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MMORPG?知ってますけどなにか?  作者: でーぶ
第二章 異世界漫遊記
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第47話 中間決算って大変ですよね?皆さんのところはどうですか?

「さて、そんなわけで貴方達はウチで引き取る事になってるんだけど…」

全身を硬直させて直立する三人に、シアはちょっと困惑気味に眉根を寄せて言葉を切った。

そしてひとしきり視線を彷徨わせてしばし、溜息を吐いて脱力をするや懐からなにやら薄汚れた紐を取り出すと、高く放り上げてその名を呼んだ。


「【戒めの紐(グレイプニル)は今断ち切られた】。おいで、“フローズヴィトニル”」


紐が捩れ、伸び、環を成して、そこから生まれ出る闇の光、凍える太陽。

白銀の閃光たる魔獣、巨狼“神喰い”フローズヴィトニルが、ゆっくりと姿を現したのである。

硬質の輝きを見せる体毛は、しかしそよ吹く風に靡くほどに柔らかに揺れ、その力強さで漲る全身を覆っていた。

金色の瞳からは、冷たい炎のような何かが立ち上り、真紅の口腔から覗く鋭くも太い牙は、その白さ故に血に塗れた際の対比がありありと思い浮かぶ。

そのアギトにかかれば、神でさえも死に至るという、神喰いの神喰いたる所以か。

その堂々とした体躯は、クリスの駆るジェヴォーダンの獣に倍するほどで、並みの腕前しか持たない者が敵として相まみえれば、己の不幸を呪う事請け合いであろう。

しかしながら今、姿を現したそれを見ていた者達にとっては、頼もしい味方であるという事実と、その恐るべきものである筈の魔獣が、些か似合わぬ振る舞いをしている事に若干の戸惑いを覚えていた。

ずしりずしりと歩を進める銀の王狼は、シアの目の前で立ち止まると頭を垂れ、鼻先を押し付けるかのように擦り寄り、その巨体に似合わぬ可愛らしい鳴き声を上げて、彼女に懐きだしたのである。

しかも、盛大に尻尾をばたばたと振って。


「こないだは呼び出すだけ呼び出してお仕事させただけで帰らせちゃったからねー、ごめんねー」


シアなど一飲みに出来そうな巨大な狼が、まるで子犬のようにくんくんと鳴く姿は、およそ深く冒険者ギルドに関わっているものにしか理解不能であったであろう。


「…なるほど、これが」

幻獣殺しミフィカルビーストキラー…シア様のシア様たる所以…」


聞き及んではいたものの、目の当たりにする機会が無かったクリスに、ハイジが自分が初めて見たときと同じような思いをしているだろう同僚に、感慨深げに頷いて見せた。

そんな周囲の声を尻目に、シアはというと「いやー、あの頃(ゲーム時代)もよく懐いてくれてたけど、こうやって実際にモフれると感慨深いわー」と悦に入っていた。


「んで、ねーちん?何でまたそいつ呼んだかな?」


呆れも何もしていない唯一の傍観者であったベア子が、シアの行動に説明を求めて口を開いた。


「ん?あー、忘れてた。えっとねぇ…」


抱え込んでいた銀狼の鼻先を離しながら、シアは一言こう呟いた。


「ヴィト、喰らいなさい」

「なっ!?」


シアの言葉に従い銀狼はその四肢をゆっくりと動かし、ゆうるりと視線をめぐらせると、その巨体の足元から白い影のような物が、パキパキと音を立てながら地面に広がっていった。

それはすぐそばで硬直していた新人三人の足元まで伸びるや、いきなり白銀の頤が炎のように立ち上ったかと思うと彼ら三人をそれぞれに咥えこみ、その口腔に収めると霧散するように消え去ってしまった。

