第32話 戦闘シーンて難しいですよね?まあどっちかって言うと戦闘と言うよりは殲滅シーンですけれど?
にじファン終了かぁ…
「あ、ありがとうございました!このご恩は…」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですから。間に合ってよかったです」
シアら4人の前で、今にも五体投地でもしかねない勢いで感謝感激するのは、普通人の商人であろう男性である。
幾つもの大型荷馬車と一台の大型箱馬車で隊列を組んだ、商隊の責任者なのだと言う。
周囲では商隊の護衛に付いていたと思われる傭兵達が座り込み、傷を負った者達を癒しているようだ。
なんだか知らないが、やけにシアたちにねめつける様な視線を送っている。
何がどうなったのかと言うと、国境を何の問題も起きずに越えて暫く街道を進んだ時点へ遡る。
☆
「萌やせー萌やせー真っ裸に萌やせー、いたるーところに気をつけろー」
「いろんな意味でおかしいよその歌!?」
のんきに歌なぞ唄いながら、森深い街道を行く4人。
時折すれ違う馬車や旅人が居るが、総じて行き交う人の数は多いとはいえない。
「人、少ないねぇ」
「まあ田舎ですし、モノイコスを目的地として来る人なんて、そう居ませんから」
「旅をする事自体、めったに無いからねぇ、普通に生活してるとさ」
シアの、ふと口をついた言葉に、ハイジが答えクリスが同意する。
ソレを聞いて、「ああ、一生地元から出ないままって人もいるのか。さすが中世的なだけはある」と得心したシアである。
「普通に暮らしてたら、旅するのなんてせいぜい巡礼しようと思い立った人くらいじゃね?あとは生業にしてる人たちぐらいかにゃ?あっちこっち行ったり来たりするのなんて。例えば吟遊詩人に旅芸人、あとは交易商人とかと、傭兵。純粋に物見遊山で旅する人なんて、よっぽどの暇人か変わり者扱いだね」
熊子の話を耳にしながら、ギルド本部から王都までの街道に比べればかなり手抜きとはいえ、他国の街道に比べればかなり整った道であるモナイコス王国内の街道を行く。
とはいえさほど大きくは無い領土である。
早朝に出発してぼちぼちと乗騎を歩かせていても、昼前には国境にたどり着いてしまう程度の距離だ。
その国境にしても、これと言って何があるわけでもなく、街道脇に目印のように大きな石碑が置かれているだけであった。
まだ現代日本的な感覚のシアとしては、現代日本が陸続きに接する国が無いため今ひとつ国境という実感がわかず、時代劇の関所のように出入りを管理する施設が有るのだと思っていた。
そのため、国境と言う割に簡素どころの話じゃないな、という感想だけを残し、さっさとゴール王国へと足を踏み入れた。
ここから先はゴール王国であるのだが、モノイコス王国と比較すると遥かに広大と言える国である。
国としての面積も然り、経済活動や人口、そして当然軍の規模にしてもだ。
大雑把な世界地図を見せてもらい、ゲーム時とは違う国家の位置関係や支配地など、凡その関係は理解していたが、実際に移動するとなると話が変わってくる。
その事を口にし、熊子はシアへと問いかけた。
「て事でさ。のんびり行くと、明日の昼過ぎくらいに中継地の町に着けるかなって感じなんよ。今晩野営になるけど、ねーちん平気?」
「おお、野営!キャンプなんて何時ぶりかなぁ。リアル野営ひゃっはー!じゃあそこいら辺で野生祖牛かなんか狩ってこようか?。ちょっと無手も試したいしさ、そしたらお肉炙り焼き?とかして皆で食べよう!」
「いや、どこの地上最強の生物だよ。エルフなおにゃのこが素手で牛とか狩るのやめてあげて!って言うか普通に調理器具とか材料持って来てるから。ちゃんとウチが作るから」
