第43話 風呂はいいねぇ、人類が生み出した文化の極みだよ。そうは思わないかい?読者の皆様?
ひゃっは〜風呂だ〜!
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From: シア
件名:【返信】直接の魔法が駄目なら、魔法発動により発生した副次効果でやっつけれ【馬鹿め】
本文:って、主天使的な名前の竜神兵な人が言ってた。
手間取りそうとか何かあったら、呼んでくれれば【強制送還】するのでギルドハウスでそばまで行っといてくれたら助かります。
敬具
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「…ですって」
若干疲れたような仕草でシアからの返事を皆に伝える呉羽。
それを聞いた他の幹部連中の反応は、苦笑したり呆れたりと様々であった。
「ああ、あったのう。『魔法で蛙にする事は出来ないが、魔法の雷で発生する熱で焼く事は出来る』わけじゃな」
魔法や魔力によく馴染む物質———ミスリル銀やオリハルコンなど———が存在するように、魔力に反応しない、若しくは魔法による変化を受け付けない物質は存在する。
純粋な鉄がその代表例だが、魔力伝達の阻害や魔法での直接変化、異質化を行えない、行い辛いというだけで、魔力により発生した熱などに抗える訳ではない。
「あー、なるほどな。うん、それじゃ天の磐船は任せたぞ、頑張れ呉羽」
「私っ!?嫌よ、馬鹿みたいに魔力食うのに!昔ならいざ知らず、今は魔力の使いすぎはお肌の大敵なんですからね!」
カレアシンが笑いをこらえながらそう伝えるや、呉羽は肩を落として反論するが、援護射撃は誰からも得られない。
「しかしギルマス以外では副ギルマスの貴方にしか全機能は使えませんし」
「あきらめろ、な!」
ヘスペリスの追撃や、アマクニからの、ヒゲ面オヤジの度アッププレッシャーもあって、呉羽は渋々ではあったが了承した。
「わかりましたっ!それじゃ手隙の人全員に招集をかけてちょうだい。揃い次第発進、モルダヴィア大砂漠方面へ移動を開始します。カレアシン、もうしばらくギルドハウスの番をお願い。ヘスペリスはギルド本部の方を、私はモナイコス王に話を通してきます」
腹を括った呉羽により、決定事項が通達されると、皆それぞれ動き始める。
「それじゃあワシは、適当に回復系のポーションでも作っておこうかの」
「ああ、それはお願いね、アマクニ。特に魔力回復系重視で。では、解散」
呉羽の号令で各人はそれぞれの準備に走り出した。
色々と思うところはあるのだろうが、先の魔獣侵攻戦とは違い、今度はフル装備で出陣できる事もあって、皆内心では結構ノリノリであった。
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「何と言うことでしょう、あの荒野が匠の手によってこんなに素晴らしい露天風呂に!」
街道脇に、地面から突き出るように巨大な岩山が姿を現していた。
その巨岩は高さにして五チェイン、縦横が二十チェイン程もある巨大な物で、頂付近から段々に幾つかの大小の窪みが連なり、巨岩の先端部から溢れ流れ出す温泉を受け止め、湯船を形作っている。
そんな高層ホテルの最上階展望大浴場かくやと言った風情満点の巨岩の麓に、再度少々サイズを変え虎程度の大きさになって得意げに立つベヒーモスと、シアたちの姿があった。
「普通に穴掘って温泉噴出してきたの溜めただけで良かったのに。ベヒタソ頑張りすぎ。んでもこの泉質はグッジョブーやね」
「うふふふ、この匂い!この臭さこそが温泉よ!」
