第49話 さっさと戦闘開始しないとね?でも終わらせ方考えて始めないとね?
「…焼け石に水というか、糠に釘と言うか」
目を閉じた呉羽は、眉間にシワを寄せながらため息とともに心情を吐露していた。
盛大な効果を期待していたわけではないが、それなりに足止めでも出来ればと思っていたのであるが…。
「さすがにあの大きさですから、実効を期待するには相当量の絨毯爆撃が必要ですね『デルタ1より光画部小隊、まだ早いです。スレッガーさん的なのは踊る鈴小隊に任せなさい』失礼、バカが飛び出してましたので」
同じくまぶたを閉じて呉羽同様に眉間にシワを寄せているのはヘスペリスである。
こちらは呉羽と会話する傍ら、地上に降りた部隊とも連絡を取り合っているために、時折会話が混ざる時があるが。
現在、呉羽とヘスペリスは、視線を飛ばして砲撃の観測を行なっていた。
天の磐船からの攻撃は、それなりに効果があったようにも見えたが、その実、若干体積を減らしただけに留まったようなのである。
放たれた砲弾は、ギルド対ギルド戦専用の焼夷弾といった扱いの兵装で、世界観にそぐわないテルミット弾という名称であったために、過去の文献のみにその名を残す、ギリシアの火と仮称されていつしかそれが定着してしまったという云われがある。
実際のギリシアの火がどのような物であったのかは想像に任せるしか無いが、おおよそその記述に沿う程度には効果を発揮しているように見えた。
その体液のほとんどが水分で構成されているスライムの体中を、構成された物質のみにより化学反応を起こし、超高温を発する還元を続けながら沈んでいく。
酸素の供給を必要としないために、濡れようが密閉されようがお構いなしに、真っ白…かどうかは知らないが、まさしく燃え尽きるまでその炎はとどまるところを知らず周囲を業火に晒すのだ。
「盛大に蒸気だけは吹き出してるけど、まあ予想していた通りだわね」
「はい、巨大故に鈍感、この分では碌に外界に対する感覚が無いと考えられますね」
果てすら見えない巨体の一部を焼いた…と言うよりもその高熱で蒸発させたのだが、相手は自らの身体が焼かれている事に対して何ら反応を見せず、移動速度に変化は訪れなかったのである。
この様子ではここに至るまでの道程、砂漠の熱に焼かれようが砂漠の夜に凍えようが、意に介さずに突き進み、手当たり次第、それこそ移動する先にある、消化できる出来ないを問わずに全てをとりあえず取り込み続けてきたという、はた迷惑な存在なのだろう。
そんな状況を想像し、呉羽は短い溜息を吐いて誰に言うとも無く口を開いた。
「押し寄せてきてた魔獣たちが少し哀れに感じてきたわ」
「…どちらにせよ人を害するものですから同意できませんが、言いたいことは概ね理解はできます」
返事を期待されての言葉では無いだろうと認識しながらも、自分の思いを乗せて言葉を返して二人は【遠見】のスキルを解除した。
そして当初の予定通りに天の磐船の高度を上げ、その位置を若干後退させる。
高度を上げるに従い、艦橋の窓からはその巨大な粘体の全容が一望できる様になるが、それを目にした二人は一様に肩を落として深い溜息をついた。
「…ざっと、見透せる範囲は全て敵、ね」
「現在高度がおおよそ五十チェインですから、地球と同程度の直径と仮定して大体五十レウガ強ほど先まで一面スライムの海です…」
正確な大きさは計測する暇さえあれば把握できたであろうが、現状その手間と時間が惜しい。
自分たちが抜かれれば、背後には彼ら的には余り頼りになりそうもない守護の砦『クラーク・ド・シュバリエ城』、通称八十八番砦とその駐屯部隊が居るだけ。
そこまでたどり着いてしまえば、あとはさほど時間もかからず人家のある地域へと辿り着いてしまうことだろう。
流石にそれは阻止したいところである。
「しかし、流石にあのサイズだと、核を探すのも一苦労どころの話じゃないわよね」
「そもそも核がひとつだとも思えませんし…」
スライム系の殲滅手段としては、その細胞核の破壊というのが最も確実なものの筆頭にあげられる。
物理攻撃が基本無効なスライムであるが、細胞核に限ってはその限りではない。
