第58話 青はニヒルな二枚目ですよね?じゃあ主人公は何色かしら?
大変遅くなってしまいましたが再開です。
暫く書かないでいると、書けなくなるんだなぁと再認識orz
日が沈み、入れ違いに地平線から顔を出した月に照らされ始めたモルダヴィア大砂漠。
その月も今や中天に差し掛かり、ほの青い光で大地を遍く染め上げていた。
日中の、炎天下というのも生易しい日差しとは打って変わって、一気に氷点下へと坂を転がるように下降してゆく気温の中、そこここで様々な発光や爆炎が巻き起こっていた。
そんな中の一つ、迫り来る巨大スライムを前にして、色とりどりの閃光や無駄にカラフルな煙を発する爆発を起こしまくっている数人の男女が居た。
彼らの攻撃は狙い違わずスライムの巨体に突き刺さり、盛大に削っていた――とは言え相手の巨体を考えればたかが知れている――のであるが、何が気に喰わないのかその集団を率いているであろう人物は、口角泡を飛ばす勢いで部下たちに指導を行なっていた。
「だから何度も言うように、攻撃の際にはきちんとこう!無駄と思っても、こう!」
頭を覆う白い兜以外はほぼ赤に染め上げられた、やけに角ばった全身甲冑を身にまとっている長身の――全身甲冑である故に見た目からは分からないが――魔人の男性が、役者が見得を切るかのような大げさな動きをして見せ、その仕草の重要性を叫んでいる。
力を込めて言いつつ全身を躍動させているその動きは、本人が言うようにどう見ても無駄な、必要のない動きにしか見えなかった。
「やってるつもりなんですけど」
「えてして自分の思い描いているのと実際の動きとは乖離するものである。じゃ、その修正を念頭に入れてお手本を見せよう。こうだ!」
その男はそう言って両腕で顔を隠すように重ね、大声で叫びつつ、全身から謎の物体を一斉に放ったのである。
「スキル発動!全ミサイル撃ち尽くせー!」
改変射撃スキルを発動させた小隊長、アマネセルと言うその魔人男性は、腕や肩、脇腹から足の側面に至るまで全身くまなくあらゆるところから謎物質を放ち、それらは白い線を宙に残しながらモケケピロピロに殺到し、球形の閃光を無数に残して消えていった。
「おおー!」
ソレを見て、指導されていた部下達は感嘆の声を上げていた。
「ほらっ!心で理解した上で魂に刻んだなら!もう一度!」
「はいっ!こうですねっ!全翼展開!全砲門解放!」
◇
「いやあ、みなさんいい攻撃でした。やはりあの頃の装備が有ると無いとじゃ再現率が違いますねぇ」
「うむうむ。さすがのアマクニもこちらでは機能重視、実用一点張りであったからなぁ。しかし、やはりスクリーンショットが無いと達成感が今ひとつと言ったところであるな」
満足感に溢れた顔つきで頷く小隊長であったが、実のところ彼の欲しかった趣味嗜好が満載された某聖なる戦士的甲冑をアマクニが手がけている。(※『転生です。ええそりゃもう、転生ですとも。第0.351話 ムシ出来ないのです』参照)
少々ではないレベルで実用性に難有りとして、試作のみで実際に使用される事もお披露目される事も無かった為に、一部のギルド幹部以外に存在は知られていない。
「さてさて、それでは欲望の赴くままに、戦闘再開とまいりましょうか」
「であるな。ものども、精々に頑張るがいい!」
『デルタ1より光画部リーダー。頑張らなくていいです、一旦帰還してください』
「おやヘスペリス、じゃないデルタ1。こちら光画部リーダー、何ぞあったのかね?」
前世での趣味の世界観を自身で再現することに執心している光画部の面々が、色々とグダグダ言っていると、戦闘管制を行なっているヘスペリスからの指示が届いた。その内容に首を傾げた光画部の面々に、リーダーが代表して返信を行ったのであるが、答えは『帰還してから説明します』とだけ告げられ、通信を切られたのであった。
「はてさて。何事か」
「まあいいじゃないですか、ちょうど一巡したから他のも試してみたかったところですし」
リーダーは、それもそうかと釈然としないままではあったがギルドハウスへの帰還を全員に指示したのである。
