第4話 戦争ですか?勝てる戦争しかしちゃだめですよ?
砂塵の舞う、魔獣撃退連合軍の最前線で、陣幕を背に二人の男女が敵の侵攻をジッと見つめていた。
「来たか。実際こうして見てみると、圧倒的だな、敵軍は」
「はい、カレアシン隊長。斥候に出てた奴も、涙目でしたしね。危うく死に掛けたらしいですよ」
視界の彼方には、予想以上の数と巨体を誇る魔獣の群れが、まるで砂嵐のように砂漠一面を覆い尽くして迫ってきていた。
まるで秘書のように、自分達の部隊を率いる男に報告をするのは、褐色の肌を持つダークエルフ―――ダークエルフと呼ばれているが、邪悪属性は無い。この世界では。―――である。
ダークエルフはエルフの眷属の一翼を担う種族で、肌の色以外には別段魔力が多いだの邪神を崇拝しているだのと言うことは無く、能力的な差は無い。
ただ、スレンダーな体型の者が多いエルフ種に措いて女性に関してのみ、何と言うか女性的な魅力が著しく増大している部分があると言うか、母性的な意味で発達しているのである。
ようするに、巨乳が多いのだ。
そんな平均的エルフ女性の敵な体型をしている秘書的な雰囲気を持つ女性ダークエルフ、名をヘスペリスという。
彼女はこの部隊の情報担当で、偵察を担当していた者からの報告などを、目の前で腕組をして立つ、竜人の偉丈夫に伝えた。
「スキルが無ければ即死だった、だそうです」
「ばっか野郎、『魔獣が多すぎて砂漠が黄色く見えない!』とでも魔報してから言えってんだ。敵が七分に、砂が三分!ってな」
この竜人は冒険者ギルドから派兵された部隊、“赤い肩”の隊長である。
額から突き出た鋭角に尖った角と、側頭部に左右対になって後方へ伸びる流線型の角を別にしても、2メートル余りの長身を誇っている。
首から下が黒光りする鱗で覆われており、防具はと言えば肩や胸、膝などが、気休めのような部分装甲鎧で備えられているだけだ。
戦闘が間近に迫っているにもかかわらず、男はのんきにヘスペリスに向かって軽口をたたいた。
彼女も毎度のことなのか、気にせずに相槌を打ち、話を続ける。
「はいはい、じゃあ根性が足らんって伝えときます。で、実際のところ、九分ほどが魔獣ですけどね」
「やるせねえなぁ」
「いやまったく」
竜人―――三柱の大神に次ぐ力を持つと言われる竜神の末裔として、その力を具える種族である。
その数は極めて少なく、ほとんど人前に出ることはないと言われている。
その膂力は下位の竜種であるランド・ドラゴンと呼ばれる竜の亜種程度であれば、素手で身体を裂き、頭蓋をかち割るといわれているほどだ。
そんな希少種ともいえる彼は、口では今回の戦闘の成否が危ぶまれそうなことを言いつつ、余り気にもしていない口調である。
「で?軍の連中は、やっぱスキルが使える奴が?」
「はい、皆無とまでは言いませんが…。およそ各国の筆頭騎士レベルでないと、使えるようには見えません」
彼らはいわゆる現世からの移籍組みとも言える、元ゲーマーな連中である。
ゲーム同様にスキルを扱え、その肉体の高い身体能力はこの世界の一般人をはるかに超越している。
そして、彼女の言うように、彼ら冒険者の能力はこの世界でトップレベルの力を持つはずの騎士たちと比較しても、まるで大人と赤子だったのである。
「あー、やっぱ殆どのやつらは御使いの言ってたように、伸び代がないか…あるいは」
「はい、若しくは伸び悩みでしょう。幾人かは我々のように自然と使えるようになっては居るみたいですが、それでも児戯に等しいですね」
二人はそれぞれこの世界に転生を承諾した際に、御使いから聞いた話を思い出していた。
曰く、この世界は暫く前から停滞し衰退を続けている、と。
過去にはこの惑星全土に覇を称え、膨大な魔力で巨大な人工物を空に浮かせたり、様々なスキルを駆使して星の世界へと旅をしていた者までいたというが、今ではそんな技術も能力もなく、彼ら転生者からすれば実際に血や肉片が飛び散る以外は、本当にここが剣と魔法の世界なのか?と思うほどに残念なレベルだったのである。
「そりゃ女神も焦って俺ら呼ぶわけだわ」
「ですね。でもまあ、こんなに適正のある魂魄を持つ者達が見つかるとは夢にも思わなかったらしいですけど」