熊子が、かけ流し状態の為に溢れて地表にまで溜まり始めた湯に手を入れ、その感触を楽しんでいる。
シアはと言えば、漂ってくる腐卵臭に似た硫化水素の匂いを嗅ぎながら、我が意を得たりとばかりに微笑んでいた。
『喜んでいただけたのならば重畳』
大地の精霊獣王たるベヒーモスを呼び出したシアは、潤沢な魔力を提供して希望をかなえてもらう事に成功したのである。
高品質なシアの魔力を貰ったベヒーモスは、大地を走査し温泉脈を探り当てるや、その地に眠っていた精霊に、シアから得た魔力を分け与えた。
ソレと共に巨大な岩を探し当て、地中深くから地表へと移動させたのだ。
そのため、現在この岩山の周囲には、水の精霊と火の精霊が精霊使いの目を持つ者にだけ見える光の残滓を振りまきながら飛び回っている。
「こんなところでお風呂とか言い出すから、もっと慎ましやかな物だと思ってたらなんなんだいコレはさ」
「クリスってばそろそろ慣れようよ、まあ私が想定してた範囲からだって、ちょっと…いや大分…かなり?はみ出してるけどそれはそれで」
疲れたような表情のクリスに対して、かなり目を輝かせているハイジがそこにいた。
「いやぁ、普通に水脈教えてもらうだけでよかったんだけどねぇ。穴掘るなり何なりして水確保出来さえすれば、湯を沸かすのはそう面倒でもないし」
軽く言ってのけるシアに、二人はこれ以上考えても無駄だと思ったのか、入浴の用意をするために乗騎に括りつけてある荷物を取りにその場を辞して行った。
「んじゃ入ろーか、ねーちん」
「ケ○リンのロゴ入った桶と温泉マーク入りの暖簾が欲しいところだけど」
流石にそこまでは調達できなかったシアである。
「さて、シャルルく〜ん。お風呂入りましょ…って、アレ?」
シアが振り向くと、そこには完全に固まっていた約二名が呆然と突っ立っていた。
声をかけられてもまるで反応しないあたり、彼等の常識とかけ離れ過ぎていたのであろう。
目の前で手をフリフリ声をかけ続けて、漸くシャルルとアラミスはぶるりと震えて我を取り戻した。
「あ、あの、シア殿?」
「うん?ほらアラミスさんも用意用意。行くよ、シャルル君」
困惑するアラミスをよそに、シャルル少年の手を引き岩山目がけて駆け出して行ったシアであった。
岩山には、ご丁寧に各湯船に続く階段が岩を抉り取るようにして刻まれていた。
「うぬぅ、精霊さん達頑張り過ぎ」
「ねーちんがあげた報酬に見合う物をって頑張ったんジャン。つか魔力量もうちょい考えてね。大盤振る舞いし過ぎ」
「そ、そうかな」
実際の所、シアとしては魔力をそれほど多く与えたつもりはなかったのだが、どうにも細かい出力が上手くいかないようである。
先の魔法の矢【女神の一矢】にしても、本人はあそこまでの威力が発揮されるとは思ってもいなかったのだ。
「ねーちん。一段落したら、魔力の放出の練習な」
「ぐえー」
恐らく今の所機会が無いから行っていないが、着火やら発火などの魔法を使わせたら、火炎放射器レベルの炎を生み出す羽目になるだろう。
リアル汚物は消毒だー状態が素で出来るのだから、うらやまし…いやなんでもない。
そんな事をしゃべりつつ岩山を登る。
階段を上り始めて数十段、高さ的に人の身長よりも若干上程度の位置にある湯船では些かどころかかなり小さかったのでもう少し上に行く事にする。
「今のサイズだと少人数の足湯用だね。割と低い位置だし、通りすがりにちょいと疲れを癒すにゃもってこいかも」
「だねえ。一番上のとこがやっぱ一番広いのかな?」
幾つかの湯船を横目にてこてこと登り切ると、予想通り、最も大きな湯を溜めた岩風呂が姿を見せていた。
「ふう、結構つかれますね」
