第38話 ぎなた読みって知ってます?まあ知らなくてもいいんですけどね?
シアが前方の丘へと先行し、若干速度を緩めた商隊の前衛で、クリスは熊子と共に周囲の警戒に当たっていた。
「いやあああああああああコピペネタにマジレス勘弁してええええええ!作者のライフはもうゼロよ!!」
と、そんな中、突然鳥バーに跨っていた熊子が奇声を上げ、もだえ始めたのだ。
「っ!?どうしたんだい!」
「ああ、いやゴメン。ちょっと精神攻撃を受けてた」
「ええっ?それって死霊なんかの得意技じゃないかい!?え?ホントに?って言うかそんなん食らって大丈夫なのかい?てか死霊?居るの?」
声をかけたクリスに心配は要らないというつもりで返事をした熊子であったが、予想外にやけに腰の引けた反応が返ってきたのであるが。
「ウン、何とか致命傷で済んだ。作者が。ああクリス?死霊とかそういうアンデッド系じゃないからね。あ、そだ。ハイジは?」
「シア様追いかけて、偵察に向かったよ」
前方の、樹木が生い茂った丘に隠れているつもりの、恐らくは襲撃者と目される集団へと、商隊から先行して様子を見に行くと告げるシアに、ハイジが自分も付いてゆくと強弁し、地上と上空からの二方向からの偵察となったのである。
「私が見た感じだと、結構な数が潜んでそうだけどさ。シア様なら大丈夫だとは思うけど、やっぱり心配さね」
「んー、まあ心配といえば心配だねぇ。ねーちん力加減間違えたらあの丘ごと吹き飛ばしちゃいそうだし。でも、まあいいか。相手悪党だろうし」
「えっ」
「ああ、流石に地形変えると不味いよね。あの丘って割と良い旅の目印っぽいし」
「えっ」
「えっ」
二人の意見がビミョーに食い違っている中、シアとハイジは若干空からの方が先行する形で丘へと近づいていた。
「アレで隠れてるつもりなのかしら」
地上のシアから見ても、あからさまに姿が隠せていない者まで居て、もしかすると威嚇しているのだろうかとすら思える状態である。
上空のヒポグリフに跨るハイジからは、丘の向こうに伏兵が居ないかどうかの確認を任せている。
『視線を飛ばせ』ば難なく見る事は可能だが、そのあたりは偵察に向いているハイジに頼んだのだ。
それに、熊子からも今回の敵はあくまでシアによる撃退をと予め言われた事もある。
要するに、シアに経験を積ませるという事が第一義としてあるために、重要なのは過程であるということだ。
何でも出来るからといって何でもしてしまうのは違うと、暗に熊子から示唆されていた事に気づかないほどシアも鈍感ではなかった。
熊子とクリスは後方で傭兵団の面子と共に周囲を警戒しつつ移動を続けている。
そしてシアとハイジは先行しての威力偵察というべき立ち位置となっていた。
そのシアより若干先行しているハイジからのハンドサインでは、森の中以外には特に怪しい者はいないとの事で、伏兵の心配はなさそうであった。
「さー、どうしようか」
現在シアは、コレまでの旅装束とは違う、オリハルコンだのアダマントだのヒヒイロカネだので出来た防具に武器という、先の魔獣侵攻戦に飛び込んで行った時以上のフル装備を身に纏っている。
懐に仕舞い込んでいる魔法の袋から取り出した各種装備品はどれも自分に合わせて自作した物ばかりで、全て装備する事で今のエウローペー亜大陸においては、半ば絶対的な魔法&物理防御の域にまで達する代物である。
実際のところ、そんな装備など抜きにしても、出鱈目な素早さでの回避能力と、身体から滲み出る魔力により常時障壁が展開している状態のシアは、基本的に怪我一つしないだろうが。
その装備品はと言えば、真紅の玉が額の真ん中部分で構造材となっている、左右に小さな翼が一対生えたサークレットをはじめとして、それ自体が光を発しているような錯覚を覚える淡いブルーのブレストアーマー、ガントレットもブーツも、ブレストアーマーと揃いの逸品で、それぞれに装飾の施された円環状の副装甲が取り付けられている。