初めてのキャンプにハイテンションなシアに、熊子も呆れ顔である。
「それにこの辺りに野生祖牛はいませんよ」
「いやハイジ、そこじゃないだろ」
のんびりとしたハイジの追撃に、思わずクリスまでが突っ込んでしまう。
そんなこんなで和やかに進んでいると、熊子の乗る奇妙な鳥類?的な生物が、ぴたりと歩みを止めて一鳴きした。
「ほろっほー」
「…いい加減、こいつが本当に使役獣なのかどうか怪しくなって来た」
鳥バーが止まった事により、他の三騎が前に出る形になったが、ほぼ同時にそれらも同じように前方に意識を向けて警戒を始めたようで、低く唸っていた。
「おお、危険察知能力はあいつらより高いってことか?」
と、若干感心した熊子である。
「あ、なんか居るとは思ってたけど、危ない奴なのかな?」
ちなみにシアは、そこに何かがいるのはとうにわかっていたが、別段危険だとは認識していなかった。
恐らくは、あまりにものレベル差により、脅威と感じなかった為の鈍感さなのだろう。
高レベルなのも善し悪しである。
「ふーんむ。ねえ、この先の道ってどうなってるの?」
「もう少し行くと森が切れて、海運都市マーシリアから綿織物で有名な交易都市ルグドゥヌムに繋がる太い街道に出るね」
熊子が顎に指を当て、視線を宙に彷徨わせながら答えると、シアは跨がっているタマちゃんの首筋をポンポンと叩き、「ちょっと急ごっか」と言った。
狐がこん、と答えるや他の三騎も気を入れなおしているのか、お互いを一瞥し、次の瞬間駆け出しはじめた。
「って、まてーい!なんで貴様は全力で後ろ向きに進むーーーー!?」
「ほろっほー?」
鳥バーと熊子は放っておいて、三騎は街道を矢のように駆けて行く。
「ハイジっ!先行して!」
「はいっ!」
シアが叫ぶや、ハイジがヒポグリフを繰り、木々の隙間を縫うように高く跳躍した。
そして、ばさりと言う羽音を残してハイジの乗るヒポグリフは空へと舞い上がった。
「クリス、ちょっと『見る』から、目ぇ閉じるけどダイジョブだからね」
言うや両目を閉じてタマちゃんへとしがみつくシアに、クリスは『視線を飛ばす』スキルを使うのかと合点した。
周囲の目視警戒を行い、狐の邪魔にならない位置でジェヴォーダンの獣を駆けさせ、自身はいつでも抜剣できるよう意識を集中する。
「いた!大型の馬車が…10、護衛の人たちが守りながら移動してる。追手は…なん…だと…?」
「どうしましたか、シア様?」
目を開いたシアは、クリスに向き直る事もせず一喝するように怒鳴り、タマちゃんへ更に急ぐようにとお願いをする。
「蠍人がなんでこんな所にっ!」
シアの指示により空へと舞い上がったハイジは、大きく翼を広げたヒポグリフの背で前方を注視していた。
「森の切れた先…アレかな?」
緑が途切れた視界の先、その片隅でうっすらと“もや”がかかるように砂煙が立ち込めている。
シュニーホプリを促し、全力で加速する。
「…見えた。…大型馬車が、およそ10。騎乗している護衛が4、その他は空の荷馬車に乗って…15以上、っと!」
目標を確認したハイジは乗騎を一気に加速させた。
先ほどまでの森の中と違い、木々が切れた平地ならば、ヒポグリフはその高速と高さを生かし、かなりの戦力となる。
それに高空からの狙い撃ちのために弓と矢は必ず携帯しているため、一方的な射撃が可能なのだ。
以前、ギルドに加入するまで使っていた弓は、今は本部の倉庫で眠っている。
育ての親とも呼べる師匠が用意してくれた武具の一つだけに大事に使ってきた武器であったし、これまで不足も感じていなかったこともあり、更新していなかった武器だった。
しかし、ギルド本部で一階売店に並ぶ品々を見て、流石に替え時かと思い立ったのである。
