第5話 転生ですか?転生ですよ?
虹色の光を纏って、天空から降ってきたシアは、真っ先に馴染みの二人を見つけその傍へと降り立った。
「お待たせ!元気にしてた?」
「待たせすぎだ、馬鹿」
「10年や20年、いい女ならそれくらい男を待たせてもお釣りが来ます。それに待つのも男の甲斐性ですよ、隊長」
「あはは、ごめんねー。色々あってさー」
本当に色々あったのです。
☆
うちのギルメンが、『ALL GATHERED』の世界に転生と言うか何と言うか。
事務所の片隅、青銅の蛇の占有空間であるところのパーティーションで区切られたスペースで、私は奴の椅子を占拠し、足を組んで肘を乗せ、頬杖をついて考え込んでいた。
「そうですねぇ、しいて言うなら魂魄憑依と言ったところでしょうか」
「はあ」
この場所の本来の主である、人間名龍野起源は、気を付けの姿勢で立ちっぱである。
むしろ土下座しろ。
ちなみにこいつの名前は龍野起が苗字で源が名前である。
源さん…大工とかが似合いそうな名前よね。
どうでもいいけど。
で、本題である。
どうもウチのギルメン達、向こうで楽しく暮らしているらしい。
向こうで苦労しつつもギルドを興し、冒険者として生活を始めているという。
しかしだ。
「皆さん苦労なさってますよ。てっきり貴女も来ているだろうと思っていたらしくて」
「はあ」
私が行かなかったことで、何か困る事があるのだろうか。
て言うか、チート能力貰ってるだろうに、向こうの世界でなんで苦労するのだろうか。
「どうもご理解いただけていないようなので詳しく説明させていただきますが…。彼らに提示した、能力付与は選択肢が二つございまして。自身の育てたキャラクターの能力を受け継いだ存在を創造し、転生。改めて育てなおすと言うものがひとつ。これは旧『ALL GATHERED』での転生とほぼ同じですね。もうひとつは今のご自身に育てたキャラクターの能力を付与させてもらい、そのまま向こうに転位させてしまうというものです。こちらはいわゆる異世界トリップといわれるものと同じでしょうか」
蛇曰く、転生の場合は抜け殻となった身体には別の新しい魂魄にデータをコピー、元の身体に入れてごまかすんだそうだ。
この偽魂魄により、これまでと同じ生活をして、元の自分と同じように行動をして、人生を全うする事になる、と。
こちらで『ネット接続中に死亡?』とかの問題が起こっていないのは、どうやらその為らしい。
「でもさ、それ選択肢にする意味あるの?姿を変えて生まれなおすのがいや、とか言う人向け?」
「えー、これに関してはですね。仕様ですとしか言いようがないのですが、転生を行うと基本的に持ち物がない状態でキャラクターが生まれますよね?」
「そうね、シャツとスカートに下着。男キャラはパンツ一丁…だったわね。それが?」
「いえ、ゲーム内ですと、転生先は元キャラの関係者…実子や養子、或いは親類縁者、若しくは友人知人として生まれてくるという設定でして、アイテム類はそのまま移行しておりました。ですが、これは家の倉庫で眠ってる為にそのまま受け継ぐ、と言う事でして…」
「…はあ。と言う事はトリップだと、アイテム持ち込み可なわけ?」
言いにくそうに喋る青銅の蛇…。いや、源さん?ああもう、めんどいから蛇でいいや。が、何か言葉を濁しているのが気にかかる。っていうか、それマズいよね?
「左様です。と言うわけでですね、これまでの方々は、全員が転生を希望なされたのですが…」
「何がと言うわけなのかなのかわかんないけど、もしかして…ってやっぱりそうなのか」
向こうに親類縁者なんて居るはずがない、と言う事は。
「はい、皆さんどうせ異世界に行くなら外見も種族も新規作成!着の身着のままなんのその!とおっしゃって、無一文で向こうに渡って行かれました」
「ちょっとお前死んで来い」
立ち上がり、某自称暗殺拳継承者と同じように拳を鳴らして糞蛇に近づく。
「すいません勘弁してください」
私が次の言葉を発する前に、予備動作無しのバックスッテプジャンピング土下座。
マジ土下座久々に見た。
ちなみに前に見たのは廃人化した彼氏を持つ女に斬られかけた後、その親と廃人彼氏からだ。
「私、女神の使いなのである意味この次元世界においては本来無敵なのですが、今回転生のお願いをして回っている間は、転生予定者に危害を加えられないのです。貴女相手に攻撃しても物理ダメージゼロな上に攻撃魔法は発動すらしません。ですが」
「ですが?なによ」
「私への攻撃は、ゲーム世界のそれと同等の能力でダメージ計算されます」
「はぁ!?」
非力なこの私をつかまえて、腕力カンスト状態のマイキャラの攻撃力があると?
