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MMORPG?知ってますけどなにか?  作者: でーぶ
第二章 異世界漫遊記
57/83

第53話 心が折れたことありますか?無ければ幸いですけどね?

「んじゃ私らも事務所()に行くとしますか。あ、あなた達二人は悪いけどちょっと待っててくれるかな?」 

「ほいほい。ほれ、ねーちん行くよー」

「奥?仕事のジャマじゃないの?」


メリューが受付から姿を消したのを見計らってか、リティが新人二人には断りを入れシアと熊子に移動を促した。

それに続いた熊子がシアにも声をかけたが、頷きを返したハイジらとは違い、仕事場にお邪魔するのもどうかと思ったシアに首を傾げられてしまった。


「ああ、へーきへーき。気にしなくていいよ」

「ならいいけど…」


気楽そうに答えたリティに眉を曇らせながらもシアは了承し、彼女に続いた。ハイジとクリスの二人は「売店覗いてますね」と言ってその場を離れ、シア達三人と一匹は関係者以外立入禁止と注意書きのある奥の扉をくぐったのである。

シアとしては、前世において現在進行形で仕事に従事している所に横槍を入れられるのを好まなかった自分自身を顧みての発言だったのだが、他の者は全くその辺りを考慮に入れなかった模様である。まあリティにしてみれば数十年ぶりの再会なわけで、仕事なんぞ二の次三の次でむしろ放置推奨で無問題なのであったが。

ちなみにA児ら新規加入希望の転生者三名は周囲の生暖かい視線に包まれたまま、呆けた状態でカウンター前のベンチに腰を下ろし「ちちしりふともも…」とか「おっぱいおっぱい」だの「挟まれたい…」だのと妄言を口走っては気味悪がられて放置されていたのだった。


シア達が扉をくぐったそこは、硬度7位以上の幹部以外は正式なギルドメンバーでも業務に携わる者以外は出入りを禁じられている、いわゆる顧客やメンバーらの情報を管理するための部屋なのだが、部外者からは何かと穿った見方をされているようで、時折侵入を試みる不届き者が現れたりする。

その都度とっ捕まえては王都守備隊へと突き出すという、事情聴取等に時間が掛かかる上に金にならない事態が発生したりしている為、個人情報云々なんてのはこの世界じゃそう喧しくないのだから、もう開放してしまってもいいんじゃないだろうかという意見さえ出る始末である。

とはいえそれらの侵入者捕縛の件で守備隊の面々と懇意になり、今回のセイバーのように、人手不足の折には仕事を依頼してくるようになったと言う経緯はあるが、お役所仕事の延長の為、大した儲けにはならないのが寂しいところである。

なお、不思議な事に突き出された(・・・・・・)侵入者の中には、賞金がかかるようなレベルの前科者――特に盗賊ギルドの関係者――は一人も居なかったと言う。

そんなある意味物騒な場所へと通じる扉を、リティが解錠して押し開き、二人を招き入れてからゆっくりと扉を閉じた後、彼女はきっちりと施錠をした事を確認してから、更に奥へと足を向けた。


「じゃまするよー。メリュー、お客さんよん」

「ほい、竜ねーちん乙カレー」

「お邪魔しまーす」

「コン」

「ん、おつかれリティ――って熊子じゃん…って誰!?」


何やらファイルを棚から取り出していたメリューであったが、いきなり入って来たリティと熊子の挨拶に普通に返事をしかけた所で、相手が誰なのか気がつき手にしていた書類の束を最寄りの机に置き、向き直った。


「お疲れ、メリュー。ほれ、皆さんお待ちかねぇ!な人がやっと来たよ」

「あ、えっと、遅くなってごめんね」

「え」


困惑顔のメリューに、リティがニヤリと笑みを浮かべて背後に立つシアを紹介する。それを受けて若干照れくさいのかもじもじしつつ上目遣いに進み出るシアを見て、メリューの動きが止まった。


