第28話 RPG的な酒場とかって実際にあると入り辛そうですよね?地元密着型の居酒屋にすらそうなのに…ねぇ?
うーむ…。
題名がどんどん遠ざかる気がする。
タイトル変更した方がよいのだらうか。
御意見お待ちいたしております。
「はー、ちょっとびっくりした」
「めっちゃ驚いてたくせに」
汗も掻いていないのに額をぬぐうしぐさをするシアに、とりあえずといった感じで突っ込む熊子。
「(しかしあの子、中の人女性じゃなかった?)」
「(あー、確かにそうだったけど、その実更に中身はおっさんだったしねぇ)」
ダイサークという名のホビットは、中の人は元女性である。
そりゃシアだって驚くと言うものだ。
まあ、熊子と逆の性癖を持っていたのだから、そういうお相手が出来てそういう行為をして子供が生まれる、という点で驚いたわけであるけれど。
しかしながら熊子の言う通り、ショタ趣味であったその人は、リアル女性でありながらその反応と言うか対応と言うか発言傾向と言うか、その辺りがまるでおっさんだった。
思い返せばオフ会でシアが初めて会った際、第一印象は「あ、普通」という思うほどに普通のどこにでも居る三十路のお姉さんだったが、飲み始めてからは「ああ、なるほど」と思わせるお人柄を見せ始めたのである。
『マスター、可愛いねぇ、お姉さんといい事しない?』
などとあちこち触り始めたものだから、呉羽とヘスペリスに迎撃されたと言う事もあった。
まあ、女性同士だったので問題にはならなかったが、呉羽は『私だって我慢してるのに』と除名する気満々だったという。
酒の上での事だし、別に実害は無いからというシアの言葉でひとまず収まったと言う過去がある。
それはともかくと、シアは跪いたままのアウローラに「そういうの良いから立ちなさい」と促した。
「ギルドのメンバーなら、私の仲間よ。お仕事とかで上下はあっても、普段はそんな風にかしこまらなくて良いから」
同じようにしゃがみこんで、アウローラに視線を合わせる。
いくらかの逡巡の後、彼女はシアと共に立ち上がり、居住まいを正すと胸に手を当てて安堵するように深く息を吐いた。
「ね?前に言ったとーりっしょ」
そういって彼女の肩…には届かないので腰の辺りをパシパシと叩く熊子に、アウローラはほんのりと頬を赤らめて頷き呟いた。
「皆様が心酔するわけですね。不肖ながら私も、誠心誠意励ませていただきます」
決意も新たにそう宣言するアウローラであったが、傍から見ていた二人組みは若干呆れつつ傍観していた。
「(盗賊ギルドの元締めが励んでどうすんのさ!何か良い事があるのかい?)」
「(どうだろ…どうせ他所の盗賊ギルドと違うんじゃないの?だって、冒険者ギルドのお膝元だし)」
ぼそぼそと会話するクリスとハイジ。
確かにそれはあながち間違った意見ではないのであった。
そんな言葉は聞こえないとばかりに、シアは熊子らにここの盗賊ギルドって何やってるの?と真正面から質問した。
「で、盗賊ギルドって何やってるの?まさか、『僕と契約して盗賊になってよ』とか『ご契約してくださればお宅に盗みに入る盗賊は居なくなるでしょうなぁ』なんて事してないでしょうね。冒険者がヤクザな商売とは言え、本物のヤクザと同じようなお仕事は却下だからね?」
子会社ならぬ下部組織にそんなのは要らないわよと、にっこりと微笑んで熊子を問い詰めるシアであったが、答えは別の方角、アウローラから戻ってきた。
「ご心配には及びません。当モノイコス盗賊ギルドは盗賊とは名ばかりの、実際にはむしろ自警団に近い存在です」
その答えに、はて、と首を傾げたシアは自分が知る盗賊ギルドと言うものを例に挙げてみた。
普通、盗賊ギルドといえば、国家の支配から逃れて暗躍し裏社会を支配、そしてその支配地域において活動する盗賊やそれに類する非合法行為を生業として生活する者を統括してその上がりを徴収する、いわゆる悪の組織だ。
現代日本においてよく知られているRPG的なファンタジー世界の盗賊ギルドと言えばこれだろう、というステレオタイプを語ってみたシアである。
