第50話 年の瀬が近づいてきましたよ?年末年始の準備はおk?
あー、超絶忙しかった…orz
犯罪者を押し込んだ馬車と、それを取り囲むように進む守備隊の騎士たちと共に、商隊の馬車と傭兵団、そしてシア達が、姿を見せ始めた王都へと街道を突き進んでいた。
「てなわけで、ちょうどあの時にシアがやってきたわけなんよ」
そんな中、熊子はハイジとクリスへ、セイバーとの関係やらをひっくるめて嘘八百を並び立てて、ギルドの設立からシアの延着までのタイムラグ等の解説を行っていたのであった。
「しかし、冒険者ギルドが本来、遠い遠い国から身一つでやって来た人たちの寄り合い所帯だったとはね。習慣やら何やらが違うのも頷けるさね」
「おまけに帰る国はもう無いとか…。大変だったんですねぇ。シア様は、壊滅した故国で生き残りが居ないかをずっとお探しになっていただなんて…」
それならばあのように暗殺に使い捨てされるような輩を拾って保護するのも理解できると納得もされ、何度も何度も「大変だったんですねぇ」と繰り返し、涙ぐみながら労いの言葉をかけてくるハイジとクリスに、いささか居心地が悪そうに頬を掻くしかないシアは、なに適当なこと言ってくれてるのさとジト目で熊子を睨むが、視線を向けられた当人は知らんぷりで更に続けた。
「地殻変動で国土が――あ、地殻変動ってのは地震の超スゴイ版だと思ってくれる?うん、海に沈み始めてさ――」
大海原に沈みゆく国から、命からがら逃げ出してきた者たちが、見知らぬ地で命を繋ぐために必死で生きてきたのだと、そしてシアはその消え行く国土から逃げ遅れた者達を拾い上げ続け、沈みゆく国に埋もれていた古代遺跡を蘇らせてこの地に赴いたのだと――前世において、暇にあかせてどこぞのサイトに駄文を奏上していた事もある熊子にとっては、行き当たりばったりで辻褄を合わせることなど造作も無いことであった。
が、この時のでまかせが、後に冒険者ギルド設立メンバーの背景として世に知れ渡ることになって頭を抱える事になるのは、もうしばらく後のことである。
「そんなわけで支部のあるゴール王国の王都であるルーテティアにやって来たのだ」
「誰かに説明してるんですか?」
鳥バーに跨った熊子が吐き出した妄言に真っ先に突っ込んだのはハイジであった。のだが。シアが職人スキルでベンチを即興で作ろうとしていたために出遅れた等というのはどうでもいい話である。
彼らの進む太い街道の先にそそり立ち、ゴマ粒のような大きさの多くの人々を飲み込んでゆく巨大な門に、それを初めて見るシアは感動を覚えていた。間違っても「すごく…大きいです…」などとは考えてもいない。
王都の東の正面玄関であるだけに、門は重厚な作りでかつ壮麗であるのももちろんだが、元の世界においてシアが目にした巨大建築物などは、せいぜいが文化財的なお城程度でしかなかったためと言うのも加味するべきだろう。
全体が漆喰のようなものでその石積みを塗り固められ純白の壁となっており、開口部分の周囲は色彩豊かなモザイクで彩られていた。
光沢を持つ陶片のような物で描かれた模様は、王国の紋章を頂点にして、国家を守護する聖獣が描かれているのだという。
「ちなみにあれは東門で、通称『太陽門』っつって新年の日の出が、あの入り口を通って街の中心部を真っ直ぐに照らすんよ」
熊子の指差す先にある門は、その大きさもさることながら、奥行きもかなりあるために、陽の光が入口を通って街の中心まで届くのは、その日一日だけなのだという。
「ほーほー、天文学はそれなりなわけね?そういや聞いてなかったけど、暦はどうなってんのかしら」
「一年が四〇〇日弱の大雑把な太陽暦、って感じ。大神祭の年――三柱の大神のお祭りがある年が、いわゆるうるう年なんだけど、それは五年に一回。あの門の上にある紋章に向こう側まで貫通してる穴があって、大神祭の年の初日の出は、入り口だけじゃなく、その穴を通った光が王都の中心にある尖塔を照らすんよ」
