第42話 能力と結果は比例しないのですよ?だからといって努力が無用な訳ではないですけどね?
王都へと続く街道沿いに位置する小高い丘の裾には、今現在幾つかの天幕が張られ、その周囲には幾つもの馬車が止められていた。
ゴール王国でも有数の大店、プランタン商会に所属する商人であるジュラール・ブッフが率いる商隊と、その護衛を務めるランツクネヒト傭兵団らの一団である。
彼等は大掛かりな襲撃を返り討ちにしたことで、若干身動きが取りにくくなってしまったのである。
と言うのも撃退したはいいが、ざっと二十名を越す襲撃犯の身柄を確保してしまった為だ。
流石にこの数の襲撃者を全員引きずっていくのは無理と言う事で、王都へ連絡を取り治安維持を担う部隊に協力を仰ぐ事になった。
襲撃者なんぞ全員首をはねてしまえばよいと言う、過激ではあるがこの世界では比較的平常運転な意見もあったしそのような対応をとってもおかしくは無かったのだが、それらはブッフとゲオルグにより抑えられた。
殺してしまっては、裏が取れないからである。
通すべき所に話を通し、しかるべき方法できっちりと表から裏まで隅々洗いざらい吐いて貰い、後顧の憂いを無くす事に重点を置いたためである。
商隊としては、シアのおかげでこれまでの道程において獣の襲撃等が蠍人以降皆無だったため、本来のスケジュールよりもかなり余裕をもってここまで進んで来れた事もあり、別段急ぐ必要もなく、状況の保全も併せて、早めではあるが一旦足を止め腰を落ち着けて、一晩この場所で待機したほうが良いだろうという事に話は落ち着いたのだ。
傭兵団のメンバーらからは既に、早速王都への連絡用に、途中乗り換えつつ先を急ぐための物だろう、空馬を二頭引いての早馬を出している。
「飛行魔獣に行かせましょうか?」と提案したシアであったが、それはゲオルグにやんわりと却下された。
団としての面子もあるし、さほど切羽詰ってもいないうえ、そもそもハイジでは王都において顔が利かないと言う事もある。
そのため、傭兵団より選抜した隊員に商隊の責任者であるジュラール・ブッフと警護を担っているゲオルグとの連名の書状をもたせ、王都へと走らせたのだ。
宛先はブッフが———と言うよりもプランタン商会が———懇意にしている王城の重鎮らしく、今回のシャルル少年の召還にも関わっている信用のおける人物であるという。
王都とは言え軍の人員に関しては未だ魔獣侵攻の影響が残る状況だろう事は間違いなく、恐らくはこちらに人手を差し向けられるのは早くても明日になるだろうとの予測から、野営の準備を始めているのだ。
そんな中、とある天幕の下では、スキルを使用した襲撃者三人が、一応危険かもしれないからということで両手両足が縫い合わされた拘束着を着せられ、寝かされていた。
顔を覆い隠していた黒い覆面を取られた三人は、意外なほどに若い男性で、恐らくは十代後半と言ったところであろう年齢で、全員が普通人ではあるものの、想像していたよりははるかに整った顔つきであり、なぜこのような裏家業に?と思わせる者達だった。
シアにより神聖魔法をかけられた三人は、一旦意識を取り戻したかと思われた後、そのまま再び気を失い、未だに目を覚まさぬままなのである。
熊子曰く、「多分、操られてたせいで脳に負担がかかってたからじゃね?」とのことだった。
そして、その三人に何やら不思議な事が起こっているのに気がついたのは、一応スキル持ちに対抗出来るのはスキル持ちでなければと言う事で、休憩も兼ねて見張りを行っていたシア達であった。
そしてその異常と言うのは何かというと。
「左右の目の虹彩は真紅と蒼で、女性からの好意に鈍感で周りをやきもきさせるってのが定道だろ。ああ、ニコポナデポは標準装備な、常考」
