第29話 男なら戦う時が来るのですよ?まあ戦ってるのは今は女ですけどね?
ちょいとくどいか…。
蝶番が錆び付いているのか、わざと音が出るようにしているのか。
おそらく後者だろうなぁ、と考えながら扉を開いた熊子は奥に続く暗闇に視線を送った。
漆黒。
窓も塞がれ、扉を閉めれば一寸先も見えなくなるだろう。
そう思いながら、一歩進むと扉がゆっくりと閉まり始めた。
「でゅわっ」
視界が完全に闇に閉ざされる前に、スキル【暗視装置】起動。
周囲を見渡す。
扉には細いワイヤーかなにかが繋がれていた。
コースターの焔に反応してロックが外れるように魔法がかけられていたようで、開いたのは扉自体の立て付けをワザとそう言う造りにしているからか。
そうしておく事で扉が開くと同時に、ワイヤーが引かれ訪問が知らされ、訪問者が足を踏み入れれば扉を閉める。
実際に見れば簡単な仕組みだが、コレは確実に魔法を使える者がいる証拠でもあると、熊子は思考を変える事にした。
魔法もスキルも無い相手ではなく、それなりに使える奴がいる、と。
「ん、と」
とりあえず、足下に張られた糸を気付いて跨いだと思われないような仕草で跨ぐ。
エルフやドワーフのように、素で暗視能力を持たない種族の熊子は、スキルで補っているわけだが、コレを用いる事でそう言った暗視持ちの者と同等の視界を得る事が出来るようになる。
無論スキルであるから各自改変を行っていたりする。
熊子は改変といっても、スキル起動時のキーワード変更と、暗視スキルレベルを星明かりすら無い暗闇でも普通に見えるレベルにまで育て上げているだけだが、人によっては眼からサーチライト、などと言うネタスキルにしてしまっている者もいる。
そう言った者達は、残念な事に隠密行動には向かないが、夜間の移動などには重宝され、スキル名を【眼から怪光線】などにしている者もいるほどである。
一応見える範囲をぐるりと見渡してみたが、コレと言った入り口らしきモノが見当たらない。
怪しげな石像が倉庫の奥にポツンとあるが、見えていると思わせない方が後の事を考えると都合が良いだろうと暫く立ち尽くしていると、その像が音も無く横へと滑り、一人の黒ずくめの子供が現れてこちらにゆっくりと近寄って来た。
全身を、頭まですべてを覆うようなタイツ状の服を着ており、更には鈍色の仮面を付けているのが見えた。
そして、熊子には解った。
『おにゃのこじゃん!?』
パッと見では解らなかったかもしれないが、じっくりと見れた事が幸いと言うべきか、主に骨盤形状で性別を判断する事が出来た彼女は、心の声で絶叫した。
なお成熟しても普通人の子供と似たような体型のホビットではあるが、ホビットから言わせれば全く違うと言わざるを得ない。
どこがどうとは言い辛いが、成人している日本人が外国の方々からは子供に見える、と言うような感じだろうか。
ともかく相手の様子をそれとなくうかがいながら、いきなり攻撃される事は無いだろうと、そのまま傍観に徹していた。
その子供が背中に手を回して細身のナイフを取り出して、こちらに足音を立てずに近づいて来たのには少々気になりはしたが、常人が自分に向けてナイフを振るったとしても、ナイフが皮膚に触れてから動き出しても避ける自信が熊子にはあった。
が、そのナイフは彼女に向けられる事は無く、手にした子供が何やら呟くと、ほの明るい光を発し周囲を照らし始めた。
「(光る魔法のナイフなんてあったっけ?)」と疑問に思う熊子だが、思考を掘り下げる前に声をかけられた。
「こちらへ」
明かりが灯った事で暗視スキルは自動で解除されたが、既に周囲の環境は記憶してあるので、再び闇に戻ったとしてもどうと言う事は無かった。
それよりも目の前の少女である。仮面によってか、少女の足取りは明かりが無い状態でも覚束ないと言う事は無く、明かりが灯った今でも仮面を外さない所を見ると、暗闇を見通すアイテムではなく、光源が有ろうが無かろうが視界を左右しない———超音波による結像か、物体そのものが発する遠赤外線のみを受像する———アイテムなのだろうかと推測する。