「どんだけこの世界のやつら、鈍ってるんだろうなぁ。まあ、そういう俺らも前の世界じゃ引篭もりとか多かったけどな!」
「私はリア充でしたけどね」
「うるせー、女になりたかったからこの世界選んだくせにww」
「う、うるさい!女に生まれたかったんですから転生させてくれるだなんて渡りに船だったんですよ!実際棒も玉も取ってましたし」
「…すまん。中の人のことはお互い言いっこ無しだ。俺だって元は寝たきり老人だしな」
「いえ、構いません。そのうちこんな事を言い合える人も減っていくのですから…」
二人は長命種である竜人とエルフである。
故に、この世界に来てもうずいぶんになるが、未だに身体に衰えや老化の兆しは見えない。
他の転生者も居るが、人間やホビットなど、比較的普通の寿命しか持たない者などは、いささか老け込み始めており種族選びに失敗したーとぼやいているとか。
中にはこの世界で嫁を見つけ、子を産み育て、死んでいくと決め、市井に混ざりこんだものも居る。
その子供らは、親の資質を継いでいるため、ギルドを設立して暫くの間は彼らを保護することに奔走していたりしていたものであった。
「…さって、いつまでも無駄口たたいてても仕方ねえ。いっちょあいつらブチ殺してくるか」
「はい。他のみんなも、やっとスキル解禁だと張り切ってますよ。ギルマスが来たら、全部俺らで済ませたぜって言ってやりたいそうです」
「あー。気持ちはわかりすぎる。あいつ、今頃何やってんだろうなぁ」
この二人は阿多楽真実矢のリアルの顔をある程度知っていた。
ヘスペリスはネカマでオカマな自分をネタに、真実矢の興味を引いて二人きりで実際に会ったりもしたほどだ。
リアル世界での、真っ当な若い娘の友人が欲しかったのが、実を結んだ結果とも言える。
カレアシンの方は、若い連中の話を聞くのが楽しく、まるで自分には出来なかった孫のようにも思えていた。
そんな二人に対人スキルが劣悪な真実矢もある程度心を開き、自分の事情を話していたりした。
なので彼女の状態も知っていたし、ゲームならばともかく、実際に人死にを見るのは彼女の精神状態的にいささか不安があるとも思っていた。
それにまあ、実際驚かせてやりたいという気持ちもある。
「あの娘の事ですから、色々仕込んでここぞって時に出てきますよ、きっと」
「だったら良いなぁ」
そうして遠くの砂煙を見つめると、味方の布陣した中心部から、甲高い音を立てて飛ぶ矢が放たれた。
「進軍開始の合図か。さって、…出るぞ!野郎ども!何でも屋の実力を、見せ付けてやれ!!」
いつの間にか彼らの背後に整列していた冒険者たちに、カレアシンは雄叫びを上げて突撃を命令した。
「よっっしゃー!全軍突撃!!どこかの誰かの笑顔のために、戦って死ね!」
「俺は死なん!ギルマス来るまで絶対死なん。リアルギルマス見るまで死ねん!」
「新参乙」
「かわいいよギルマス。ハアハア」
「今ハアハアした奴、お前が先陣切れ」
「エーーーー!?そりゃないっすよ隊長!」
のんきに騒ぐ冒険者達を見ながら、とある騎士は嘆息してつぶやいた。
「…相変わらず、冒険者ギルドはよくわからんな。敵が目と鼻の先に居るというのに何を遊んでいるのやら」
「所詮は何でも屋って事でしょう。装備もバラバラ、騎乗する馬さえ持たぬ者たちです。我等と比べるのもおこがましいほどです。さ、参りましょう。我らが力、各国に知らしめましょう!」
騎乗したフルプレートメイルの騎士に、寄騎が声をかけ進軍を促し、ちょうど冒険者ギルドの右側方から、迫りくる魔獣の群れに向かい始めた。
彼らは故国において最強とされている筆頭騎士とその寄騎で、彼の国では並ぶもの無しと言われる男であった。
少ないながらも戦闘スキルを持つ、この世界に措いてはトップクラスの戦士なのは間違いない。
が。
「ハイハイ行きますよ、行けばいいんでしょう?スキル重複起動!アイン・ツバイ!」
ごうっ、と。
冒険者の一人が、巨大な鉄人形を呼び出し、「行けっ!ロボー!」と叫ぶや風のように一騎駆けを始め、嵐のように魔獣を蹂躙し始めたのを見て、開いた口を閉じるのに、苦労を強いられる事になる。
☆
冒険者たちが戦場を駆け巡り、およそ豆腐を叩き潰すような勢いで敵を屠っていくが、やはり多勢に無勢。
