第34話 胃袋を握った者が勝利を掴むらしいですよ?メシマズは先ずレシピをよく読んでその通りに作る事からはじめてくださいね?
カレアシンらのお話を外伝的に書いて、シリーズ化してみるテスト。
交易都市ルグドゥヌム。
綿織物の一大産地であり、ゴール王国において有数の規模を誇る交易都市でもあると同時に、エウローペー亜大陸で最も古くに造営されたとされる、三柱の大神の一柱、|世界をの始まりを生み出した独神であるギヌンガルプを祀る神殿が建っており、宗教都市としての一面も持っている。
「ってのが取り敢えずの次のおっきな街の概略。そこを過ぎて更に北に行くとグレートグレープの栽培と酒造りで有名なディバイオンで、東に行くと初源同盟の盟主都市トゥリクムだね。んで、ルーテティアはディバイオンから西に向かった先に有る訳よ」
熊子により、最初の目的地であるルーテティアへのルート上の、取り敢えずの目的地とその周辺都市の紹介が、シアに対して行われていた。
真っ青な空を見上げ、そこに浮かぶ真っ白い翼を広げて旋回するハイジとその乗騎であるヒポグリフのシュニーホプリを見つめながら、シアは熊子の言葉に頷き、口を開いた。
「グレートグレープ?って何?」
聞きなれないようなそうでもない様な果物らしき生産物の名前を尋ね返すシアに、熊子は「やっぱそこに食いつくのね」と苦笑しながら詳細を語る。
「一粒がスイカくらいデカイ葡萄の産地なんよ。それで造る酒がまた…」
じゅるり、とよだれを拭う素振りを見せる熊子に、轡を並べて進むクリスが同意して割り込んできた。
「ああ、あれは美味いな、アレはいい酒だよ。毎年の収穫祭には、新酒飲みたさで周辺の貴族が大集合するって言われるくらいさね」
この世界、酒は万民に共通の趣向品である。
老いも若きも男女のべつ幕無しに酒を嗜む。
まだ子供といってもいい年齢でさえ、水で薄めた果実酒で喉を潤すほどに。
これは、多くの地域で水が飲用に適さないため、自然とそうなっていったと思われる。
そして一般に、肉体労働者達は、特に傭兵家業を生業にする者は、男女問わず大いに酒を好む傾向にある。
他の者よりもより多く飲める事が一種のステータスにもなるほどに。
そしてクリスもその例に漏れず、かなりの飲兵衛であるようだ。
新酒の時期ではないが、通り道ならば間違いなく立ち寄り浴びるように酒を飲みたがるだろう。
「うん、賑わうよねぇ、馬鹿みたいに。何年か前にはお酒の味云々でシャトー同士で揉め事が起きて、後援してる貴族にまで影響が及んで、戦争一歩手前まで行ったりしてたけど」
クリスの酒への感想や熊子の言う事件の例は、それなりにシアの興味を引いたようである。
「酒で戦争とか…。酒だのご飯だの、美食を追及するのに文句は言わないけど、それで戦争?」
馬鹿じゃない?と呆れるシアに熊子は至極真面目に突っ込んだ。
「いやいやねーちん、どこぞの国は茶で戦争してたし」
「おお、忘れてた。アレは嫌な事件だったね…」
シアと熊子、二人で語る内容は前世のとある戦争の原因の一つであるが、クリスにとっては「そんな事いつあったんだい?」的な内容であった。
「まあそれはそれとして、あれ以来襲ってくるのいなくて楽ちんだねぇ。ていうか、出なさ杉。ねーちん何かした?」
護衛に加わってくれと頭を下げられたシアたち四人は、そこまで仰るならばと仕方なく商隊の守りを固める事になったわけだが、最初の中継地点である小さな町を経由し更に大きな交易で賑わう都市へと向かい始めて既に二日。
あの巨大蠍人に襲われてから通算3日目の旅路となるが、ここまで一切の襲撃がないのである。