熊子にそう言われ再度見上げたシアの視線の先には、門の上部に飾られたこの王国の紋章があった。右が紅、左が青とで縦に二分割されて塗り分けられている盾に、黄色いラインが横に引かれ、そこに獅子の横顔が描かれている。盾の下には草原を図案化した台座が敷かれ、そこには盾の左右に沿うように立つ天使が厳かな雰囲気を醸し出して立ち、それらが戴くように盾の上にはきらびやかな宝石が散りばめられたと思しき王冠が鎮座し、これぞ紋章とも言うべき紋章が描かれていた。そしてその王冠の頂点には、確かに小さな穴が確認できた。
「大神祭の年には、あの穴に、王族の男子が代々伝わる宝玉をはめ込むんよ」
「ふーん」
宝石の色に染まった太陽の光が、王都の中心である王家の住まう尖塔を照らし、大神祭の幕開けを告げるのだという。それは中々に美しい光景なのだろう。五年に一度という事ならば、機会があればぜひ見たいものだとシアは考えたがまあそれはそれ。それが何時なのかはまた聞けば良いと色々と補足してくれている周りの言葉をスルーしていたりする。
「ふむ、で、あの紋章は日本で言うところの菊花紋章みたいなものね?」
「え、うん、そう。だいたいあってる」
日本人的感想でさらっと流したシアに、色々と話そうとしていた出鼻をくじかれた熊子は苦笑交じりにそう応えた。
そんな話をしながら、彼ら一行は街道をその巨大な入り口へと更に歩みを進めたが、王都に入場するための検問が行われているようで、大型馬車が何台も並んで入れるような入り口の横、少々小ぶりな勝手口のような開口部の辺りを先頭に、人や馬車、様々な使役獣であろうか、魔獣らも主に従えられてズラリと並んでいるのが見受けられ、その手前には街道に出来たコブのような馬車溜まりが形成されていて、コレ以上の前進は中々に厳しい状況であった。
「うわあ、大渋滞」
「一応中に入るのに検問があるからさ。身分証の掲示が必要です、的なね。まあ王都在住の者は全員が身分証を持ってるから、基本大門を身分証を提示するだけでOKなんだけど。よそから来る人は通行手形みたいなのを領主やら代官、地元の教会ってのもあるかな、まあそんな所に発行してもらったりしてさ、商売人ならその商売に関わるギルドとかが保証する形で身分証を発行してもらうわけよ」
眉間にシワを寄せて街道の人ごみを見つめるシアに、セイバーが説明を入れた。
他にも、王都在住の者でも、外から何かを大量に持ち込む場合には検査されるし、怪しい行動をとっていたりすると門番がチェックを入れるので素通りできるわけではない事、余所者の場合は持ち物のチェックは当然のことながら、王都内での滞在場所も明確にしておかなければならない等々の決まり事も聞かされたのである。
「ああ、ウチんとこの場合だとコレかぁ…。って、しかしアレじゃ何時間待ちかしら」
シアは自分の腕に取り付けたギルドカードに視線を落とし、セイバーの言葉に眉をひそめた。
そろそろ日も傾き、空の色も茜色が増して来ている。この分では最後尾にこれから並ぶ自分たちが入場できるのはとっぷりと日が暮れた頃どころか日が変わってしまう可能性もある。それどころか、もし門限などがあったりしたら、途中でも門が閉じられ夜をこの場で過ごさねばいけなかったりして、最悪日を跨いで翌朝になるのだろうか、などと考えていると「なに言ってんのさシア、アタシらは並ぶ必要なんて無いよ!」と、セイバーから声がかかった。
待ち時間を考えて肩を落として溜め息を吐いていたシアは、その言葉の意味がわからず首を傾げていたが、ああそう言えばと増えた道連れを思い出してポンと手を叩いていた。
「よっ、と。何変な顔してんのさ。今の私がどういう立場なのか忘れてた?あと、この子はちょっと還しておいたほうがいいかもだねぇ」
フローズヴィトニルから飛び降りたセイバーは、乗せてくれたことに感謝の意を表すかのように、その巨体の毛並みを撫で付けつつ、そうシアに告げる。
「ふむん?この子還さないと駄目なの?あと、べ、別に守備隊だって言うのを忘れてたわけじゃないんだからねっ!」
「いや、別にそういうのはいいから。って言うかさ、さすがにこのサイズは街中じゃ厳しいわけよ。ああ、ギルド支部の裏庭でなら、それなりのスペースがあるから、呼び直すならそこでやりゃいいさ」