その突然の蛮行に、周囲の皆は驚きを隠せずに絶句した。

片手を伸ばそうとした状態で固まっていたクリスは目を見開いたまま唖然としており、ハイジは何が起こったのか理解できないといった体で目をぱちくりとさせている。

一人、熊子だけは「ほーん、ふーん、へーん」などと口にしつつ顎をさすり成り行きを見守っていた。


「さって、これで一安心。引っ立てられてる奴らに指差されて「おまわりさんアイツらもです」とか言われた日には目も当てらんないしね」


自分は指一本動かしていないというのに、かいてもいない汗を拭うかのように額をこするシアに、クリスとハイジは「今の行為について説明を」とギリギリとぎこちない仕草で首を回して視線を向け、言葉なく訴えていた。

これまでの彼女の行動と今の行為との齟齬がありすぎて、二人は目の前のシアが本人かどうかすら疑わしく思えてしまっていたのである。

こんな出鱈目な召喚獣を呼んでる時点で本人だろうという事は、すっかり頭の中から抜け落ちていた。


「ねーちん、時間が無かったのはわかるけど。説明はしてやらんと、泣くよ?この娘ら」


苦笑いしつつシアに助言する熊子だったが、助け舟を出された二人はそれによりさらに混迷を極めていた。


「熊子殿?なにか知ってらしたんなら見てないで何とか言ってください」

「そうですよ、目の前で無抵抗の者が三人もですよ?」


固まっていた反動か、激高する二人に熊子は耳の穴を小指でほじりながら眉間にシワを寄せて、言った。


「ねーちんの先の行動なんてそうそう読めねーってばよ。ちゅーかね?飼ってる魔獣のご飯に人間とか、そんな事するように見えないでしょ?別に一見いい人、実は極悪人とかないから。見たまんまだから」


言われてそれは確かにそうかも知れないがと納得はする二人だったが、納得できたからといってその行動が理解できるとは限らない。

自然と再びシアへとその矛先が向けられるのだが、当の本人はそのあたりは見てればわかるとばかりにちゃいちゃいと手を振り伏せさせたフローズヴィトニルの背に跨り、ずっと現界しっぱなしの九尾の狐(玉藻の前)省魔力ver.(プチ狐サイズ))を自身の頭の上に乗せて、モフり尽くを始めようとしていた。


そんな様子をため息をつきながら見つめていた二人は、「この人に付いて行って大丈夫なんだろうか」と今更ながらに心に盛大な脂汗を流し始めていた。

熊子は「まあまあもちつけおまいら」と二人を宥めながら、腰につけた魔法の袋から取り出したテーブルセットに招き、更に取り出したグリーンがかった瓶に詰められた漆黒の液体をそのテーブルの上にコトリと置いた。


「まあこれでも飲んで、しばらく待ってなって。…ていうかさ、じきに『まあシアのやることだから』って流せるようになるからさ」


いやその達観したのはどうかと、と突っ込むハイジに、熊子はとりあえず自身が手にしている分の瓶詰めの蓋を、親指で弾いて開封した。

プシュウと噴き出る泡に口を出迎えさせて啜る熊子に、二人は訝しげな視線を送り、手元に置かれた同じ瓶へと視線を戻し、これを飲めと?と無言で指さした。


「あー、ただの炭酸飲料だから。色はそんなんだけど、悪いもんは入ってないから」


て言うか、この刺激に馴染んだら、それこそ無いと寂しいレベルどころじゃなくなるけどね、と口角を持ち上げて笑った。

そのように言われて普通ならば素直に手を出せるわけもないが、まるで躊躇せずに飲む熊子に、クリスとハイジの二人はほぼ同時に手を伸ばし、その硬い蓋を熊子と同様に開けようとして、諦めた。