「転生特典といえば基本中の基本、gate of Bāb-ilim。語源的に考えると“神の門の門”なんだけどカッコいいから良いや的なあの技は必携だよね」
「立ち寄った町で偶然某国の姫を助けるフラグも欲しいところだぜ。お姫様にはニコポとナデポ発動はデフォ。んで助けたお礼に王に謁見とかさ。軽く意見を言っただけでなんと軍略に長けている事よと褒め称えられて、気に入られて爵位と領地を〜とかのスカウトうけたりな。でも面倒だからと一蹴するのが俺。カコイイ。でも押し切られてか姫様に懇願されて仕官するかな。めんどくさそうに」
「いいねいいね、性格はクールだが実は優しい系で、口癖は「面倒くさい」とかかな?」
「そんでそんで、仕官したけど王宮とかの他の貴族連中にうざがられたりして、溜まり溜まった鬱憤のはけ口につき合って王軍の騎士隊長と殴りっちゃって、そんでもって盟友の仲になったりさ。そんで古参の軍人にも認められて軍内部の若き柱石に。ふらっとやってきた、時の剣聖に見込まれて後継者にされちゃたりしてもう俺最強伝説の開始」
「おうふ。では魔獣の大群相手に八艘飛びをやらかし、一気に大物を倒したりして無双?でも生き物を殺したりする度に罪悪感に襲われちゃって、落ち込むところを女性陣に慰めて貰う。ああ、偶々関わった違法の奴隷商人から、各地から攫われて来て危うく売り飛ばされかけてたおにゃのこ助けて「素敵!抱いて!」なんてのもいいにゃー」
「誰からも愛される俺すげー的な奴もいいかもなー。俺はそうだなー、チート知識を使ったNAI☆SEIしたいかな。現代の各分野の専門知識は常備ってことで。ああ、チート知識使った後で異世界への現代技術の氾濫に一人で悩んだりしてみようかな。で「一人で悩まないで…辛い時は私を頼って…」とかさ」
「あと怒らせたりしたらスペック爆上げとか欲しいよな。クリ○ンのことかー!的な。でもってブチ切れ時に顔を合わせた仲間は、「なんて悲しげな瞳なんでしょう…」とか「恐ろしいほどに深い絶望に染められた目をしている…」「彼の孤独を癒してあげたい…」なんて事を口にしながら膝が崩れるわけよ。よくね?」
「…こいつらは何寝言を言ってるんだ?ハイジ」
まさに寝言を言うなら寝て言えレベルの妄想を寝言で呟いていたのである。
しかも間違いなく寝ているはずなのに、普通に会話をしているようにも聞こえたのだ。
「さあ…。支配の魔法か薬で操られてたみたいって、シア様は言ってらしたけど」
「ああ、精神干渉系の魔法は脳にクルらしいからねぇ。後遺症なのかもしれないさね」
彼女らにとってはあまりにも意味不明な妄想が垂れ流されていたために、まったく理解不能であったのはある意味二人にとっては幸いであった。
一方意味がある程度わかってしまう残る二人としては、若干悩みの種となってしまっていた。
「まさかとは思ったけど、やっぱそうなんだろうね」
「まあ、ウチらのギルメンだけっちゅーよりか、別口もアリで考えた方が理に適ってるわな。って事で、あいつらどーする?」
「どーする、と言うと?」
首を傾げるシアに、熊子は淡々とした口調で続けた。
「こいつ等を引き取るか、放置して捕縛されてくのを黙って見とくかだよ」
そんな熊子の言葉をどう受け止めたのか、シアは傾げた首をぐるうりと回し、口を開いた。
「どうしよう」
「なんも考えてなかったー!?」
そんな折、シアのギルドカードが魔報の着信を告げた。
そこには魔獣大侵攻のおかわりが発生した事実と、推測される敵の能力等が、実に詳細に記されていたのであった。
「でさ、普通にこの人たち放置だと極刑だよね」
「魔獣侵攻おかわり来たーって、はい?ああうん、そうなるだろうね。あれ?そっちのが先?」
かなり切羽詰った内容のメールにもかかわらず、シアは目の前の三人を優先するようである。