「だいじょぶ?アラミスさん」
登り切った所で額に浮かんだ汗を手の甲で拭うアラミスに、シアが労いの声をかけるが、特に問題はなさそうである。
「高さ的に二十階から三十階の建物になるのかにゃー。そりゃエラいわ」
「うわあ、すごいですね」
続いて登って来た熊子とシャルルの声に頷き返し、四人は連れ立って湯船の具合を確認し始める。
「うん、源泉に近いから熱いかなと思ったけど、いい湯加減じゃない」
「まあ、全自動精霊湯沸かし器だもん。多分下の方だってそんなに温くなってないよ?」
恐らくはこの巨岩自体がある程度の熱を蓄えており、常に保温状態になっているのだろうとの熊子の言葉だった。
目を煌めかせるシャルル少年に笑みを返し、シアは「それじゃあ入ろう!」と促した。
「脱衣!へへー、いっちばーん。GO!GO!オンセンGO!!」
「あっ、ずるいー」
一瞬で脱衣を済ませた熊子が、手ぬぐい一枚を片手に「オンセンイン!」と声を上げて湯に突撃して行く。
「ほら、負けてらんないよ?シャルル君、アラミスさんも」
「え、ちょ、ちょっ。シアお姉ちゃん!?」
「シア殿、お、お待ちください」
ちゃっちゃと服を脱いで行くシアに、シャルルもアラミスも泡を食ってしまう。
「あ、精霊さんに頼んであるから、外からは見えないよー。安心して」
慌ててたのはそこではない、と突っ込みを入れる暇もなく、シャルルとアラミスの前で、シアは一糸纏わぬ姿になって、湯船へと歩き出した。
額のサークレットだけは、流石に怖くて外せないが。
普段はその長い髪に半ば隠れているエルフ特有の長い耳が、湯に浸かる為に髪が纏められたお陰でその綺麗なうなじと共に、一際艶かしく映る。
細い首筋から華奢な肩へと続くラインなどは、その傍の鎖骨の窪みに指を這わせたい衝動が押さえきれない程に美しい。
その下の二つのエルフにしては大きめの隆起とその頂点の淡く色づいた部分などは、神の造形の妙を誉め讃えるにふさわしいモノであった。
魅惑の双丘の下方には、うっすらと浮き出る肋骨と綺麗な縦一文字に刻まれた、愛らしい臍があり、そのどれもが美を体現していると言えた。
細い細い腰回りから理想の形状とも言える広がりを魅せる曲線で構成された臀部と、その美しさのまま長く伸びるひとかけらの無駄さえ存在しない、優美な足が、その爪先、小指でさえも美しく形作られた非の打ち所の無い女神の化身とも言える姿がそこにあった。
「あ、あらみす…ぼくもうしんでもいい」
「シャルル様!?お気を確かに!」
湯につかる前にのぼせてしまったシャルル少年が、真っ赤になってへたり込むところを、慌てて支えるアラミスはまるで子の心配をする母のようであった。
そんな所に丁度準備を整えて上って来たハイジとクリスは、未だにごたごたしているシャルルとアラミスに目もくれず、そそくさと服を脱いで湯に飛び込んだ。
「お、来たね」
「お邪魔するよっはああああああぁぁぁぁ」
「失礼しますぅふえええええぇぇぇぇぇ」
「あはは、何処も一緒だねぇ、温泉につかる時は」
湯に一旦頭の先まで沈みこみ、ざぶりと身体を浮かび上がらせて湯船の縁に背を預けて喜色の声を上げる二人に、シア達は苦笑しながらも微笑ましさに思わず声を上げて笑った。
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「いいかお前達。相手はこんなもんを半日かからずに作っちまうトンでもねえ精霊使いだ。正直生きて戻れるなんて思っちゃいけねえ」
湯煙の立ち上る岩山を背に、一人の男が自身の賛同者を前に口上を述べていた。
