第63話 TRPG版?知ってますけどー?
「【マルトウ○イト】」
ルーテティア支部長のリティが詠唱魔法を唱え発動のキーワードを発すると、手にした魔法の杖の先から光り輝く何かが生まれ、火の粉のような輝きの残滓を軌跡として振りまきながら地上へと突き進んだ。
そして、目も開けていられないほどの光の奔流が生まれ、しかしながらそれに伴うはずの音速を遥かに超える衝撃波や超高熱の爆風などは、円柱状の結界に阻まれて全て天空へと突き抜けていった。
「いやあ、懐かしい」
「うんうん、TRPG版で成長しきったキャラで遊ぶときに使ったよね」
一文字目にマが付いたりラになっていると威力が高い上位版魔法と言うお約束の、とあるダンジョン攻略ゲームにおいての魔法で、それらの法則に当てはまらない最強呪文に位置づけられていたとある核融合爆発魔法の上位版を勝手に創造して遊んでいた過去を思い出し、頷くギルメン達。
こちらに来てからというもの、魔法を使いたいのに使えないというジレンマに陥っていたリティを筆頭とする本来魔法職のメイン火力担当の者達は、たまった鬱憤を晴らすかのごとくココぞとばかりに知る限り最強威力の魔法を使いまくっていた。
「ちっ、じゃあ私は……っと【ラルト○ェイト】だと二番煎じだしえーとえーと」
「ねーちんは攻撃せんでえーから結界張ってて」
「えー」
新たに現れた魔神(笑)に対し、剣でありながらも魔法の杖としての機能を併せ持つ『天沼矛』を使用したシアの攻撃は、既の所で
ギルメン全員で、圧倒的な飽和魔法攻撃を行おうという作戦の変更を行った際に、「それだと余波で周りがっていうか広範囲に環境が色々とアレなんじゃね?」とか「アレの周囲のスライムが魔法食っちゃいませんか?」等という意見もあり、魔法発動と同時に魔神に結界を張り周囲に影響が及ばないようにしましょうという事になったのであるが。
「ぶーぶー、つまんないー。せっかく初めての武器だしたのにー」
「つまんなくていーんだってばよ。安全第一、命を大事に。リスクは常に最小に、がうちのギルドの方針じゃん。それに、ねーちんくらいしかあのタイミングで神聖結界貼れないんだから」
「えー?神聖魔法の結界なんて魔法職ならみんな使えるじゃない。ねー?」
熊子に諭されつつも文句をいうシアが周囲に賛同を求めるが、他の面子は思わず苦笑い。
と言うのも、確かに他の面子も同様の結界魔法ぐらいは使えるが、今のような使い方は流石にちょっと……と尻込みしているのである。
「ぶー。魔法が発動する瞬間に結界展開するくらいすぐ出来るようになるのにー。格ゲーやりこんでたら余裕でしょ」
「いやねーちん、普通中々できないからね!?ていうか一フレーム刻みで入力とか普通の人無理だから!そもそもウチらこっちで詠唱魔法本格的に使うの初めてなんよ?!」
「えー。あ、【絶対神聖結界】」
悶着している最中でも、他の者達は気にせず魔法を唱えては放っていた。
シアもそれに合わせて結界を展開しては攻撃の余波が周囲に広がらないように対処を行っては、またぞろ熊子との言い合いを再開していた。
「器用な……」
「あの頃も狩りながら支援やら会話やら途切れることなくしてましたし、相変わらずといったところですが」
そんな遣り取りを横で見ていたセイバーが呆れたように呟くと、苦笑しながらメリューが相槌を打ちつつそう口にする。
酔って眠っているうちに連れて来られたセイバーらであるが、シアの神聖魔法で体内の毒素を浄化されて心身ともにスッキリ状態である。
魔法OKのお達しが出て即座に発動体を物色しに館へ戻ったリティ達魔法使いとは違い、彼女達は基本的に接近戦専門であるため出番がないのである。
「あー、そういやそうだったよな。アタシは基本徒党組まないでソロ専門だったからアレだけど」
「セイバーは不器用でしたからねぇ。キャラ操作で手一杯、チャットしながらだと移動もままならなかったり」
「うっさいなー。アタシ的には攻撃でギリギリ一杯一杯だったんだよ!」
不器用ですから、をリアルに体現してましたよねーと言うメリューに、セイバーは唇を尖らせて言い返したが、メリューはどこ吹く風と聞き流し、彼女の相変わらずな不器用さを微笑ましく思っていた。
実のところ、この世界に来てからも不器用さは健在で、目の前の敵に全力投球なパワーファイターである。
周囲の人間が適度なところで回復させたり止めに入らないと、怪我も何もまるで無視して敵が全滅するか、スタミナ切れでひっくり返ってしまうまで狩り続けるという、ここぞという時にしか参戦させられない、危うい性質であった。
為に、魔獣大侵攻への彼女の参戦は見送られ、同様に魔法の使えない魔法使いであるメリューや戦闘能力や持続力には全く問題はないのだが少々性格に難ありのリティらが、勝手に砂漠へ向かったりしないように見張りを兼ねてルーテティアに居残ったのである。
