第27話 海外に観光旅行するときはスリや置き引きに気をつけましょうね?下手をすると記念写真撮りますよカメラ貸してくださいって言われて渡したとたんにダッシュで逃げてく様な輩も居ますからね?
朝食を終え、シアは当初の予定通りハイジとクリス、熊子とを連れて王都の街を見物に出かけた。
翼人女性のナスカやらその他のメンバーもついてこようとしていたが、呉羽に拉致されて仕事を賜ったようである。
しかし王都見物、と言えば聞こえはいいが、実のところただの散歩なのだが。
見るべきものと言えば、歴史だけは古い王城であるが、そこは既に内部にまでお邪魔させてもらっている。
それ以外は特筆すべき場所など特に無く、市街を見て回る分には半日かからずに済んでしまう。
もっとも、ただそれだけでも十二分にシアは楽しげであったが。
てくてくと4人連れ立って王都までの道を歩いている際にも、すれ違う馬車を見ては興奮していたほどだ。
「うおう、荷馬車だ。おお?ちゃんと馬糞受ける袋が付いてる!って、これって凄くない?中世的に考えて垂れ流しだと思ってたのに」
「ああ、ねーちん。あれウチのアイデア商品。角ねーちんが王城に提案した美化計画の一環だよ」
この国に拠点を、と決めてからギルメンの活動は一貫していた。
楽しい異世界生活は、暮らしの基盤作りから、と。生活環境を良くする為に、皆で知識をひねり出したのである。
街の通りに馬糞などが落ちていると不潔極まりないとして、呉羽を始めとしたギルドメンバーの総意で先ず公衆衛生優先。
まあ、人の糞便すらも家の外に捨てていた中世ヨーロッパ暗黒時代の街角事情を鑑みれば、不潔であると言う事は伝染病が流行る原因となるわけだから、その辺りを強弁したのである。
むろん、自分達がお世話になる街でもあるわけだから、努力は惜しまなかった。
小国とは言え、いや、小国だからこそ、王宮のやんごとない方々は下々の者に気をかけていた。
人道的な理由も無いではないが、むしろ圧倒的に「臣民が痩せれば王家が倒れる」という考えが大半を占めていたからである。
少ない人口で多額の徴税を行いたければ、民の懐具合を肥やせばいい。
民を肥やすためにはどうすればよいか。
その辺りのノウハウが無かったために、この国は弱小のままであったのだ。
できる事からこつこつと、と言う国会議員がいたが、それは確かに百年の計で考えるならば間違いではない。
とりあえず冒険者ギルドの面々は、この国に拠点を築くと同時に、様々な改革を王家主導と言う形にして、実際には自分達で行ってきたのだ。
無論、王家の承認は得てからであるが、金は出さなくてもいいのだから、王国側も楽なものである。
ギルド本部の建設と平行して、実際に業務を行うまでの間に彼らは王国周辺の亜人や魔獣を狩り、国家鎮守の一端を担いつつ、環境改善に取り組んだ。
ギルド本部建設予定地の周辺の、廃屋やら何やらを一切合切更地にし、港から王都までの街道を新たに整備。
旧来の街道を無視してでこぼこの荒れ地だった所を手の空いている者総出で整地し精霊を使える者は土の精霊にお願いして掘り返して、地盤を固める為に打撃系スキルまで流用して叩き固めた。
砕いて粉々にした岩や砂利を敷き詰めた上から土を入れ再び叩き固める。
最後に平面を出した石板を敷き詰め出来上がりだ。
およそ2レウガ弱《約4km》ほどの整備だが、はじめこそ手間取って1チェイン《20m》も進まず掘るだけで終わってしまった日もあったが、何日かたつ頃には皆段取りもわかり手際もよく、20日ほどで完成してしまった。
王城を含む城塞都市である王都まで、港から真っすぐ一本道で行けるようにあったのである。
「海から攻められた際に敵の侵攻を助けるだけでは」などと多少文句も出たが、この国の規模では上陸された時点で負けだろうと、誰あろう王と王子が嗜めたという。
その後港の整備その他を行い、ギルド本部用地近辺は何とか形になった所で、今度は王都内部に手を出した。
前述の馬糞袋を無償で配布し、その溜まった糞を引き取ると共に少ないながらも謝礼を出し、普及に努めた。
糞買いなどとあざ笑われた時期もあったが、それを発酵させ、熟成に半年ほどかけて出来上がった馬糞堆肥による収穫量の増加により、そんな事を口にする者はすぐにいなくなった。
内実は多少異なるのだが、この馬糞堆肥、実際かなりの収穫増が見込める優秀な肥料となるのである。
いきなり売りつけても無理だろうと、その年堆肥が熟成するのを見越して、地元農家から土地を借り受けて馬糞堆肥を用いて生産を行った。