「硬い」

「熊子殿、よく素手で開けられますね」

「コツよコツ」


実際にはただの力技なのだが、栓抜きと言えばコルク栓用のワインオープナーであるこの世界では、金属製の王冠を開けるというのは少々厳しいだろう。

半ばほどまで一気に飲み下した熊子は、ハイジの持つ瓶を受け取って「まあ見てな」と微笑んだ。


「栓抜きのないときのこの瓶の開け方は、これをこうして~こうっ!」


言うや熊子は瓶の王冠の端をテーブルの縁に引っ掛け片手で抑え、もう一方の手を勢いよく上から叩きつけた。

噴き出る泡を気にもせずハイジへと手渡すと、熊子はクリスの方を向いたが、そこにはすでに熊子同様にテーブルを利用した開栓を見よう見まねで行おうとしている姿があった。


「うわ、変わった味…でも甘い」

「ふーん、エールに焦がした砂糖ぶち込んだらこんな感じかね?違うな…表現し辛い味さね」


ちびりちびりと口をつける二人に熊子は苦笑しながらも、呑気にモフっているシアへ、同じ物をもう一つ取り出して放り投げた。


「お?ああ、タイアップアイテムね。こっちじゃ作れなさ気よね」

「うん、せいぜいジンジャーエールまでかなー、自作できたの。あとサイダーとかの簡単なの」


先ほどの熊子の親指開栓を見ていたのか、躊躇なく瓶の先を握ったが、一瞬躊躇って親指の位置を変更した。


「ふんっ!」


シャキーンとは鳴らなかったが、シアの目論見通り王冠は高速回転してはじけ飛んでいった。


「おお、できた」

「イヤねーちん、あれ一旦開封してある奴使ってるからね?」


闘志!一発!的な開け方をしてのけたシアに、熊子は一応ツッコミを入れていた。


「あー、熊子?ちゃんと飲み方教えてあげなきゃ。エールとかと一緒で一気に喉に入れないと」

「初心者にはきついんじゃね?」


ちびちびと舐めていたハイジを見て、シアは熊子に指導を徹底するように言うが、それこそ飲む人間の好きなようにさせてやればいいじゃんと考えている熊子である。


「まあそれはそれとして、っと」


ぴょん、と銀狼から飛び降りたシアは天幕の向こうに並ぶ馬車の群れを一瞥し、三人にだけ聞こえる程度の声音でこう言った。


「あの人達がいなくなるまで、っていうか。多分だけど、あの人ら王都までご一緒する気じゃないかなーと」

「だろーね、そのほうが安全だし、時間的にも日が傾き始めるまでにはたどり着けるんじゃないかな?」


そこまで言うと、シアは口元に人差し指を当て、ニッコリと口を開いた。


「この銀狼、大概の物は飲み込めるの。伝承じゃ月とか太陽とかも食べるって言われてるし」

「昔こいつ使って長距離(フィールド)移動とかしてたねー、そういや」


背に乗るのが普通だが、ゲーム時代移動の足として召喚した際には食われて運ばれていたことがあるのだ。


「複数人乗れる使役獣だとよくある話よくある話」

「いえ、聞いた事無いですが」

「初耳です」


したり顔でウンウンと一人頷くシアに、二人は思わず素で言葉を返していた。

そもそもこんな使役獣など見たことも聞いたこともないというのがひとつ。

それほどに大型獣を使役することが難しいということなのだが、シアに言っても通じないであろう。


「私の師匠の乗っていたグリフォンは二人や三人は楽に乗れましたけど、さすがに食われるとか…」


ないわー、と喉元まで出掛かっていたが、飲み込んでハイジは続けた。


「せいぜい運びきれないのは足の鉤爪に握られて運ばれる程度でしたよ」

「それも大概ひどいんじゃ無いかい?」


自分よりも多少はこう言ったデタラメさに慣れている風に感じるのは、ハイジの育った環境なのかと、クリスは一人納得していた。

いや、やはり理解はしたくないようであるが。



「ということなのよ」

「はあ」


結局、警備隊やら役人やらがあの三人を不審に思わないように、それならいっその事いなくなればいいんじゃね?と行動したシアなのであった。


「この子の腹の中に入ってる間は、うーん寝てるような感じだから。多分」


だから心配いらないと言うが、最後が余計である。

まああの頃(ゲーム時代)は目的地までは使役獣のグラフィックだけで、到着したら銀狼と入れ替わるようにして姿を表していたし、移動途中の戦闘はフローズヴィトニルが戦ってくれる形なので、HPやらの変化も無く、その上経験値は入ってくるという仕様だった。

召喚獣故に魔力の消費はあったが、それ以外は実に重宝したものだったのである。


「それじゃ、あとの対応は予定通りで」


一様に頷くメンバーを見て、シアは再び銀狼の背に跨り、今度はモフること無く周囲の警戒へと意識を向け直していた。



ほろっほー(全隊整列っ!)