が、幾ら同程度の品ならば格安とはいえ、武器は高い。
小さなナイフ一つとっても、安物ならば銀貨数枚でも手に入るが、自分のような仕事を持つ者の使用に耐えうる物はソレこそ金貨が必要な品まである。
剣の方は、以前熊子にも手入れを褒められた品であるし、こちらは実質使ってないも同然で刃こぼれすらさせたことが無い。
元々騎乗しての戦闘が主なので、ソレを伸ばそうと考えたのである。
以前の弓も剣と同じくギルド謹製だったらしく、使い込んだ品とは言え下取りしてもらえる事となったのだが。
購入しようと手にした弓は、本来ならば下取り額を足したとしても手持ちの金がほとんど飛んでいくほどの価格だったが、「あ、ギルドメンバーは割引ありますよ」と店員に言われたために、ソレならばと下取りしてもらわずに、仕舞って置く事として、無事新たな弓を手に入れたのだ。
「試射以外の初使用が、こんな遭遇戦だなんてね」
鞍に取り付けられているその新品の弓に、ハイジはそっと手を伸ばした。
取り落とし防止のための細い伸縮するベルトが取り付けられたソレに、ゆっくりと矢を添えいつでも引けるようにした状態でシュニーホプリを急かす。
「追われている…?あれだけ護衛がいて?」
一個小隊ほどの人数を数える護衛たちが、必死に駆けているのを不思議に思いながらその後方に視線を送る。
「居た…何あれ!?」
商隊を追っていたのは、巨大なサソリ。
ただ普通ではないのは大きさだけではなく、その頭があるはずの部分に、人の上半身が生えている事だった。
あんなの見たことが無いと思いつつ、ハイジは手にしていた弓を構え矢を番えはじめた。
「さあ…て」
高さも速さも考慮に入れた、最大射程での牽制射撃。
出来ればサソリの硬そうな外殻が無い部分…人の姿をしたところに当たれと願いながら、矢を離った。
弓の端に滑車とカムが取り付けられ、弦がソレを介して取り付けられている、この世界では一風変わった複雑な構造の合成弓を引きしぼる。
引き始めると、途中までは硬いが引ききってしまうととたんに軽くなり、以前より的を狙いやすくなっていた。
それに、これもまたギルド謹製の、特殊な軽い素材で出来た矢。
鏃はまた別にあり、魔力を帯びたものやそうでないものと様々あるが総じて貫通力は高く、中には魔力が開放されて燃え出すものや、破裂するものなどと色々と凶悪な品々があるらしい。
今回番えた矢はギルド本部売店の店員曰く、ごくありきたりな貫通力に特化した鏃と、特殊な製法により付与された飛距離を伸ばす効果もあるという矢の組み合わせである。
狙うは商隊を襲う謎の魔獣らしきモノ。
必殺の気合を乗せて、矢は放たれた。
カン!と言う響きを残し、矢が空を裂き敵の背に突き立つのが見えた。
矢継ぎ早に次射の用意をと矢筒に手を伸ばし番える間も、相手からは視線を外さず、矢を引くや即座に射た。
すると、自分の射た矢が、その甲殻に覆われた足の隙間の柔らかい部分に突き刺さるのが脳裏に大きく映し出されたかのように感じたのだ。
「っ!?今のは!?」
ハイジの視力は、現代世界的に言えば両方共に裸眼で3.0を越えている。
とはいえ、いくら彼女の眼が良いとはいえ上空からの、しかも新しい高性能な弓矢の射程ぎりぎりの距離から、相手に突き刺さった細かい場所がはっきりと見えるはずが無い。
ココがゲーム内で再現された世界であったなら、彼女の前にはこう表示されていた事であろう。
スキル【スナイピング】“開眼”、と。
巨大な上に、頭が有る部分に人の上半身が生えていると言う出鱈目なサソリに追われていた商隊を護衛する傭兵達は、突如としてその追いかけて来ていた敵が足下に何も無かったにもかかわらず、つんのめるようにして前のめりに倒れ込んだのを見て一瞬呆然とした。