が、小型の物ならばいざしらず、大型の物になればその核に物理ダメージを届かせる事がそもそも困難であり、故に、ゲーム時代において中級者の獲物とされ、近接戦闘しか攻撃手段を持たない初心者には禁忌とされていたのである。
このサイズになればその核を狙う事はおろか、その位置をつかむ事が至難の業と言えよう。
「でもまあ、なんとかなるでしょ」
「まあ最悪の結果でも、なんとかの内ですから?」
気楽そうな口調で言う呉羽の言葉を受けて、ヘスペリスも同様に少々苦笑気味に返す。
「そういう意味じゃなくって」
「わかってます。シアがさほど気にしてないということは、そういう事なんでしょうから」
お互いに反目しあっている時はあれど、時と場所は心得ているとばかりに頷き合う。
特にこれといった根拠がなくとも、シアがそう思うのならば、それはその程度の事なのだと。
シアのギルマスたる所以の一端であると言えよう。
「取り敢えず、目の前の厄介事を始末しちゃいましょう。天の磐船、予定高度に到達。現在高度と目標との相対位置を維持…っと。空中停止って神技なのよね」
「シアは普通にやってましたが」
「え、あ、うん。知ってる。って言うか、デルタ繋がりっていうか……」
「ふむ?よくわかりませんが、それはさておき。『デルタ1より通達。先の砲撃により目標の構成物質の蒸発を確認、されど目標は一顧だにせず。繰り返す……』」
はるか上空から下界を見下ろしながら、二人は自分の仕事に専念することにした。
小ネタを理解してくれなかった寂しさに、呉羽が少々寂しげにしていたりもしたが。
「だとよ。まああの程度でどうこうなるとは期待はしちゃいなかったが」
「んー、やっぱねー。あれだけ大きいとね~」
「まー、効いてないわけじゃないみたいだけどー。やっぱ大きさが大きさだけに〜」
カレアシンらと共にスライムを眺める女性ハイエルフの双子、メアリーとスーが、その美しい面差しとは若干ずれた口調でにこやかに笑みを浮かべながら天の磐船からの攻撃観測の報告に対して率直な感想を口にしていた。
この二人は、元の世界においても双子の姉妹だったそうで、その双子ゆえの連携は誰もが一目を置くレベルであった。
会話は当然のことながら、その行動も、そして戦闘においてもそれは発揮されていた。二人一組ならば1+1が2ではなく200だと、コジマ換算だと10倍だぞwwと言って憚らなかったりする。
『デルタ1より各部隊、天の磐船は予定通り高度を取り後退。状況開始』
風の精霊による伝声魔法により告げられた言葉に、カレアシンの率いる赤い肩小隊も動き始める。見える範囲には居ないが、それぞれのギルドメンバーも一様に気合を入れなおして態勢を整え、順次予定された行動を取り始めていることであろう。
「さて、俺らもやるか」
部隊の面々に目配せし、一歩進み出るカレアシン。
黒子らは彼がやろうとしている事を察し、見守るつもりのようである。
カレアシンは真正面の敵を見つめながら、胸の前で握りこぶしを交差させ、そのまま大きく腕を広げて、叫びを上げた。
「風よ!」
彼の声とともに、周囲に強風が吹き荒れはじめる。
そしてその風を身体に纏い、両手の人差し指だけを伸ばしたまま右掌で左手の甲を覆い眼前で印を結ぶ。
「光よ!」
そう叫ぶと共に、彼が背負っている太刀の鍔と鞘を繋ぐ鎖が弾け飛ぶ。
肩越しに右腕を回し、素早くその手に柄を握るや、体の正面に垂直に立て、開いた左手をその峰に沿わせて、こう叫んだ。
『ひでえや旦那、いきなり拵えをひっぺがしてこんな形りにしちまうなんざ、おれっちもう恥ずかしくって恥ずかしくって…ありゃ?』
叫んだのは抜かれた太刀だった。
いや、例のあの魔法剣だった。
「…貴様、いいところなのに。まあいい、【種族スキル】発動っ!」
☆
一方その頃ゴール王国の王都周辺のとある荒野では、幼い子供のようなホビット女性を掴んで振り回している虎種の獣人女性のすぐそばで、小さな狐を頭に乗せたエルフの女性が小首を傾げて何やら思案しているという、いささか不思議な光景がそこにあった。
「あんた、もしかして…」
ゲーム時代ならばひよこが頭上を輪になって踊っているエフェクトが発生しているであろう熊子を、シアを見つめたまま未だに前後に振りまくっていたセイバーであったが、ようやく復帰したのか絞りだすように声を発し、それと同時に握りしめていた熊子の身体を放り投げるように手放した。