クリスとハイジが旅の道すがら聞きかじったところの各国各都市の同様の組織も、呼び名こそ様々だが凡その所はその認識で間違っていないと同意を得た。
さて、それではモノイコス王国ではどうなのか。
「いやあ、昔はここも酷いもんだったよ?うん。普通に人身売買とか請け負ってたらしいし」
ぽろっと熊子の口からこぼれた言葉に、シアは「はぁ?」と訝しげに疑問を呈した。
「いやさぁ、ホント結構ヤバかったよ?まあ、この国は人口少ないから経済活動自体小さくて、大金持ちなんて居ないからさ。盗賊ギルドのお仕事と言えば、契約してない商隊襲ったり、非合法の娼館営業したり、街の商店とかを脅したりして『みかじめ料』せしめたりってせこいのが多かったんだけど。それ以外の主な収入源は『人身売買』と『身代金』だって聞いてさ」
ここを拠点と定める前にも、熊子はあちらこちらの国や都市に散らばる盗賊ギルドの存在をチェックしていた。
RPG的異世界だし、ここは入っとかないといかんかなー、などと最初は気楽に考えていたが、実態はそんな生易しいものではなかった。
盗みや集りは当然のことながら、小は道端の物乞いから小銭を巻き上げるところから、スラムに迷い込んできた者の略取・誘拐から人身売買へのコンボ。そして暗殺、時として遠征まで行い他地域のギルドの支配地域から外れている小規模集落を襲うなど、悪逆非道を地で行っていた。
流石にそんな所とは縁を持ちたくないと距離を置き、モノイコス以前は専ら他の転生者仲間ら同様の野外活動を専門に行ってきたのだ。
しかし、ここを拠点と定めるのであれば、そういった事から逃げてばかりいても駄目だと奮起し、盗賊ギルドと接触を図ったのであるが。
「むかつく事ばっか言う奴らばっかりだったから、全員とっちめて王城の前に放り出しておいたんよ」
その際、『この者、人身売買犯人』などと書かれたカードを置いてくるのも忘れなかった。
「いやあ、“そっち”系の娼館に連れてかれてさ…そこで働かされてる娘たち見せられて…。久しぶりに…キレちまったよ…」
「あー、あんた変態紳士だもんねぇ。Yes Lolita!No Touch.が基本姿勢だっけ」
凄惨な笑みを浮かべる熊子に、シアは苦笑いで答え、先を促した。
「あれはねぇ、ココにギルド本部出来るかも、って頃の話にまで遡るんだけど…」
☆
この国に拠点を置くと言う話になって、熊子はとりあえずこの街の下見を行っていた。
こう言ってはアレだが、交渉などの対人スキルが壊滅的な熊子なので、そちら方面は期待されておらず、この国の人々の暮らしぶりでも見回ってきてくれと言われ放り出されたのだ。体よく邪魔だから遊んでこいといわれたのだと理解した熊子は、その通りに行動した。
町中を歩き回り、安全なところと街の暗部、ありていに言えばスラムも覗き、城下で一番怪しげな飲み屋の扉を叩いたのだ。
街の片隅に隠れるように存在するそこに、一歩一歩近づくごとに嫌な視線が増えていく事に気づいていたが、その辺は知らんぷりをして店へと足を踏み入れた。
鈍い軋み音を響かせて扉を押し開く。
扉の重さから、見た目は木だが、中に鉄板が仕込まれているな、と考えながら、より一層注意しつつ欠片も表情には出さずに店内を見回した。
後ろ手に扉を閉めようとして、いきなり扉が速度を速めてバン、と言う音を立てて閉じる。
視界の隅に居る、やけに筋骨隆々な体格をした男が扉を蹴ったのだと推測するが、関知せずに歩き始めた。
何か言いたげな顔で戸惑う大男を放置して、店の奥のカウンターに向かう。
そこではヒゲ面の貧相な男が、似合わないバーテンの恰好をしてグラスを磨いていた。
カウンターの席に飛び乗った熊子に、じろりと視線を向け、一言。
「子供かと思ったらホビットか…。まったく、紛らわしいったらありゃしねえ」
唾でも吐きそうな態度でそう言い、注文は?と聞いてきた。
「オヤジ、ミルクをくれ」
そう答えた瞬間、数少ない客からあからさまな嘲笑がもれる。