★
そんなこんなで巨大スライムへの攻撃を一時中断して砂漠の戦場から降下してきたギルドハウスに一時引き上げた冒険者ギルドの面々は、ギルドハウス本館屋敷の玄関広間にて状況の確認を行なっていた。
何故そんなに呑気に事を運んでいるのかというと、夜になり気温が著しく下がってきたために、相手が凍りついてしまったからである。
巨大ではあるが、常に内部が流動しているために熱交換が早まり日の早く沈む東側から徐々に凍り始めていったということらしい。
上空で広域監視していた呉羽とヘスペリスの二人からは「状態異常耐性あるんちゃうんか!」というツッコミが入ったとか何とか。
ともあれ氷点下まで下がった気温の中、耐寒装備無しでの戦闘行為は厳しいだろうと、ギルドメンバーらに装備の変更を下命すると共に、仕切り直しという事でコレまでの戦闘でなにか気になった点などはなかったかと情報交換を始めたのである。
「なんかこいつ、まともな反撃しないよね。脊髄反射っていうか、攻撃を受けた場所から触手が伸びて出鱈目に振り回してくるくらいでさ。まあ脊髄どころか神経すらあるのか怪しいけど」
ダイサークが広間の絨毯に直接あぐらをかいて座り込み、戦闘時の感想を告げていた。
かと思えば元の大きさに戻した市庁ロボや、個人倉庫から新たに取り出してきたゴーレムのコアを手に「ぐおー、ぎゅばばばば!」などと口で擬音を発しながら、おもちゃというには少々大きめのミニチュア軍艦を床の上で弄んでいるメアリーとスーを相手に遊んだりもしている。
ちなみにメアリーとスーが持っているミニチュア軍艦は、ばらして身に付けることで甲冑になるのだがソレはそれとして。
それを誰も窘めない中、今度はカレアシンがだらしなく寝転がりながら、口を開いた。
「ソレは俺も感じた。しかも反応が鈍い。単細胞生物なのかどうかは知らんが、そうだと仮定して中枢部の核が刺激を受けてから反応してるんだとしたらわからんでもないか。この触手って言うか、仮足っていうんだっけか?アメーバとかあの辺だと。まあコイツにそれが当てはまるかどうかは知らんが、ここに至るまでそんな反射みたいな動きで十分対処できてたんだろうな。でかさ的に考えて」
「そうね、ソレは推測とはいえ当たらずとも遠からず…ってところなんでしょうけど。でも実際、何で相手を認識してるのかしら」
「まあ某RPGのスライムと違って眼が無いですし、この世界のスライム系は。やはり音とかの振動でしょうか」
竜人の言葉に頷く呉羽であるが、些か表情が硬い。後を受けてつづけたヘスペリスも首を傾げている。
「アメーバって多核のもいたんじゃないかな? って、魔獣にはそのへん当てはまんないか」
そう口を開いたのは『私の考えたかっこいいゴーレム』使いのマリー。
市庁ロボを使うダイサークと、代わる代わる交代しつつ盛大に――とは言っても全体から見れば雀の涙であるが――モケケピロピロを削っていた彼女も、色々と気になる点があったのである。
攻撃手段として、ゴーレムによる直接打撃や非魔力系のスキル攻撃、ゴーレム用オプション装備の光学兵器だか荷電粒子砲だかよくわからない物などによる実体・非実体・単体・範囲攻撃を問わないありとあらゆる手段を用いたのである。
記憶に残っている威力通りであるならば、二人合わせて全弾撃ち尽くした時点でおよそ先日の魔獣侵攻時にギルドメンバー全員で敵魔獣に与えただけのダメージを超えているはずである。
しかしながら、削れはすれども相手はソレをなんとも思っていないかのように、ただズルズルとゆっくり前進し、散発的に攻撃してくるだけだったのである。
「なんか、破壊可能オブジェクト叩いてるだけ、みたいな感じ」
そう言ってマリーは、床に胡座をかいていた姿勢のままごろりと後ろに寝転がってしまった。
「他に誰か気付いたことは無い?」
眉を寄せた表情で、思案しつつ他に何か有益な情報がないか皆に尋ねる呉羽であるが、光画部の連中が「攻撃しない限りはただ迫ってくるだけなので、大技の練習が楽ちんであった」云々と言い出した程度で他の皆は一様に首を捻るだけであった。
