第36話 あの人は今ってありますよね?あれって当人からしたらいい迷惑なんじゃないでしょうかね?
カーテン越しに朝陽が差し込み、金色の波のように広がった髪が色彩を濃くする。
その髪の持ち主は、ぱちりと眼を開いたかと思うとがばりと起き上がり、派手なうめき声を上げて盛大に伸びをした。
「ふんぬ~~~~~!」
ハイエストエルフであるシアの今朝の目覚めは思いの外よろしいようである。
彼女はこれほどに寝起きが良いのは何時以来かと思いつつ、周囲を見渡すと、隣のベッドで寝ているはずの熊子の姿が見えない事に気がついた。
「はて」
シーツには皺一つなく、早々と起きた熊子がベッドメイキングしなおして出かけた、などと言う事が無い限りは、昨夜自分が寝付いてから出かけてそのまま帰って来ていないと言う事だろうと推測する。
ひょい、と身体を無駄にでかくフカフカなベッドの上を移動し、床に揃えて置いてあるスリッパに足を滑り込ませ立ち上がる。
「ハイジとクリスは…っと。うん?」
スイートルームの居間を抜け、もう一方のベッドルームを覗くと、こちらはシーツこそくちゃくちゃの二つのベッドが眼に入るが誰も居らず、自分だけが部屋に残されている事だけが確認出来た。
「これは…何か事件に巻き込まれた!?」
「いえ、何でそうなるのか判りません」
「あらハイジ。おはよ」
目を細め、顎に手をやるシアの横手から、タオルで汗を噴き拭き部屋へと戻ってきたハイジがそこにいた。
「おはようございます…って、判ってて言ってますよね?」
「まあね。バルコニーで剣の練習?」
「いんや、こいつ…トンファーをね」
大きく開かれた窓の向こうから、両手にトンファーを持ったままのクリスがそれにこたえた。
その汗に塗れた姿は、きらきらと朝日に照らされて輝いてみえる。
「面白いでしょ、それ。いろいろ出来て」
「だねぇ。流石に朝っぱらからこんな所で武器を打ち合わせて音を響かせるのはアレだから、二人して素振りしてただけだけど、うん、面白い武器だと実感できるさね」
言いながらも、手にしたトンファーをヒュンヒュン、と回転させてはぴたりと思い通りの位置で止めてを繰り返していた。
「ねえ二人とも、熊子知らない?昨日から出かけてるみたいだけど」
楽しく稽古をし終えたと見える二人に、シアは熊子の居所を尋ねた。
しかし返ってきたのはある意味想像通りの答えであった。
「いえ?私達、起きてからそっちをまだ覗いてませんでしたから…」
「昨日の晩からかい?そりゃ変だねぇ」
二人とも、熊子が出て行ったことすら気づかなかったと言う。
「まあ、あの子がこっそり動いたら…普通じゃ判らないわよね。私も寝てたし」
熊子のステルススキル認識阻害は半端なレベルではないため、発動して出かけたのならそんじょそこらの者ではすれ違っても気付かない。
通常であればともかく、寝てしまっていたシアにそれに気付ける道理はなかった。
「こっそり近づいて来た、とかなら寝てても気付くんだけどねぇ。常時発動の気配察知もあるし」
シアがふむん?と腕を組む。
姿を消してなにをしに出かけたのやらと考えるが、どうせまた隠し事なんだろう、と一人納得したシアは、嘆息すると二人に声をかけ、食事にしようと着替える事にした。
「まあ、子供じゃないんだからそのうち帰って来るでしょ。二人もささっと汗流してらっしゃい。食事の用意してもらうから」
言いながら元の寝室へと戻り着替えを済ませると、今度は居間へと移動して応接セットのテーブル上に置かれていた呼び鈴を軽く振った。
すると透き通った音が響き、しばらくするとドアをノックする音が聞こえてきたので、シアは入室の許可を告げた。
入ってきたのは折り目正しい男性の従業員と、裾の長いハウスメイドっぽい服装を着た女性の二人組みであった。
「お呼びでしょうか」と問いかけられたシアは、朝食の準備を3人前お願いすると、さて今日はどうしようかとソファーに沈み込んだところで、ギルドカードにメールの着信を示すアイコンが浮かび上がっていた。
☆
シアがこれっぽっちも心配していないその熊子であるが、現在進行形で困っていた。