綺麗な放物線を描いて天幕の屋根にぽふんと背中から着地したのは運なのか、セイバーの無意識によるものなのかは不明だが、取り敢えず熊子が無傷であることだけは拾いに行ったハイジにより確認されていた。
そんな事は些事とばかりに、シアへと向き直ったセイバーは、大きく見開いた瞳を潤ませて何かに逡巡しているようにぷるぷると震えていたりする。
「えっと、もしかして、セイバー?名前変えてたらアレだけど…」
自分を見つめる獣人女性の素性を、シアは「なんとなく」「そうなんじゃないかな?」的な感触と言うか印象により、言葉ではなく魂で理解していた。
転生者は引かれ合うとの言葉通りである。
「…シア?」
セイバーの震える声に、シアはゆっくりと頷きを返す。
それを認めたセイバーは、たっぷりと溜まった目から出る塩水で頬を濡らしながら、後方に軽く跳んだ。
え、ここで熱い友情のバロムクロス的に抱き合ったり固く手を握り合ったりするんじゃないのかと少々バランスを崩したシアであったが、目の前の相手はどうもそんな生易しい雰囲気では無さそうである。
「シア…待ったよ、長いことね」
「あ…うん、ごめん」
若干俯いたセイバーの表情はシアからは覗きこみでもしない限り見えないため、そこから彼女の感情を窺い知る事はできなかったが、醸し出す雰囲気から察する事が出来る者ならば、およそ近づきたくはない代物であった。
「あんたが来たら、どう出迎えてやろうか、なんてな。そんな事をずっと考えてた。何年も、何年もね」
「セイバー…」
二人の間に、不可視の圧力が吹き溜まり、周囲にも影響をおよぼす程に高まってきているのを、ハイジやクリスさえも感じ取ることが出来ていた。
「シア」
ポツリと呟くように吐き出された言葉がシアの耳に届く。
それが宙に拡散してしまうのとほぼ同時に、セイバーが動いた。
最速の槍すらも霞みそうな踏み込みの速度で、獣人の抜き手がシアへと突き進んだのである。
「シア様ッ!?」
「セイバー殿?!」
ハイジらが止める間もない素早い動きで放たれたセイバーの鋭い虎爪は、狙い違わずシアの胸を貫くかに見えたが、彼女の曲げた左腕に挟まれる形で受け止められていた。
「…セイバー、踏み込みが甘いわよ」
「ははっ、コレを止めるかい」
ゆっくりと腕を引いたセイバーは、凄絶な笑みを浮かべシアとの間合いをとった。
「気の抜けたままのあんたをぶちのめすのは気が引けるからね、初撃は小手調べみたいなもんさ。南虎聖拳を極めた私に、無防備な奴を殺させたりはしないわよね?」
セイバーのその言葉に、シアは返事を返さず、服についた埃を払うように何度か腿を叩くと、軽いフットワークで身体を上下させ始めた。そしてピタリと動作を止め、両手を胸の前で半ば交差させるような構えをとると、こう言い放った。
「セイバー…奥義を尽くさなければこの私は倒せないわよ」
「そ、その構えは…北辰神拳の秘伝、聖極輪!」
向かい合った二人は背後にゴゴゴゴゴ書き文字が浮かび上がりそうなオーラを発して互いに構えを取り始めた。
「南虎虎破龍」
「北辰龍撃虎」
周囲の反応を放置して、なんか始まってしまうところであったが。
「ええかげんにしなさい」
一触即発に見えた二人の状況を、いつの間にか復活していた熊子が、同時に二人の背後に現れて鋭いツッコミを入れていた。
◇
「ほら、ウチラの仲間内でしかわからない事柄で本人確認ってスンポーよ?」
「うんうん、シチュ的に、ちょうどいい感じだったし?」
セイバーとシアは、熊子に正座させられて、叩かれた後頭部をさすりながら、一連の行動に対しての言い訳を始めていた。
どちらの言い分も言い訳になっていない物であったが。
「…なんで疑問形?って言うか、お互い即わかってた癖に」
わざわざピヨリからの復帰直後にスキル【分身の術】を発動してまで突っ込んだ熊子である。
実際のところ、放置していても良かったかもしれないが、熊子の知るセイバーとシアのじゃれ合いは、周囲にとてつもない被害が及びそうであったために、頑張って止めたのである。
「あのー、それで実際のところ、何がどうなってるんでしょうか」