渋る農家の親父には、昨年比で二割増の収穫高と同じだけの金銭で賄うと約束し手を打っている。
素人が、と思うだろうが、そこはギルドごと大量に転生しているだけあって、元農家の転生者がいたのである。
前世で生活が嫌になったから転生したのでは?とも思うかもしれないが、むしろ嬉々として土を耕し肥料と混ぜ合わせては悦に入っていた。
その元農業従事者とは、何を隠そう、カレアシンの中の人である。
寝たきりになる前は子供の頃から一貫してど田舎で農業を営んでいたという筋金入りの農家であり、むしろ「俺は農家じゃねえ、百姓だ」と言ってはばからなかったほどであると言う。
そういう改革の先頭を切って行ったのであるが、カレアシン曰く、「土が良くない」らしく、先ずは土壌改良だと息巻いていた。
出来れば華々しい成果が街道以外にも欲しかった呉羽としては忸怩たる思いであるが、その方が後々のことを考えれば吉とでるだろうと了承し、成果を出すのは別の方面に期待する事にした。
それは、利水である。
山と海に挟まれたこの国は、ともかく水が貴重であった。
降った雨は山林に溜まり、少しずつ川となって流れ出てくるが、この国を流れる河川はさほど水量が豊富ではなく、斜度も結構あるために年間の降雨量しだいでは川が枯れる事もまれにあるという。
深めに井戸を掘れば飲用水は得られるが、岩盤が固いためにそうそう掘れる物でもなかった。
過去に作られた溜池も有るにはあるが、貯水量が大して多いともいえために辛うじて作物を枯らさない程度の役にしか立たなかったと言う。
これでは作付け面積の増加など見込めない、すなわち人口の増加が望めないわけである。
そこで呉羽は当時の全力で、精霊魔法を行使した。
『この地に実り多き土の恵みを、乾き癒す水の恵みを、草そよぐ風の恵みを、凍える夜を耐える火の恵みを』と。
精霊は快く願いを聞き入れ、この地に満ち、翌年からの大豊作を実現したのである。
しかしこれは対外的には内密とされ、カレアシンが利用している馬糞堆肥によるものであると公表されている。
ところで呉羽が全力でお願いした精霊達であるが、不思議なほどに好意的で協力的であった。
どうも、精霊は何かを傷つける為に精霊使いに呼ばれる事が多く、精霊の在り方をそのまま望まれる今回のような事が稀だと言う事で大変喜んでいたらしい。
「…戦闘で使い辛かった訳だわ」
呉羽の苦笑まじりの感想に、皆一様に納得していた。
「って事があってねぇ。以来あの馬糞袋はいい収入源の一つなのさ。もうギルドの手を離れてるけどね」
ほー、と感心するシアに、背後の二人も同様に驚きの表情を隠せずにいた。
「色々とやってると思ってたけど、そんな部分にまで手を出してるなんて…」
「んー、この国に来たのは初めてだけど、余所と何か違うと思ってたら、そうかい、そう言う所が…」
それぞれに感心し、納得していた。
「ほら、シア。見えて来たよ。こないだは馬車に詰め込まれて行って帰ってだったから、こんな風に見てないっしょ?」
熊子が指差す先には、緩く背後の山々へと至る斜面の始まりを削り取ったかのようにそそり立つ、岩肌そのままの城塞都市の姿があった。
☆
「おお〜♪」
「うれしそうね、ねーちん」
城塞都市の大門をくぐると、石造りの街並が目の前に建ち並んでいた。
グラフィックでは見慣れていたが、流石に実物の迫力は違うとシアは今にも踊りだしそうに弾んだ足取りである。
「(そりゃあ?海外旅行もした事無かったし、リアル西洋風建築なんて、修学旅行で行ったパルケエスパーニャと会社の慰安旅行で行ったハウステンボスくらいだし)」
「(まだ良いじゃん。ウチなんて前世じゃ、んなトコにすら行った事無かったよ)」
二人してボソボソと不憫自慢をしていると、クリスがひょい、と熊子の腰元に手を伸ばし、何かを掴んだと思ったとたん、足下に一人の男が引き倒されていた。
地面に倒した男の背中に掴んだ腕をひねり上げて腕ごと身体を押さえつけ、身動きを取れないようにホールドしていたクリスに、シアは小首を傾げて声をかけた。
「をや。助さんや、いったい何があったのかね」
「助さんって誰!?って、じゃなくて多分スリ。熊子ちゃ…熊子殿の腰の物に手を伸ばしてましたので、取り押さえてみましたが」
シアの意味不明な声かけに困惑するクリスであったが、瞬時に立ち直り状況を語った。
まあ実のところクリスが手を下さなくとも、もうコンマ数秒経っていれば、シアと熊子の両方から何らかの攻撃が飛び、男は無力化されていただろうが。