バーテンはなんら反応を見せずに、「ちょっと待ってろ」と言い、奥へと下がった。
「おじょうちゃん?早くお家に帰らないと、悪い大人につかまっちゃうよ~」
お前が悪い大人だろうが、と突っ込みたいのを我慢して、色々と言われるのはしょうがないと熊子は放置することにしていた。
実際に手を出してこようとした奴がいれば、どうしてやろうかと考えていたところに、バーテンが小さなカップを手に、戻ってきた。
「ほらよ。1グルーだ」
「…高くね?」
「俺もそう思う。嫌なら帰えんな」
同意の言葉を耳にしながら銀貨を手渡すと、バーテンはこんな店には似つかわしくない布製のコースターを敷いて、カップを熊子の前に置いた。
カップを手にした熊子は口をつけようとするが、それをさえぎるような肩越しの声に、ため息をついた。
「おじょうちゃん、ご両親には教わらなかったのかい?人前で大金を見せちゃいけません、って」
先ほど店に入る折に扉を蹴り閉めた大男が、熊子の背後に近寄ってきていたのだ。
支払の時に見せたガマ口の財布から、中に収めている金貨でも見えたのかと、熊子はめんどくさ気に顔を向けた。
「残念ながらパパママ助けてーなんていう歳じゃないんだ。あと、お前口臭いから近寄んな」
ゴミでも掃くような仕草で大男の鼻先でしっしっと手を振りしれっと言い放った熊子。
それに激昂した大男は、目の前の手を掴み、力任せに熊子を持ち上げた。
「ん?こんなちっちゃな娘を相手に何する気さ」
「このっ」
片手でぶら下げられた熊子は、それでもなお挑発するように言葉を連ねた。
周りの客達はニヤニヤと笑い、成り行きを眺めているだけで止めようともしない。
「死にやがっ!?」
ぶら下げた熊子を、全身につけた無駄な筋力で振り回し、周囲に叩き付けようと腕を振り上げたが、次の瞬間大男は台詞を言い切る前に固い木の床に打ち据えられていた。
掴まれた腕を支点に体を振り、相手の腕に巻き付くような体勢に移行した熊子が、そのまま両足でご丁寧に挟み込むように相手の頭を上下から蹴り飛ばし、その勢いを殺さぬまま、ひねった身体を大きく振り回して相手の後頭部へと膝を打ち付け、同時に肩の関節と腕の関節を脇固めに決めながら、体重をのせてささくれ立った箇所が目立つ木の床へと叩き付けたのだ。
一連の動きを全て理解出来た者がいただろうか。
格闘スキル【王・虎】完了。
「…よっと」
ぴくりとも動かなくなった事を確認して、熊子はこの程度何でもないような態度で元の椅子へと飛び乗った。
「ごちそうさま。意外に美味しいミルクだったよ」
この間、わずか1秒に満たない。
しかも、相手を伸しつつ、カップを持ったまま飲み干していたのだ。
「…またどうぞ」
「機会があったらね」
他の客らの呆然とした視線を背中に感じながら、店を出る。
追いかけてくる気配がないと言う事は、あの大男があの店で一番使える奴だったのかな?と嘆息しながら、熊子は手にしたコースターをぴらぴらと振った。
コースターの裏には、盗賊ギルドに属している者が使う記号で、とある場所が記されていた。
何かの役に立つかと覚えていた盗賊の符牒だが、やはり知っているに越した事は無かったようだ。
街の盗賊ギルドの息がかかっている店など———ああいう怪しげな酒場は大概そうだが———で、その店にそぐわない品を頼む、と言うのが連絡を取りたいと言う意味になる。
熊子はその足で目的の場所である、盗賊ギルドへの入り口…王都から離れた港湾部の倉庫へとやって来ていた。
「うわ、ぼろっぼろ。ホントに人がいるんかね?」
言いながら、目的の倉庫を見つけると、先ほどのコースターに火をつけた。
しゅぽっと一瞬で燃え尽きたそれは、何かの魔法がかかっていたらしく、その焔に反応したのか少し離れた位置にある扉が、きぃ…と鳴り、誘うようにわずかに開いた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
どっちにしても、楽勝でクリティカるけどね、などと口にしながら、熊子は暗い倉庫へと近づいて行った。




