第55話 そういえば四月馬鹿でしたね?何か嘘つかれました?
「ギルド支部めぐりも長いようであっと言う間だったわね」
「いやねーちん何いってんの」
「私たちの異世界生活はこれからだ!的な?」
「ウチらずっと暮らしてたし!これからもクソもまだまだ続くし!」
「いや、そろそろ打ち切りエンドな嘘とかありかなって」
「嘘乙。ていうか、まだ予定の1割だよ!某宇宙戦艦的に言えばまだどこぞの衛星でコスモナイト掘ってるあたりだから!」
「まだそんなに序盤なんだ…」
「て言うか、まだ海底山脈編とか北方獣人王国編とか東方見聞録編とか暗黒海の彼方編とか案だけはいっぱいあるんだけどさー」
「ほほう」
「本人のやる気と三次元嫁の介入で制作が滞ったりするらすい」
「嘘乙」
「ウソジャナイヨ」
「嘘だ−!?」
終了
宵闇が迫る中、星が瞬き始めた東の空に、数騎の飛行魔獣と、どう見ても飛行魔獣ではない一風変わった形状の物体が、太いロープで結ばれて曳かれ、次第に暗くなってゆく背後の景色から逃げるかのように、朱から蒼へそして濃紺へと染められてゆく空を突き進んでいた。
「ん?なんだぁ?」
その、奇妙な物体から更に吊り下げられている長方形の箱に搭乗している彼は、眼下に広がる景色に若干の違和感を感じ、思わず身を乗り出していた。
「将軍!流石に帰還直前で落下事故など、万に一つもないと思いますが、笑えません。ご自重ください」
「ああ、すまん。見間違いかと思ったんだが、どうもその、地形というか、あそこがな」
飛行可能な使役獣への相乗りによる移動自体は疾うの昔に慣熟していた彼だが、今回は少々無茶を行なっているために、流石に同乗している者からすれば、バランスを崩さぬよう一言言いたくなるのも仕方ないところであろう。
砂漠への遠征から急ぎ帰還するために、飛行使役獣を駆使して帰路についていたジョセフ・ジョフル将軍とその側近たちである。
飛行出来る使役獣を扱える者は偵察や連絡要因として重視しているため、他国よりも高い比率で抱え込んでいるゴール王国であるが、流石に全軍に要求通りに配備するというようなことは、その個体数の少なさ故に、難しいものであった。
とはいえ、流石に彼の配下には何人かの飛行魔獣使いもおり、それらに砂漠で用いていた空中警戒具を曳かせての強行軍に及んだのである。
空中警戒具と言っても、浮き上がるだけしか能が無い球形の発掘魔道具に駕を取り付けただけの物で、推進力はない。
だが、何もしなくとも浮くのであれば、それを引いてやればと考えた将軍が、砂漠での戦の詳細と、その後、城塞都市アストラカーンの臨時連合司令部での仕儀の報告を一刻も早く自身が行うべきと考え、部隊の帰還を幕僚達に任せ、今回の無理を通したのだ。
そしてその不安定な籠の中で、一応命綱を付けてはいるが、他の者は立ち上がるのも厳しい状態であるのに、縁から身体を乗り出したのであるから、同乗している者も各使役獣に騎乗している魔獣使い達も気が気ではない。
「あそこと言われまして…も?!」
ジョフルが指さした先には、彼らが見慣れたルーテティアへと続く街道の目印である小高い丘があった。
あったが、それよりもその横に、地面から突然現れたかのように突き出た巨岩が、白い靄に薄っすらと包まれてそびえ立っていたのである。
「…何ですかありゃ」
「お前にも見えるか?うん、俺の目がおかしくなったわけでは無い、か」
見る人が見れば、数多の精霊たちがその岩山の周辺に集い、キラキラと輝いているように見えたであろう。
そこは、つい先日、シアが気楽に大精霊にお願いして拵えた、様々な泉質の湯が楽しめる天然温泉であった。
「気にはなるが…今は先を急ごう」
「はい、王都に到着次第、確認を行なっておきます」
後ろ髪が引かれる思いで、彼らは一路王都へと向かったのであった。
なお後年、この岩山温泉を中心とした宿場が形成され、酷く賑わう事となるらしい。
☆
「俺らちっせえ頃からずっとココで仕事貰ってたんだけどよぉ。えーい、どっからどう説明すりゃいいんだかよくわかんねえよ…」
「うん?説明なんて考えず、事の最初っから始めて最後になったら終わればいいのさ」
「いや、そりゃそうだろうけどよぉ…まあいいか」
