第41話 今思うとあの出鱈目な機種の混在は維持不可能ですよね?何がとは言いませんけどね?
エウローペー亜大陸の東に位置するモルダヴィア大砂漠。
その入り口とでも言うべき西側の荒野には、砂漠を渡って襲来する魔獣に対しての守護を司る砦が存在する。
一般的には守護の砦『クラーク・ド・シュバリエ城』と呼称されるが、知る人ぞ知るまたの名があり、その由来は古代にまで遡る。
嘗て栄えた魔法文明において、いかなる敵も寄せ付けなかったとされる伝説の砦から付けられたと言われるその名は“八十八番砦”。
鋼の鎧に背骨が軋む
命の脆さに刃が撓る
砂の墓標で涙も乾き
心の支えは故郷の慕情
迫る魔獣が未来を閉ざし
明日を開くは己の命
読み人知らずの詩が刻まれた砦の壁は、出立して行く者を見送り、その帰還を願うかのように刻まれた折に込められた魔力の残滓を煌かせる。
ココはエウローペー亜大陸の守りの要、八十八番砦。
戦場のド真ん中!!
・・・
・・
・
・
「物見からの報告です。…東の彼方に、何かが見えるそうです。恐らくは魔獣かと」
「魔獣大侵攻であんだけ殺しまくったのに、追加で来るとか。神様もどうせ教えてくれるならちゃんと最後まで面倒見て欲しいもんだね」
ココは八十八番砦の一角、警戒の為の物見の塔の中ほどに位置する司令官室である。
八十八番砦は、モルダヴィア大砂漠から続く砂岩質の大地と、その西側に広がる乾燥帯の狭間に位置する。
砂岩質の大地から乾燥帯へと移り変わる地域では、東西に区切られるが如く一チェインから大きなところでは三チェインほどの段差をもつ崖になっており、西側が一段と高くなっている。
そして、その乾燥帯側に切り込みを入れるかのように存在する谷間を塞ぐように砦は築かれ、エウローペー亜大陸への関所としての機能も有しているのだ。
砦において一際高く築かれた物見の塔はその谷間の北側に位置し、砦はその威容を砂漠へと向けている。
この地に赴任する者は、そのいずれもが各国有数の高い戦闘力を有する存在であるか、その国において身の置き場が無くなったり、政争に破れたり陥れられてここに来ざるを得なかった者たちである。
しかしながらその戦意は高く、先の魔獣大侵攻においても率先して出撃して行った者も多い。
この地で散れば、国に残る家族の生活は、どのような背景が有れども国が保障してくれるためである…。
そんな砦の司令官である男の容貌はひょろりとした長身痩躯で、余り逞しいようには見受けられないが、唯一短く刈り込んだ頭髪がやけに男らしさを残している。
別に額に十字の傷があったりはしない。
「その辺りは恐らく預言を賜った神殿の読解力不足ですね。恐らく神の使徒様は一から十まで事細かく教えてくださってますよ。きっと神殿の人間では脳味噌の容量が足りなくて、全てを我々市井の者に伝えられないのです」
「そおかあ?」
神のせいにしていた司令官とは違い、それを広めた神殿側に問題が有ったと言っている副官である。
どちらかと言えば正解は司令官の方なのだが、知りえる立場に無い二人はしばらくにらみ合った末に、司令官の方が先に折れ、「すまん」と告げ神に謝罪の祈りを捧げる羽目になった。
「まあそれはそれとしてだ。東に見える何かってのはなんだ?」
「現在飛行魔獣使いが偵察に向かっています。その報告をお待ちください」
「ふん?ったく、遠見のスキル持ちが視線を飛ばして見た挙句、何が来てるのかわからんってのはどういうこった」
言いつつ、比較的値の張りそうな、しかしながらそろそろ経年劣化で寿命が来そうな椅子にもたれながら、司令官は盛大に背伸びをして副官を呆れさせた。
「なにやらよくわからない物、としか形容できなかったそうです。偵察に出たのはモアですから、じきに戻るでしょう」
「…モア、ね。俺はあいつが飛ぶのだけはなんか納得出来ん」
モアは、外見的には地上生活に特化した鳥類のような姿をしているが、実は空を飛ぶことが出来る。
ただ、その飛行手段が尋常ではない。