「襲撃が無いに越したことはないけどさ、ここまで何も無いのは極端だねぇ。普通だったら襲って来る来ないは別にして、少なくとも2~3回はそれらしい姿を見るもんなのにさ」
流石に毎日のように人々が行き来する大きな街道では、大商隊のその護衛達が逐次殲滅するし、定期的にその地を治める領主や国家が部隊を編制して危険を取り除く事から魔獣や野生肉食動物などが徘徊している事は少ないが、流石に一切姿を見ないということは無い。
今回のようなこれだけの大商隊であれば、それこそ撃退されるのが普通で、故に襲ってこない事の理由にはなるが、様子見すら無いというのは逆に何か拙い事があるのか?と思ってしまうほどだ。
先の蠍人のような凶悪なバケモノが居るために、野生の生き物は逃げ散っている、とも考えてしまう。
が、二人の心配はシアの何気ない一言で霧散した。
「ん?ああ、スキル【接近禁止命令】使ってみた」
「俺達の最強呪文…。まあいいけど、ねーちんのレベルでそれ使うと、魔王みたいな奴で無いと出てこれねえんじゃね?」
「それはそれで後々の面倒がなくなるから良いとは思うんだけど、この辺にはいないっぽいでしょ」
「まあねー」
のほほんとした雰囲気のままで、シアは種明かしをするが、熊子は「ああなるへそ」と納得してしまうだけで、驚きも何も無かった。
「魔王…って」
物語…と言っても、子供向けの英雄譚ぐらいにしか登場しない悪の象徴である。
流石にクリスもそんな存在が実際に居るとは思えないし、そんな存在がもしいたとして、じゃあ何故今この世界は存在するのか、という話になってしまう訳である。
「あー、魔王はともかく、この辺りに生息する生き物じゃあ、遠目から見るのも嫌がって近寄らないだろーね」
クリスの惚けたような反応に、熊子が一応フォローのようなモノを入れるが、スルーされてしまう。
まあそれは仕方ないと、シアと熊子は彼女が自分で消化してくれるのを待つ事にした。
要するに放置しただけであるが。
そんな中、上空からハイジが滑るように地上付近まで降りて来てふわりと着地し、そのまま三騎の横に付いてヒポグリフを歩ませ始めた。
「えと、見える範囲には危険を感じるような存在は一切居ませんでした。居たのはこの先二レウガの位置にある野営地に箱馬車が二台と、三時の方向十レウガ程の距離にマンモーの群れが食事してた、って事ぐらいですかね」
マンモーとは、ゲーム内でも出現していた長毛種の象で、初心者のパーティーにとっての美味しい経験値稼ぎ相手であった。
倒して得られる素材は巨大な象牙と毛皮だけで、ゲーム内掲示板で頻繁に「何故肉が取れんのじゃー」と運営に抗議される事が多々あった野生動物である。
そのマンモーと言う単語に、シアが一瞬キラリと眼を輝かせたが、熊子の「マンモー、肉固くて美味しく無いよ」の一言でがっくりと肩を落とし、「マンモーの肉が不味いなんて…そんな…輪切りにして端っこから食べるとかしてみたかったのに…」とひどく消沈していた。
そして、なぜドロップアイテムに肉が無かったのか、と言う理由がこんな所で得られるとはと、色々と疲れた表情のシアであった。
「まあ仕方ないじゃん。それよりハイジ、乙」
「お疲れさま、ハイジ。索敵任せっぱなしで悪いわね」
先ほどの落ち込みから瞬時に回復したシアと熊子からの労いの言葉に、ハイジは若干頬を染めて「いえ、そんな」と恐縮してしまった。
コレまで雇われて同じような仕事をしていた事は多かったが、このような言葉をかけてもらう事が少なかったからであろう。
傭兵は、常に便利使いされ、すり減らす事を前提に使い潰される事が多く、それは希少とされている飛行魔獣使いであるハイジも例外ではなかったからだ。
消耗しにくいように配置はされるが、だからといって大事にされる訳でもない。