「サー・イエッサー!」


鳥バーの号令一下、ランツクネヒト傭兵団の面々は、到着した王都からの馬車や騎馬に対して整列し出迎えを行なっていた。


「…いや、いまさらなんだが、なんでお前ら俺が指揮するよりもきっちり動いてんだよ」


坊主頭のテカリも眩しい当の傭兵団団長、ゲオルグは、居並ぶ部下たちのその隙のない姿勢に驚かされるやら呆れるやらであった。

「まあ、悪いこっちゃ無えからいいか」と半ば放置するように、隊商の責任者であるジュラール・ブッフとともに、守備隊の元へと足を進めた。

間近になって速度を落としたのか、立ち上る砂煙はすでに少なく、ゆるゆると近づいてくる騎馬と馬車の群れは、規律正しく整然と並んだままゆっくりと迫り、程なくその行き足を止めた。


「王都守備を務める第二番隊のお出ましか」

「そのようですな」


ゲオルグが誰に言うとも無くつぶやくと、隣に立つジュラール・ブッフがそれに応じて肯定した。

ゴール王国の王都を守備する部隊は大きく分けて五つあり、城内と呼ばれる王都の旧市街、都市国家であった名残を残す高い壁に囲まれた王城を含む中心部を第一として、東に第二、南に第三と、時計回りに第五番隊まで存在し、更に裏番部隊と呼ばれている退役した隊員による非常勤の予備役部隊も存在している。

この予備役部隊は、恒常的に一定数が召集され、練度を維持させるとともに、雇用対策の一翼も担っているという。

その内の、王都の東部を司る第二番隊が、おそらくは責任者であろう騎士を先頭に、左に隊旗、右に王国旗とを広げた寄騎を従えて、商隊の馬車溜まりに並ぶようにして移動を終えていた。

そして、その中の一騎が二人に近づくために再び動き始めたが、程なく馬を止め、そのまま何やらじっと身動きせずに周囲を警戒するように首を巡らせていた。


「…なんだ?」


下馬しない騎士に眉根を潜めていると、騎士の視線が自分たちの背後に向けられて止まっているのに気がついた。

それとほぼ同時に、背後に残っている大きな天幕の向こう側から、とてつもなく巨大な圧力を感じる何かが現れたのを、ゲオルグは感じ取った。


「おいおい、何をしでかした?あの嬢ちゃん達は」


呆れとも諦めともつかない、自分でも情けないと思う声が己の耳を打つのとほぼ同時に、目の前の騎馬からひらりと降りたち、自身に近づいてくるのに気が付き姿勢を正す。

背後で何が行われているのか、若干居心地の悪さを感じながら、ゲオルグはあくまでも責任者は隣の商人と言わんばかりに、ゆっくりと一歩後退ったりしたが。

そんな二人の前に立ち止まった騎士は、いや、ゲオルグの記憶が確かならば、目の前に立つ者は騎士ではなかったはずだ。


「久しぶりじゃねえか、ゲオルグのおっさん。王都第二番隊副長代理をやらされてる、セイバーだ」


既知である団長に声をかけ、そのまま横に立つブッフへと、礼法も何も関係ないと言わんばかりのざっくばらんな挨拶で、「よろしくな」と告げた。

そして、天幕を見据え、壮絶な笑みを浮かべる虎種の獣人女性は、回りにいる歴戦の男どもすら、怖気を感じずにはいられない咽鳴りをゴロゴロと響かせるのであった。





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