに自分へ注目を向けさせると、ふんぬっとばかりに体に力を込め始めるや叫びを上げて発光し始めたのだ。
「ヲヲヲーーー―!」
「おお……」
「目が!目……、あんまり眩しくないやん」
光が収まるとそこには、ちんちくりんの二頭身から鳥のような何かにその姿を変えた何かが横たわっていた。
【をー!】
「これで飛べるし!人が乗っても平気だし!100人乗っても大丈夫!って言ってる」
「最後のは嘘でしょ。って、なんでそこまで分かるのよ。私でさえそんな感じのこと言いたげっぽい?くらいにしか理解できないのに……精神的に近いとか?」
「いやいやそんなまさか。て言うかこれってどうやって飛ぶのかね?」
「魔力でじゃないの?見た目的に硬質っぽいから、羽でバタバタって感じじゃないしね」
半透明な、濁った結晶のような質感のソレは、猛禽の翼をひろげて樹脂で固めたような形状であったのだ。
そして何より二人を困惑させたのは。
それなりに広い館橋内からはみ出そうな、そのサイズであった。
「まあ取り敢えず。気持ちは嬉しいけど、このままじゃこの子外に出れないわね」
「ちゅーかでかい。ウチラ潰す気か。まあ多少の事じゃ潰れんけども」
【を~】
幾分しょんぼりした声を脳内に響かせながら、妖女は元の姿へと戻っていった。
「さて、取り敢えずこれで足は確保、と」
「6人も乗れるかねぇ?ハイジたちの使役獣も向こうに置き去りなわけだから乗っけてってやらないとだし」
「そうなのよねぇ。たまちゃんは向こうでだいじょぶかしら」
シアのギルドマスター専用帰還スキル【強制送還】は、ギルドメンバーとして正規登録している者のみを連れてギルドハウスへと転移するため、召喚獣や使役獣はその適用外なのである。
「ちゅーかねーちん、こっちに転移した時点で召喚解かれてるんじゃね?」
「おお!その発想はなかった!」
妖狐である玉藻の前であれば、空も飛べるし大きさも変幻自在である。
早速シアは腰のポーチに手を突っ込み、召喚用のメダルを取り出すと、やけにパースの効いたポーズでメダルを天にかざし、叫んだ。
「タマちゃーん!カムッヒアーーー!!」
その声とともに、以前呼び出した時と同じ『金田光』のエフェクトが起こり、空の彼方からソレが現れた。
『コーーーーン』
自身が発するものか、虹色に空を染め上げて、三国伝来金毛九尾の大妖狐が姿を見せ、一直線に空を駆けてきたのである。
「キャッホーたまちゃーん!」
『コーーーーン!』
叫びつつ、ヴェイパーコーンを残す勢いで加速した妖狐を、館橋の張出し部分に飛び出して両手を広げて迎え入れようとするシア。
そこ目掛けて突き進んだ妖狐は途中でくるりと前転するや、以前のミニ狐バージョンに変化して急減速し、すっぽりとシアの胸に収まったのである。
「おーよしよし、ごめんねぇほっぽってっちゃって」
「くー」
甘える子狐天狐をもふりもふりと撫で付けつつ館橋内に戻ってきたシアに、今度は妖女が抱きつこうとしたが、それは熊子が髪?を掴んで引き戻した。
【をー?】
「何すんだじゃなくてな?まあ、もちつ、け……ってねーちん、後ろ……」
「ん?後ろがどー……した……ん」
小天狐を抱いて館橋内に戻ろうとしていたシアであったが、目を見開いた熊子が外を指さして言ったのに応え、ゆっくりと振り向いた。
「ドラゴンだ……」
振り向いたシアの目の前には、その視界を埋めるかのように、巨大なドラゴンがギルドハウスと平行して飛んでいたのである。