第31話 やっと出発ですよ?ところで荒野を行く時の武器は何がお好み?
熊子と、その呼び出した奇妙な鳥類?的な魔獣との掛け合い漫才に、他の皆が気を逸らしている中、シアは気を取り直して、召喚アイテムを握り、天高く掲げた。
「タマちゃーん!カムッヒアーーー!!」
手の平に乗る程度の小さなメダルのようなアイテムを空に翳すと、ご丁寧にキラン☆シャキーン!と○とか/的な『金田びかり』のエフェクトが起こり、はるかな彼方から、ソレが現れた。
『コーーーーン』
空を翔るように迫るソレは、全身を金色の体毛で覆い、九つの尾を持つ、それはそれは美しい顔立ちをした、狐であった。
シアの前に降り立った狐は、身体のサイズこそ普通の狐よりも少々大きめ程度だったが、その九つの尾は体躯を倍するほどに巨大であった。
「あーん、タマちゃんもふもふ~素敵~」
ゲーム内では見ているだけであった、極上のもふもふさ加減を持つ狐に突撃するシアは、それはそれは幸せそうで、抱きつかれている狐の方も、嬉しげに彼女の頬を舐め、親愛を示していた。
「…金毛」
「白面…」
「九尾の…狐?」
熊子も呉羽も、ヘスペリスもが、あっけにとられて鳥バーの事を忘れて凝視していた。
「へえ、綺麗な狐ですねぇ。なんかやけに尻尾多いけど。シア様はこの子に乗っていかれるおつもりで?」
「乗るにしちゃあ、ちょいと小さくないかい?」
クリスとハイジは可愛らしい狐だなぁ、としか感じていないようで、シアと戯れている狐に近寄り微笑ましげにしていたが、他の3人は呆れてモノが言えない状態であった。
「…確か、九尾の狐って」
「うん、まあこの世界、ごった煮神話体系だからさ…。一応似たようなのは存在してるって事にはなってるけど…。ねーちん出鱈目だぁねぇ」
「相も変らぬ引き出しの多さ、感服です」
ゲーム内公式ウィキで存在だけは記載されていたが、未実装なのではと言われていたほどに目撃情報が無かった、最凶の魔獣の一角を占める存在である。
「アレじゃね?ユニークモンスターだとかで、ねーちんがゲットしちゃったから他の誰も見つけらんないとか」
「あ~」×2
熊子の推測に、恐ろしく納得出来てしまった呉羽とヘスペリスであった。
それはともかく、九尾の狐、レア度がどこぞの平面ガエルあつかいである。
もふもふを堪能し終えたシアはよっこらしょとばかりにタマちゃんこと九尾の狐を抱えあげた。
ちなみにシアによる名付けは『玉藻の前』で、略してタマちゃんである。
「さて、出かけましょっか」
ちょっちそこらに行ってきます的な言い方である。
「え、ちょっと。ねーちんってば、その子抱えて行くの?て言うかそのサイズだと乗れなくネ?」
「ん?ああ、当然乗せてってもらうわよ?九本の尾っぽは伊達じゃないっ!タマちゃーん」
『こーん』
熊子の疑問に即座に答えて、シアは抱えたままの狐に声をかけた。
ひと鳴きした狐は、シアの懐から飛び出ると、空中でくるりと一回転。
すると、眩い光を発しそれと共に身体が膨れあがり、あっという間に馬よりも一回り大きなサイズになって地に降り立った。
「おお、もふもふさ加減パワーアップ!」
「いや、そこ喜ぶところなん?て言うか、呼び声的に飛行機、戦車、人型に三段変形するんかと」
喜色満面といった感じのシアに、熊子が突っ込むが聞いちゃいない。
「いやいや、タマちゃんは車、飛行機、潜水艇、地底戦車の4形態に成れるから。て言うか人化も可!ま、元がすごい子だからね!えへんぷい」
言うだけ言って、そのまま巨大化したタマちゃんに飛び乗り、全身でもふもふを堪能し始めるのだった。
「(相変わらずだなぁ…)」とその場にいる者達から生温かい目で見つめられている中、どたどたと走りよってくる者がいた。
「おうおう、よかった。これから出るところか」
作業場から姿を現し駆けて来たのは、ドワーフのアマクニであった。
「どうしたのかしら?そんなに慌てて」
呉羽の疑問に、アマクニは手にしていたモノを見せ、にこりと笑った。
「遅くなったがよ、シアの嬢ちゃんのギルドカードじゃ。間におうてよかったわい」
きらりと光を反射して輝くソレは、今しがた出来上がったばかりの真新しいギルドカードであるようだ。