(まさかあの時の選択がこんな結果を招くだなんて)
何せ声が出ない。
頭も痛い。
身体もまともに動かせそうに無い。
それでもかなり余裕はありそうであるが、流石にコレは拙いと、熊子は昨晩を振り返っていた。
昨晩、シアたちを置いて宿を出た熊子は、一路とある酒場へと足を運んだのだ。
新市街のメインストリートに面したその店は、暗い通りにまで光が溢れ、店内の賑わい振りを思わせるこの街でも一・二を争う程に繁盛している酒場であった。
「アタシの歌を聴けぇ!」
中からそんな大声が聞こえてくる大きめの扉を、熊子はゆっくりと開くと、賑やかな喧騒と共に、店内で催されているのか幾つもの楽器の音色と、それにあわせた軽やかな歌声が耳に届いたのだ。
「盛況だねぇ」
ぼそりと呟いた熊子は後ろ手にゆっくりと扉を閉め、店内を見回した。
割と広めの店には、正面にカウンターがあり、その奥には様々な銘柄の酒瓶が壁一面の棚にところ狭しと並んでいる。
右手の奥の一段高くなった舞台の上では、この世界には似つかわしくない楽器による五重奏と、一人の水棲人がボーカルを務めている、いわゆるバンド演奏が行われていたのである。
若干元の世界の物とは形が違うが、コントラバスやギターのような弦楽器と、ピアノのような鍵盤楽器、色々と無理矢理感の溢れどう見てもお手製の複数の打楽器、そして金管楽器のサクソフォンのような形状をしたもの。
それらの演奏をバックに、一人の水棲人が声も高らかに歌を唄い上げていた。
それは遠い故郷の歌。
捨てた家族の歌。
もう戻れない、それでも忘れられない、ふるさとのうた。
熊子はそれに耳を傾けながら、カウンター席に腰を下ろし視線を舞台へと戻した。
すると、歌い手の水棲人が熊子に気付いたのかぱちりとウインクを決め、そのまま歌い終えると綺麗に一礼をして舞台から降り、声をかけて来る客をあしらいながらカウンター席へと近づき、腰掛けた。
熊子の隣の席へと、躊躇無く。
ゆったりとした長さの裾を引きずるようにした、身体の線を出すマーメイドタイプのドレスをまとい、ただ歩いて来るだけで、客の視線を集めるその堂々とした姿は、狭い酒場が巨大なライブ会場になったかのような錯覚を覚えさせる。
半透明にも見える、光の当たり方や角度によって様々な色合いに変わる長い髪も、より一層彼女の怪しげな雰囲気を盛り立てている。
耳元から伸びる、ヒレ状の耳も同様の色合いに輝き、まるでアクセサリーを拒絶するかのように自己主張をしていた。
細い首筋にかかる不思議な色合いの髪を優雅な手つきで後ろへと払い、折れそうなほどに細い腰を捻りカウンターへと肘をつき、顎を乗せた。
肉付きの薄い身体は実にスレンダーで、しかしながら欠片も病的な痩せぎす感は見受けられない。
「お久しぶり、皆は元気?」
そんな歌い手が席についてカウンターの中にいる女性バーテンダーにエールを注文したあと、くりっと顔の向きだけを変えるや、そう口にしたのだ。
「おひさ。毎度のごとく無駄に元気だよ。相変わらず繁盛してるみたいで何より」
店の客どころか目の前のバーテンも聞き耳を立てている様子に苦笑しながら、熊子は気負い無しに挨拶を返した。
両手でグラスを持ち、中の琥珀色の液体に口をつけ、熊子は続けた。
「ジューヌ…。シア、来たよ」
ジューヌと呼ばれた水棲人は、眼を伏せてそれに応えた。
「…うん、それは感じてた。あ、来たなって。なんとなくね」
それだけ言うと、視線を舞台に向け、楽器だけが置かれて今は無人のそこをしばし見つめる。
バンドメンバーは、舞台袖に下がった者や観客から酒を注がれて飲まされている者もいるようで、結構な人気っぷりである。
「みんなには悪いとは思ったけど、元々の夢がコレだったからね」
だから後悔はしていないと、人差し指を立てて口元を指し示す。
「そっか」
安心したとばかりに微笑む熊子に、ジューヌはにっこりと微笑むと、熊子の頭に手をのせて、くりくりと撫で回した。
「気を使ってくれるのは嬉しいけど~それならもっと頻繁に顔出してくれた方が嬉しいなって、みんなに言っといて?」