急な暗闇や、その逆、いわゆる暗順応や明順応を利用する奇襲は受けないと言う利点と、顔を常に隠せるという事のどちらを主眼に置いて少女がこのアイテムをつけているのか、もしくはつけさせられているのか。
取り留めも無い憶測を思考しつつ、熊子は倉庫の奥、移動した石像のあった場所に開いた地下への階段を、少女の先導で降りて行った。
「俺がここ、モノイコス盗賊ギルドの元締めを任されている者だが、さて」
雑然とした様々な物が置かれた部屋のやたらと華美な装飾が施された机とセットなのか似たようなデザインが施された執務椅子に、その中年男はふんぞり返るように腰掛けていた。
熊子を連れて来た少女は、その男の背後に回り、無言を貫いている。
視線を動かさずに周囲を見回していた熊子は、気怠そうに元締めを自称した男に返事を返した。
「んー、ちょいとこの街の情報を聞きたかっただけなんだけどね。暫く腰を落ち着ける事になりそうだから」
そう告げられた男は、フンっと鼻を鳴らし呆れたように告げる。
「酒場ではやらかしたそうじゃ無いか。あいつはウチの使いっ走りとはいえ、それなりに使えたんだが?」
暗に落とし前をどうつけてくれるんだ、と言っているんだろうなぁとは気付いたが、我関せずを通す事にした。
そもそもあんなのが“それなりに”使えるレベルだ?などとは顔には出さず、熊子は話を進めた。
「突っかかって来たからやり返しただけだし。あの対格差でウチに一方的にやられてる時点で駄目じゃん」
はっ、と鼻で笑って返した熊子に、元締めはくつくつと笑う。
「結構結構。まあ、あんたがそれなり以上に使えるのは解った。ウチに入りたいって訳じゃなさそうだが?」
その問いかけに、まあねーとだけ答えたが、相手はもう一つ追求して来た。
「情報を知りたいと言っていたが、どういった内容が知りたい?モノによっちゃあ金云々じゃあ渡せんが」
「ふーん。それは予想してたけど。何?身体で払えとか?」
「基本裏家業だからな。それなりの情報は大抵表に出せないモンだ。それを渡すにゃそれなりの対価をそちらにも背負ってもらいたい。それでも良いというならば、だが」
要するに、発覚したら揃ってお縄を頂戴する事になる立場になれと、そうすればどのような情報も知る事が出来るという事なのだろうなと理解した熊子は。
「とりあえず、見せてもらおうか、そのお仕事の内容とやらを。やりたく無いのは全力で断るけど」
「…そうかい。じゃあ、こいつに案内させよう。おい」
無言で突っ立っていた少女が、中年男の傍に近寄る。
耳元に何やら告げられると、小さく頷きを返し、そのまま熊子へと近づき、ついて来いと促すように首を向けてから歩き出した。
「じゃあな。せいぜい励みな」
見送る中年男の声に、熊子は振り返りながら軽く返した。
「うん、次に会う時は本当の元締めさんに会わせてくれるんならね」
それだけ言って、前に向き直り、少女の後を追いかけて行った。
「バレバレとはな…。噂通り、見た目じゃねぇって事か?」
2人が部屋を後にしてしばらくして、ようやくぼそりと口から出た言葉と共に、男は嫌な汗をかいたとばかりに額を拭い、背もたれに身体を預けた。
「あんなのが居るなんて、冗談じゃねえぞ。…うまくあしらってくれよ」
不在の元締めに代わって面通しを行ったが、アレが裏世界でも名が通り始めた“冒険者”と言う奴かと、怖気を震う思いであった。
本心から、関わるとろくなことが起こりそうに無いと、長い盗賊家業の上で培った危機回避の勘が、全面撤退を叫んでいたのにもかかわらず、それを押し殺して熊子をとある所に押し込んでしまおうとしたのだ。その能力の高さを試したいが為に。
それが最悪の中の最悪な悪手である事に、この男はまだ気付いていない。
「で、どこ行くの?」
地下通路から出た二人は石像を再び動かし、元の位置に戻すとそのまま倉庫を出、王都の方へと足を向けた。
「…ついてくればわかる」
感情を含めない声色に肩をすくめつつ、少女の後ろを進む。
王都の大門にたどり着く前に、少女は面と黒尽くめの服を脱ぎ去り、極一般的なチュニックにハーフパンツを合わせた衣服へと変えていた。
街でよく見かける少年のような格好だな、と熊子は思ったが、それ以上に。