「うーん、コレに書いてるのが本当だったら確かにそっちの方急がなきゃ、とは思うんだけど…まあ大丈夫なんじゃないかな、って思う」
「えー…そうかにゃー?」
渋い顔をする熊子であるが、それを無視してシアは腕のギルドカードをちょいちょいと操作して、なにやらしたためると腕を真っ直ぐに伸ばし「ネヴュ○71!返信願います!」と叫んだ。
「…まあへんしんには違いないけど。分光マン的に考えて」
そんなこんなをしている所に、一人の男装の麗人が少年に手を引かれて天幕を訪れていた。
「シアおねーちゃん達、おじゃましていい?」
誰あろう、クリクリ金髪巻き毛の美少年、シャルル君とその従者的存在のアラミス・デュマであった。
「あ、あの、先ほどはどうも、誠に申し訳ありませんでした」
いささかこれまでの印象とは違う、身の置き場が無さげな表情をしたアラミスが、言葉通りに本当に申し訳なさそうにシャルル少年の横で頭を下げていた。
「アラミスさん、顔を上げて下さい」
「いえ、私が下手に動いたせいで、シャルル様を危険に晒したばかりか、シア殿や熊子殿にも余計な手間をかけさせてしまいました。この責は如何様にも…」
そう言われてもシア的にはこれと言って困った事態ではなかったので、さほど気にしていなかったので、逆に困ってしまう。
彼女があの時無理にでも馬車に戻りたがったのは、馬車自体が魔法のアイテムだったからだとシアには理解出来ていたからである。
恐らくはかなり高価な、ソレこそ市井に出回っている物としては最上級の魔法の付与された馬車なのであろう事は明白で、実際先の蠍人でも、通常の物理攻撃では中の人間にダメージを与えるのは難しかったであろう。
ソレを知っていたが故に、アラミスは無理をしてでもシャルルを馬車へと戻したかったのだ。
スキルの種別如何によっては、その魔法防御もどれほど保つかは怪しい物であったが。
そして、馬車へと戻る事自体が最も悪手であった訳であるが、シア達冒険者の実力を知り得ていない以上、アラミスの選択も一概に否定出来ないのである。
結果として助かったとは言え、アラミス当人にとっては重大な事柄であるのだ。
彼女自身は本来身の回りの世話をする為の従者でしかないのだが、ことシャルル少年に関してだけは、些か事情が異なりその身を呈してでも守ろうと決意していたのである。
そして実際役に立つようにとそれなりに剣の腕も磨いていた訳だが、いざ実戦となると技術だけでは到底対処出来ない。
しかもその相手は並ではなく、スキルを使用する暗殺者であった。
普通ならば判る事なのだが、スキル持ちによる襲撃など、およそ防げるものではないのが常識である。
普通ならば、だが。
シアに限らず熊子らギルドの幹部連中にとってみれば、この世界の住人が使用するスキルは基本的に初歩の段階で足踏みしている初心者レベルである。
ゲーム時代には数多のプレイヤーキラーを退けて来たシアらにしてみれば、スキルへの対処などはお手の物であった。
たとえソレが、多少腕の立つ転生者であったとしても、シアにとっては大した違いではない。
なのでその気持ちだけで十分ですと言おうとしたシアが口を開く前に、熊子がアラミスの腰にぺしぺしと手を当て、話を進めていた。
「そんなに責任を感じてるんならさ、貸しって事でよろしく。なんかあったら力貸してよ」
「は?はい!若輩者ですが、何なりと」
気楽に声をかけている熊子につられたのか、アラミスも深く考えずに返事をしてしまっていた。
それを聞きつつ、あんまり危険な事はさせないあげてねとシアは思ったが、実際どのような無理を熊子が言い出すのかは、その時にならねば判らぬだろうし、それならソレでその時に止めればいいや、などと半ば放置してシャルル少年のふわふわもふもふな頭髪に指を通して楽しんでいた。