大型馬車のサイズよりも更に大きく、現代日本的な比較対象をあげるとするならば、セミ・トレーラーに四肢をつけた状態をイメージしてもらえばいいかもしれない。
フローズヴィトニルの腹の中に収まっている連中の事は、セイバーには既に話を通してあるために、然程問題はない。ただ単に、腹から出すと、馬車や騎馬の速度に生身で追いすがってもらう事になるし入場に要らぬ手間が増えるために、そのままここまで来たのである。それにシアとしては、ろくに知らない彼ら三人を九尾の狐や銀狼の背に同乗させるのは気が引けたのだ。
セイバーの言葉に、シアはハイジらに視線を向けてその言葉の真偽を問うた。皆が一様に頷くのを見て、市街地の生活道路に大型トラックが入り込むようなものと考えればそりゃそうかと納得し、白銀の巨狼の召喚を解除した。
淡く輝いて光の粒と化し、あとに残るのは薄汚れた一本のひも。
「召喚アイテムか…。実際こうして見るとアレだねぇ」
「うにゅ、何度見てもなんでこれでアレが召喚されるのが不思議。ファンタジーではよくあることだけど」
シアの手にする紐をしげしげと見つめながら、セイバーと熊子の二人は感慨深げに頷き合っていた。そんな三人を、どちらかと言うと一般人代表なハイジとクリスは、生暖かい目で見つめながら、同時に溜息を吐いてボソリと呟いた。
「邪魔な時は仕舞っておけるっていいですよね…。ヒポグリフも召喚獣に出来るのかしら」
「人ごみだと流石に少々気が引けるしねぇ…。出来たらいいよねぇ…」
そんな羨望の眼差しに気づいているのかいないのか、シアは気になったことを逐一尋ねていた。
「っていうか、召喚獣は普通に居るのね」
「ああ、居ることは居るよ。今のアイツみたいな奴はそうそう見ないけどね。召喚時に必要な魔力量がバカにならないし、召喚獣の現界時間も召喚者の魔力量によるからね、普通はせいぜい大きくても馬やら牛サイズだね。それも戦闘時の短時間。常時現界させてる物好きもいるけど、そういうのは小型だね。とは言っても、地脈を利用した七面倒な魔法陣を使う召喚ってのもあるから一概にはね。各国でも王都くらいになると、守護獣としてそういう召喚陣を設置してある所もあるしな」
そーなんだー、と頷きながら腰のポーチに紐を仕舞い、自身が跨る九尾の狐も還そうかどうしようかと降りたところ、『コン』とひと鳴きしてくるりと宙返りし、人型へと変化した。
「…なん…だと?」
唖然とするセイバーをよそに、幼女バージョンに成った玉藻の前は、とてとてとシアの足元へと駆け寄ると、ひしっとばかりにその裾を掴み、上目遣いに何やら訴えるように見つめ始めたのだ。
「あー、はいはい。たまちゃんは還らなくていいからね、よしよし」
「…な、なん、なんなのその子《狐》、人に化けれるの?!」
九尾の狐が幼女へと変化出来る事を知らなかったセイバーは、目を丸くしてその光景を見ていたが、立ち直るやたまちゃんのそばにしゃがみこんで、片手を差し出しこう言った。
「シアの友達で、セイバーっつーんだ。えーっと…」
「…たまも」
「玉藻ちゃんか、そっか。よろしくなって、お喋りも出来るとか…なんというチート召喚獣…」
差し出された女性にしては大きめの、ゴツゴツした手に、たまちゃんはおずおずと手を伸ばし、その小さな手のひらで軽く握った。
掌のサイズ差がありすぎて、セイバーの指二本分しか握れなかったが。
「シアっ!」
「な、なにかな?」
目を閉じてたまちゃんとの握手?に身を捩らせるセイバーが、急にシアの名を呼び玉藻を抱え上げて抱きしめながら声を張り上げた。
「この子ちょうだい!」
「却下だ馬鹿野郎」
そんなグダグダな二人と一匹をよそに、その傍らでは。
「いや、だからなんで還らないかな。そりゃウチ的には微々たるもんだけど、常人だと喚びっぱなしは魔力の総量的にヤバイわけよ、わかる?そのへん常識っつーもんに照らしあわせて動かんと、後々面倒を呼んじゃったりなんかしちゃっったりするわけよ」
「ほろっほーほろっほー」
送還拒否をする召喚獣がもう一匹居たりしたのだった。