「あ?あれ?」


だがシアがメリューの状態に困惑した次の瞬間、彼女の姿が掻き消えた。


「うを!?っとぉ!」

「ひゃっはー!極上のぷちお狐様だーぶふっ?!」


瞬時に再起動を果たしたメリューは、目にも留まらぬ速さでシアの頭の上に乗っていたちび狐バージョンの玉藻の前(タマちゃん)に飛びつき抱き上げるや、そのまま「お持ち帰り―!」と叫びそうな勢いで事務所を飛び出そうとしたのである。

が、既の所で伸ばされたリティーの鎧に包まれた長い足に引っ掛けられ、扉に辿り着く前にその行動を阻止されたのだった。





ところ変わってモルダヴィア砂漠。

こちらでの対モケケピロピロ戦は、順調と言えば順調であった。

攻撃は効いていて、相手を削れているのは間違いないのだが、それを痛痒に感じているのかどうかが不明なのを順調と言って良いならば、であるが。

そんな中、赤い肩小隊の竜人カレアシンと猫種獣人ウイングリバー(黒子)ブラックRX(さん)の背後に隠形スキルで潜んでいた、ニヤニヤとした笑みを浮かべた細身の男。

ひょろりとした長身の普通人で、ひと目で何処かの軍属と分かる高価ではあるが現在ギルメンが身に着けている品に比べれば月とスッポンな装備しか身に着けていないにもかかわらず、知らなければそうとは分からないとはいえ並の魔獣ならば一撃で屠れる必殺のヨーヨーを受け止めたのだ。


「…どちら様でしょう」

「さて、どちら様だろうねぇ」


放ったヨーヨーを掴まれたままの黒子さんは、訝しげに相手を誰何した。しかし相手は掴みどころの無い態度と口調で軽くそれを受け流して口元を歪めただけである。

一見して怪しい。どうみても怪しい。


「胡散臭い事この上ないぞ、おい」

「あやしさ大爆発だーってか?」


眉間にシワを寄せて睨みつけるカレアシンの視線と言葉をくつくつと笑いながら返した言葉に、二人はぴくりと反応して押し黙った。

そんな二人に対し、一向に動きを見せず態度も変えず、手にした黒子のヨーヨーを弄ぶ男であったが、二人は互いにちらりと視線を交わすと、どちらからともなく男を指さし、異口同音に口を開いた。


「貴様、転生者だな!転生者に違いあるまい!」





「なにか言うことは?」

「むらむらしてやった。今は反省しているが謝罪も賠償もしない」


床に正座させられたメリューは、一連の流れにシアが呆気にとられている中、その行動を省みる事無く無駄でかい胸を無駄に張って更にリティーから拳骨をもらっていた。


「いたーい!せめて手甲外してからにしてよ―」

「うるさいわ!人がせっかく余人の入らないここで再会の余韻に浸ろうとしてたってのにグダグダにしてくれちゃって」


でかいタンコブを漫画のように頭頂部から生やしたメリューが、額に青筋を浮かべているリティーに涙目で訴えるが、更に怒りに油を注ぐばかりで中々に収まりがつかないようである。


「再会って…熊子と顔合わせるのがそんなに嬉しかったとか?」

「違うわ!全くぅ…ほれ、よく見てみなさい!」


ボケ倒すメリューに対し、しびれを切らしたのかリティーはシアの顔を背後から両手で挟み、彼女の眼の前につきだしたのだ。


「えっと…?」

「えへへへ…お久しぶり…って、あれ?わかんない?」


目の前に麗しいエルフの顔が迫るが、迫られる方も迫る方も、若干の困惑をその表情に浮かべるのみだった。


「おっかしいねぇ。セイバーもリティも即わかったよね?」

「なんだけどねぇ。はてさて」


これまで転生者であるギルドメンバーとは、名乗らずとも顔を合わせただけで誰であるのかがお互いにわかっていただけに、熊子ですらも首を傾げているのである。


「ふむん、『言葉』でなく『魂』で理解できたっ!って感じだったんよ?ウチらンときは」

「私だってそうさ。『本人確認するっ!』って思った時には、すでに行動は終わってたし」


はてさてと、にらめっこを続けているシアとメリューをよそに、ブツクサと考察している熊子とリティー。

訳がわからないよと言いたいのは、当のメリューであろう。仕事の最中に突然の来訪、見覚えのない人物を紹介されてちょっと暴走したからといってお仕置きに正座させられたまま、放置プレイなのであるから。

