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MMORPG?知ってますけどなにか?  作者: でーぶ
第二章 異世界漫遊記
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第54話 訓練ですよ?ええそりゃもう訓練です、よね?

冒険者ギルド・ルーテティア支部長であるリティは普通人である。

ギルド内での位階である硬度は九、銘は黒縞瑪瑙(ザ・ブラックオニキス)

立場上は呉羽らに並ぶのだが、今ひとつ影が薄いのが悩みの種の中年女性だ。

本来は魔法による攻撃と補助を主体とする戦闘スタイルで、基本に忠実な後衛といった能力を誇っていた。

そんな彼女であるが、この世界に実際に降り立ってからは詠唱魔法が使えない状況に陥っていた。

冒険者ギルドのメンバー全員に共通する、魔法使用時に必須である発動体――いわゆる魔法の杖――が、何故か爆発、吹き飛んでしまうという現象のためである。

このため得意の魔法を使うに使えず、仕方なくそれ以外の手段でこれまで生き抜いてきたのだが、その結果、魔法使いが本職であるはずの彼女は、全身鎧を身にまとう重戦車と化していたのである。

そして今現在、この支部においては新人相手の指導(物理)を一手に引き受けている状況なのだ。


「本日のお仕事は~、若造の相手~、っと」


少々時間は戻って今朝のこと。

彼女は調子っぱずれに唄うように口にしながら、ガシャリガシャリと音を立てて、身に纏った全身鎧の着心地を改めて確かめる。

冒険者ギルドにおける職人の頂点、アマクニ謹製の逸品であるこの装備、各地を皆で彷徨うように旅していた際に得たミスリル銀を超える強靭さを持つイェローリルと言う鉱物を精製・加工した品で、現時点において純粋にこの世界で作られた鎧としては最高峰と言って過言ではない最高級品質のシロモノである

本来魔法使いであった彼女がこのような近接戦闘装備を身につける事になったのは、その魔法使いとして立つための必須の品である魔晶結石が組み込まれた品々が尽く粉砕してくれるおかげであった。


「転生してきて20有余年、なんの因果か生き残り、今じゃギルドの支部長ってね」


菊の代紋でもどこかに彫りこもうかね?などと考えながら、兜の面を下げ、視界を再確認する。

兜の形状は外部からは細いスリットが開いているだけに見えるが、内側からは面が全て透けており、視界はこの手合いの品としては非常識に広い。

どこかの世紀末覇者の不肖の弟が被っていたりする形状などでは無い。

なお、生まれの証は立たないが間違っても仮面付けっぱなしで顔を奪われていたというわけでもない。

透ける面の向こうに事務員姿のメリューが居ることを確認しつつ、今度は遠征に必要な道具一式+αの詰まったフレームザックをひょいと持ち上げて背負い、手には鎧と同じ素材の長柄武器(バールのようなもの)と盾を携えた。


「さてさて、これで文句言われる筋合いは無いっと」


新人に対して、圧倒的なハンデを背負った上で、地力の差を見せつける為に、非常識なまでの重量の装備を身に付けたリティ支部長であった。


「じゃあねメリュー。ちょっくら扱いてくるわ」

「いってらっしゃい。セイバーは自分がやりたいって言ってたけど、まあ指名で来てるお仕事のが大事だしね」


脇に控えてリティが準備を整えるのを見守っていた竜人女性のメリューが、事務員姿で彼女の言葉に続いた。

新人の訓練といえば聞こえはいいが、実のところこれはふるい落としでもある。

ヤワな根性では着いてこれず、脱落者が出て当然と言える強度の鍛錬が基本なのだが、肉体的損傷には神聖魔法を使用して対処するために後遺症が残るような故障をさせる事はまず有り得ない。

だが、逃げ出さずにクリアする事が出来れば、冒険者ギルドへの正式な加入が認められ、硬度1の階位が与えられる事となる。

常人では生き残るのがやっとのこの訓練、全ては死なないための肉体作り。

そして、生と死の狭間を体感する事で、何がしかのスキルに目覚めさせる事。

それが新人の為の訓練の、本来の目的であった。

故に、既にスキルに目覚めているハイジやクリスなどは行う必要が無いため、特に言及されていない。故に少々彼女らは気にした訳であるが。


「セイバーの方が優しい気もするけどね。私がやると、どうしても、ね」

「ギリギリセーフはアウトですもんね、リティ基準だと」


全身鎧の姿で肩をすくめるリティに、メリューが苦笑して答える。

そんなだから、新人の来手が無いのではないだろうか、と彼女は思うが、だからといって人員の消耗をよしとする気は毛頭ないため、せいぜい「お手柔らかに」と告げる程度である。


