第3話 ゲーム内世界ですか?わかりましたけどそれが?
“ピースフルスピリチア”
『ALL GATHERED』世界における、神聖魔法だ。
世界を生みだし、育み、見守り続けている、三柱の大神のうちの一柱、慈愛の女神から賜る、優しい力。
私がこのネトゲにはまるきっかけになった、素敵な女神様。
っていうか、なんでお前のその手が光って唸る?
私を癒せと轟き叫んでるのか?
そんな、奴の右手が金色の輝きに包まれ、おんぼろブラウン管テレビのスイッチを入れたときのような音が響きわたると、私の頭上にかざされたその手の平から、黄金色の雫が降り注ぐ。
「あ…?って、ちょっとあんた、今何したの!?」
「何っ…て。女神にお力をお分けいただいて、癒しをさせていただいただけですが…?貴女もご存知でしょう?」
ご存知ですよ。
ゲーム内ではな!
「アンタ、何者?ただのゲーヲタ兼ストーカー糞野郎じゃないみたいね」
「ちょっ!?…はあ、理解しました。貴女の私に対する態度がやけに刺々しいと感じていたのはそういう認識からですか」
がっくりと肩を落として嘆息するのを見て、一々芝居がかったりアクションをする奴だと思っていたら、そういうことなのか?と思った。
「では改めて自己紹介をさせていただきましょう。ある時は貴女の同僚サラリーマン、またあるときは某ネットゲーム配信企業の関係者。しかしてその正体は!」
アー、ハイハイなんとなくわかったから、そんなに両手広げてポーズとらなくていいし。
「女神の御使い、青銅の蛇と申します」
おー、天使じゃないんか。
ごった煮神話体系なゲーム内だから、織天使あたりかと思ったんだけれどはずれたか。
あ、でも旧約聖書にそんな名前の銅像かなんかが出てきたっけ。
列王記だか民数記だっけか…モーセのお話だったような気が。
まあいいや。
「…驚かれませんか。流石私が見込んだだけのことはある」
いや、あんたが魔法かけたからじゃね?
あれってば、精神系の状態異常治してその後暫くそれ系の付与攻撃、防御するし。
今の私はアレよ?
心の中にさざ波ひとつ立たないわよ?
明鏡止水ですよ?
ネオ○ャパン製のモ○ルファイターにのせればスーパーモード通り越してハイパーモード起動しちゃうわよ?
「落ち着かれたところでお話を続けさせていただきたい。よろしいですか?」
よろしいも糞も、会社の玄関口で私を半ば拉致る勢いで、パーティーションで区切られた事務所の自分のスペースに引きずり込んだよね?
周りに人がいるのにもかかわらず。
「えー、それに関しましては申し訳ありませんとしか…」
流石にそう指摘した瞬間に大きく頭を下げてきた。
だからとりあえず一言言わせて貰う。
「先にタイムカード通させろ。話はそれからだ」
ふっ、深夜までログインしてても入社以来続けていた無遅刻記録、こんなことで途切れさせてなるものか。
☆
「で?あんた、何がしたかったの?」
上司に青銅の蛇———人間名、龍野起源さんが手を貸してくれって言ってるんですけど、かまいませんね!?と聞いてから、再び奴のパーティーションの中に舞い戻った訳だが。
「何が、と申されましても。あ、お茶どうぞ」
手渡された湯のみには、程よい熱さの煎茶が淹れられており、ずずっと啜ると鮮やかな香気が口腔を満たした。
「あんがと…。あ、美味し。いい茶葉使ってるじゃない。なに?玉露?」
いいお茶と言えば玉露しか知らん。
「いえ、会社支給のティーバックですよ。ただ、料理スキルを使って入れさせていただきました。いやー、日本に赴任してから、食うものすべて美味しくって。ついには自炊も始めましてね。いやもう、スキルレベルがあがるあがる。おかげさまで、料理系スキルのレベルはすべてカンストです」
…スキルを有効利用してやがる。
私はごく普通の家庭料理が関の山なのに。
しかも味は微妙。
くそ。
私だってゲーム内の調理スキルが現実で使えれば、ミスター○っ子が裸足で逃げ出して某陶芸家な美食家と新聞記者夫婦が土下座でメニューに加えさせてくれって言いにくるわよ。
「で?」
「あ、はい、実はですね」
相変わらず話し始めると止まらないコイツの話を叩き切って、本題に戻させる。
興が乗ると、コイツは職場の飲み会でも話が止まらんのだ。
「えー、とですね。要は、貴女にVR版に参加していただきたかったのですよ」
「ふーん。で、いったんログインするともう戻れないとか?よくある話よねー。で、チート能力くっつけてくれるんだー?」
「え?ええ、よくご存知で。こちらとしても精一杯の事はさせていただきますので、ぜひともおいでいただけたらなーと」
…冗談だったのにマジだった。
ハハハこやつめ。
いきなり異世界に一方通行のログインさせる気だったんか。
ブチ死なす。
「あ、あの。他の方は嬉々としてご参加してくださいましたが…」
ん?なにそれ。
「みんなって、誰よ」
「え、と。阿多楽さんのお作りになったギルドのメンバーの方々ですが…」
…は?