「お前らも見ていた通り、かなり高位の精霊使いとみて間違いない。呼び出した精霊、俺の見立てではこの地を統べる大精霊と言った所だろう。しかし、恐れちゃいけねえ」
実のところはエウローペー亜大陸の地属性の精霊を統べると言っても過言ではない大地の精霊獣王なのだが、そんな物を目にした事のある者など常人では皆無だ。
なので、自身の知る限りの最大の精霊の存在を述べたのだが、それでも桁が違う。
重戦車タイガーⅡの砲塔だけを見て小型戦車だと侮った米戦車小隊並みの読み違えである。
「あのエルフの嬢ちゃんを筆頭に、どいつもこいつも上玉ぞろいだ。今なら気も抜けて、なおかつ丸腰だ」
淡々と告げる男の声は、周りの男達にも染み渡る。
シアの美貌を想像すれば、多少の理性など容易く決壊する事請け合いだろう。
何人かは「俺はシャルル少年の方が…」「俺はあのちっこい娘が…」などという厄介なのもいたが。
「それでは各員の健闘を祈る!」
そう言って、クリスの元旦那であるアンリ・デュフォーは、岩山へと駆け出した。
男の夢、女の花園を垣間見る為に一命を賭して。
馬鹿な男共の馬鹿な行為であった。
気持ちは判るが駄目だろ。
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高さにしておおよそ五チェインの露天風呂からの眺めは、思った以上に雄大であった。
日もかなり傾いてきており、うっすらと紅く染まりはじめた雄大な景色は、百万ドルの夜景?なにそれ美味しいの?といったレベルである。
「自然って凄い。改めてそう思った」
「確かに」
ゆったりと湯に浸かり、時折湯から出ては風に身をさらして火照った身体を冷まし、再び湯に浸かると言う事を繰り返すシア達は、本来の目的を忘れる程に夢心地と言ってよかった。
「あー、これで酒でも有れば言う事無いねー」
「あるよ?ディバイオンで買った樽まだ開けてないし」
シアの贅沢な要求に、熊子が応えるや、シアを含む周囲の女性の目の色が変わった。
「あの、熊子殿?その、そのお酒はどちらに?」
「ん?脱いだ服の腰にくくり付けてる袋に入って…ってはやっ!」
つつつと寄って来たクリスの問いかけに熊子が答えたとほぼ同時に、先ほど熊子が脱ぎ散らかした服へと、ハイジがダッシュで駆け寄って行った。
「…無意識にスキル使う程に酒が欲しいとかどんだけ飲み助なんだ」
「まあいいんじゃない?ここまで結構神経尖らせてたし」
「だからこそ後ちょっとなんだから最後まで張りつめてて欲しい所なんだけど?」
呆れる熊子に、シアが一応弁護をするが、熊子の言い分はもっともであった。
「その通り だから余計に 腹が立ち、とはよく言ったもんねー」
「あーそんな川柳もあったねー。だからと言ってあんま手綱緩めるのもなー、特に今仕事受けおってるんだし」
減らず口を叩くシアであるが、この世界で生き抜いて来た熊子の言い分には敵わない。
仕事をミスすればただでさえこの世界においての地盤が無い冒険者にとって、唯一命綱になる実力と言う評判が消し飛んでしまうのだから。
「この世界に転生して暫くは「デスゲーム状態ktkr」とかよく言ってたけどさー、普通に人生須くデスゲームじゃん、コンティニューも何も無しの」
「熊子、須くの使い方間違えてるからね?」
精霊に頼んで、氷を用意して酒をキンキンに冷やす用意をはじめながら、シアは一応熊子の誤用に突っ込みを入れていた。
夕暮れを肴に飲む冷酒は、殊の外美味だったと言う。
「僕、もうしにそう」
「お気を確かに、シャルル様」
ほろ酔い気分で素っ裸で闊歩する美女美少女にあてられたシャルル少年だけが、この世の天国と地獄を行ったり来たりしていたと言う。