目の前には暴走の原因になった美味しそうな極上子狐を頭頂部に鎮座させたエルフが至近距離で固定されている為に、下手に正面も向けない。何故って再暴走する自覚があるから。

やり場のない憤りを抱え、メリューは自分を放ったらかしにして何やら思案しているリティと熊子に対して本人に聞こえないようにブツクサと文句を吐き出し始めた。


「て言うか、誰?私らが待ちわびてるってギルマス(シアちゃん)くらいじゃん」

「いやあの」


目の前で、視線を外したまま一人呟くメリューの言葉に、シアは『それは私だ』と言おうとするが、続く彼女の言葉に遮られる。


「リティだってシアちゃんが来たらとりあえずストレス発散(物理)の相手させるって言う位に待ちわびてたってたのにさ」

「まぢですか」


目の前に当の本人が居るというのに、それに気付かずつらつらと心の中を吐露してゆくメリューに思わず相槌を打つシアである。

それに気を良くしたのかタダの天然なのか、メリューは更に言葉を重ねた。


「マジマジ。まあ皆結構のほほんとしてるから?本気で怒ってるのなんていないと思うけどねー。ココに転生できた(来れた)のもシアちゃんのおかげな部分が大きい訳だし」

「いやあそれほどでも」

「まあ待つのが性に合わないからって長期遠征してくるっつって放浪してる奴もいるけどね」

「お待たせして相済みません」

「まあ出先で色々とゲットしてきてくれたりするから?呉羽とかも容認してるけどねぇ。シアちゃん来たら魔報(メール)よろしく!とか言ってたけど、今頃どこほっつき歩いてるのかね―。いや飛んでるか、グリフォン使ってるし」

「おおお、グリフォン!私グリフォンは持ってないわ―。なんでかああいう普通の使役獣いないのよね~」

「グリフォン使うのはあと何人か居たかな?割りと簡単にとっ捕まえてたと思うんだけど。そんなレアじゃないし」


普通、使役獣としてグリフォンを捕らえることは至難の業だ。

野生の魔獣を使役獣とするには、魔法による支配・個人的資質による魔獣との相性・魔獣に対して圧倒的な力の差を見せつけると言った方法があるわけだが、それぞれに高いハードルが有る。

魔法による支配はその魔法を扱える者が当然必要である。支配魔法自体は、この世界の住人でもそれなりに使い手が居る程度の魔法ではあるが、この魔法に因る支配は、魔法により当該魔獣の意識や魔力を抑えこみむために魔獣本来の能力を十全に発揮させる事が出来ない、高位の魔獣を支配するためにはそれに応じた高い魔力が必須、そして術者本人にしか使役できない、というあまり実用的ではない欠点を持つ事が知られている。純粋にこの世界の魔獣使いと呼ばれる者達にはその魔法を用いて支配する事は魔力的な関係から事実上不可能であるのも大きいだろう。それほどの高い魔力を持つのならば、魔法使いとして身を立てるのが普通だからだ。

次の個人的資質による魔獣との相性であるが、これも基本的に稀有な事例である。そもそも魔獣は人を捕食対象と見ていることが多い為に、懐かれるかどうかわからない野生魔獣に近づく事自体が自殺行為と言える。ゲーム時代ならば、死に戻りのペナルティを被るだけであったが、この世界に住む者達にとってはそうではない。魔獣に好かれて使役することなど、伝説や神話の物語の中にだけ存在するレベルと言っても過言ではないだろう。