「飛ぶのだからしょうがありません。文句は神様に言って下さい」
尻から高圧のガスを噴射してその反作用で空を飛ぶのだ。
「…どの神様にだよ」
漫画の神様か?と副官には聞こえないように呟くと、司令官はゆっくりと立ち上がり背後の窓の外に視線を送った。
☆
「使徒の野郎曰く、魔獣侵攻の原因とやらは、魔素喰らいって奴だそうだ」
「魔素…喰らい?なんだそりゃ」
ギルド本部からギルドハウスへと移動し、留守番のカレアシンも引き連れて、呉羽、ヘスペリス、ジューヌの合わせて四人はギルドハウスのラウンジへと足を運んでいた。
そこにはシアが持ち込んだノートパソコンが鎮座しているほか、小型プロジェクターとスクリーンなど、色々と元の世界を思い起こさせる機材がそこかしこに置かれていた。
誰かを留守番役に置いて、ギルドハウスのセキュリティーを常に働かせて置かねばならない所以の一つである。
「ま、ま、魔素…っと」
呉羽がノートPCを起動させ、内部のHDDに納められているデータを紐解く。
様々な現代知識や娯楽なども多く外付けHDDで持ち込まれているが、今回はそれらは無用である。
PC本体のHDDに収まるデータ、その最重要とも言うべきは、この世界を元にして作られたゲーム世界、『ALL GATHERED』のwikiである。
公式で発表された情報はもちろんの事、プレイヤー個人が得た情報や様々なゲーム内における環境その他が網羅されている。
「魔素―――魔法を行使するに当たり、利用、消費される天界を構成する物質。別名エーテル。魔獣はこの魔素の濃度が極端に高い状況下に置いて生育した事により発生する突然変異種と位置づけられる」
「いや、魔素は知ってる。魔素喰らいってのはなんだ?ゲーム時代にゃそんなモンスター聞いた事ねえぞ?」
読み上げる呉羽を遮るようにしてカレアシンが問うが、彼女は全く気にせず続きに目を通す。
「魔素喰らいに関しての記述は無いわね」
「そのようですね。こちらでも確認しました」
もう一つのPCを覗いていたヘスペリスは、呉羽の言葉に頷きラップトップを閉じた。
「なんだ、判らずじまいか?」
眉間に皺を寄せるカレアシンであるが、他の三人は一様にスルーを決め込んだ。
「まあ、言葉から推測出来なくも無いですが」
「そうね。心当たりと言うか、もしかしたらって言うのは思いつくわ」
「なんだよ、おい。教えろよ」
ヘスペリスと呉羽とがお互いに視線を合わせずに自分たちだけで納得しているのを、カレアシンは勿体ぶられているように感じて焦れまくっていた。
「まあ落ち着けよ爺さん」
「爺さん言うな。この女装マニアが」
憤る竜人の肩に手を置き、軽口で宥めようとするジューヌに対しカレアシンは苛立ちを隠そうともせず言い返した。
言い返されたジューヌは全く気にもせずに、むしろ突然自身の持つ雰囲気を一変させ、カレアシンへとしなだれ掛かるようにして腰に腕を廻した。
「美しければ、全て許されるのよ?」
「助けてヘスペリスー!」
◆
「ウチのトカゲを虐めるのも程々にして下さい。鱗肌に鳥肌立つとか初めて見ました」
「こいつは失敬。次からは気をつけるよ」
「オカマも女装も似たようなもんじゃない。今更なにやってんだか」
「女装とオカマを一緒にしないでくれ」
「オカマは中の人は女です。男のくせに女の格好とか、一緒にされるのは不愉快です」
ちょっとした限界点を突破してしまい力無く横になるカレアシンの頭を膝に乗せ、唸る竜人の角を撫でてやるダークエルフに、ジューヌは悪びれもせずに言う。
突っ込む呉羽が別の所に火をつけかけたが、今は取りあえず横に置いておこうと相成った。
「で、結論から言うと、魔素喰らいと呼ばれるのは、恐らくコイツだと思うわ」
手前に引き寄せられたノートPCを、呉羽は皆に見えるように角度を変える。
そして、そこに映し出されていたのは———。
「スライム?」
「ええ、そう。その内の一種」
そう言ってスライムのデータベースの片隅を指す。
そこには、モンスターとしてのスライムの紹介と共に、ゲーム内でのスライムの種類が記されていた。