ただ単に下に着ていただけなのだが、歩きながら全身タイツを脱ぐと言うのは中々見物であった。
「(どこぞの伯爵だって、執事の爺に手伝ってもらってたぞ、歩きながら着替えっ!)」
などと内心感心したが、口には出さない。
脱いだ服は、元々そういう造りなのか、纏めてしまうと小さな巾着のようになり、そこに付けていた仮面を小さく丸めて放り込み、腰にぶら下げている。
その仮面も表面の色合いから、金属ではないなとは思っていたが、くしゃくしゃと丸めて仕舞えるあたり、まるでゴムのようなラテックス素材であった。
流石は魔法のアイテム———推定だが———と思ったが、先を行く少女の素顔を覗き見て、思わず“美少女ktkr”と叫びかけた。
見た感じは実に幼く、そうと確信していなければ熊子も少年と思ってしまっていただろうほどに凛々しかった。
通った鼻筋といい、すっきりとした目元といい、将来が楽しみな素材だと、熊子は微笑んだ。
熊子的には今のままでいてくれたら最高なのだが。
それはともかく、少女の後をとてとてとついて行く熊子。
やがて大門にたどり着くと、そのまますんなりと王都内へと入り込んだ。
「(結局出戻りかぁ。めんどくせ)」
どうも普段は普通にこの王都で生活を営んでいるらしく、衛兵も顔を見ただけで素通しである。
熊子は一応今現在この国の王族に公式に謁見しているメンバーがいるのでそれに付随する割り符を持っておりそれを見せて入ったが。
「別に裏家業とか言っても、一応この国に籍は有るんだ?」
「お前に言う必要は無い」
あからさまに作った声で拒絶する少女に、そんなに邪険にしないでよとシナを作るが相手に放置されずんずんと一人先へと進んで行く。
「ていうかさ。なんで男の子の格好…」
「ココだ」
言いかけた熊子を遮るように、目的地にたどり着いた事を告げる。
そこは王都の中でもかなりスラム化の激しい場所で、あまり人通りも無いところであった。
先ほどの酒場と同様かそれ以上の怪しさに、ヤバそうだなぁと頬を掻く。
が、毒を食らわば皿までとばかりに、先に進んだ少女を追いかけた。
暗い表通りを更に細い路地へと入り、先ほどの建物の裏へと回る。
少女は、扉の前に立つと、コン・ココン・ココン・コンとノックした。
暫く待つと、覗き窓が開き何者かが覗き見ているのがわかった。
「何か?」
「こんにちは、今日は何かご入用では有りませんか?」
「ああ、御用聞きか。ちょっと待て」
そんなやり取りの後に、ゆっくりと扉が開き少女を先頭に、熊子も招き入れられた。
「ふん?よそ者か」
熊子の顔を見て、最初に口にしたのがこの台詞である。
よそ者には間違いないが、高確率で住み着く予定の熊子としては、それなりに上手くやっていけないモノかなぁと思っていた。
が、目の前のオヤジはそんな気はさらさらないらしく、熊子を爪先から頭のてっぺんまで舐めるように視線を浴びせると、「ふむ」と納得したように顎を擦った。
「ココに来させるだけのタマではあるな。いい客捕まえられると思うぜ」
何の事やらと思いつつ、男の言葉に首を傾げていると、男に手招きされ部屋を出る。
ココまで連れて来てくれた少女も後に続いてくるのかと思いきや、男に「そこで待ってな。お前にゃまだはええよ、小僧」と押しとどめられていた。
「(…小僧て。おにゃのこて見てわかんないのか…)」
と、内心突っ込む熊子であるが。
しかしこの世界、幼少時の少年少女を骨格だけで見極められる者はそうそういないのである。
「こっちだ」
促されついて行った先は、先ほどの部屋から更に奥にあった階段を昇った2階であった。
階段の先にある部屋に連れてこられた熊子は、その部屋に先客がいる事が感覚だけでわかっていた。
わかっていたが、わかりたく無かった。
部屋の前には何人かの下卑た男達。
「おい、お前ら。新人だ、色々と教えてやれ」
男の言葉に扉の前に居た男らは色めき立ち、同時に部屋から姿を現したのは、わずかな布地で身体を覆った、年端も行かない少女達であった。
この世界以前。
前世において、熊子は男性で、女性に縁が無い寂しい独身男性であった。