しかしソレは他のものとは違い、ベルトのような帯が取り付けらていた。
「ほれ、注文どおりに出来たと思うがよ、どうじゃ?」
「をを、考えてたのと寸分の狂い無し!さすがアマクニ師匠、スキル熟練度が違う」
手渡されたベルト付きギルドカードを裏表ひっくり返しつつ、シアは感嘆の言葉は吐いた。
「取り付けた状態で、横にスライドさせれば折りたたむようにして裏返す事が可能じゃし、ちゃんと取り外しもできるからの。完璧じゃ」
言われたとおり、シアはベルトのギルドカードを動かして裏返しにしたり、取り外して裏返してはめてみたりと試してみた。どちらもかちりかちりと気持ちよく固定され、裏返した際には刻印されているモノイコス王国の紋章が綺麗に浮かび上がる仕様だった。
「おお、ばっちり!よし、装着」
こればかりは旧来のバックル式のベルトで左前腕部に取り付けた。
「ぴったし。振ってもビクともしない、流石だね流石だね流石だねぇ」
「ドワーフもおだてりゃ木に登るってかよ。まあ、気ぃつけていけよ。ああ、あとお前ら」
おだてあげるシアの悪の女幹部的な言い方に苦笑して、アマクニは彼女についてゆく予定の新人二人に話しを向けた。
「はっ、はい、なんでしょう」
「ほれ、こいつ持ってけ。お前さんらの腰の物じゃあ、ちょいと不安じゃからの」
ひょい、と2人に投げ渡されたのは、二つ一組のL字型の棍棒のようなものであった。
「ん?こいつは何なんだい?」
「そいつはな、横から出っ張っている所を持って、振り回す武器じゃよ。シアの嬢ちゃん、軽く使い方見してやんな」
「ほい?りょーかい。ちょいと貸してみ?」
ハイジから奪い取るようにして、手にした武器———トンファー———を、シアは軽く振り回して見せた。
「おお、バランス良いねぇ」
柄を握り、両手で持ったトンファーをぶんぶんと振り回す。
「コレはトンファーって言うんだけど、ちょっと変わった棍棒って感じに考えておいて。こうね、打つ、凪ぐ、払う、受ける、絡めると、色々な使い方が出来るし、何より棍だから相手を殺さないで無力化するのにちょうどいいの。しっかし、トンファーは良いねぇ。琉球空手が産んだ近接武器の極みだよね。あと、アルバトロナルなアスカさん的に考えて」
ぶんぶんと言う風切り音が、ひゅんひゅん、ぴゅんぴゅんと、だんだんと入っては行けない領域に行きはじめているあたりで、熊子から駄目出しを食らった。
「だみだよ〜、ねーちん。トンファーはただ振り回すだけじゃあ駄目なんだよ。クリス、ちょい貸して?」
そうして手渡されたトンファーを持つ、が。
「あの、熊子ぉ?それ、振り回したらお腹に当たらない?」
持った時点でシアに心配された。
流石に成人女性のクリス用のサイズに合わせている為に、熊子が持つとかなり長さが余る。
「わかってない…ねーちんは何もわかってない。トンファーはトンファーとしてそこに有るだけで良いんだ」
「?」
なんのこっちゃ、と言う顔のクリスとハイジであったが、シアら他の古参メンバーはそこで理解した。
「見よっ!コレが!トンファーの神髄だ!!『トンファービーム!!!』」
「トンファー関係ねー!?」×2
手にしたトンファーを、後ろにまわしたまま、熊子はスキル【眼から怪光線@ダメージ判定あり版】を使用したのである。
「なんと言うお約束」
「嬢ちゃん、自分でやりたかったんじゃろ」
「わかります?」
あんぐりと熊子のしでかした攻撃を見ている新人に、呉羽とヘスペリスはポンと肩に手を置いて、慰めるように言った。
「…そのうち貴女達にも出来るようになるわ」
「スキル伝授なら出来ますので、ステータスが条件を満たしたら私でもシアにでも、声をかけて下さい」
「全力でご辞退させていただきたい」×2
先行きが不安になる新人2人であった。
ちなみに熊子は。
「眼がっ!眼がぁ!!」
自重無しで眼からビームを放った為に、ムスカ状態に陥っていた。
「んでわ気を取り直して、いってめいりやす」
「気をつけてね、色々と」
「本当は私達もついて行きたいくらいなのですが」
「仕事が山積みじゃからの」
ぴしっと敬礼してタマちゃんに跨がるシアに、呉羽もヘスペリスも心配そうに見送る。
