第61話 必殺技に必要なもの?気合の入った掛け声ですよね?
(´・ω:;.:... デスマ……
月明かりに照らされるモルダヴィア大砂漠は、その標高故に昼間とは一変してその気温は氷点下を遥かに下回る。
その環境下で凍りつき動きを止めている巨大スライムを上空から嘱目していた天の磐船の突端部分に、幾人もの人影が屯していた。
当然のことながら冒険者ギルドのメンバーらであるのだが、その中の一人がギリギリの端まで歩み寄るや、指先をピンと揃え身体の前で両の腕が涙滴型を成すように組むや、スキルを発動させた。
「オメガ・シア・ビーム!!」
その声と共に、合わせた指先から煌々と輝く光の帯が放たれ大地に広がるスライムへと突き刺さった。
物見高いギルドメンバーらが見守る中放たれた光の帯は、弾着と同時にその内封されたエネルギーが開放され、その周囲を尽く無に帰した―――が。
巨大なはずのその光線が穿った穴は、ソレ以上に桁外れの規模で大地に広がるスライムにとってみれば、針で突いた程度のかすり傷であるのか、やはりびくともしていなかった。凍っているからかもしれないが。
横でその光景を見ていたハイジとクリスは、どこか諦めにも似た表情で「さすがしあさますごいなー」と抑揚のない声色で呟きを漏らしていることを鑑みれば、常識的に考えてみれば非常識なほどの威力なのは言うまでもない。
「ふぬん、確かに如何ともし難いわね」
「ねーちんの気功波スキルでもあの程度か―。て言うかもっと他に強力なのあるよね?威力高すぎてパーティー組んでたらフレンドリーファイヤーヤバイっつってたもんね」
着弾した周辺を、熊子は遠見スキル【叡智の人】を起動させて観察していたが、特にこれといった結果が出ない為に、さらなる威力を求めてシアにせっついていた。
「あるよー。今の奴系だとシグマとかカッターとかの威力増しバ―ジョンとかとか。みんなとやる時は直接打撃メインだったから知らないよね」
「職業、騎士王も持ってんだっけ?基本魔法職な種族のくせになんで前衛職の称号持ってるかな」
職業、とは言うものの、実際に就いている訳ではなく、スキルや能力値その他様々な要因から与えられるもので、同じ能力値であってもそれまでの行動により千差万別であった。
シアが持つのは“光の神”“魔神”“騎士王”“女帝”の4つ。
これらは他に取得しているものはギルメンにもおらず、レアといえばレアなのであろうが、それ以上にソレは職業としてどうなのだろうかとシアですら思うものである。
因みに熊子の職業は“変態という名の淑女”である。やはり意味不明であった。
「私に聞かれてモナー。ていうか、それにかぎらずあの頃の大量のスキルポイントの貯まり具合とか、高効率な敵との遭遇率とかとか。私だけじゃなかったじゃない?」
「んまー。ねーちんは特にひどかったけどさ。使役獣ゲット率も含めて」
ゲーム時代において、彼らのギルド『シアとゆかいな下僕ども』の面々は、他のギルドから一目置かれていた。
ギルド戦の勝率やらメンバーの女性率の高さなどもあったが、その最たる理由というのがレア・アイテムゲット率やギルメン達の出鱈目な成長速度にあった。
付き合いのあるギルドや個人などからは、『知らん奴からすれば、チートって言いたくなるわ』と言われたほどであるが、無論プレイにおいてそんな手段は用いていない。
口さがない者には色々と誹謗中傷的なことも流布された事もあるし、『運営に通報されたくなかったら俺にもやり方を教えろ』等という輩も居た。
運営はご存知のように『神の使徒』であるため、下手なことを仕出かそうとした馬鹿は尽く摘発され、キャラクターのデータやアイテムが消去されてしまい、『ALL GATHERED』のゲームに金輪際入ることが出来なくなってしまった。
正しく天網恢恢疎にして漏らさず状態の運営により、シア達のギルドは真実なんのチートも使っておらず、真っ当にプレイしてあの状態なのだと知られることとなったわけである。
『もふもふの犬みたいなチビ竜がいるんじゃね』とか『貧乳な貧乏神に狙われるレベル』だの『奴らは異能幸運体とかか』などと言うネタな会話もあったが。
