第45話 捕虜の三人と言えばあれですよね?ワレラー・ロリー・コンダーの三人ですよね?
ちょい短め
翌日。
朝食を終えたあと、片付けの簡単な日除けの天幕のみ残して野営の後処理を行っていると、これから進む予定の街道の方角から、何者かがこちらへと接近して来ているとの報が入った。
どうやらゲオルグの指示で傭兵団のメンバーから数名が物見に出されていたようで、言われた方角を見ると、空の彼方に幾筋かの色とりどりの煙がたなびいていた。
「信号弾!!」
「朱色…って、ねーちん。それもうやった」
「ちっ」
思わず口を開いたシアに、熊子は冷静にツッコミを入れていた。
舌打ちをするシアにハイジから「私、行きましょうか?」と言う言葉があったが、手を振り振り「視線飛ばすから偵察はいいわ。むしろ戦闘に備えてて。一応、ね」と返し、ヒポグリフらの鞍と自身の装備の再確認を行うようにと言い渡した。
「どぅえいっ!」
奇妙な掛け声と共に、無茶な恰好で遠見のスキル【叡智の人】を起動した熊子の横で、シアは無言で手の平を目の前で一つ打ちあわせてそのまま片手でVサイン、続いて人差し指と親指でOKサインをした後に、伸ばした手の平を帽子の唾のように眼の上に翳していた。
「ねーちん、そのスキル起動ポーズはいかがなものかと愚考するんだけど?」
「なによ、この世界の人には言葉にしなきゃ理解できないんだからいいじゃない」
省略起動も別にできるし普段はしょっちゅうやっているのだが、そうするとスタミナや体力の消費が通常起動に比べて著しい。
只でさえ寝起きで、その上酒の残ったダルイ朝っぱらからの消耗はちょっと避けたいと思ったシアは、珍しく本来のスキル起動ポーズを行ったのである。
ちなみにスキル故に起動ポーズは各自自由に登録が可能だった。
面倒くさい者はデフォルトで放置しているが、やりこんでいる者は自身の趣味全開であった。
「遠見のスキルって奴ですね!便利そう」
「ああいう探査系とかのスキルは私も欲しいねぇ。私の使える【嗅ぎ分け】なんて、使いどころ間違えると悶絶するよ?便利っちゃあ便利なんだけどさ」
自身の失敗談などを話しつつ、二人はシアたちの視界が元に戻るのを待った。
そんな中、遠見をしている二人はと言うと、(そんなスキルが有るんだ…)×2などと聞き耳立てつつ近づいてくる何かを見ていたりした。
バーチャルではなかった頃ゆえに、そのあたりの五感特化系のスキルは再現しにくかったんだろうなーなどと思いつつ視線の先に意識を集中すると、砂煙を上げながら迫る騎馬と、やたらとゴツイ馬車が数両。
窓すらなく、唯一開くであろう扉は鉄枠で補強されている上に、鍵であろう南京錠的な物が外側に取り付けられてるというのを見るに、恐らくは襲撃者を運ぶための馬車なのだろうと更に視線を先に送ると、もう一台、こちらは比べるのもおこがましいレベルの豪奢な馬車が同じ速度で走っているとは思えないほどの滑らかさで疾走してきていた。
「うん、旗印はゴール王国の守備隊の物だし、間違いないね」
熊子の言葉に、シアも頷き、スキルを解除する。
まあ頷きはしたが、ゴール王国の守備隊の旗印なんぞ知らんけどな!と心の中で自分に突っ込んでいたりする。
「あのごつい方の馬車が囚人護送車って訳ね?」
「だろうね。あれで押送して向こうで適当に、まあ色々やるんだと思うよ」
横で待っていた二人に事の詳細を告げ、襲ってきた連中のコレからを想像しようとして、やめておいた。
そしてふと思い出したのか、熊子が何気に訪ねてきた。
「ああ、そういやあいつら。ホントどうする?ねーちん」
「うーん、ウチで引き取るのって問題ないのかな?ちょっと超兄貴に相談してみない?」
実際、襲撃を仕掛けてきた者がたとえ操られていたからといって、横から引っこ抜くのは問題があるのではないか?と思ったのだ。
「りょーかい。んじゃ守備隊来る前に話つけとこう」