訓練を終え、食堂で落ち込んでいた新人冒険者達の話を聞いてやろうと、この支部最古参の現地採用者である普通人女性、クリスチーネが声をかけたところ、少々逡巡しつつもリーダー格と思わしき少年は、重い口を開いて語り出した。
彼が冒険者ギルドという存在を知ったのは、ルーテティア支部が開設されて間もない時期であった。
当時はまだ現在の場所ではなく、ルーテティアのモノイコス王国在外公館の敷地の片隅に建てたプレハブ小屋――と言っても、戸締りをすれば下手な金庫以上の強度を持つが――のような建物を拠点として活動を行なっている、創設されて数年という小規模な商店のような存在だったのだ。
当初、様々な依頼や商品を取り扱うという事から、他の各種商人・職人ギルドなどから敵対視されていた。
何しろこの世界、ありとあらゆる職種にギルドが有る。
一般によく知られているのは生活に身近なパン職人ギルドや革職人ギルド、靴職人ギルドなんていうものまである為に、新規業種を立ち上げようとすれば、必ず何処かから横槍が入るのだ。
普通ならば。
が、冒険者ギルドはその多岐にわたる商いにおいて、利権等競合すると思われていた事柄が有るとはいえ、半ば放置され黙認されるに留まった。
それというのも、基本的に彼らが行う事業の内訳は、個人・団体からの縁故による依頼が多く、それらにしても荷物の配達や庭の草むしり、人探しや揉め事の仲裁などという他のギルドが鼻にもかけないような瑣末なモノや、集落を襲う魔獣や亜人の討伐といった下手な文句も言えないような案件、魔境と呼ばれる人が足を踏み入れることは即ち死を意味する危険な地での探索など、それらは全て誰も手を出そうなどとはしない、もしくは利益が出ない、手が足りない故に零れた類の拾い仕事であり、極々細々とした日銭稼ぎのようなものと見做されたからだ。
多少苦情をねじ込める点といえば、国有地である草原や森林、河川において動植物を採取している事と、それらを素材にした加工品の販売及びギルド支部内での飲食店経営ぐらいであったが、それも小なりとはいえ国家を後ろ盾にして、他ギルドの頭越しに各国から許可を得て採取・販売を行なっている上に、自分たちよりも割高な税を支払っていると知れるや、下手に関わり合いを持つと、自分たちも同様の税を納める羽目になると噂され、敬遠される存在となっていった。
だが、冒険者ギルドがそれほど不利な条件であっても資金繰りに苦労せず経営出来るというのであれば、その理由を知りたがり、出来る事ならそれを横から摘もうとする者が現れるのは当然である。
外部の者からすれば、通常ならば、どう見積もっても赤字運営。
しかし手元不如意と思える様子は一切伺えず、取引のある商家らへの支払いは現金で即決、逆に嫌がらせの一貫で行われた支払い遅延なども気にとめる事すらない。
であるならばどこかに運営費用が湧き出てくる打ち出の小槌的なパトロンか、裏で非合法な行為を含んだ何がしかの錬金術的な運用を行なっているのではないかと思われるのも仕方が無いところだろう。
しかしながら、その手合いは尽くがけんもほろろに追い返され、力に訴えようとした者はそれに優る力で打ち払われた。
特に人質を取ろうなどと言う非道な行いに手を染めようとした者達などは、どのような状況においてさえ実際に行った者は何処かに消え、それを指示した者は、彼らが直接手を下した痕跡はなくとも、尽くが精神に不調をきたし、一線から退いたという。
そうして冒険者ギルド最大の謎とも言える豊かな財源は、一部の彼らをよく知る者達以外には手の届かぬ高い木の枝に実った果実の如く、知られず触れられぬままに現在に至っている。
その冒険者達をよく知る一部の者達は、彼ら冒険者が、不帰の地である人跡未踏の魔境に存在すると伝説や神話にのみ記された遺跡や魔宮・迷宮、一軍を率いて対峙したとても生き残ることが奇跡とまで言われる幻獣を相手取って、秘宝、財宝を持ち帰り、その殆どを隠匿、必要に応じてその一端を売却して資金にしているという、宛ら秘宝を求めて旅を続ける情熱の狩人的な彼らの真実を誰にも漏らすことはなかった。
たとえ言ったとしても、世迷言と切って捨てられる、それ程に常識から隔絶した話しであったから。