そのうえに幼女趣味も併発してしまっており、およそ素人女性とはそう言ったかかわり合いは無かった。
であるが、やはりそこは若い男である。
時には一念発揮してそう言う所に行こうと考えた事もある。
ネットでは「非処女?ありえん!」などと書き込みをしたりしていたが、そう言った事をお仕事にしているお姉さんにお相手してもらおうかと思った事もあったのだ。
まあ、結局行かずじまいで魔法使いになってしまったのだが、その歳になる頃にはそういうお仕事をしているお姉さん方を否定する気持ちは更々無くなっていた。
自分は性癖的に無理だが、そういうおねいさんが居る事で、色々と捗る人が居る事も事実であるから。
しかし、コレは違う。
少なくともあのおねいさん達は、経緯はどうあれ自分でその世界の扉を叩いたはずである。
しかし、この娘達は違う。
「おいおっさんども」
「あ?なんだこら。口の利き方には…気ぃ…つけた方が良いですよ?」
圧倒的な“威圧”の気。
そう言ったスキルを使っている訳ではない。
熊子自身の憤りや何やらが、そのまま吹き出ているだけである。
「ここの娘達は、どうやってココに連れてこられた?」
「あ、ああ。お、親に売られた奴や、孤児なんかを攫って…ふぐぅ?」
小さな熊子の手が、目の前の男の股間に伸びていた。
「で、お前らは味見した事は?」
死んだ様な瞳で下から覗き込む。
その手の先には、男の大事な物が握られ、今にも圧壊しそうである。
「あ、ああ。勘弁してくれ…。したよ、それが仕事…ひぃっ!?」
熊子の纏う空気が、それを向けられた男に圧倒的な圧力となって襲いかかっていた。
「このロリコンどもめっ!!」
「がががっっっっ!!ぐううう…」
ぐちょり、と言う音と共に、男は白目を剥いて泡を吐きながら崩れ落ちた。
「…とりあえず、命だけは取らないでおいてやる」
股間を押さえて引きつっている男を蹴り飛ばして部屋の隅に移動させた熊子は、残る男どもにも容赦ない仕打ちを与えていった。
「十七条拳法パーンチ!」
殴った拳に痛みが伝わって来る前に素早く引っ込める事で、痛みは皆無に、そして相手には倍の痛みを与える必殺武術である。
さて、殴った部位はどこであるのかは神の味噌汁。
徹底的にある部分だけに火力を集中させ、熊子の戦闘は終了。
その後即座に、集まって来ていた少女らを全員上から下まで隈無くチェックした。
見た所外傷は無く、身体もこの世界的にはそれなりに清潔に保たれているようだ。
身に着けている衣服も、薄く卑猥な物であるが、ちゃんと洗濯をされているようで臭ったりはしない。
「【光よ彼の者の障りを示せ」
外見をざっと見た後、数少ない自身が使える神聖魔法を少女らにかける。
別名、神聖魔法【人間ドック】。
身体に差し障りの有る部分が術者の眼に見える形で現される神聖魔法である。
ゲーム時代はこの神聖魔法で他人の状態異常を確認して適当な解除方法を使用したりしていた。
煌めく光の粒が少女らを包む。
「ほっ。ヤヴァイ病気貰ったりはしてないか…」
最も懸念していた、感染症の類いには罹患していなかったが、熊子の眼には、それ以外の事実が示されていた。
とある部分の、裂傷。
「…命も取った方が良かったかね?」
いまさら止めなんて気はさらさらないので放置だが、変態紳士を中の人に持つ以上、至高の存在に手を出す輩などのさばらせておくわけにはいかない。
男の手足を一応縛り、娘達にはセイクリッドブライトネス《輝きを》をかけ、ここでしばらく待つように言う。
先ずはこの子達の安全の確保である。
その後は…。
まあ、後顧の憂いが無くなる様になればいいよね、と熊子は考えた。
扉を開け、部屋を出る。
すると、そこにはここまでの道案内をしてくれた少女が立っていた。
「あんた、何を考えてるんだ?」
「別に?むかついたからやった。反省もしてないし後悔もしない」
相変わらず少年のフリなのかそれが地なのか、硬い口調で問いかけてくる。
それに淡々と応えると、目を大きく見開いて呼吸を止めたように固まった。
「んじゃ、どいてくれる?通れないから」
「…あんな事したら、お前だけじゃなくて、あの子達にもとばっちりが行くに決まってる。何てことをしてくれるんだ…」