「いえ、このお話の内容ですが。私、人間モードではリミッターがかかっていて口にする事が出来ないのですよ。転生予定者と二人きりになって初めて解除されるものでして…。でですね、二人きりになって結界を張ると、それくらいの能力を付与しておかないと、並の人間のままだと私と言う存在への認識すら怪しいもので」
光り輝く何かにしか見えなくなるとかなんとか。
普段のリーマンスタイルの時は、あくまで人間だから誰とでも話せたのか。
「で?女神の御使い状態のアンタとは、普通の状態の私だとお話も出来ないから、って事ね。それで?向こうでギルメンどうやって生計立てたのよ。ていうか、素手で放り出されてるのよね?」
「ええ。ですが、転生当初は普通に素手で狩りなどを行って素材調達、それを売って小銭を稼ぎ装備を整えさらに狩りを行い、人によってはそれらの素材を加工して販売したりして、皆で協力してひと財産築いてましたね。それを元手にギルド興して、最近ようやく軌道に乗ったところでしょうか」
よかった、ウチのギルメンみんな仲良くて。
これが悪どいのが居たら総取りとか搾取する輩が出てこないとも限らん。
って、ちょい待て。
「まて。アンタの話聞くと、もう向こうでは何年も経ってるような口ぶりじゃない。その辺どうなってるの?」
「えー、大体こちらの1日で向こうの1年ほどでしょうか」
「やっぱり死ね。仕事が遅いわ貴様!VR版サービス始まってもう何日経ってると思ってんのよ!」
「そ、そう言われてもですね。貴方ずっと旧『ALL GATHERED』しかやらないし、私を警戒して絶対二人きりにならなかったですし?仕方なく送った筐体だって売り払っちゃうし!貴方に送った筐体のシリアルナンバーでログインして来たのが別人だった時の私のがっかり感がご理解いただけますか?」
「知らんがな。あんたの普段の行動が悪い。きもい。いくら目隠しされてるからって、机にゲームキャラのフィギュア飾んな。ねんどろいどプチでジオラマ作んな。普通の女子は近づくのも嫌がるわ!」
「ええー?プチ、可愛いじゃないですか」
可愛いのは認める。
でも仕事場に飾んな。
並べんな。
「で。私はどうすればいいの?」
「え!?と申しますと、行って下さるので?」
「行くわよ。どうせ今の人生ろくなもんじゃなかったし、これからどうなるわけでもないしね」
男性恐怖症も多大にあるしな。
あの糞セクハラ野郎どものせいで。
ぐぬぬ。
私みたいなのに粉かけるどころか、直接行為を強要するとかどんなけ悪趣味なんだよ。
おかげさまで普通の男相手には、目を見て話す事すら無理。
出来たのは、ギルメンの玉無し竿無しネカマでオカマな元男の彼(彼女?)と、自称寝たきりじじいでリアル年寄りだった爺ちゃんくらいである。何度か見舞いに行ったのだ。
ギルドのオフ会でも、ギルマスとして開始の挨拶の一言だけはやらされたけど、後は殆ど無言だったしなぁ。
対人スキルがリアルだと皆無だってのは、古参ギルメンの人らには既知の事実だから、混乱はほぼなかったけど。
新参の勘違い君が何度か出てきた時には色々と参りました。
ウチには他のギルドよりも比較的中の人も女性なメンバーが多く居たわけですよ。
ギルマスがリアル女だって結構知れ渡ってたので馴染み易かったんでしょう。
これでも旧版はβテスト時代からの古参でしたから。
おかげでオフ会が華やかでした。
居辛かった連中も多かったと思うけど、目の保養だと思え。一番見目麗しいのがオカマだったのは私のせいじゃない。
で、そういった話が女性メンバーから外部に別のネカマ経由で漏れて、新参が一時期増加した事があったのです。
それも性質の悪い系のやつらが。
細かい話は省くけど、ヘスペリスの中の人のリアル知り合いに本職の方が居て、どっかに連れて行かれました。
行き先は知りません。
どこに行ったのかしらね。
「さ、て。それじゃ転生とやらをしてもらおうじゃないの。って、転生だとアイテムゼロなのよねー。うーん」
流石にアイテムゼロは厳しい。かといってこの姿でってのも、なんかアレだし。
「あ、それなんですが、貴方はギルドマスターという事で特典がつきます」
「は?」
「ギルドマスター特典として、転生とトリップのどちらを選ばれてもギルドハウスが一緒に転送されます。これはギルドハウス機能も使えると言う事でして。実は他の皆さんが転生をお選びになった一因がこれなんですよ」
ギルドハウスごとって…。
ウチのギルドハウスは、高レベル廃人プレイヤーが多くいたおかげで、出鱈目仕様だ。
通常の無課金ギルドハウスは、人の住む地域…と言うか村とかの集落に隣接して建つのだが、大きな町や都市に隣接させようとすると、課金が必要だったのである。
さらに課金額によっては、指定された地域…山や森一帯をテリトリーとした屋敷や城、海の上に浮かぶ島丸ごとなんてのもあったりする。
ウチのギルドハウスはその中でも課金ガチャのレアアイテム浮島リゾートを魔改造した逸品である。
もうね、天空の城とか浮遊城とか言われてましたよ。
それを持って行けると?