そして、腰には左右一対の太刀を佩き、背中には何故か折り畳み式のスコップが背負われていた。
冒険者ギルドのメンバーが見ていれば、もうシアだけでいいんじゃないかなと言わしめる威容であろう。
そんなシアであったが、当人としては幾分不安な点も存在していた。
攻撃自体は問題なく行える事を、訓練と先日の蠍人との戦闘で実証できたわけだが、流石に人類相手に直接攻撃を行った事は無いため、戦闘開始以降の自分の精神的な部分が心配であった。
「アイテム頼りってのも些か気になるし、覚悟ってのは大事よね」
精神的な混乱などを抑えるアイテムであるサークレットを身につけているために、コレまでマイナス要因となる精神的な状態異常は起こらなかったが、それに頼り切りでもいざ何かあった時に不味いかもしれないと思うシアである。
商隊に先駆けて疾走する九尾の狐の上でそんなことを考えていたが、実際のところ理不尽な暴力は自身の善悪云々関係なしに襲い来ると言うことを身を持って知っているだけに、躊躇は身を滅ぼすと理解している。
伊達に前世において、たかだかネトゲ上での知り合い男性の彼女に刃物で襲われたりしたわけではない。
故に彼女はこう宣言した。
スキル発動【天空に刻まれし刻印】
読めずともその意味は伝わるという、大空に光輝く刻印を浮かび上がらせるスキルにより、彼女は告げる。
『全ての武器を捨てよ!さすれば汝その命拾わん』
燦然と光り輝くその文字が、遍く大空を埋め尽くし、それを見た者全てにその意思を伝えたのである。
ちなみにこのスキル、元々は音声視認化というスキルで、別名ギャー○ルズだのJ○J○ごっこだのと呼ばれていた。
「うはあ、あんなネタスキル取ってるとか、流石ねーちん。しっかしあれじゃまるで広域ビーム通信じゃんか。ねーちん威力偵察の域超えてるし」
熊子はそれを後方から見つめながら、シアの次の行動を推測していた。
適当なスキルや魔法で無力化するか、それとも死体も残らないレベルで殲滅するのか?
明らかに敵でしかも人外であれば、およそ心配も要らなかったが、さてこの度の敵は人類である。
ゲーム時代のシアのソロ戦闘パターンであれば、大物ならば遠距離からの魔法攻撃で削れるだけ削り、敵が近づいて来たら相手の素早さや攻撃手段によっては周囲を円を描くようにして攻撃を避けながらの弓などでの移動射撃や、近接武器による直接打撃に切り替えてのとどめというように、実に綺麗な戦闘を行っていた。
小型の敵が群れで現れた時などは、余裕が有れば単体攻撃の遠距離攻撃魔法や弓や剣などで一体ずつプチプチと潰して熟練度を上げたりしていたが、面倒な時は大規模範囲魔法で一気に始末していた。
今回は一応護衛対象がいる訳で、あまり時間をかけて敵味方が混在してしまうと、ちょいと手間がかかるかもしれない。
なにせ普通の範囲魔法は、味方も巻き込むからだ。
まあシアならば複数をターゲッティングしての攻撃手段程度、幾つも持っていそうだが、はたしてどう出るかと熊子が思案するのも仕方が無い事であろう。
しかし、敵の次の行動で、それらの心配は意味を成さなくなる事となった。
スキルによる光の文字が消える前に、敵が動き出したからだ。
樹に覆われている丘の、中腹付近の木々ががさがさとうごめき、数瞬の間をおいて盛大にばさばさと音を立て左右に倒れていったのだ。
「あん?あれもしかして投石器じゃね?」
倒れた木々に隠されていた場所には、熊子の位置からも判別がつくほどの大きさをもった、攻城兵器である投石器が姿を現していた。
細かな形状や仕様は熊子の位置からは判別できないが、前世の世界にも存在していた物は、最大でもおよそ300mほどの射程しかなかったはずである。