「くすぐったいです、シアお姉ちゃん」
「シャルル君の髪はふわっふわだねー。んー、でも流石にちょっと埃まみれかな?」
されるがままになっていたシャルルは、シアの言葉に身を固くした。
前の大きな街を出てから身を清めたのは、アラミスに濡れた布で身体を清拭してもらった程度だったからだ。
「え、あの…」
「そうだ、お風呂入ろう、そうしよう!時間もある事だし、ね!」
ずっと魔法のかかった馬車の中、たとえ魔法で空調が整えられていようとも、汗はかくし垢は溜まる。
「お風呂!?」
「いいねぇお風呂。この辺りに湯でも湧いてるのかい?」
その言葉を聞いて首を突っ込んで来たのは例の三人を見張っていたハイジとクリスであった。
「流石に温泉があるかどうかは私にもわかんない、聞いてみないと」
「聞く?誰にですか?」
まさかこの当たりにくわしい人物に心当たりでも?と首をひねるハイジらに、シアは何の気無しに呟いた。
「精霊さんに聞いてみる」
「シアお姉ちゃん、精霊使いなの!?」
「うん、まあエルフだしね」
この時代、精霊の声を聞ける者もその技法の伝承も廃れて久しい。
使い手が居なければ後進を育てる事も出来ず、余程の天稟がある者でなければ精霊の声を耳にする事などほぼ不可能である事もあり、現在まともに精霊魔法を行使出来る者、精霊の声を聞ける者と言うのはごく限られた者達のみであった。
その限られた者と言うのが、エルフである。
転生組の冒険者らは、全員が精霊魔法の一つや二つ使えるが、この世界の住人で精霊使いと言えば、種族特性としてハナっから精霊の声を聞く事が出来るエルフが殆どを占めていた。
「ちょっとまってねー、えーと」
呉羽に教わり、この世界で実際に精霊魔法を使用する際のこつは何とか身につけたシアである。
「大地の精霊よ、我が声を聞き姿を現したまえ」
簡単な呼び出しの言葉と共に、自身の魔力を地面に流す。
魔力を精霊に与える事で、お願いを聞いてもらうのが精霊魔法である。
魔力の質や、使役の上手下手により、その効果も激変すると言う呉羽の言葉を聞いたシアは、それなりの魔力を放出し、大地の精霊を呼び出そうとしたのだ。
温泉この辺りに無い?と聞く為だけに。
ゴゴゴゴゴ…という地の底から響くような音と共に、姿を現したのは、天をつくような巨大さの、大地の巨獣であった。
犀の角が生えた河馬といった感じの頭部に、巨大に膨らんだ腹部、岩山を削ったかのようなゴツゴツとした四肢に、杉の木の大木のような尾を持った、その見た目に反して優しげな瞳をした、大地の精霊獣王が、天幕の傍に姿を現したのである。
「でかすぎるわ!もっとこう、ちんまいノームとかが出て来て私の手の平に乗ってお話しするのが見た目にもいい感じなのに…」
『それはすまん。確かにワシはでかいからのう。ふむ、これでどうかの』
つい口を吐いて出た文句は、目の前の巨獣に拾われてしまっていた。
次の瞬間、巨大なベヒーモスは消え去り、シアの足下に手の平サイズのデフォルメベヒーモスが鎮座していた。
「こっこれは中々…かわええのう」
『恐縮だ。で、何かを聞きたいと感じて顕現したのだが、何用であるのか』
小さくなっても声は野太いおっさん声の魔獣であるため、少々シア的には減点対象であった。
とはいえ、これで話しやすくなったと、足下の巨獣を手の平に乗せ、嬉々として会話をはじめたのであった。
呆然としたハイジやクリス、シャルル少年にアラミスはおろか、周囲の傭兵団のメンバーすら腰を抜かしてひっくり返っている者が居る中、独り熊子だけが、力無く、その右手を伸ばし、突っ込みを入れた。
「ねーちん、ええんかそれで」
魔獣とかの件はどうすんの、とさらに突っ込みたい熊子をよそに、シアの入浴作戦は進められる事となったようである。
次回は風呂だ!