その後課金アイテムとしてドロップ率アップアクセサリー等の実装が発表、超レアドロップとしてコレまでに幾つか取得されているとも併せて公表されたため、『コレか』と周囲が納得し状況は落ち着いたのであった。
無論シア達はそんな物を利用していたわけではなく、運営による火消し的な配慮だっのだが。
「あ、そーそー。他にもね、アイテム使っていいなら某天使型宇宙船的なのとかー」
熊子の発言をスルーしつつ、そう言って腰のポシェットから自身の身長ほどもある、細長く透明な結晶体を取り出しスキルを発動させはじめたシアであった。
「あー、ねーちん。星砕く必要ないからね?」
「さすがにそこまでの威力はないよ?ていうかネタ系だったら冥☆王もできるよ、専用の籠手いるけど。あ、デザインはOVA版じゃなくてLP連載版ね」
元ネタ的な威力は勘弁してと突っ込む熊子にそう言いながら、眼前に浮かべた結晶体にスキル発動を続けるシア。
些か溜めが必要なようで、結晶体に小さな光が宿り、徐々に輝きを増しているのが見て取れた。
「漫画版の次元ジョイント……いやなんでもない。ソレはソレとして、やっぱねーちんいろいろおかしいわー、あと年齢詐称疑惑ばりばりだわー」
「あんたに言われたくないなー。だいたいさー、アンタ斥候とか言いつつ、その実NINJAじゃない」
「いや、忍者が斥候して何処らへんがおかしいのさ、忍び物見は基本ですぜ?」
「だからアンタは忍者じゃなくてNINJAだって言ってんの」
「失礼な。一応ウチおにゃのこだからクノイチだからね」
「おっぱい機関銃ついてたりは……ないわね、サイズ的に考えて。そういや昔みたいにアノ技使ってるわけ?」
「あの技?」
「キックと言いつつナイフ投げたり、パンチと叫びつつ輪っか投げたり」
「ああ、鏡男スタイルね。うん、初見殺しだから対人戦には便利に使ってるにょ」
「あー、うん。そうだろうねー」
わいわいと会話を交わす二人をよそに、その後後で、拉致同然に連れて来られた蒼衣の戦士とその妻であるエルフのイスズは、目の前の光景を呆気にとられて見つめていた。
「ねえカール」
「なんだ、イスズ」
「何あの……何?」
「俺に聞くな」
外見からは想像できないほどに楚々とした趣でありながら、砂漠を覆い尽くす巨大スライムに向けてスキルを放てばスライムを貫通し大地にまで達する程の大穴を開ける程の攻撃力を持ち、それでいて見る限り特に苦労した風でもないシアに加え、それを見て特段驚きを見せない周囲の面々。
それに加えて今自分たちが居るこの浮かぶ島に、そこに連れて来られた際の謎のスキル。
イスズが言葉を紡ぐ事を半ばで放棄したくなるのも当然といえよう。
妻の気持ちもわかる、というよりも、カールマン自身も眉間に深いシワを寄せ、困惑を隠せずに居る。
浮遊要塞ともいうべき天の磐船の存在、異常な威力のスキルを放つギルドマスターに加え、想像の埒外な存在が眼下に広がっているこの今の状況に、一体何がどうしてこうなったと、彼らの思考の海には超大型台風が発生していた。
ルーテティアの冒険者ギルドに居たはずが、気がつけば見知らぬ館の中。
何が何だか分からない状況であるのに周りに居る面子は特に驚いた素振りも見せない。
馴染みのリティやメリュー、セイバーに加え、熊子にシア、そしてハイジにクリスに自分たち。
ロクな装備も無いまま見知らぬ場所に放り出された二人であったが、他の者達が落ち着いているのを見ると、彼ら絡みなのだろうと推測すして取り敢えず危険自体は無いのだろうと、シアら冒険者ギルド・ルーテティア支部の面々と、ぞろぞろと連なって歩いた先には。
最強装備で身支度を整えてている呉羽達、冒険者ギルドの幹部連中が揃っていたのである。
目も眩まんばかりの魔力を放つ高位の装備品に、それらが持つ意味を理解できるイスズが驚くよりも先に何故か半笑いになりながら望陀したのはつい先程のことだ。
「驚いたか?っていうか驚くわな、普通」
「カレアシンにヘスペリス嬢か…。どうなってんだお前らん所は」
そんな状況の中、カレアシンがヘスペリスを伴って二人の元に現れた。
ちなみに呉羽はギルドハウスの魔力供給役として艦橋に、リティ達は自分の個人倉庫で保管されている品々を確認している真っ最中である。
「ジョセフ・ジョフル将軍からお話は伝わっているかと思っておりましたが?」