☆
VR版『ALL GATHERED』世界内―――モルダヴィア大砂漠。
ゲーム内での主な舞台である、様々な国が存在するエウローペー亜大陸の東端であり、この地よりはるかに北へと伸びるリフェアン山脈へと続く台地の終端で、これより南はポントス暗黒海と呼ばれる海へと至る。
人跡未踏の地とされるアフローラシア大陸の様々な脅威から、神が創り賜うた人の住む地を守るために存在する緩衝地帯であると言われている。
この砂漠を越えるには、何事も無ければ、と言う但し書きが付くが、徒歩であればおよそ30日。
馬などの乗用生物を用いたとしても2週間はかかるとされている。
だが、この砂漠に歩を進めて、まともに戻ったものは少ない。
昼の厳しい日差しは肌を焼き、高地ゆえの薄い大気は体液すら日中の気温で沸騰する。
そして夜は氷点下を下回る極低温が旅人を襲う地獄の旅程となる。
このような極悪な環境の砂漠を抜けて無事なものなど、まともな生き物ではない。
事実、極まれに、魔獣と呼ばれるモノが砂漠を渡ってくるのだ。尋常な生物である事は無く、全てが恐ろしい魔力を秘めた、魔法生物とも呼べる物たちであった。
だが、それらはこれまでは問題にならない数であり、こちら側にたどり着いたとしても、緩衝地と亜大陸の境界に位置する砦に駐在する守備隊や、傭兵などの戦闘技能等が秀でた者達により撃退されることが常であり、危険性は低い物と認識されていた。
守護の砦があるのはそれともうひとつ。
この砂漠のどこかに、人々が恐れ敬うとされ、その存在は世界を揺るがすと伝えられる、得体の知れないモノが住み着いているという、伝承によるものであった。
それは、彼等の転生した異世界においては現実であり、そして今、その大砂漠へと続く手前の荒野に、数多の軍勢が集結していた。
東の果てから、魔物の大群が砂漠を超えてやってくると言う神託を得たためである。
軍勢と呼んでも差し支えないと言うその規模に、参加した国家騎士達は一様に暗い表情であった。
一匹や二匹ならば、騎士たちも尻込みする事は無かったであろう。
事実、これまで単体でやって来ていた魔獣は、彼らによって殲滅されているものも多い。
しかし、群れをなして迫る魔獣相手では、個人の継戦能力では戦線を維持できないと考えられていた。
戦略も戦術も通用しない相手。
故に今回、国家間の利益やら駆け引きなどを無視した、生存圏の守護と言う大義の元、常備軍である騎士や王軍、貴族達の領兵、更には傭兵まで雇い入れ、果ては近年冒険者ギルドなるものをいつの間にか設立、運営を始めた“何でも屋”と揶揄されるヤクザ者まで動員されている。
各国軍の騎士や兵たちは忠誠のため、名誉のため、国家のため、傭兵たちは主に金のため、命をかけて戦うつもりであるが、果たして冒険者などと言う者どもが何処まで役に立つのやらと、どの陣営も訝しんでいた。
そんな折、斥候として先行している者からであろうと思われる合図が、地平線の彼方に打ちあがった。
「信号弾、と言う奴でしたか」
「予め取り決めておけば、色や数で遠くからでも分かるな。まあ、実際の戦事の際に、どこまで役に立つか…」
某国の国家騎士たる男二人が、彼方に見える縦に伸びた数条の煙を見つめていると、若干低い位置に配備されている冒険者の一団が、ざわつき始めた。
「おーおー、赤い赤い。三本全部赤か」
「びっくり!!君の信号弾も真っ赤っ赤!と言ったところでしょうか」
「そのまんまだな、捻りが足らん」
その中でも一際目立つ、竜人の男とダークエルフ女性の2人が嘆息しながらその視線で彼方に輝く信号弾を眺めていた。
「赤赤赤で魔獣接近・頭数マシマシ・戦意マシマシって事でしたか」
「だな。せめてどれかは黄色か白であって欲しかったがな」
信号弾の意味を再確認するかのように口にしたダークエルフ女性に、顎の下の鱗と皮の境目付近をボリボリと掻きながら応えると、竜人は背後に向き直ると声を張り上げ配下の面々に告げた。
「ネタを交えて遊ぶ事もできないこんな世の中じゃ」
「ポイズン」