精々が同じ魔獣使いの仲間からの一声程度で、それ故に同じ魔獣使い同士のハイジとクリスは、そう長い付き合いでもないけれど、気心の知れた間柄と、お互いに感じている。
だからこのように、一つ一つの仕事に対して感謝の言葉をかけられる事は、それに慣れていない彼女に取って、新鮮で嬉しい経験であった。
そんな四人の後方から、軽やかな蹄の音を響かせてこの商隊の護衛を担っている傭兵団の騎馬が一騎、近寄って来た。
青白い毛並みの、八本足の馬———スレイプニル———に跨がった、ランツクネヒト傭兵団々長のゲオルグ・フランツベルグその人であった。
「おや、団長じゃん。おいっす」
「おいっす…っておいチッサイの。もうちょい人を敬うって事を学んだ方が良いぞ?」
他の三人を制して真っ先に反応したのは熊子であった。
その言動に、若干の困惑を感じた団長は年寄りのように小言を言うが、熊子の返事は当然従順なモノではなかった。
「ホビットに行儀よくしろとか、ドワーフに痩せろって言うようなもんだしー」
テカる頭を撫でるように、「そりゃそうだが」と納得してしまった団長であった。
そんな団長を、正確に言うと団長の乗騎をまじまじと見つめる二つの眼。
「スレイプニルかぁ…スレイプニルは持ってないなぁ…スヴァジルファリなら持ってるんだけどなぁ」
ぼそりと呟くように言うシアの言葉に反応したのはハイジであった。
「…あの、シア様?それってスレイプニルの祖とされる神獣では?」
「あー、うん。そだよ?」
まさかと思って問いかけたハイジに、あっさりと肯定する。
今更驚きはしないと思っていたハイジであったが、やはりこの方は規格外なのだなと改めて思うのであった。
「熊子と」
「シアの」
「おやつコーナー」
どんどんぱふぱふ、と言う擬音が、何処からか流れて来たのは気のせいである。
団長直々に伝令と言う、贅沢なんだか恐れ多いんだかなんだかよくわからない対応をされた四人に告げられたのは、この先にある野営に適した場所で、昼飯を取ろうと言う連絡であった。
通常ならば、明るいうちに出来るだけ距離を稼ぐために昼は取らないか、取ったとしても移動しながらの簡易食が多いのだが、そう急がなくとも次の目的地である交易都市ルグドゥヌムには夕刻の閉門までには間違いなくたどり着ける心算が立ったため、小休止もかねて食事を取ろうと言う事になったらしいのだ。
が、本当の所は、昨日一昨日と夕餉後に提供した、例のお菓子アイテムが目当てのようであった。
「いやまあ、ギルドハウスには腐る程有るから良いけどさ」
腰にぶら下げている秘密道具的な魔法の小袋から、無尽蔵のように出てくるお菓子を見つめる傭兵団のマッチョな男ども、と言う絵面が熊子としては違和感大爆発である。
取り出されたお菓子をシアが受け取り、皆に配ってゆく。
傭兵団の男どもは、シアから手渡されるお菓子そっちのけで意味ありげな視線を送っていたが、当然の如くシアは一切気にも留めない。
そんな彼女の後姿をぼけーっと眺める男どもの中に、馬鹿が一人いた。
「ありがとう、わざわざ僕のために」
受け取る際に、両手でシアの手を握り締めようとしたが、するりとかわされて微妙にバランスを崩してひっくり返る。
傍目からは、自爆した馬鹿な奴であるが、実のところはシアが女の敵認定した男、クリスの元旦那であるアンリ・デュフォーに向けて、スキルを発動したためであった。
スキル【空気投げ】。
相手の動きを誘導した上で、視線と自身の動きで相手の体制を崩すという微妙に発動したかどうかが判り辛いスキルだ。
しかしこれの熟練度を上げ、カスタマイズした場合、重さや大きさなど物理法則を無視して相手を空高く放り投げてしまえるほどの威力を持たせることが可能となって居る。