そして圧倒的な力の差を見せつける、とういう方法であるが、こちらも普通ならばかなり困難である。魔獣は、特に野生の魔獣は、力こそが全てである。単体で行動する魔獣ならば、その能力は正しく一騎当千である。数多の魔獣が闊歩する魔境で生き残っている、それだけで凄まじい力を持つことが伺えるだろう。群れを成す魔獣もまた然りである。最も力の強いものがリーダーとなるのは、野生動物の群れにおいてはごく普通の事であるが、そこに人が紛れ込んで力を示すなどという無茶ぶりは常識的に考えて不可能と言えよう。どちらにしても、一軍を率いて討伐した後に、運が良ければ瀕死の生き残りを確保して調教するというのが関の山である。

そして、グリフォンは、単体で野生を生き抜く強力な空の魔獣である。知能の高い個体はもはや幻獣と称しても遜色がなく、伝承に依っては神々に使役されていた事さえも有ると記されている、偉大な魔獣なのだ。

それを、割と簡単とか、そんなにレアではない、などと言えるあたり、流石に転生者と言うところである。

シアと視線を合わせないまま、と言うかちゃんと受け答えしているくせに実は会話していると意識してないのではないか?と思わせるメリューとのお話が割りと弾んで居るところを、呆れとも苦笑いとも付かない笑みを浮かべた熊子らが横で見物しているのに二人が気づくまで続けられたのであった。




そのころ階下の食堂では。


「んで、あんたら何がどうしたっていうんだい?」


冒険者ギルドルーテティア支部のご意見番、クリスチーネが年若い見習い冒険者に声をかけていた。

あからさまに気落ちした様相を見せる彼らに彼女は優しげに声をかけたのだが、暫くの間は諦念とも自嘲ともつかない表情を浮かべるばかりであった。

呆然としている者、涙目になっている者、様々であったが、そのどれもが諦めたような眼の色をしているものが居なかったのだけは救いだろうか。

クリスチーネが声をかけて暫し、天井を仰いでいた最も体格の良い男性が、ゆっくりと身体を起こし、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出しては唇の乾きを舌で舐めて癒し、ようやく身体を彼女へと向けて視線を合わせた。


「あの、みっともねえ所を見せてすまねえ。えっと…」

「ああ、ここの古株連中にはマダム・クリスチーネで通ってるからね、気軽にマダムとでも呼びゃあいいさ。で、どうしたんだい?あんたらこないだ仮入団して新人訓練(ブートキャンプ)始めたばかりの子達だろう?」


まだ幼さの残る顔つきの、少年から青年へと移り変わろうとしている微妙な段階の彼が、気恥ずかしさを感じているのか居心地悪そうにクリスチーネを前に口ごもる。それを見てクリスチーネは話のきっかけ作りになるであろうと、自身への呼称と彼女の知る彼らの現状を口にした。


「お、おう。じゃねえや、はい、だな。そうなんだ…いやそうなんです、よ」

「おやおや、気を使わなくってもいいんだよ、こんなおばちゃん相手にさ」


一応は言葉遣いもそれなりにしろと躾け直されている最中なのか、辿々しい口調でクリスチーネに返事をしたが、くすりと笑みを浮かべた彼女は普段通りの口調で構わないと言って、仕切りなおすように彼らのテーブルにもう一つ椅子を持ってきて、するりと腰を下ろした。

その頃には他の面子も気力を取り戻したのかなんとか意識を前に向けることができるようにはなったのか、目に光が戻りつつあった。


「で、何があったんだい?」


そうして再び彼女がその言葉を口にすると、彼らはお互いに視線を交わし合い、何やら無言で会話を成立させたのかして最終的に皆からの視線を集めた先ほどの男が頷きを返して口を開いた。


「実はですね…」





指導員役の、ルーテティア支部長である女性に今日から始まる訓練の手始めとして、フル装備で行進を行うと言われたのは今朝のことであった。

二回目の鐘がなる頃に二階の受付前に来いと言われ、皆と共に訪れたのだが、何かを用意してこいとはこれっぽっちも告げられていなかった。

だいたいフル装備も何も、貧民街出身の自分たちには、防具どころか武器すらもまともなものは持っていない。

日常的に使うナイフを一丁、腰に下げているだけである。

想定外の装備を用意しろと言われたことに対して、彼らは目をパチクリさせただけでこれといって反応を見せなかった。

実のところ、それについて文句を言おうとする前に、受付に座っていた竜人女性が全員の(・・・)装備を詰め込んだ巨大な木箱を二つ、両肩に担いで持って来たことで、気勢を削がれたのであるが。