しかし、アマクニの言うように、雑務が山積みなのだ。
アマクニにしても、ギルドハウスに眠っていた素材やらを弄り倒す事をしたい所だが、売り切れのアイテムの増産に手を取られて動けない。
涙ながらに送り出す呉羽に、熊子は心配するなと声をかけるが、それが更に不安を増幅してくれる。
「頼みの綱は常識人のハイジとクリスだから、しっかりシアを導いてあげてね?ほんっとーに世間知らずだからっ!」
まあ、この世界に来てまだ数日、しかも街の中を出歩いたのは昨日一日のみである。
コレからこの世界の常識を学ぶのだから、心配になるのも仕方が無い所であろう。
「はい、お任せください」
「まあ、常識はずれなのは冒険者ギルド自体丸ごとって気がしなくも無いけれど…まあ、いいさね。守る必要がないってのだけでも気楽なモンさ」
意気込むハイジと、気楽なクリスである。
見送るメンバーには、いつの間にやら目が覚めておきだして来た者たちが増え、ギルドハウスでお留守番のカレアシン以外全員が勢揃いしているようであった。
「じゃあねー、いってきまーす」
皆に向かって大きく手を振ると、シアはそのまま前を向いて、最初の目的地である、ゴール王国へと続く街道に足を向けた。
「さーて、最初の街はどんなかなー」
「一応、最初の目的地は、ゴール王国の王都、ルーテティアだね」
楽しそうに笑うシアに、熊子は告げる。
予定は未定であり決定ではないとしているため、いつでも好きな所に向かっても良いとは言われているが、一応ギルド支部のある街を回るように決められてはいるので、要は回る順番的な問題である。
「おお、麗しのルーテティア。今はどんな感じ?」
ゲーム時にも同名の都市が有り、結構な頻度で利用していたシアである。
が、今はどうなのか、と言うのが気にかかる。
「ん、と。規模自体は広くなってるかな?でも、レベルが軒並み低いから、その辺だけは気ぃつけてね」
街を歩いていて、ちょいと肩が触れたとして。
シアは何ともなくても、相手が大けがする可能性が無いとは言い切れない。
何しろ、アマクニに作ってもらったギルドカードに早速スキルをかけたシア。
そこに表示させた彼女のステータスは、と言うと。
☆★☆★
種族 ハイエストエルフ
職業 光の神 魔神 騎士王 女帝 ギルドマスター
Level 1000
HP 65000/65000
MP 65535/65535
STR 999
VIT 999
DEX 999
AGI 999
INT 999
スキル コンプリート
☆★☆★
ゲーム内で最後に確認したそのマンマであった。
「オールカンストだったもんね。いやあ、そうだろうなとは思ってたけど、実際見るとびっくりだよね」
「ウチはその動じないねーちんが好きよ、ホント」
この世界において、普通人の成人男子の各ステータスが平均50前後である。
言ってみれば、仮に普通人の男が全力で50kgの重さを持ち上げられるとした場合、シアは1tほどの物が持ち上げられる訳である。
「ステータスがコレで、スキル【増幅】とか魔法の【拡大】とか神聖魔法の【加護】とか精霊魔法の【助力】とか全部使ったら面白い事出来そうだね」
「やめてあげて、角ねーちんの胃袋に穴空いちゃうから」
人気の無い街道を進みながら、気楽に喋りあう2人を、クリスとハイジは周囲の警戒を行いながらそれとなく眺めていた。
「ねえクリス?シア様ってさ…」
「…ハイジ。深く考えない方が良いと思うぞ?」
ステータス表示を見せてもらった2人は、自分たちでついてけるのかなと、自分たちの将来に一抹の不安を抱いたりしていた。
まあ、実際考えても無駄だろうしと気を取り直したハイジは、ちょっとだけこっそり練習をしておこうと、貰ったばかりのトンファーを両手に、構えを取ってみた。
「使える、かな」
乗騎に当たらないように、軽く振り回す。
扱い自体は難しく無いように思え、それなりに楽しくなって来た所で、ちょっとお茶目な部分が出てしまった。
「…トンファービーム…」
そう口にした。
ぱしゅ。
あ、ちょっと出た。
蛍の光ほどの小さなビームだったが、まねっこで出来てしまった将来有望なハイジであった。