「うっせ。どけ。とばっちり食らわないようにつぶしに行くんだよ。邪魔するならお前からつぶすぞ。お前つぶすトコないけど」
「え、なんで…?」
「ん?何でおにゃのこだってのがばれたかって?そんなもんわかって当たり前だろう、変態紳士的に考えて。」
当然じゃん、というドヤ顔の熊子に、いみがわからないよ、といった顔をした少女。
とりあえず「どいてくれる?」とどこかのアルビノ的少女風味で促す熊子に、少女は「盗賊ギルドの幹部達の居場所なら、知ってる」と告げた。
今は不在と言う事になっている元締めはともかくとして、他の幹部連中の行動半径は凡そ把握しているというのだ。
「連絡役だったからね。子供だから怪しまれにくいし」
「んじゃ、とりあえずそいつらの居場所教えて。ちょっと〆てくる」
少女からギルド幹部連中のアジトを聞き、ここ王都に来てから歩き回って脳内に描いていた地図に書き込んでゆく。
「んー、まるっと巡回すると小一時間、ってトコかな?」
「ぼ、僕も…」
連れて行って欲しい、と言うつもりだったのだろう。が、即座に熊子に遮られる。
「足手纏いはいらない。レベルをもう300くらい上げてきてから出直せ」
「れべ…なに?」
そういえばレベルって言う概念が無いんだったなー、と思い直して懐から四角いカードを取り出す。
「これ持って、王城そばの宿に泊まってる呉羽ってのを尋ねな。そんで、適当に状況話してここに人寄越すように言ってくれ」
それがお前さんに出来る、やって貰うと助かる事柄だと告げ、熊子は姿を消した。
「消え…た?」
スキル【認識阻害】発動。
熊子は静かに歩き始めただけだ。
この建物の中には他に人の気配が無いのだけを確認し、外に出て教えられた場所を、一つ一つ隈なく巡った。
とりあえず、たどり着いたところに居る奴らを一通りぶちのめす事にした熊子。
最初は先の酒場のすぐ傍にあった、ごく普通の民家であったが、覗いてみると如何にもなおっさんが戦利品だろうか銅貨や銀貨をじゃらじゃらと数えていた。
「へっへ、今回も稼がせてもらったぜ」
はい、どう見ても悪の盗賊です、本当にありがとうございました。
そして熊子は立ち上がり叫んだ。
「待てい!」
「何だ!?」
「地上に悪が満つる時、愛する心あるならば、熱き魂悪を断つ。人それを真実とゆう」
「誰だ貴様!!」
「貴様らに名乗る名前は無いっ!」
見敵必殺!戦闘開始!
「暗・黒・ジャコビニ流星ラーーーッシュ!!」
「うぎゃー!?」
鞭を思うままに操るスキルを起動させた熊子は、相手を絡めとると、何度も何度も地面に天井に壁にと叩き付け、瀕死状態にしてからふんじばって捨ておいた。
「次行ってみよう」
次の目的地にたどり着く寸前、その目的地からちょうど姿を現した如何にもな風体の男が次の標的となった。
「必殺!通りすがりのシャイニング・エルボー!からの、ストライク・スリー!!」
「ギャー!?」
脇を通り過ぎると見せかけて、近接格闘スキルを発動。
光り輝く肘打ちを相手の脇腹にぶち込み、腹を押さえたその両腕をクロスさせるように脇に抱え込み、その交差した肘部分を、思い切り膝蹴りしつつ、その勢いのままに後方へ宙返り。
無論、抱え込んだ腕は放さずにである。
その結果、受け身も取れずに頭頂部から地面に叩き付けられる羽目になった男は、即戦闘不能となった。
「うーん、いきなり襲い掛かってぶちのめすのは些かこっちが悪者な感じが無きにしもあらずんば虎児を得ず!」
「さくさくいくよーーー!関節技こそは王者の技よ!」
「な?何奴!?」
「バグベアード・脇固め!」
「ぎゃーーー!」
「バグベアード・チョークスリーパー!」
「うぎゃーーー!」
「バグベアード・フェイスロック!」
「ぎにゃーーーー!」
「バグベアード・アキレス腱固め!」
「ひぐぃいいいいい!」
「バグベアード・バックブリーカー!」
「ひぎゃああああ!!」
「バグベアード・腕ひしぎ逆十字!」
「ぬわーーーー!」
「そして最後に、バグベアード・スピニングトーフォールド!」
「ひぎいいいいいいいい!!」
☆
「てな事を繰り返してぇ、その日のうちに盗賊ギルド壊滅させてやった」