そーっと挙手して訳がわからないなりに状況を尋ねるのはハイジである。
そりゃいきなり先輩であろうところのセイバーと、ギルドマスターであるところのシアとが武力衝突を起こしそうになっていたのであるから心配この上ないであろう。
ゴール王国の王都、ルーテティアへと向かう街道を、王国とその王都守備隊の旗を掲げた一団が、整然と列を成していた。
先頭を行くのは王国守備隊の騎士たちで、その後方に豪奢な馬車が二台続き、以降は大型の荷馬車や通常の箱馬車と比べるとやけに無骨な、窓すら無い馬車が並んでいたり、いささか統一性のない装備に身を包んだ傭兵たちが騎乗している姿もあった。
守備隊の騎士らに守られるように進む先頭の豪華な二台の馬車は、一方はプランタン商会に籍を置く商人、ジュラール・ブッフが乗る物であるが、もう一方はつい先日まではブッフの馬車に同乗していた少年と、その護衛役の女性が乗り込んでいる。
整地はされているが、舗装まではされていない街道をがたごとと進む。速度はゆったりとした並足と言ったところで、馬車を護衛する騎士や傭兵らも、周囲への警戒を担当する者以外は然程緊張で張り詰めている様子もなく、時折雑談が交じる程度の平穏さである。
そんな様子を後方から眺めるようにして追従している五騎の使役獣と、それらに騎乗している五人の女性の姿があった。
「ああ、至福…」
「セイバー、仕事はちゃんとしなさいよ?」
白銀の巨狼の背に跨り…いや、うつ伏せになって密着状態と言った方が正確だろう、些か人前に出すのは気がひけるほどのだらし無さ全開の守備隊副長代理殿の現在の姿である。
臨時とはいえ公的機関に雇われているのだから、もう少し真面目にしなければいけないのではないかという、現代日本的な意識が抜けないシアの一言であるのだが、セイバーとしてはそんなことはお構いなしであった。
この虎娘、シアとタメを張るほどのモフリストなのであった…。
いかつい感じの娘さんが実はぬいぐるみ大好きとかギャップ萌えするよね。
それはともかく。
セイバーは、フローズヴィトニルを一目見て、モフりたくてモフリたくて仕方がなかったのである。
まあ、内密にモフらせて貰えなかった場合は、ガチバトルもする気は満々であったが。
「いーんだよ、用があるときは呼ばれっから、そん時だけきっちり働きゃさ。大体、街の見回りだけでいーからってんで引き受けたってのに、それだけで終わったためしがないんだよ、ここんとこ毎日さ。たまにゃこう羽根を伸ばすのも良いと思わねえ?」
「思わない。請け負った仕事は完膚なきまでにきっちり仕上げるのが基本だったし」
つい先日までのOL時代の事を思い返してけんもほろろにそう口にするシアに、セイバーは肩を竦めて苦笑しムクリと起き上がった。
「相変わらず、って感じだね。まああんたらしいっちゃあんたらしいわ」
「うん、まぁねーちんらしいと言えばらしいわな」
セイバーのみならず、熊子からも同様に肯定されるが、本人としてはそんなもんなのかしら?といった感じである。
「っと、ねーちんねーちん」
「なにさ」
そんな折、熊子が前方を指差して口角を上げつつ自分の名を呼んだ。
またぞろなにか面倒な事でも?と視線を向けると、なだらかな丘陵の向こう側に、幾つかの高い尖塔を中心とした都市が目に入った。
「大きい…」
かなり距離があるにもかかわらず、その全貌が把握できないとなれば、その大きさも想像できるだろうか。
徐々に近づくにつれ、細部がありありと見えてくる。その都市としての巨大さもさることながら、前世日本ではありえない、外周を囲う巨大な壁と、そのさらに外側に広がる、片手間に築かれたようなバラック小屋の集合するスラム街と、そこに住む人々の姿も、余すところなく。
「…光と影、か」
「ん?何?すり減って読めなかったりするアレ?」
「指輪に刻まれてる文章はどーでもいいけど。ちょっと気になっただけ」
つい口から出た言葉に反応した熊子に首を振り、シアは目の前に鎮座する巨大な門の向こう側へと思いを馳せた。
どのような町並みが自分を待ち受けているのだろうか、ギルド支部には他にギルメンの誰が姿を見せるのか、と。
先ほどのように、楽しい出会いになるのかね、と。