いっその事支部作っちゃうとか、などと言って笑う。
「まあ、そのうちにそうなるとは思うけど」
そう遠い先の話でもなさそうだけど、とこればかりは口に出さずに、グラスに残った液体をくい、っと飲み干した。
近況をお互いに話し、何杯かの酒精を傾けたあと、再び舞台へと向かう。
バックのメンバーが揃った所で指を三本立て、リズミカルに一本ずつ折って行き、最後の一本を折った所で、バックバンドが一斉に音を響かせる。
と同時に、ジューヌの姿が光に包まれる。
「…早着替えにスキル使うとか…こってんなぁ」
視線の先では、今まで着ていたドレスは何処へやら。
革のロングパンツにタンクトップのシャツと言う、実にロックな格好をしたジューヌが舞台の上で、客に笑顔を振りまいていた。
「俺の歌を聴けぇ!!」
相も変わらず女装がお似合いでしたこと、と嘆息しつつ、歌声に耳を傾ける。
若干背が足りない為に、カウンターにしなだれかかるような姿勢になるが、少し酒で火照った身体にはだらけている位がちょうどいい。
ふとカウンターの中を見ると、バーテンダーの女性はニコニコと熊子の方を見て何か言いたげにしている。
「…何か用?」
「嫌ぁねぇ、熊ちゃんってば最近とんとお見限りなんだからぁ。ジューヌとも言ってたのよ、お仕事の方も大変だろうけど、だからこそウチで息抜きしてって欲しいなって」
白いシャツに黒いスラックス、蝶ネクタイに前掛けと言うスタイルの女性、実のところこの店の店長でありオーナでもある人物で名前はセラ、そして、ジューヌの奥さんでもある。
確か三十になるかならないか、という年齢であるはずだが、二十歳そこそこといった感じに見える。
この酒場の一人娘であった彼女は、物心付く頃には店の手伝いをし始め、花も恥らうお年頃になる頃には、この大通りでも評判の押しも押されぬ店の看板娘であった。
当時この店は、立地的に客層もそう悪くはなく、ちょっと手癖の悪いおっさんが給仕の折に彼女に触ろうとする、という程度のことはあったがおおむね平和な日々を送っていた。
それが、ある時柄の悪い傭兵団だか盗賊だか区別の付かないような連中が、この店に押し寄せた事があった。
羽振りのいい様子は、恐らく魔獣狩りか何かで結構な額の報酬でも手に入れたのだろうという雰囲気で、盛大に飲み食いしていた。
そんな連中が、見目麗しい看板娘に対しどんな行為を働くか、と言えば。
三大欲求の一つを満たすための行動を、力尽くで取ろうとするのは火を見るよりも明らかであり、そしてそれを実行に移し彼女が今まさに服を剥ぎ取られようとしたとき。
「そのへんで止めにしときな。悪い狼さんは狩人に撃ち殺されるって相場が決まってるんだぜ?」
たまたま飲みに来ていたジューヌが、十人を超える強面の傭兵団相手に、啖呵を切ったのだ。
「何だ貴様は。俺達を傭兵ギルドの『黒の大地』のもんだと知っても、まだその減らず口を叩けるってのか?」
「ああ、叩けるさ。あいにく俺の口は幾ら喋っても減らないように出来てるんでね。お前の口は喋ると減るのか」
のしのしとジューヌに迫り、顔を寄せてくる男に、顔色一つ変えず更に続ける。
「残念だが男に迫られる趣味はないんだ。あとちゃんと歯磨きはしろよ?口が臭いと女の子に嫌われるぜ?」
「はっ、いい度胸だ。水溜りが無きゃ何にもできねぇ水棲人が!この俺を怒らせない方がいいぜ?」
「怒らせたらどうなるんだ?ウサギとワルツでも踊るのかい?」
「…っ!その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやるっつってんだよ!」
その言葉と同時に、背後で武器を準備していたのか、仲間の傭兵達が武器を片手に一斉に立ち上がり(省略されました。全てを読むにはワッフルワッフルと書き込んでください)
…その後、撃退した傭兵団を二度と似たような事を起こす気がなくなるまで、完膚なきまでに叩きのめし、傭兵ギルドにもついでに喧嘩を売って、未だギルド設立を模索中の鬱憤晴らしにと冒険者仲間全員で行うかと言うところまで行ったのだが、その途中、どこかの某将軍が仲介に入り、手打ちとなったのである。