「無茶しやがって…」
武勇伝を別に誇らしげにでも無く淡々と語る熊子に、シアは皮肉っぽく返すに留まった。
実際の所、本当の本気だったらスラム街が消滅していたかもしれない。
「で、その時の男の子っぽい少女が、アウローラ?」
「そそ。んで、実はそのとき既に元締めだった」
「は?」
「元締めだった。正確に言うと、元締め殺して成り代わってた」
ギ・ギ・ギ・と音がしそうな滑らかとはほど遠い、ぎこちない動きで傍らのアウローラを見るシア。
「お恥ずかしながら…私、当時既に幾つかのスキルを持っておりまして…」
その頃、この街で母と共に暮らしていたアウローラは、その転生者である父、ダイサーク譲りの能力と幾つかのスキルにより、幼少の頃から街ではそれなりに名の知れた“少年”として知られていた。
母の手伝いや、街の職人らから様々なお使いを頼まれ小遣い稼ぎをして家計を助けていたのだが、いつの頃からか盗賊ギルドに眼を付けられ、取り込まれてしまっていたのだ。
本人にその気はなくとも、母の事を言葉尻に出されては、言いなりになるしか方法は無かった。
幸い、と言うのか。
美しくなり始めた娘の身を案じ、母親がアウローラを男の子に見せかけて育てていたと言う事も有り、あくまで男として扱われた。
普通ならば体力的な面からバレそうなモノであるが、既にその時点で彼女の体力や腕力は並の大人を越えていたのである。
言いなりになる屈辱の日々を過ごすうちに、自身の能力が盗賊ギルドの男達よりも上だと感じ始めていた。
そして、盗賊ギルドの元締めに見込まれ直属となり、幹部への指示はアウローラに伝令させるようになった頃。
アウローラは決行した。
元締め殺害を、だ。
それは誰にもばれる事無く行われ、元締めは身の安全を確保する為に姿を隠したと言う事になった。
元締めの死亡を隠すため、アウローラは元締め代行を指名した。
あくまでも元締めからの伝言と言う形でだ。
それまでもあまり姿を見せず、命令の伝達も部下にやらせていた為に、誰も疑う事は無かったのである。
これで、自分は自由になれると、そう思っていた。
しかし、むしろ頭を抑える者が見えなくなった為に、他の者が好き勝手をやり始め、アウローラへの呼び出しは増えて行くばかりだった。
自身の行動の失敗を痛感したアウローラは、次の手を考えてはいたが、身体能力はともかく知識と経験が無い彼女に打てる手はロクに無く。
一人一人こっそりと、元締めの時のようにやるしか無いのかと考え始めた頃。
そこに、熊子がやって来たのだ。
自分では、幹部一人を殺すのに結構な時間と騒ぎになっていただろう。
それは他の幹部の知る所となり、同じ手は使えなくなる。
元締めのように、暗く深いアジトに籠りっぱなしの者などは居なかったせいだ。
一夜にして自由を得たアウローラと少女達は、親元に無事に帰されるもの、あるいは設立される事になった冒険者ギルドに雇われる者、様々であったが、おおむね平穏な生活へと戻って行った。
「おかげさまで王都はそれまでとは比較にならないほど安全で暮らしやすくなりました」
しかし、と言葉を区切るアウローラ。
「地元の裏社会を牛耳ってた輩が一掃されて、いろんな所からちょっかいが増えて来た…とか?」
それまで聞きに徹していたハイジが横から口を挟んだ。
「はい、空白となったこのモノイコス王国の裏側を飲み込もうとする輩が徘徊するようになりましたが…」
自身と、何より熊子の尽力で、今の安定を勝ち取ったのだと。
「そーゆー事。だから、今はまともな盗賊ギルドだよ。何を持ってまともって言うのかは知んないけど」
無法状態よりも、それなりに管理された裏社会の方が、まだマシ。
必要悪と言う奴であるが、昔のような搾取や無法は行っていない。
むしろ、それらから守る為の、アンチ盗賊ギルドと言える。
「ですから、ご安心ください。この街を、裏側から守るのが私達です」
アウローラは、毅然とした態度でシアに向かい礼をとった。
「ん。任せた。まあアレね、必殺○事人な訳ね?」
「ねーちん…ぶっちゃけ過ぎ」
ちなみにアウローラの母君は、未だにダイサークを想っているらしいです。