周囲の者達に、無様を晒すアンリ・デュフォーを尻目に、シアは順番にお菓子を配っていった。
その中には、この商隊の代表者である商人ジェラール・ブッフらと共に顔を見せていた少年の姿もあった。
「ハイ、君にも。美味しいよっ!」
「あ、ありがとう、おねえちゃん…」
消え入るようなか細い声で謝辞を口にする少年に、シアはにっこりと微笑んで、その手を彼の頭上に差し上げてぽふんと乗っけ、ぐりぐりと撫で始めた。
「いい子ねー、うん。でも元気ないかなー?心配事でもあるのかな?何か困った事があったらおねーさんに言ってごらん、何が来たってズバっと参上ズバっと解決してあげるよー」
兄弟の居なかったシアは、弟が居たらこんな感じなのかー、いいなーと思って口にしているだけで、別に深い考えがあるわけではない。
んが、少年の方はそんなシアの言葉に目を輝かせて彼女を仰ぎ見ていた。
「…む。何ぞ面倒ごとのフラグが立ったような気がする」
あらかた食い終わった男どもが、足りぬとばかりに熊子へと押し寄せる中、熊子はそんな二人の姿を横目に「ねーちん、しょたっ気は皆無のはずなのになー」などと些か無礼なことを考えながらも、何やら面白そうな状況になりそうな様子に少し楽しげにしていたりする。
「…こりゃあ脈無しかな?」
ぶちころんだ上に放置されてしまったアンリ・デュフォーは、といえば。
子供相手ににこやかに会話を進めるシアに、苦笑いしていた。
「あるわけ無いさ。なに考えてんだこの馬鹿元旦那が」
そこに姿を見せたのは、今にもこめかみの血管が破裂しそうな勢いで青筋を立てているクリスであった。
「クリス…」
「その名前をその口で言うな。お前には呼ばれたくない」
仁王立ちするクリスを見上げる形で這い蹲っているアンリが、頬に一本冷や汗を垂らし始めた。
「懲りずに未だにあっちこっちの女に手ぇ出してるそうじゃないか。私と別れた時のあの女はどうしたのさ」
白い目で見下ろすクリスに、アンリは口元をひくつかせながら、辛うじて返答した。
「あ、ああ、あれからすぐに別れたんだよ。なんでも『真実の愛を見つけた』とか言ってなぁ。年寄り貴族に囲われたはずさ」
クリスの離婚原因となった女は、どうも元旦那のアンリともすぐ別れて別の金のある貴族の男に靡いたらしい。
しかも年寄りに。
「あー、そー。ふーん、へー、ほー。私と別れてって言いに来てた時は、『あなたが一緒だと、あの人は駄目になるわ』とか言ってたけど…。あの女が一緒でも駄目になったわけだ。あっちこっちの街の娘に粉かけてるんですってね?まったく、あの時不義で訴えて切り落としてもらってれば良かったわ」
そんなクリスの言い様に、アンリの顔のひくつきがより激しいものとなっていく。
最早痙攣といってよいほどに表情筋が引きつる様相を呈してきたとき、ソレに割って入る者がいた。
「ほろっほー、ほろっほほろっほほろっほー」
「…あ、えと。鳥バー、だっけ」
乗騎溜りに纏まって、水を貰っているはずの熊子の使役獣であった。
「ほろっほー」
「ごめん何言ってるか、わかんない」
「ほろっほー」
「いや、気持ちはありがたいよ。きっとあの男を糾弾してくれてたんだよな?な?」
がっくりと地に羽根をついて落ち込む鳥バーに、気の毒になったクリスが肩に手を乗せ慰めの言葉をかけたが、鳥バーはさめざめと涙を流してなかなか復帰しそうに無かった。
「えと、クリス?で、こいつどうすればいいの?取り敢えず話の途中で逃げ出そうとしてたから抑えておいたけど」
ずっと二人の様子を見ていたハイジが、鳥バーを慰めているクリスの隙を突いて逃げ出そうとしているところを押さえ込んでいた。
足で。