そしてジューヌと看板娘はその後恋仲になり、現在に至る。
ために、この店は冒険者ギルドの面々にはそれなりの馴染みの店なのだが、距離的に微妙なため、そう頻繁に利用は出来ないと言う部分があった。
「もうちょい近所ならねぇ。流石に歩きだと往復に十日かかるとかだと気軽にって無理だし」
モノイコス王国からの旅程は、徒歩だとそれくらいが普通である。
「貴方達ならそうでもないんじゃないの?それに、彼が言ってたけど、やっと本領発揮できる状況になった見たいだって」
どうやらジューヌがギルマスの帰還を告げていたようである。
流石に結婚相手にはそれなりの事情を話しているようで、転生云々は一般の人たちには内緒という事にしてあるが、それ以外のことは大概知らせている。
むろん、当たり障りの無い、常識的な範囲までだが。
そしてそれは、一般の人たちにとっては「またまたご冗談を」といった内容なので、実際に力を見せた相手以外は信じてくれる事はまれである。
どう取って貰っても都合が悪いわけでは無いのでそのまま放置、噂は流れるに任せて今に至り、冒険者ギルドを甘く見ている者は多く、その逆はごく少数となっていた。
「聞いてるならいっか。うん、ギルマスが来たからね。支部周りのついでに一応報告と状況が変わったからさ、復帰したいなら待ってるよって言って回ろうかなって」
ジューヌはどうも戻らなさそうだけど、と笑って言う。
「そりゃあ?この私の旦那様が私を放ってどこかに行っちゃう訳無いじゃない」
ご馳走様、と言って熊子は一人誰に言うとも無く話し始めた。
「魔獣大侵攻の前にはさ、妻子を守るために俺は魔獣の群れと戦う!とか言い出す奴居ないかな、と思ってたけどさ。まあ、自宅で一緒に居て守った方がいいよね。うん」
軍やら辺境の見回り騎士まで総動員したこの度の戦、幾ら日数的に戦場に届かない距離の国が代行で治安維持をと言っても、隅々まで目が届かない。
現に、この街でも駐留しているはずの軍や警備の人間の数が目減りしているのがあからさまに判ったし、と。
などと思っていると、突然バン!と扉が開き、どやどやと数人の男達が店内に足を踏み入れた。
「…いらっしゃいませ」
と、急に無表情になったセラを目の端で捕らえつつ、視線は舞台に向けていた熊子。
その舞台上では、ジューヌがいつの間にか再び女装をしており、ミニスカートの黒いゴシックロリータ姿になって歌を続けていた。
急な闖入者に驚いて音楽が止まるとでも思っていたのか、無作法な連中はしばらく固まったままで、次の瞬間顔色を真っ赤にし、何か大声をだそうと口を開いた。
「…!…!?」
が、そこから漏れるのは音無き音だけ。
その男達がなにを叫ぼうとも、一切の音が届く事は無かった。
「ねえセラ。そこの黒板とチョーク、借りていい?」
「え?ええどうぞ?…熊ちゃんが何かやったの?」
ちょっとね、と言いながら、今日のお勧め料理と書かれた黒板を消し消し男達の前に出て、じっと男を見つめるとカッカッとチョークを走らせ、その男に見せた。
『なにがどうなってやがる、って?』と書いて。
黒板を突きつけられた男は、熊子の持つ黒板を見て首を傾げた。
と、その斜め後に居る男が先頭の男に耳打ちする。
口をパクパクさせているだけの男達の先頭に立っている、一際人相の悪い男は熊子に視線を戻すと、大きく頷いた。
それを見て熊子は再びチョークを走らせると、相手に向けてひっくり返す。
『知ってるが、お前の態度が気に入らない』と書かれたそれを見て、男達は顔を真っ赤にしてより一層顔を顰め、口を無駄に動かし始めた。
「熊子…何やってんの?」
「あ、ジューヌ。いやちょっと馬鹿っぽいのが来たから足止めとおちょくりを」
歌を終えて再び舞台から降り、カウンターに来たゴスロリジューヌが、熊子と身動き一つしない奇妙な集団を見比べながら、呆れたように問いかけてきたのだ。
「はあ、またか。ここ最近見回りの兵隊さんたちが減ったから、こういうのが増えてさぁ」