「……ああ、聞いてはいたが、コレほどとは」
「んまあ、アイツにも全部は見せちゃいなかったからなぁ。しゃーねえか」
首を傾げるヘスペリスに、嘆息しながら応えるカールマンであった。
その姿に苦笑しつつ、今のこの世界の状況から見れば、自分達が異常なのだと実感しているカレアシンは、カールマンらの受けた衝撃を慮ってか、砕けた口調で話を続けた。
「で、実際の俺らはこんな感じなわけだが。お前さんの所はどう動くかね?」
「んむ…、正直俺の手に余る。と言うか、どこでもそうだろう。むしろよくもまあ今まで……」
実力を隠し通せてきたものだな、と言外に告げるカールマンである。
「まあな、トップの影響かして力を隠すのには定評があってな」
「どんなトップだよ……ってアレか」
見た目はたおやかなエルフ美少女、中身は超絶無敵な実力を誇るシアである。
猫を被るのもお手の物ーーー本人に自覚は無いがーーーと来ては、納得するしか無いかもしれない。
「正直に言わせてもらうが、敵には回したくない。かと言って自由に動き回られるのも困る」
「だろうなぁ。段違いの力を持つ奴が好き勝手に徘徊してたら悠長に暮らしていけねえからな。だれだって嫌だ。俺だって嫌だ」
「たとえ敵対はしないと表明していても、ですか」
カールマンの言葉に頷き軽い口調で同調するカレアシンであったが、お互いの表情は固い。
ヘスペリスが言葉を挟んでくるが、それに対しての答えはソレまで黙っていたイスズから放たれた。
「……たとえ従順だと言われても、使役獣の傍で寝起きしたがる人など居りはしません」
「うちのギルマスは抱きついて寝たりしそうですが」
「あの方は規格外過ぎます!」
深い困惑に彩られているイスズであったが、ヘスペリスの問いかけには思うところがあったのだろう、絞りだすような声をだして目の前の黒エルフに告げたのだが、即座に別方向に切り返されて、泣きそうになっていた
「シアですから」
「嬢ちゃんだしなぁ」
「それでいいのかお前ら」
「……うちの曾祖母以上に出鱈目でしたわ、この方々」
呆れる二人をよそに、竜人と黒エルフはどこ吹く風と自分達の長の他者からの評価に苦笑するだけであった。
シアの溜めに溜めたスキルが解き放たれ、モルダヴィア大砂漠が昼と見まごうかのような光りに照らされたのは、その直後のことである。
☆
一方その頃、シア達の消えたルーテティア支部はというと。
「……一体何があったというのだ」
死屍累々と言っても過言ではない程に、ぐでんぐでんになった人々が床を埋めていた。
「おや、ジョフルの旦那じゃないか。どうしたんだい?こんな遅くに」
困惑顔でルーテティア支部のギルドハウスを覗きこんでいた男―――ジョセフ・ジョフル―――に声をかけたのは、ルーテティア支部の筆頭冒険者であるクリスチーネであった。
「おお、すまぬが陛……カールマンの奴を見なかったか?ここに行くとだけ言い残して出たらしいんだが」
「……確かに来てたけれど、リティたちと一緒にシア様に連れられてどこかに消えましたわねぇ」
若干焦りを含んだ将軍の声に気付きながらもそれに触れようとはせず、クリスチーネは宴席に参加していた蒼衣の戦士とその細君が、シア達の囲んでいたテーブルで何やら会話をしていたことと、気がついた時には既にそのテーブルに着いていた者達全員が居なくなっていた事も告げたのである。
「なんだと?シア殿がココに?」
「おや、ウチのギルマスにご面識が?」
「ああ、砂漠でお会いした。……全速力で帰ってきたんだが、先を越されるとは」
立場的に彼がカールマンの心配をするものと思っていたクリスチーネであるが、予想に反してシアの名前に反応した将軍に、訝しげな視線を向けた。
それに気づいたのか、彼はわざとらしく咳き込み、改めてクリスチーネに向き直ると一応の礼をとりこう告げた。
「カールマンが戻るまで、すまないが邪魔させていただく」
「いつ戻るかまでは責任持てませんけれど?」
食堂に転がっているイスを適当なテーブルの側に置き直し、そこに腰を下ろしたジョフルに、苦笑しながら応えたクリスチーネであるが、かまわないと言う返事に頷き、向かいの席に付いて彼の相手を務め始めたのであった。
「料理長!酒を頼むよ!つまみもね!」
当然という感じに酒と摘みを注文して。