故に、冒険者ギルドの実際の運営に関して一般人が知り得るのは、せいぜいが街中を走り回る年若い者達の仕事ぶり程度で、ガキの小遣い稼ぎかと嘲笑われていた所以となるのだが。
一般に知られていようといまいとその活動拠点は後に増え続け、ゴール王国ルーテティア支部以外にも、ゴート帝国、アラマンヌ王国といった大国の王都や、ゴール王国から西の海を越えた先に存在する海洋国家集団であるヘプターキー王国群、またアラマンヌ王国の北に存在する極寒の地、デーンにまで及ぶ事となる。
近年はアラマンヌ王国の更に東、ポラン諸国連合やヴァリャーグ聖帝国などにも足場を築いていると噂される程だ。
彼らが新たに拠点とする地においてまず行うことは、小なりといえどキチンと足場を固める事であった。
ソレはモノイコス王国の在外公館の一部を間借りする時もあれば、昔なじみの伝手を頼る場合もあり、時には旧来の地下組織を潰して成り代わった後に表社会に対してのまともな組織を起こす等という手段を用いる等様々である。
このルーテティアにおいてはギルド設立以前から冒険者らが馴染みの宿を基点に活動をしていたが、それはただ仕事をこなすだけではなく、人手が必要な際には現地で人足を雇うなどして信用を築き、その後小遣い銭稼ぎが出来ると聞いて集まった者達の中から彼らの目に適った人物には別途依頼を任せ、中にはそのまま正式に加入させるなどして、時には破格の報酬を与える事でその信頼性を盤石な物としていた。
いくら目の上のコブの新興ギルドと云えど、それによって生み出された少なくないあぶく銭を持つ地域住民による経済の活性化は他のギルドにも実のある恩恵となって広がってゆき、次第に彼らを悪し様に拒絶するものは減る次第となった。
表向きは、だが。
かくして何でも屋、若しくは代打屋と呼ばれ、殺人と営利誘拐以外ならなんでもOKの凄腕連中が揃っていると、知る人ぞ知る存在となっていった冒険者ギルドであるが、当然それを見て真似をし始める者も出始めた。
無論、まともに真似など出来るはずもなく、盛大に赤字を被って自滅するものばかりではあるのだが、中には冒険者を騙り詐欺行為を働く者も出る始末であった。
後者に関しては現在も時折見受けられるのだが、大抵は本物の冒険者によってそのつけを払う事になる。
そして、それらとは違う模倣者が、最も頭を悩ませる厄介の種であった。
街に住む子供達である。
冒険者を散見する機会が多く、尚且つ直接ギルドメンバーらと接触する事もある近所に住まう大人達は、流石に彼らの出鱈目さ加減を多少なりとも理解し始めており、手伝いによる小銭稼ぎで満足していたが、やんちゃ盛りの子供らの中にはそれに飽きたらず、遠征に出る冒険者達に付いて行こうとする聞かん坊まで出始めた事で、少々話がこじれ出したのだ。
王都周辺の草原などの近場ならば然程危険など無いため、子供であっても行える採取系の手伝いに、大人に混じって参加する者は存在していた。
しかし、長期の遠征を行う彼らの後を追おうとして門衛で止められる事が頻発し、中にはそれらさえすり抜けて実際に彼らの後を追いかけた豪の者も出てしまったのである。
子供達のほとんどはこの王都に居を構える親がおり、あくまでも小遣い稼ぎというスタンスであったために、安全な、誰にでもできるお手伝いや採取を行わせていた。
稀に城壁の外に出る必要がある依頼が割り振られたとしても、それはギルドメンバーが監督兼護衛を行う言わば護衛船団方式のやり方で、たまに襲ってくる野獣や魔獣を一撃の下に切って捨てる姿を見ることが出来るという半ばアトラクション的な意味合いも含まれていたのだが、それでは満足できなくなった者が、未熟な故に引き起こした騒動だった。
幸いにしてその時は、周辺の街道警備に出ていた通りすがりの王都守備隊に無事に保護されて事なきを得たのであるが。
それ以後も頻繁…とまでは行かなかったが、同じような事例が複数起こるに至り、子供達がギルドに立ち寄る頻度が減っていくこととなるのだが、中には逆に顔を出す頻度が増えた者達が居た。
貧民街の子供達である。
その中の一人が彼、ジョ二ーであった。
他の子供達同様小銭稼ぎ――彼の場合は口に糊する為であるが――に精を出し、子供ながらにそこそこの額を持ち帰っていたのである。