それならもしかして!
「ギルドハウスもって行けるって言うなら、中の倉庫は?」
「ええ、入れたものはそのまま向こうに持っていけますよ?だからこそ、他のメンバーの方々は転生を選択なさったのです。皆さん大量にアイテム放り込んでらっしゃいましたよ?」
なるほど。
すまん、私が金欠でその上縛りプレイに没頭していたせいで皆に苦労かけちゃってる。
「じゃあ、さっさと転生させなさい!ほら早く!」
「い、いえ、そのお言葉は嬉しいのですが、色々と準備がございまして」
ああ、ネット繋がなきゃね、VR版の筐体で。
「はい、そうなんですよ。市販品は既に売り切れ状態でプレミアついてますし、それに貴方にお渡しした新型をすぐ用意というのもちょっと難しくて」
「あ、そうなんだ。ごめん。やっぱ新型だとそう数が無いもんでしょうしね。メーカーの倉庫まで取りに行かなくちゃだめなの?」
「いえ、あれは数量限定の半ば試作品でして…今は在庫自体がありません。なので暫くお待ちいただかねば、と」
「…えーと、ごめん。それで、どれくらいかかるの?」
流石に試作品を売ったのはスマンかった。
とはいえ、こちらでの1日が向こうじゃ1年だ。暢気にしてられない。
「そうですね、2ヶ月ほど」
「だめじゃん!種族によっちゃ死ぬじゃん!寿命ktkrなんて笑えなさ過ぎるわ!」
「他の方法も無い事は無いんですが…」
「あるならさっさと言いなさい?殺すだけじゃなくて呪うわよ?」
今なら出来そうです。能力付与されてるしね!
「えー、転生トラックと転生ダンプと言う…」
だ い き ゃ っ か だ ば か や ろ う 。
☆
「で、結局。ヘスペリスの中の人と連絡とって、借りて来た」
「なるほどのう」
「あ、今じじいっぽかった」
「うるせえ」
「それで、向こうの元私はどんな感じでした?ちゃんと生活できてましたか?」
ヘスペリスが元の世界の自分の話に食いつき、どんな状態になっているのかを知りたがっていた。
まあ仕方ないわね、とは思う。
「普通。前に会った時のままだった。ただ…」
「ただ?なにかあった?彼氏が出来てたとか?」
知らん。つか知りたくねぇ。
「うんにゃ。ゲームに興味なくしてた。危うく捨てるところだったって、筐体。もう要らないからあげるって言われたし」
あらま、と驚くヘスペリスとは逆に、苦虫を噛み潰したような顔をするカレアシン。
「わしの方もゲームに興味無くしてるとしたらアレじゃのう。寝たきりじじいの唯一の趣味が…」
あー、大変かもねー、残されたコピー魂魄。
寝たきりだし。
だがそれは私の知ったこっちゃ無いのです。
こっち来たのは自己責任だしね。
私は親兄弟親類縁者なんぞ居なかったから、あのままOL続けても、そのうちお局になってそのうち首切りされてそのうち路頭に迷ってたりするんだよ、きっと。
だから、決めたのだ。
こっちの世界で好きに生きようと。
「で、嬢ちゃん」
「なに?カレアシン」
何かいい足りない事があっただろうか。
「あー、その。なんだ」
「はい?」
「取りあえず、目立ちすぎた。ずらかろう」
見渡せば、すでに魔獣は無く。
あたりには生き残った人たちがグルリと輪を描いて、私たちと、周りに集まったギルドメンバーとを変な目で見つめていた。
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