それを見つめながら、最初に口を開いたのはジューヌであった。
「普通、前世で知られているスライムと言えば、ただ単に初心者向けの雑魚モンスターだ」
頷くカレアシンに、ジューヌは静かに続けた。
「しかしだ。あのゲーム世界だと、スライムは中級者向けの結構厄介な相手だった、そうだろ?」
「ええ、種類によっては攻撃を受けた際に装備が錆び付きましたし、レア装備でもお構い無しで劣化させる奴まで居ましたね」
「基本物理無効だったから、離れて魔法か精霊に頼むかすれば平気だったけど、大抵木の上から落ちて来たり、地面に擬態してたりで初撃を不意打ちで食らう事が多かったわよね、慣れないと。こっちに来てからは湿地帯でしか見かけないからだいぶマシだったけど」
ジューヌの言葉に、ヘスペリスと呉羽が続く。
ソレを聞いたカレアシンは、嫌な考えがもたげて来るのを押さえ込みながら、口を開いた。
とあるスライムを思い浮かべながら。
別段HPが極端に高いとか、MPが豊富で大魔法を使うという事も無い、ただ色が少々他と違う、ただのスライムの一種。
「…食った奴の特性を得るスライム…ってのが居たよな」
「ええ、攻撃がすなわち食事のあいつらの中でも特に嫌な奴」
「そうですね、私も経験が有ります。パーティーメンバーがスライムに取り込まれて…。気がついたら死に戻りしていました」
「みんな一度は痛い目に合ってるって訳だ」
「あのピンクの悪魔には」×4
敵の素性に近づいたと理解した彼等は、一気に確信へと近づいた。
迫りくるソレは魔素喰らい。
ならば、その性質は———。
「となると、魔法無効の能力でも取り込みやがったか?いや、むしろ魔力吸収か」
「神の使徒が脅威と言うくらいだからな、おまけに状態異常にも耐性付いて来るんじゃないか?」
そこまで意見し合って、4人は思わず考え込んだ。
魔法は効かず、むしろ魔力を喰らって成長するだろう。
おまけにこの世界のスライムは基本的に物理ダメージ無効だ。
そして恐らくは毒などの状態異常にも耐性が有るものと考えられる。
でなければ、アレだけの魔獣が命からがら逃げ出して来るはずも無いからだ。
毒を武器にする魔獣も居るし、捕食されない為に毒を持つ魔獣など、枚挙に暇がない。
「いざとなりゃ、天の磐船の館首魔導砲でって考えたんだが…」
「喜ばせるだけね、相手を」
「一気に食わせたら相手が破裂、なんて考えは使えません」
「まあ、相手は群体だしな。千切れ飛んだ所で痛くも痒くもない」
策自体は色々と考えられるのだが、如何せん規模が問題だ。
アレだけの魔獣が追われていたと考えるに、想像を絶する程のサイズを持つ事は明白である。
「シアにも伝えるか?」
事が自分たちの裁量で済ませられるのならば、全て終わってからの報告で良いと思っていたが、事が事だけに、伝えねばどうしようもない気がしてくる。
しかし、ジューヌが言いにくそうに口を開き、呟いた言葉で、皆の口元が若干引きつった。
「シアがさ…ウチの店から出発する時に俺こう言ったんだよ。『長旅に飽きてズルすんなよ』って。そしたらさ」
『心配しなくってもちゃんと呉羽にも約束したしね!地に足付けて旅するって。全行程やり通すわ、親から貰った二本の足で!』
その直後に熊子から「使役獣に乗りっぱだろうけどなー」と突っ込まれていたが、その辺りは割愛して呉羽らに伝えたジューヌである。
「そいつはちょいとヤバいか?」
「どうでしょう。時と場合によりますし」
「と、とりあえず、魔報しときましょう」
彼等の懸念はシアのこだわりである。
『自分に課したシバリプレイは絶対に反故しない』
なんと言ってもこれのお陰で彼女がこの世界に来るのが遅れたと言っても過言ではないのだ。
「送信…と」
今ひとつ、信頼に欠けるシアの扱いなのであった。
☆
普通人ジュラール・ブッフは商人である。
しかもただの商人ではなく、ゴール王国の王家御用達の大店、プランタン商会に籍を置く重鎮と言っても過言ではない、この国有数の商人であるといえる。