あらかた片付けられて、あとは日除けの天幕だけになっている野営地の中を縫うようにして、本隊とも言えるゲオルグとジュラール・ブッフの居るところへとやって来るなり先の件を話したシアに、二人は特に気にする様子もなくさらりと言ってのけた。
「別に構わんぞ?というか、むしろ連れてくならさっさと連れてけ。守備隊に下手に話しとおした後のほうが面倒だ」
「そうですな、守備隊の方々の中に杓子定規な人物が含まれていないとも限りませんし」
ゲオルグとブッフの言葉にシアは、そう言うもんなの?とばかりに周りを見回し他の者の反応を見るが、別におかしな素振りを見せる様子はない。
「ねーちんねーちん、実のところまったく被害が無いからさ、こんなもんだってばよ。誰か一人でもヤられてたら話は違ったかもだけど、そもそも剣を合わせてもいないっしょ?そりゃ正直どうでもいいと思うよ」
そうなのである。
今回の襲撃において、商隊に被害らしい物はこれっぽっちも無かったために、相手のその行動自体に対しては腹が立つし色々と裏を調べる必要はあると考えてはいるが、襲撃者個人個人にはこれといって恨みがあるわけでもない。
その上で操られていた者がいた、それらを引き取りたいと言うのならば、煩雑な手続きが予想できる守備隊への引渡し後よりも先に、となるのも道理ではあった。
「それでは私どもはこれで。守備隊の方がいらっしゃるようですから」
ふむ、と腕を組んでそういうものなのかと納得しようとしているシアを置いて、ブッフとゲオルグの二人は守備隊の到着を出迎えるために立ち去っていった。
「ま、良いって言うなら連れて行きましょう。事情も気になるし」
そう言って天幕へと連れ立って向かうと、未だに眼が覚めていない三人が地面に転がされたままになっていた。
「まだ眼が覚めてないって事は、状態異常?かな?」
シアが視線で熊子に話を向けると、「うんにゃ」と首を振る。
「腹減って動けないんじゃね?あと脱水症状」
寝かされているうちの一人に近寄りまぶたを無理やり開いたり口を開けてみたりしている熊子が、自身の見解を口にする。
「ああ、確かにあまり顔色がよくありませんね。栄養状態も悪そうだし」
ハイジもそれに続いて覗き込むが、直接触れるのは避けているようである。
「というか、こいつらを使ってた奴、本当に使い捨てる気だったみたいさね。ごらんよ、これ」
ガチャリとクリスが持ち上げたのは、彼らが所持していた装備だった。
「弓はオンボロ、こっちの弩も辛うじてって感じで手入れもされてないし、短剣も砥ぎすらしてない」
武器ですらこの体たらく、防具にいたっては言わずもがな、である。
「矢とか剣に塗りたくってた毒だけは、真っ当な…って言ったらアレだけど、効き目は十分だったみたいだけど」
自分に突き刺さってちゃ意味が無い、と苦笑するクリスであった。
「んまあ、こいつらどこぞの悪党に騙されて薬か魔道具か…その両方かも知んないけど、それでアレじゃね?田舎から出てきたばっかのところでとっ捕まったと」
田舎=前世なのだが、その辺りの説明は先延ばし後回しにしておく熊子である。
「ああ、スキル持ってるような奴は、大概どこかの紐付きだからねぇ」
言いながらうんうんと頷くクリス。
彼女もスキル持ちゆえに、そのあたりの苦労をしてきたのであろう。
「下手に高いスキル持ってると、無理やり従わされてこき使われる、何てのはザラだからね。いい例が盗賊ギルドのあの人さね」
それなりに腕が立つと言っても、個人である以上、組織に対抗するのは難しい。
肉親をたてに取られでもしたら言いなりにならざるをえないのは、現モノイコス盗賊ギルドの元締めアウローラの件を見てもよくある話なのだろう。
それほどにスキル持ちを囲おうとする勢力は多く、どこかの組織に所属して庇護を得るというのがむしろ普通なのだ。