言いながら、熊子に遮音結界を解いてもらう。
とたんに大騒ぎする男達の声が聞こえだしたが、ジューヌの一声でぴたりとやんだ。
「傭兵ギルド所属の傭兵団の方でしたかしら?当店に何用でしょうか」
歌と同様の、何物をも虜にしそうなその声で。
問いかけられた男達は、一様にとろけるような顔つきで、『いやあ一寸寄っただけでして』と言いはじめたが、一人だけが『畜生、なんで身体がうごかねえんだ!?』と言い続けていた。
「を、一人ミスった」
「ありゃ、なまった?」
熊子の声に、かもしらんと言いつつ、ジューヌは髪を掻き揚げ、声を上げた。
「ここに居ていいのは!大人しく、歌を楽しみ、酒を楽しみ、食を楽しむ者たちだけ!貴方達はどうかしら?!」
誰何するジューヌの言葉に、男達は怯むが、動けないにもかかわらず、害意を隠そうともしないのでは、答えは明白である。
「お、お前さんを、ウチの団長がご所望なんでな。悪いが来てもらうぜ」
ぎりぎり残っていた精神力だか何かのおかげか知らないが、彼はそれで自分の死刑執行命令にサインしたも同然であった。
「ん?拉致る気満々マン?」
熊子の目が、ぎらりと光り、ジューヌの切れ長の瞳も怪しい輝きを増す。
「二人とも、血で汚さないでね~」
のんきにそう声をかけてくるのはセラ。
二人の背後では、何秒で闖入者が倒されるか、という賭けまで始まっていた。
「いやあ、あのちっこいのが助っ人かね。コレは読めないなぁ」
「あら、ジューヌ様のお友達みたいだし、きっと足手まといにはならないわ!」
などと至極お気楽であった。
「半分ずつね」
「いや、多く倒した方が今日の酒代持つってのはどうだ?」
首をこきりこきりと捻る熊子と、左手首をプルプルと振るジューヌ。
「らじゃ。スキルと刃物は禁止って事で?」
「おk、じゃあ行きますか」
「ん。んじゃセラさん、合図お願い」
言うや、ぼんさんが屁をこいたを解除、一気に乱戦が始まり、数秒で終了した。
熊子は、男達の間をすり抜けるようにして進みながら、手当たり次第にちょうどいい高さにある急所に鞭のようにしならせた、平手打ちを見舞い、ジューヌはジューヌで近寄る相手の胸に、ぽんぽんと手の平を当ててはするすると相手を倒していた。
「あ、ずるい。種族特性は有りなん?」
「スキルじゃないし、刃物でもないし?何か問題でも?」
うふん、という感じで人差し指で口元を指すジューヌに、熊子ははいはいとうなだれた。
「セラ」
「えっと、たぶん半分ずつで引き分け!」
「多分とか」
両手でばってんマークを作るセラに、熊子が渋い顔つきで文句を言うが逆に怒られた。
「見えないくらい速く動く方が悪い!」
後で同意する客連中まで出る始末である。
「じゃあ、今日の飲み代は熊ちゃんとジューヌで割り勘ね。みんなー、二人がおごってくれるってさ!!」
セラの一方的な決定にふたりして「おいおい」とは思うが、取り敢えずお互い視線を合わせて、頷いた。
「こいつらの金目の物剥ぎ取って」
「衛兵の詰め所か傭兵ギルドにでも放り込めば、元は取れるか」
以前の件もあって、この店への対応は、傭兵ギルドにしては若干腰が低い。
それにプラスして、冒険者ギルドの幹部である熊子が絡むとなれば、『今日のところはコレで何とか』的な何かがいただけるだろう。
まあ、取り敢えずひっくり返ったままの男どもを縛り上げて、店の裏庭に放り出すことから始めた二人であった。
「ああ、あれから明け方まで飲んじゃってたもんなぁ…おまけにウチまで歌う羽目になったし」
幸いにも歌はそれなりに上手い。
前世では、しょっちゅうカラオケに行っては採点ゲームで満点を目指したものだ。
ヒトカラだったけれど。
その甲斐あってか、歌い終えたときの歓声は多く、評判も悪いものではなかった。
そして今。
目が覚めた熊子は、酷い二日酔いに悩まされているのであった。
頭痛に吐き気、喉の渇きに胸のむかつきと、フルコースそろった上に、横で二人抱き合って眠るジューヌ夫妻に更なる胸焼けまで起こりそうであった。
「シアにメールうっとこ」
ついでにこの色ボケ夫婦も紹介できるし、と思いながら。