「どぅえいっ!」
OKサインをした手を内に捻り、手のひら側を顔に当てた熊子が奇妙なかけ声を上げる。
遠見のスキル【叡智の人】を起動したのであるが、その視線の先では投石器がすでに巻き上げを済ませ、今にも打ち出そうとしている様子が見えたのである。
「やっべ、アレどう見ても魔法かかってる。軽量化…だと威力が落ちるか」
彼我の距離はおおよそ四分の一レウガほどだ。
前世においての知識では届かないはずであるが、この世界には魔法が有る。
何らかの方法で飛距離を伸ばす事など、そう難しい事ではないだろう。
「一応迎撃準備しとこ」
恐らくは無駄になるだろうな、と思いつつ、もしもシアが対処出来なかった時の事を考えて、熊子は鞄をあさりはじめた。
☆—————☆
順調に進んでいた馬車が、ゆっくりとだが確実にその速度を落とした事に気がついたのは、馬車の小窓が開いて御者から事情を告げられる暫く前の事であった。
休憩の予定にはまだ時間的に早いと不思議に思ったアラミス・デュマは、自分に寄りかかってうたた寝をしているシャルル少年を起こさないようにしながら、普段は佩いていない細身の剣をいつでも抜けるようにと手元に引き寄せたところで、馬車の側方に騎馬が寄り、次いで御者側の小窓が開き、護衛の傭兵団から通達が入ったと告げられた。
何やら前衛の護衛の者が、前方に見え始めた丘の雰囲気が怪しいと言いはじめ、偵察に出る事になったらしい。
そのため万が一を考え、商隊の速度を落として周囲の警戒を密にしているのだ、と。
何も無ければ良いが、と表情を曇らせるアラミスは、こんな状況でものんきに書類へと目を通している向かいに座っている商人のジェラール・ブッフの様子が些か不思議に思え、首を傾げた。
訝しむ様な視線に気付いたのか、ブッフは顔を上げてアラミスの顔を見ると、にっこりと笑みを浮かべ、こう言い切った。
「デュマ殿、ご心配には及ばぬよ。護衛の傭兵団は元より優秀な者をそろえております。しかも今回は奇縁もあり、まず間違いなくシャルル様は御安全であるかと」
「それは一体?」
ブッフは視線を見えないはずの外に向けるようにして、言葉を紡いだ。
「冒険者、と言う方々をご存知ですかな?」
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前世においても過去に存在していた攻城戦用の兵器である投石器と同様の、平衡錘投石機と呼ばれる形式のそれは、巨大な錘を利用した物である。
シーソーのような構造で、片側に巨大な錘を付け、その反対側に投射物を取り付けて発射すると言う至極簡単な原理であるが、大型になればなるほど威力が増し、錘の重さを変える事で飛距離も調整でき、かなりの精度を誇るという物だ。
投石器の運用としては、城や城塞都市などに向けて外壁や内部の建造物を破壊するための巨大な岩などを発射したり、腐敗した死体などを放り込んで疫病を蔓延させる為に放り込むなどと言った利用方法もあり、大砲などの火砲が開発されるまではかなり有効な攻撃方法であった。
故に、このような場所で構築しての利用など本来は有り得ないのだが、現実問題、相対している上に既に巻き上げも済み、いつでも発射できる状態である。
それに気付いたシアは、特に慌てた素振りも見せず、左手を前に突き出した。
すると瞬時に左手のガントレットに取り付けられている円環部が回転を始め、ガントレットの左手の平が光り輝きだした。
シアがその光を握り締めると、弾ける様に光が上下に伸び、次の瞬間蒼銀に輝く長弓が姿を現していた。
「女神の一矢」
シアの呟きと共に、今度は右手のガントレットの円環部が高速回転を始め、右手に金色に輝く光の矢が生み出され、そして番えられたその矢は、ゆっくりと引き絞られ狙いが定められた。