故に冒険者ギルドはメンバーらの持つスキルを秘匿し、地道…かどうかは別にして、様々な営業を行ってやっと今の状況まで持ってきているわけである。
「ねーちん、とりあえず起こそっか。目ぇ覚まさせて言い含めてからでないと、拘束服脱がして良いもんかどうか判断し辛いし」
目覚めていきなりシアに欲情して飛び掛られた日には、目も当てらない。
まあそんな事をしでかすようなら一から鍛えなおしてあげればすむことであるが。
それ以前に、シアに触れられるようなレベルなら、ここに転がっていないわけだが。
「うし、んじゃ【セイクリッド・ブライトネス】!」
肉体の損傷を改めて全回復させたシアに続いて、熊子が腰の袋から取り出した丸薬を三つ、順次飲ませていった。
「あの、熊子殿?今飲ませていたのは?」
クリスの問いかけに応えず、熊子は転がされたままの三人をじっと見つめていた。
数秒経って男達が呻きをあげる様にして身動ぎしたを見て、ようやく質問に答えた。
「効くかどうか判んなかったからねー、万能薬って言うんだけど、知ってる?」
クリスが首を振ると同時に、三人から半ば悲鳴のような吐瀉反応じみた声が上がった。
「おぅえっ!?」
「ぐぅふっ!」
「こっ…かっ…!?」
三者三様の声をあげながらも、皆一様に涙目で今にも嘔吐しそうな勢いで呻いていた。
「あ、起きたみたいよ?熊子」
のたうち回る三人を眺めつつ、シアは直接触れようとはしなかった。
まあ、涎に塗れて息も荒く蠢く男に近寄りたい女性などはそうそういないだろうが。
「とりあえずおまいらもちつけ」
拘束されているためにろくに動けない状態でいる男たちの額を、容赦なく叩いていく熊子である。
幼女に叩かれるとか、彼らの業界ではむしろご褒美なのだが、まあそれはそれ。
なんとか混乱から脱した三人に、「拘束服を脱がすけど、暴れないように」と【神聖魔法】で約束させた熊子であった。
『さすが熊子ぐうちく』と心の中で賞賛していたシアである。
約束を違えさせてみたら面白いかしら?とか思ったりもしたが、自重しておいたのは熊子からの視線が痛かったからであるが。
「さて、まずは自己紹介。キミらの出身地に所属と名前、その他個人情報を吐け。あ、拒否権は無いし無駄口を叩くのも禁止だから。まずチミからどぞ」
単純明快な熊子の言葉に三人は目をぱちくりとさせたが、取り敢えず害はないと見たのか、熊子に指さされた金髪碧眼の男が口を開いた。
「僕の名はA児、地球は狙われている!」
「やかましいっ!」
言いながらキリッとした表情をした男に、シアのきついツッコミが入ったのは当然の事であろう。
☆
モノイコス王国の沖に浮かぶ天の磐船には、手隙のというか他のメンバーに仕事を押し付けて来た面子が勢揃いしていた。
スキル的に戦闘系に偏っている者のほとんどが挙って参加を希望して来たために、ギルド本部に残す面子を切るのに一苦労した程である。
ちなみにアマクニは、さすがにバックオーダーが溜まりまくっている消耗品の生産を取り仕切る立場のために、動くことができなかった。
ここに見送りに来るのも勘弁してくれと部下に言われたのを押し切ったほどである。
「それじゃな、気をつけていけよ」
アマクニの言葉に頷きながら、呉羽やカレアシン、ヘスペリスらを筆頭に、ギルドメンバーは久しぶりのフル装備に身を包んで今や遅しと気合十分であった。
「それじゃ、後のことはお願いね」
「ああ、こっちは心配せんでええ。死ぬなよ」
その言葉を最後にギルド本部へと転移したアマクニは、ゆっくりと海が臨める場所へと移動すると、徐々に加速して空へと浮き上がってゆくギルドハウスに向かってピシリとした敬礼を行った。
「沖田の子供たちがゆく…」
思わず呟いたのだろうか、言ってから周囲を見回し、誰も居ないのを確認して頬を掻くアマクニであった。
さて、次話からはいよいよゴール王国の王都へ。
大砂漠での色々もあるよ!