次第に押され始める事になっていた。
「やっぱ戦いは数だな、兄貴」
「兄貴って誰ですか。私に弟は居ませんよ、って言うか私はもう女です」
長大な、自身の身長を超える刀身を持つ分厚い鋼の塊のような剣を片手で振るいながら、カレアシンらは徐々に後退を余儀なくされていた。
敵は倒されても倒されても怯まず前に進むだけの、まるで死兵のような魔獣たちである。
自分達の部隊だけが戦線を維持出来ていても、他から防衛線を抜かれては意味がないからだ。
「お前まだMPあるか?」
「ありますけど、皆の回復用に取ってます。死んじゃうとまず復活できませんからね、ここじゃ」
この世界は女神の加護が篤く、様々な神聖魔法が伝えられているが、流石に死者蘇生は難しかった。
一応あるにはあるが、条件が厳しすぎるのである。
「死者蘇生は、魂が肉体から離れるまでのおよそ10分以内、か」
あらかじめこの世界の事をレクチャーされた際に聞いたのは、死者蘇生は基本的に不可。
新たに生まれなおす事でしか、この世界に戻れない、と。
それでも一応、死んで10分ほどの間は、肉体から魂が離れていない為に、グレーゾーン扱いで引き戻せるのである。
こう乱戦になっていては、死んで10分以内に死体を確保し蘇生魔法か貴重な蘇生霊薬、もしくは極まれに手に入る蘇生アイテムを使おうにも、余裕が無いに等しい。
もう少し早くギルドメンバー達がこの世界に溶け込めていたら、ちっとは冒険者以外の人達を鍛えることが出来て、全体的なレベルを上げられたのかもなぁと嘆息する。
等と思っている最中にも、手足は無駄なく動き、周囲の敵を切り刻む。
しかし、今や集団戦闘を維持できているのは冒険者達の部隊のみ。
他は瓦解していると言う表現が生易しいほどに蹂躙されていた。
目に見える範囲だけでも、動いている味方兵士や騎士たちは両手に満たない。
「いよいよやばいですか?」
「ああ、撤退もやむなし、だなっ!」
とりあえず、ウチから死人が出ていないウチに、と首肯する。
目の前に現れた、ひときわ巨大な魔獣をスキルを用いて一刀の元に断ち切って、剣を肩に担いだ。
退却!と声にする直前。
それは。
天に蓋するように、姿を現した。
「おいおい、マジか」
まさしく、空を覆わんばかりに巨大な岩のようなものが、空に浮かんでいた。
「…天の磐船!?」
それを理解した直後。
ギルドメンバーが快哉を挙げた。
「来た!ギルドハウス来た!これで勝ツる!」
「アレが来たって事は!来た?くる?」
ごう、と。
周囲に風が渦巻き始めた。
甲高い、すべてを切り裂くような鳴き声が響き渡り、全身を紅蓮の炎に包んだ巨鳥が彼方から姿を現し、魔獣で埋め尽くされた大地を舐めるように飛び、すべてを焼き尽くす。
「あれは…神の翼、“焔舞う”鳥之石楠船神」
「なげーよ。天の鳥船でいいじゃん。若しくはゴッドフェニックスで」
砂漠に白銀の輝きが広がり、その範囲にいたすべての魔獣に牙が襲い掛かり、乾いた大地を血で染める。
「魔獣“神喰い”フローズヴィトニル!」
「フェンリルでいいじゃん。別名で呼ばなくてもよー」
そして、魔獣の群れの中心部。
地平線までを埋め尽くす魔獣達の中から、轟きを上げて大地を割り、真紅の姿をそそり立たたせた姿は、すべての魔獣に等しく滅びを与えんと雄叫びを上げ。
周囲の全てを飲み込む黒い渦を生み出し、全てを無に返していった。
「伝説の巨人…“無限力”ギガンティス」
「はいはい、第6文明人乙」
「ナンですか隊長、ノリの悪い」
「いいや、あいつらみっつのしもウゴゥ?」
「いけません隊長。あの三体は“トライアングラー”であって、間違ってもみっつの○もべだとかみっ○の護衛団なんかではありません。わかりましたか?」
言いかけた隊長を、ジャンピングアッパーの一撃で口を塞ぐ黒エルフ。酷い扱いである。
「あ、ああ」
二人が言い合いをしている最中、天空を埋めた岩魁から、一粒の光が煌いた。
「おい、来たぞ」
「ええ、来ましたね」
二人は嬉しそうに、空を見上げて微笑んだ。
「こーーーーーーーーーーーーーーーーりーーーーーーーーーーーん!!!!!!」
虹色に煌くオーラを放ちながら、金糸銀糸で編まれたひらひらの服をたなびかせ、ハイエストエルフ、シアが戦場に降って来たのである。