他の都市のギルドに居残っているメンバーも、大半が似たような理由から集団戦闘に向いていないと納得して居残りをしている者ばかりであったりする。
「セイバーの戦闘って基本近接格闘技ばっかりで、距離をおいて攻撃する方法が無いのは面倒だったから、ですものねぇ」
「いいじゃねえか、狙うのめんどいじゃん。近づいてぶん殴るのが一番シンプルで確実だろ?シアだって似たような事してたじゃねえか」
なあ!と声をかけた先では、シアが「ん?」と振り返りながらも寸暇無く結界を展開していた。
先ほどまでの二人の話も耳に届いていたのか、シアは苦笑しながらもこう答えた。
「確かにだいたいあってる。あ、【絶対神聖結界】。でもー、私が物理のみで狩るのって、スキル育てる時の使用回数稼ぎだしー」
「うっ。で、でも拳とか蹴りとかで」
「無手は結局称号取れなかったし。てことは、っと【絶対神聖結界】。うん、やっぱ思い入れとかもあるんじゃないかな?そこまで使い込んでなかったって事なのよね、格闘スキル」
賛同してくれるものとばかり思っていたセイバーにとってはかなり落胆する返事であった。
シアはソロの際の基本戦術として、先ず基本として各種能力値上昇の詠唱魔法・神聖魔法の加護・精霊魔法の支援・スキル等をひと通りかけてから行動を開始、そのまま当たるを幸いに薙ぎ倒して手数を稼いではスキル熟練度の上昇を図っていた。
徒党を組んでの狩りでは、その時の面子に合わせて前・中・後衛をそれなりにこなすという、エルフゆえの精霊使いと魔術師の能力を兼ね備えた、神より賜った王権により神聖魔法さえも扱うというチートキャラというよりもバグキャラ扱いの存在であったのだ。
おまけに不自由しない程度の高レベルの製作スキルまで持っており、内部事情を知らないギルド外の者には「絶対なんかやってる」と色々言われていたものである。
まあ内情を知っているからと言って納得できるかどうかは別なのだが。
寧ろ同じ行動をとれば似たような成長が、と期待して頻繁にパーティーを組んでいた者もいたが、大半はただのパワーレベリング以上の効果は得られなかった。
運営にも苦情・チクリ等々、様々な形で状況が報告されていたのだが無論お咎め無しであったのは言うまでもない。
そんなシアであったが、無手の称号は手に入れたことが無かった。
女帝だの騎士王だの、魔神だの光の神だのと言う無駄に偉そうな称号は獲得していたが、セイバーの持つ『ライトニング=サン』や熊子の持つ『裸単騎』などの格闘系称号はこれっぽっちも得られたことが無かったのである。
無手スキルを使用した戦闘を三桁ほど経験すれば、普通は格闘系称号の初級とまで言われた『素手喧嘩上等』という称号の一つや二つは得られるはずだったのであるが。
それはともかく、称号が無いからと言って使えない訳では無く、むしろ他のスキルやらが高レベルすぎて称号が得られないなどとは夢にも思わなかったシアである。
通常、剣術家が無手であっても強いからと言って、格闘家を名乗る事はないのだから。
「ねーちんねーちん」
「ん?【絶対神聖結界】なに?熊子」
「あのさ、アレ。あいつアレをずーっと押さえ込んだまんまなんだけど」
「ん?」
セイバーとの会話に割り込んできた熊子がちょいちょいと指し示した先には、未だにシアが放った【シア・フラッシャー】の光槍を銜え込み、握り締め、発動を押さえ込んでいる魔神()の姿があった。
「ありゃ?もしかして反撃してこないのは攻撃手段が無いとかじゃなくて、【絶対神聖結界】発動押さえ込んでて手が離せないから、とか?」
「かも」
言われてみれば、奴が銜え込んでいる以外の、スライムを貫通した残りの光槍も、炸裂した様子は伺えない。
「はてさて」
通常、敵に当たった時点で篭められた力を解放する系統の攻撃スキルであるのだが、それが押さえ込まれていると言う事は。
「まだ直接当たってない、とか?」
「スライムには目っ茶当たってる気がしなくも無いけど?」
「ぬう」
と言う事は、ゲーム的な考え方になるが、いわゆる“当たり判定”が発生していないと言う事になる。
本来ならば、当たらなければ流れ弾、なのだが。
「こういう場合どうなのかしら」
「さあ。どうにか出来たりすんじゃないの?ねーちんのことだし」
「なんか失礼なこと言われてる気がする」
熊子の言葉を背に受けて、シアは額に人差し指を当てわずかの間考え込むような仕草を見せた。
結界は張りながら。
「んー」
「どない?」
眉間に皺を寄せるシアが悩ましげな声を上げつつ片手を前に伸ばし、握り拳を魔神(風)に向けると、熊子からの問いかけにも答えず、ポツリと呟いた。
「別に「限界」じゃないけど……“押すねッ!”」
シアの言葉と共にその滑らかな曲線で形作られた拳に親指が押し付けられた。
と同時に、どこかで「カチリ」と言う音が響き、ほぼ同時に下界で凄まじい光の奔流が生まれ、周囲を染め上げたのであった。