「私的にはね、竹槍でラスボス倒せるのが理想なの。セイバーなら殴り方と避け方さえ覚えればあとは現場で鍛えりゃいい、って言うでしょうけど。私じゃそこまで面倒見られないもの」


だから、実力を。圧倒的な実力をつけるために、あえて死んだほうがマシだと思えるほどの厳しさを見せるのである。

「じゃあね」と言いながらメリューに盾を持つ手を振り、中庭に足を向ける。

朝の喧騒が残る食堂を抜け、訓練場に出ると、ひとかたまりになって集まっていた新人たちに、「さて、それじゃあ先ずは私についておいで」と言い、ガチャガチャと歩きはじめた。


「てなわけで、今日の訓練はそんな感じ」


集まった新人達を引き連れて訓練場の周回コースをボチボチと歩きながら。

メリューは面を上げて、今日の訓練内容を彼らに言い渡した。

あからさまに不貞腐れたような顔をし、自分たちを舐めるなよと言いたげな表情でとっとと始めてくれと言い出しかねない雰囲気を纏わせた原因である本日の訓練内容は至極単純。

訓練場の周回コースをリティに続いて走り、彼女に触れるか追い越す事が出来れば終了、ただそれだけ。

要するに鬼ごっこである。

しかも相手はどう見ても彼ら以上の重さを抱えているはずの、それも中年の普通人女性。

どう考えても周回コースを何周もするような時間はかからないだろう事は明白であった。

新人達の頭の中においては。

そんな彼らを気にもせず、メリューはにこやかな表情のままで口を開いた。


「じゃあそうね、私が走り始めたら、三数えてから追いかけて来なさい。二でも四でもないわよ、三よ」

「はぁ?そんなんじゃ直ぐ追いついて終わっちまうんじゃねえのか?」


子供のお遊びでも、十や二十は数えてから追いかけ始めるものだというのに、である。

リーダー格の少年は、思わず口を衝いて出た言葉を取り消そうともしなかった。


「まあ、すぐ終わる新人さんもたまにはいるけれど。それはそれでこちらにとっても嬉しい話だから、ぜひ頑張って欲しいわね」


そう言って、リティは歩きながら適当に転がっていた小石を拾い上げた。


「あなた、この石ころを放り上げてくれる?私、それが落ちたと同時に走りだすから」


先ほど口を開いた少年に小石を投げ渡すと、面を下ろして。

胡散臭そうな顔つきで受け取った小石を、投げ捨てるように少年が放り上げる。

その小石が地面に落ち、ころりと転がってから、ようやくリティは動きを早めた。

思わず少年が「大口叩いといて、もしかして走れないんじゃないのか?重すぎてよぉ?」と言いそうになるほどにゆっくりとした加速であった。

彼女が何やら呟くまでは。


【加速装置】(ハイスピードジェシー)


それと同時に、そこから掻き消えるような勢いでリティは走りだしたのだ。

目の前で何が行われたのか理解が追いついていなかった新人達は、すでに周回コースの向こう側にたどり着きその場で足踏みをしているリティを確認し、ソレがどういう事か気づき暫く呆然としていたのである。


「ス、スキルホルダー?」

「え、うそ。王国の騎士とかぐらいしかそんなの居ないって…」


ただ一人、少々小柄ながらもしっかりと「いーち、にー、さーん、しーい、ごーお!」ときちんと数を数えた獣人少女以外は。


結局、開始からぶっ通しで走り続け、時には歩き、しかしながら立ち止まらずに駆けまわり、受付から降りてきたメリューが「はい、一旦休憩ね~。お昼にしましょ―」と横から声をかけるまで続けられたが、追いつけた者は当然の如く皆無であった。