自分たちの使う、攻城時に用いる弩の矢が通らない程にとてつもなく固い外殻と、人語を解するのかどうかはわからないが、明らかに高い知能を持つと思われるその戦い方に、被害をこうむる前に逃げの一手を選んだのであるが、それ自体は腰抜けと呼ばれようと何と言われようと自分たちを卑下するつもりは無かった。
明らかに自分たちよりも格上の魔獣…いや、亜人なのだろうか。
そんなよくわからないものを相手に戦うなど、命の無駄である。
依頼された任務は、商隊を無事に交易都市ルグドゥヌム経由で王都ルーテティアへと送り届ける事。
今ココで戦って、もし戦力を消耗しようものなら、コレ以降の旅程が成り立たなくなる可能性もある。
だから、逃げた。
攻城兵器でもある巨大な弩は小型の馬車の荷台に取り付けて使用している、弩戦車とも言うべき状態で運用しているのであるが、通用しないまでも牽制にはなっていたのは救いだった。
それがあったからこそ、未だに瓦解せずに集団で行動出来ているとも言える。
だがそれもあとわずか。
矢の残りはもうたかが知れている。
しかし、西で戦が有れば行って人を切り、東で山賊団が出れば舞い戻って人を切る、自分達傭兵団が。
およそ人を切る為に居る自分たちが、得体の知れないバケモノに殺される事になろうとは夢にも思わなかった。
あのような魔獣とも亜人とも言えない、なんだかよくわからないモノなど、一部の物好きなどこかのお偉い将軍様にあやかって魔獣討伐主体で活動している小規模傭兵部隊か、最近傭兵ギルドのシマを徐々に侵食して来ているあの冒険者ギルドとか言う奴らにやらせておけば良いのだ。
そんな、嫉妬とも泣き言とも言えないような妄言を、脳裏でわめいている最中。
巨大サソリが盛大にひっくり返ったのだから、その心情はいかばかりか。
まさしく「は?」と言う感じであろう。
そして、そこに次々と矢が、ごく普通の、攻城兵器の弩ではなく、見た目はごくごく普通の矢が刺さり始めたのだから、もうたまらない。
商隊の荷馬車は後ろの事など気にしていられない為に全力で駆け抜けて行く中、後方に位置していた傭兵達を乗せた馬車は、思わず足を止めたほどに。
天から降り注ぐ矢の雨に、蠍人は身を守る事も攻める事も出来ずにいた。
初撃で固い己の身体を容易く貫いた矢は、その後ことごとくが足の関節部分へと降り注ぎ、しかもソレが見事なほどに貫通している。
そのためロクに移動も出来なくなり、手にした巨大な黒曜石の刃を振り回し、なんとか頭部への直撃だけは払いのけてしのいでいた。
が。
「ジャンジャジャーン!騎兵隊参上!!」
「ジェヴォーダン!牙を突き立てろ!」
街道の横に面した森から飛び出してきた、2騎の騎乗使役獣が肉薄し、その背に跨がる者達がそれぞれに動き、一方は乗騎の魔獣に武器を持つ腕へと齧りつかせ動きを止めさせ、もう一方は手にした片刃の剣を振り上げ、乗騎から跳んだ。
「スペースブレイド!」
そう叫び、跳躍の頂点でくるりと姿勢を変えると、剣を投げ捨てるような勢いで大きく振り、落下と共に大蠍の頭頂へと剣を叩き込んで、再び叫びを上げた。
「愛国コロニー落とし!!」
インパクトの瞬間、剣がカッ!と光を放ち、周囲を染める。
輝きが収まった後には、真っ二つにされて事切れた蠍人の、その節くれ立った足がぴくぴくと痙攣している死体だけが残っていた。
そうして、蠍人間を奇麗にサジタル面切断したシアは、剣を鞘に納めるとそのまま乗騎に戻らず、眉を顰め倒した敵の死体を見下ろして、言った。
「ポントス暗黒海の向こう側に居るって言う“設定だけ”は聞いてたけど、なんでこんな所に?」
ひとり不思議そうな顔で首を傾げていると、クリスもジェヴォーダンの獣から降り、ハイジも敵の死体を確認する為か、舞い降りてきたシュニーホプリから飛び降り駆けよって来た。