「細かいサイズ合わせは必要ない類の防具だから…っと、メリュー、靴もお願い」

「わかりました」


集まった少年たちの足元をちらりと見て、付け足すように言った支部長の言葉を受けて、巨大な木箱を下ろした竜人女性は再び上階に消え、しばらくするとその手に人数分のブーツを抱えて戻り、彼らに手渡した。

そうして言われるがままに手に足に、身体にと、次々に手渡される装備品を身に付けてゆく。

使い古した、と言っては語弊があるが、年季が入っているそれらはしかしながら十分に手入れをされ、彼ら彼女らの身体にピタリと馴染んだ。

着けながら彼らが感じた事は、おそらくこれら全てをまともに買い揃えようすれば、現状の彼らでは何年働こうが、一人分を用意する事すら難しいだろうと言う事であった。

メリューと呼ばれた人物が最後に持って来た、外見こそ硬革だが内側は柔らかな皮と布とがあしらわれたブーツを履き、編み上げの紐で締め上げると、自然に足にフィットする。

その上から膝上まで覆う脚絆(レギンス)を付けた状態で、ゆっくりと曲げ伸ばしを行なってみるが、全く邪魔にならないどころか普段よりも足が自在に動く気がする。

胸元と背中を覆う革の鎧を身につける前に、長い長い布で腹を何重にも締め付けられる。これが思いの外苦しく、女性陣などは半分涙目であったが、「切った貼ったしてる時に、ハラワタ飛び出させてもいーってんならやらなくていいよ?」と言われてしまえば断れるはずもない。

胸を覆う革鎧は、背中を覆う太い蛇腹のような革の板とのセットで、これまた太い革のベルトで身体を締め付けて装備する。

布を巻いた腹には、その上から更に分厚く幅広い革のベルトが巻かれ、ギチギチに締め上げられる。

そのベルトに取り付けられた金具に、訓練用だという刃を潰された長剣や短剣を佩いた。

柔らかな皮で出来た手袋を付け、その上から更にゴツい手甲を巻きつけた。

そして最後に、コレだけは全金属製の、頭部を守るヘルムを被らされた。


「うんうん、そうやってりゃ見た目だけは一端の冒険者だねぇ」


これで準備は整ったと思いきや、支部長は続けてこう言った。


「んじゃ、そこのザックを各自一つづつ背負いな。野営の必需品やら何やら詰めてあるからね。んじゃ、訓練場()で待ってな。私も準備していくからさ」


そう言って指差された先にあるのは、はち切れんばかりに膨らんだ布製の背嚢(キスリング)であった。

正直ここで心の中で何かが折れそうになったのは否めない。

装備品だけでもそれなりの重量があり、背負えと言われたのは、どう見てもそれに倍する重さであろう荷物であったからだ。


「これを背負って野山を駆けまわってこそ冒険者です」


受付に戻ったメリューがさらりと言ってのけたのを耳にすると、今更引き下がれない。

なにせ彼女は彼らが身に着けている装備と、その背嚢が入っていた木箱を一人でここまで運んできた本人であるからだ。


「やってやる」


そう意気込んで皆の目を見た彼に、同じように力が篭った視線が返された。


「行くぞ!」


その声と共に、背嚢を背負って階下へと降りていった新人達であった。

まあ背負う際に自力で持ちあげられなかったりしたものがいたが。

そして訓練場である中庭に出て支部長を待っていた彼らであったが、降りてきた支部長――フルフェイスヘルムのせいで顔は見えなかったが――は、彼ら新人達よりも遥かに重いであろう、総金属製の全身鎧と、奇妙な形状の長柄武器、そして彼らに倍する大きさの荷物を背負っていたのだ。


「さて、それじゃあ先ずは私についておいで」


そう言って彼女はガシャガシャと軽やかに歩き出したのである。



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