街の子供達が、親に言い含められたのか冒険者ギルドに姿を出すことが減った分、ジョニー同様そういった子供らがより頻繁に仕事を受ける事が多くなった。
とは言え大人でも仕事にあぶれる者などは数多く、そういった誰にでも時間と手間さえかければ出来る案件は引く手あまたなのが実情で、報酬を下げてもらって構わないから仕事をくれと言い出す者もいたほどである。
そう言った者の中には、幾つもの依頼を一手に引き受けて、更に下請けとでも言うべき者達へ仕事の横流しを行おうとしている者さえ居た。
報酬の中抜きを行い、利益を吸い上げようというのである。
しかし、ギルドは報酬の変更はせず、また、あくまでも均等に、ギルドに顔を出した者達にのみ、仕事を割り振りすることを徹底していた。
これは当時のギルドマスター代行である呉羽の命によるもので、各支部はそれを遵守。
外部からの一切の意向を聞き入れず、全てを独自に定めたルールに則り断行した。
実際、報酬を下げ、仕事の割り振りを外注へ任せる事ができるならば、ギルド側の手間も減り、利も有るだろう。
しかし、それにより周囲に彼らの意図する影響を与える事が出来ないと考え、徹底してやり通したのである。
「低所得層へのテコ入れが目的なのに、特定の誰かに集中させて肥え太らせる?ウチらが許すかそんなもん。元ブラック勤め舐めんな」
冒険者ギルド、某幹部の言である。
そして、当然のごとく現れた嫌がらせ等を行う輩に対しては、実力行使には実力行使で、搦手で来ようとする者には相手よりも上位の者を引っ張りだして話をつけるなどを行い、いつしか鳴りを潜めることとなった。
そういったゴタゴタを経て、平穏な…とは言いがたいが、現状のような『貴方の街の何でも屋』としての住民に気楽に立ち寄ってもらえるギルド支部は確立されていったのである。
話は戻るが、そんなこんながあった支部開設の初期の頃、貧民街の少年であったジョニーは、ソレまでの宗教関連施設で行われる施しや、少々口にするには憚られるような行為で生活を営んできたのだが、同じ貧民街育ちの子らが耳にした噂を耳にし、ギルドの扉を叩いたのである。
そして、そろそろ年頃となりつつもマトモな職につけないであろう貧民街の少年少女達は、正式に冒険者ギルドの扉を叩いたのである。
無論、体力にはそれなりの自信はあったのだが、今日の訓練でそれが木っ端微塵に打ち砕かれたわけである。
しかも相手は、同じだけの距離を自分たちに倍する重量を携えて走っていた、通常であれば年齢的に一線を退いてしかるべき中年女性に、だ。
それだけならばまだしも、無様に転がっている自分たちを装備や荷物ごと軽々と抱えて一処に集め、「見込みがある」などと言われても、甘言としか受け止められない。
あまつさえ、先ほどの超加速に倍する速度で駆け出していった先では、見たこともない女性エルフ相手に凄まじい攻防を見せてくれたのである。
(無理無理無理無理)
声も出せない状況で見せつけられた二人の女性による超近接格闘は、精も根も尽き果てた彼らにとって手の届かない高さにある葡萄の実どころでは無く、自分たちがどれほど長い時間をかけて鍛錬しようとその足元にも及ばない、そう思わせるに十分な出来事だったのである。
「長い。三行で」
「はぁ!?なんだよそれっ!」
長々と話したジョニーであったが、返ってきたクリスチーネの言葉に思わず激昂しかけてしまった。
「冗談だよ。で、あんたらはどうしたいんだい?」
「どうしたいって言われてもよぉ…」
ひらひらと手の平を揺らせて落ち着かせる彼女に、ジョニーは上げかけた腰を再び下ろし、顔を伏せた。
彼としては諦めたくは無いが、アレほどの差を見せられては、いつかは自分もと思えるほどの胆力を持ってはいなかったのである。
「まあ気持ちはわからなくもないけどね」
そう言って彼ら新人達を見回すと、彼女は背筋を伸ばし居住まいを正した。
それだけで明らかに変わった雰囲気に、ジョニーを含めた新人連中はおろか、周囲で聞き耳をたてている他の者達までビクリと反応し、食堂の空気が一変した。
「きちんとした自己紹介がまだだったねぇ。私はこの冒険者ギルド・ルーテティア支部の筆頭冒険者、硬度は六位、蒼き月長石のクリスチーネさ」