その彼が、ただの少年を頼まれたからと言って商隊に同行させるだろうか。
否。
断じて否である。
であれば、その存在は、商いの延長線上にあると考えるのが当然である。
そしてその思考の帰結に至った彼は、全力をもって当のブッフに対して己が疑問をぶつけていた。
「ブッフさんよ。俺らはただの護衛だ、ソレは間違いねぇ。アンタが何を運ぼうが、俺らは襲って来る連中から守る。シンプルな事だ」
だがな、とゲオルグは言葉を区切り、ゆっくりと言葉を押し出した。
「秘密の荷物が秘密じゃねえ時点で、危険度は糞ほど上がるんだ。それに準じた対応ってモンを俺たちだって準備してえんだ。一歩間違えりゃあの世行きの家業やってんだ、その辺の仁義ってモンはあんただってわかってんだろうがよ」
商人とて、襲撃があれば、荷物が届かなければ、信用と言う彼らにとって命の次に、いや人によっては命よりも大事なものが失われるのだ。
運搬における護衛との連携は、まさしく一蓮托生の重要案件であるはずなのだ。
「ええ、ええ。私もその点に関しては重々承知しておりますとも。しかしながら今回に限っては、幾分話が違っておりましてな」
すまなそうな口調でそう言いつつ、表情はにこやかな笑みを浮かべたいつもの顔だ。
「…まあ、大方の検討はついてらぁ。あの坊ちゃん、何処ぞの大貴族のご落胤かなんかか?お家騒動に巻き込まれるとか、しゃれになんねえぞ」
「いえ、貴族のお家騒動ではありません」
きっぱりと言い切ったブッフに、ゲオルグは訝しげに首を傾げる。
「あ?じゃあなんだ?ただの小僧にアレだけの金かけて襲撃するとか?今回はたまたま冒険者の嬢ちゃん達が出鱈目で助かったけどよ…」
ゲオルグは背中を流れ落ちるいやな汗が、襲い掛かってくる嫌な現実が自分の想定の斜め上だった事を確信していた。
そして、ブッフの口から告げられる言葉を聴くと後戻りが出来そうにないと、半ば諦めながら。
「シャルル様は、亡き先王の庶子にあらせられます」
一方、その頃のシアたちは。
「出番無いのかと思った」
「メタんな。まーよくあること」
で、と熊子はシアに視線を向け口を開いた。
「自称まったく無関係の通りすがりの盗賊団らしいですよ、旦那」
「だれが旦那か。せめて姐御と呼んで。っていうかさ、アンだけの設備投資して待ち伏せしてて、偶然でした?うん、たまたま店頭に出る前に箱買い出来たトレーディングカードにレアカードが入ってたわー、別に欲しくなかったけど手に入ったわーって言うぐらい偶然だね」
とりあえず死に掛けの盗賊に、神聖魔法セイクリッド・ブライトネスをかけ、一応死なない程度に順番に回復させつつ様子を見ていっているシアである。
中には何処から見てもお貴族様、といった風体の男までおり、こうまであからさまな襲撃に混ざってんなよ、と思わず突っ込みを入れたくなったりもしていた。
「ふむん、目的地までは目と鼻の先だけど、どうしたもんかしら」
それにこいつらも、と別に締め上げている3人に眼を向ける。
丘の連中が失敗することを予測した上で、襲ってきたスキル持ち達である。
見たところ全員が全員、薬か何かを用いられている雰囲気であった。
「んー、なんか引っかかるんだけど…とりあえずピースフルスピリチア×3」
全身の関節と言う関節が外されている為に、横になっているしか出来ない3人に向け、シアは神聖魔法を立て続けにかけてやった。
びくっと、筋肉の痙攣で3人がぶるぶると震えだし、うめき声を上げ始めた。
「なんか言ってんね」
「ん、なんだろ」
そっとその口元に耳を寄せ、なにやら呟くような言葉に意識を傾けると…。
「知らない天井だ」
「…ぃよう、カール」
「なにもかも、皆なつかしい…」
「って最後!!それ目が覚めたときとちゃう!」×2
三者三様の言葉に、シアと熊子は二人して同時に突っ込みを入れ、お互いに顔を見合わせた。
「あれ?」×2
アルファポリスのファンタジー大賞に登録してみた。
よろしくおねがいします