「若いっていいわねー。ってメリューは種族的にはまだ若いのよね、ムカつく」

「まあ体力・スタミナ回復にボーナス付く装備ですから、アレくらいはやってもらわないと。ってソレは今更言うことじゃないでしょ」


その後食堂で体力を使い果たし、胃が受け付けないのを無理に飲み込む新人の姿を横目に、リティとメリューは和やかな会話を行なっていた。

無論、その内容は余人には聞こえないよう【遮音結界(ナ・イ・ショ)】を展開して、である。

メリューが言うように、彼らに貸与した装備一式は、見てくれはともかく何気にハイスペックなシロモノなのだった。

怪我や魔力切れなどは、自作の各種ポーションで補えばなんとでもなるが、スタミナだけは自然回復を待つしか無い。

しかしながら、それを多少なりとも早める事ができる能力を持つアイテムは、高レベルの職人スキルにより作り出すことが出来る。出来るのだ。

この世界に転生して各地を旅して回っていた彼らにとって、ソレは生死を分かつ重要性を持っていた。

為に、かなり早い段階から試作を行い、手当たりしだいに装備という装備に付与していったのである。


「まあ私らには今更な装備だけど、あの子たちぐらいには丁度いいしね。精々超回復を期待しようじゃないの」


気楽そうにそう言うリティに、メリューは無言で頷いた。

この程度で音を上げていては、将来的に死ぬか生きるかの境目でもがく事すら出来ないであろうから。

そんな感じで昼からも同様の訓練を行いつつ、新人たちを翻弄していたリティであるが、日も傾きそろそろ今日の訓練も仕上げに入ろうかと言う所で、中庭に足を踏み入れて来た一団に気がついた。

その中の一人が彼女の記憶にある人物であった為に少々気になった程度ではあったが、若干予定を早めて訓練を終わらせる事に決めた。



「はいお疲れ様」


非常識な体力とスタミナで、新人達を翻弄し続けた支部長は、些かも疲れを見せない動きのまま、地面に這いつくばった彼らを軽々と持ち上げて一箇所に集め、ニッコリと笑みを浮かべてそう言い放った。

丸一日、彼らは知る由もないが各種アイテムの恩恵を受けたとはいえ、リティを長々と追い掛け回していた事に関してだけは、彼女もその根性を認めていた。

故に、彼女はこう言うのだ。


「ソレじゃ、明日も同じ時間に集合ね。あ、今日は疲れてるだろうからギルドの食堂でご飯食べたら適当に空いてる部屋で寝ていいからね。ああ、気力が持つならお風呂もあるから入っていいわよ。それと」


聞いているのかいないのかも確認せず、つらつらと語るリティは、一旦言葉を区切ると声を潜めて彼らに告げた。


「あんたら中々見込みあるわ。一日目の途中で逃げ出す奴も結構いるのに、脱落者なし。このまま最後まで頑張れれば、なんとか物になるでしょ」


それだけ言うと、「んじゃ、私はちょいと用事ができたから」と言って、再び疾風のように駆け出していったのであった。



重戦車もかくやという重量感を伴って迫りくる新人冒険者を指導していた全身甲冑の人物は、シア達が佇むグラウンドの隅っこにたどり着くや、凄まじい砂煙を巻きあげながら、地面に深い溝を築いて停止した。

手にした武器を地面に突き刺し、それに盾を立てかけて、その後背中の大荷物を「どっこらせ」と言いながら下ろしてようやくシア達に向き合い、被っていたヘルムを取りその素顔をあらわにした。

厳つい兜の中から覗かせた容貌は、その動きからは到底想像もつかない、柔らかな笑みを浮かべた、銀髪の普通人女性である。

見たところ三十代前半といった感じで――実際には不惑(四十)を超えている計算になるが――、怜悧に整った容姿はしかしその肩で切りそろえられた銀の髪のせいか、ふわりとした印象を受ける。とてもではないが先程まで激しい運動をしていたとは思えないほどに。

その女性はヘルムを脇に抱えると、四人に視線を順に投げかけてから、熊子へと声をかけた。


「久しぶりだねぇ、熊子。砂漠の方は終わったって聞いたけど?」

「一応はねー。なんかおかわりしてるみたいだけど、そっちはどうにかするみたい」

「おかわり?なんかややこしいことになってたりすんの?まあその辺は後で詳しく聞くとして…」


銀髪をサラリとなびかせながらそこで言葉を区切ると、その女性はシアの顔をまじまじと見つめた後、口角を釣り上げて笑った。


「長年放置されてこっちはいい歳になったってーのに自分はエルフとかこのこのこのこのなにこのお肌。つるつるジャンむかつく」


そして誰も反応できない素早さで、シアの頬を両手で摘み、ぷにぷにと弄び始めたのだ。


「はにゃしてーいたひーおほふはっはほはほめんははいー」

「いーや許さん、私が堪能するまで大人しくしてな!ふはははははは!」


涙目で訴えるシアに対して容赦なく頬を弄び、「ふー、いい汗かいた」と散々シゴキで動き回っていた時には一滴たりとも流していなかった汗を額に浮かべ、彼女はようやくその手を離したのだった。



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