「んー、吾輩少々気づいたというか気になる点が」
そんな中、五〇一の小隊長である、とある獣人女性が手を上げた。
女性のくせに一人称が我輩という、少々アレな感じの口調であるが、見目は凛々しいといった感じの切れ長の瞳が麗しい狐の獣人女性なのだが、耳がピコピコと動いていてそこは本体とのギャップと相まって、とても可愛らしい。
本来は飛行魔法による一撃離脱戦を得意とする獣人パーティーであった事から、纏めてとある魔法戦闘部隊的に呼ばれているのだが、別に下半身に防具を一切つけていない、という訳ではない。
久しぶりの飛行魔法を堪能しつつ潤沢な装備で身を固めた高揚感も手伝って、戦闘中は気にも留めていなかったが、それだけに一旦落ち着いた今は違和感というか釈然としない点に少々思考が割かれたのであろう。
「なにかしら?些細な事でも構わないから、どんどん意見してちょうだい」
「ではお言葉に甘えて。我輩思うに、そもそもコヤツめは何を目指してここまで来ておるのであろうか」
五〇一小隊の小隊長クーコは、呉羽に促されて顎に手を当てつつそう口にした。
「それは…獲物を追ってきた…んじゃ?」
「既に追われていた魔獣共は殲滅済みである。我輩不思議」
五〇一小隊の他の面子も同様に感じていたのか、ウンウンと頷いていた。
確かに何故、追っていた魔獣がいなくなったにも関わらず、真っ直ぐにここまで迫ってきたのだろうか。
その事に思案を巡らせていた一同の沈黙を破って、踊る鈴小隊の小隊長が何やら困惑顔で片手を上げ、発言した。
「あー、本筋から外れるから言い出し辛かったんだけれど」
「なにかしら。なにか他に気がついたことが?」
本当になんでも構わないから言いなさいなと促す呉羽に踊る鈴小隊小隊長、一見普通人男性のマリーム・ヌーフーは軽くため息を吐いてから、背後を肩越しに指さしてこう言った。
「あの、黒子さんとベタベタしてる奴は誰なんです?」
彼が指さした先には、白い猫の獣人女性であるウイングリバー・ブラックRXさんがやけに蕩けた表情で、少々困り顔の普通人男性にしなだれかかっていた。
皆から視線を向けられた男は、若干頬を引き攣らせて頭をボリボリと掻きながらヘコヘコと頭を下げつつ口を開いた。
「あ、どーも。黒子の前世の旦那です。一足お先に転生してきてまして、今は『クラーク・ド・シュバリエ城』って所で司令官をやっているんだけどな」
「あ、そうなんすか。そりゃご丁寧にどうも」
さらりとトンデモナイことを言い出した男に、同じくサラリと受け止めたマリーム氏であったが。
次の瞬間、盛大に「はぁああああああぁ?!」と驚愕の声を上げたのであった。
☆
一方その頃、酒宴もたけなわの冒険者ギルド・ルーテティア支部では。
「ごめんなさい」
「い、いや、気にするな。酒の席だ、何が笑いのツボに入るかなんて誰にもわからんもんだ」
盛大に吹き出してしまったシアが、申し訳なさ全開で件の蒼衣の剣士氏に頭を下げていた。
口に含んでいたモノを見事なまでに霧状に吹き出したおかげで、広範囲に被害が及んでしまったが、それで文句を言い出す者が一人も居なかったのであるが、その理由として彼女がギルドマスターであるから、というだけではあるまい。
とあるホビット女性曰く、「あれじゃね?『我々の業界ではご褒美ですっ』って奴じゃね?」とほざいていたが、真実は不明である。
「まあこの程度、些細な事故だ。気にする事でもないさ」
そう言って男臭い笑顔(笑)でシアに謝罪してもらう程のことではないと告げ改めて向き直った彼は、静かな口調で己の名を告げ右手を差し出してきた。
「俺の名はカールマン。家名はない、ただのカールマンだ」
「……それではカールマンとして覚えておきます」
一拍置いて握手に応じたシアは、目の前の男から視線を外さないまま、続けて口を開いた。
「うしろのエルフの方も出て来なさいな」
あなたの関係者なのでしょう?と微笑むシアに、カールマンは今度は表情に出すこと無く驚愕したのであった。