「シア様、コレって?」
言外に、自分らはこんなバケモノを見た事が無いと言っている2人に、シアは何とも言えない顔つきで、「蠍人。そういう存在とだけしか知らないわ。こんな所に居るはずが無いのに…」と呟くように言った。
その時、背後の森から凄まじい勢いで姿を現した者が居た。
「おまた」
「うん、お約束乙」
ばふん、と言う感じで森から飛び出してきたのは、やけにタンコブだらけの鳥バーとその背から顔を覗かせた熊子であった。
一応いただける所はいただこうと、熊子が手にしたナイフで蠍人の死体を分解し始めると、傭兵達がゾロゾロと近づいてきた。
そして少し遠巻きにしてこちらを伺うだけで、暫く時間が過ぎてゆく。
「おお、でけえ」
沈黙を破るように、熊子の声が響くと、皆が一斉にそちらを向いた。
熊子の手には、子供の頭程のサイズの魔晶結石が掲げられていた。
「を!?何、ウチなんかした?」
注目を浴びた熊子は思わず手にした魔晶結成を背後に隠すように持ち、何かと言うか、色々とアレだが、今やっているのはただの素材剥ぎであるので、何か問題でも?としか熊子も不思議そうに周囲を見つめるだけであった。
気まずい雰囲気の中、行き過ぎていた商隊の馬車が戻って来たようで、傭兵らの背後から蹄鉄の音が響いて来た。
「おい」
「ああ…」
周囲を囲んでいた傭兵達は割れるようにして左右に退き、そこを通って他よりは一回り大き目の、箱馬車がゆっくりと近づいてきたのである。
静かに止まった馬車から飛び出すように姿を現したのは、やけに身なりのよい小太りの男と、すらりとした体型の若い男、そして若干幼すぎる少年の3人であった。
「おお、あなた方がこの化物を退治なさってくださったのですか!?」
「あ、はあ。そうですけど」
やけに大仰なセリフと身振りで喋りだす小太りの男に、若干引き気味のシアである。
「おお、何とお礼を申し上げればよいか。いや、実に命拾いをさせていただきました。本当にありがとうございます」
シアに口を挟ませない勢いで弾丸トークで謝罪を続ける商人と思しき男をよそに、細身の青年は一礼すると少年を伴って再び箱馬車へと姿を消した。
そして冒頭へと戻るのだが。
「(いい加減、立ち去りたい)」
そろそろ先に行きますと立ち去ろうとすると、そうはさせじと恩返しを是非にといって先に行かせない。
もう気絶でもさせて逃げようかと思い始めたほどである。
「おいおい、雇い主のおっさん。それ位にしとけ、姐さん方も困ってらっしゃる」
一人の傭兵がずいと割り込むようにして商人の前に立ち、会話を止めたのだ。
「久しぶりだな、クラリッサ・モンベル。一人が気楽でいいとか言ってたお前さんが、仲良く他人と連れ立ってるとは、どういう風の吹き回しだ?」
シアの背後に視線を送り、男臭い笑みを浮かべると、一言付け加えた。
「とまあ、本心としてはこのまま行かせてやりたいんだが…。雇われてる身としちゃあ、この商人のおっさんの顔を立ててやらにゃならん。どうだろう、急ぎの旅でないならもう少し行った辺りで野営の予定なんだが、同道して飯でも食ってかないか?」
専門の料理人が雇われている、ということも付け加え、目の前の傭兵はこの辺りで手を打って欲しそうにこちらを見つめてきていた。
「(ね、クリスー。知り合い?)」
つんつんと服の裾を引く熊子に、クリスは渋い表情で搾り出すように答えた。
「…別れた前の旦那」
ぶいんっ、と振り向いたシアの瞳が、やけにwktkしていたのは気のせいでは無いだろう。
深い溜息とともに、クリスは肩を落として、シアに「同道するまで逃がしてもらえ無いでしょう。こいつはそういう男です」と告げるのだった。