丘の中腹に設置されている投石器が巨大なカウンターウエイトを重力に任せて振り下ろし、その反対側に繋がる投射物を天高く放り投げようとしたその時。
バキィン!と言う音が響き、シアの手から放たれた矢が、その軌跡だけを周囲の人々に知らしめ、狙い通りに目標へと着弾したのである。
その着弾の瞬間を認識できた者は恐らくはシアと熊子だけであり、その際に波及する影響にまで即座に対応できたのは熊子ただ一人であった。
何しろ予想以上の威力に一瞬唖然としたのは攻撃を受けた側や後方で見守る傭兵団や商隊の面子だけではなく、魔法の矢を射た当の本人ですら呆けた顔でしばらく固まっていたのであるから。
目標である投石器に見事に着弾した魔法の矢は、そのまま貫通、背後の丘を抉り取り、はるか彼方へと消えていった―――などという生易しいものではなく、光の矢は、弓から離れた瞬間、輝きが裏返るかのように漆黒の輝きにシフトし、周囲の光景をゆがめながら直進、着弾した。
そして、凄まじい魔力崩壊と共に、平べったく、外縁部がキラキラと輝く円盤を生み出すや、激しい光の噴射を天高く立ち上らせた。
「あっちゃー。ねーちんてばやりすぎ」
高濃度魔力の超圧縮による、魔力のブラックホールとも言うべき現象がそこに発生したのである。
幸いサイズ的には超マイクロサイズであったらしく、ほぼ瞬時に蒸発、その力の奔流はそれ自体が生み出した次元の狭間へと雪崩れ込んでこちら側には影響はなさそうであった。
それはさておき、熊子は現実的にシアの攻撃により発生した衝撃波やその他諸々の周囲に波及する物理現象に即座に対応していた。
「とうっ!」
その有り余る脚力で高く飛び上がる熊子。
その姿は先ほどまでとは打って変わっていた。
レオタード姿の上から、腰に幾重にも重なるようにして巻かれた白い帯状の装具…。
いわゆる廻しを身につけていたのだ。
空高く廻し姿で飛んだ熊子は、軽く身体を一回転させると、手の平を顔の前でパンッと打ち合わせるや、叫びを上げた。
「アフガン航空相撲奥義!空中四股踏みバリアー!!」
足場も何も無い空中で、熊子がその足を打ちつけるように振り下ろすと、バキイィィィンという甲高い音と共に、商隊を覆うような大きさの円形の障壁が浮かび上がった。
それは前方から吹き飛んできた木々の破片やら大小の岩などを、全てを弾き返し、何事も無かったかのように周囲が静まり返るまで、そこに存在しやがて消えていった。
「ぬう…折角のスコップも使い道が無かった。豪華絢爛掘削章保持者の腕前を見せてあげたかったのに」
商隊がその速度を戻し、丘に近づくと、なにやらシアが不穏な事を呟いていた。
聞こえない振りをしているのか、傭兵団々長のゲオルグはその愛馬であるスレイプニルでシアに近づくと下馬し、嘆息しつつ声をかけてきた。
「えー、とだな。うん」
「はあ」
何をどう言っていいのやら、言葉を持たない様子のゲオルグである。
一応シアが冒険者ギルドの関係者である事は彼にも推測出来ていた。
冒険者ギルドの発足以前からコレまでの間に、様々な逸話やら嘘か本当かわからないレベルの出鱈目な話も耳にしてきた彼である。
シアやクリス・ハイジの事は流石に知り得ていなかったが、熊子に関しては面識こそ無いが彼もある程度の噂を聞いていたため、本人だろうと予測できていた。
一流は一流を知る。
その上で情報を重視する真面目な傭兵団であれば、冒険者ギルドのメンバーが持つ凄まじい能力がブラフでもなんでも無いと知っていて当然と言える。
であるが、流石にここまで非常識な存在だとは思ってもいなかったのである。
「アフガン航空相撲秘奥儀!スーパーーーー!イナズマ・キーーーーーーーーーック!」
その時突然上空から降ってきた熊子により、シアへと攻撃が加えられた。