「今絶対ちゃん付けで呼びかけたよね?一応ウチってばクリスよか軽く年上なんだけども!?」
「まあそんな事はさておいて。ハイジ?周辺警戒はしなくていいから。あ、皆さんお騒がせしました、別にコレと言って面白い事は無いので〜」
クリスの説明を軽くスルーして、熊子はむしろ自分の事をちゃん付けで呼びそうになった点について指摘して憤慨していた。
状況を把握したシアは、取りあえず剣の柄に手を置き周囲に注意を向けているハイジにそんなに気をまわさなくても良いと告げ、集まって来た街の人間にも頭を下げて解散を促した。
「で、どうします?この男。絞めときます?」
クリスがキュイっとばかりに立てた親指で首を引き裂く仕草を見せるが、シアは別段どうこうするつもりも無く、普通に自警団にでも引き渡せば?と提案した。
が、それを止めたのは熊子であった。
問答無用で男の後頭部に手刀を落とし、意識を刈り取る。
そうしてクリスに男から離れるように言うと、どこから取り出したのか細い紐で後ろ手に組んだ両手の親指をキツく縛り上げた。
「あーうん。ウチの顔を知らないって事は、最近ココに流れて来たボケナスなんじゃないかな?」
そう言いつつ、指笛をピュイっと鳴らし、そして熊子はその男の襟首を掴んで引きずって歩き出した。
「どこに行くの?」
「ちょいと野暮用?」
自分よりも確実に倍ほど重い男を軽々と引きずって歩く熊子の後をテケテケと付いてゆくシアら三人。
暫く行くと、とある建物の扉に近づき立ち止まる。
そしてその扉をノックするやいきなり男を放り出すと、両手を身体の前でそろえ、声を上げた。
「(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!」
熊子の声に応えるかのように、その扉が開いてゆき、4人と1人を招き入れると再びゆっくりと音も無く閉じていった。
☆
「…ねえ熊子。今の何?」
「ん?合い言葉?開けゴマ、的な」
暗闇に包まれた空間で、シアは熊子に声をかけるが、しれっとした反応にいつもの事かと呆れるに留まった。
そして暗闇に眼が慣れるころ、いきなり強烈な光りが彼女らを襲った。
「お帰りなさいませ、熊子様。魔獣侵攻阻止、おめでとうございます」
穏やかな女性の声が、どこからとも無く響く中、クリスとハイジは眼を瞬かせ視界を埋めた光に対処しようとしていた。
シアと熊子は二人して、両目を押さえ「眼がぁ、眼がぁ〜」×2と悶えていたが、実のところ視界が奪われたくらいではハンデにもならないので、ただ単に遊んでいるだけのようだが。
「まあお約束よね。で、誰?あの人」
「ん?この街の盗賊ギルドの元締め」
へえ〜と感心するかのようなシアとは裏腹に、クリスとハイジは警戒態勢をとった。
声はすれども姿は見えず、とは言ってもシアには見えていたようだが。
何しろ相手がどこに居るか不明なのだし、例え熊子に連れてこられた場所と言っても、長年の傭兵生活は伊達ではないようで、中々癖と言うか習慣は抜けないようである。
そして次の瞬間。
「えっ」
「うそっ、剣が!?」
一切の気配を感じないままに、いつでも抜けるようにしていたはずの剣が、鞘ごと失われていた。
手を添えていたはずの腰の物が消失した事に狼狽した二人だが、シアはもちろんの事、熊子も落ち着いたままなので、取りあえず危険は無いのだろうとそれ以後は腹をくくり、シアの左右を守るように立ち位置を変えた。
「んー、まあそれくらいにしておいてあげてよ。まだ駆け出しだからさ」
「わかりました」
その返事が聞こえるや、いきなり熊子の前に一人の女性の姿が現れた。
すらりとした細身の女性で、二十に届くか届かないか程度の年齢だろうか。
顔つきは少し細面の、エウローペー亜大陸ではあまり見ない、すっきりとした顔立ちをしていた。
結い上げた髪にかんざしを数本挿し、身体にぴったりと張り付くようなタイトなワンピースを身に着けている、優美なたおやかさを持った女性であった。
「いつぶり?だっけ?」
「魔獣を倒しに行ってくる、と仰ってからですと三十五日目です。無事のご帰還なにより嬉しく思います」
熊子の問いかけに答えながら、手にした二本の剣をクリスとハイジに手渡す。
「失礼いたしました。お許しください」
それだけ言うと、彼女はシアに向きあい、ふわりと膝をついた。
「え??なに?」
困惑するシアをよそに、女性は視線を上げて口を開いた。
「お初にお目にかかります。私は冒険者ギルドで硬度7位をいただいております、黒水晶のアウローラと申します」
そこまで言って、彼女は感極まったかのように口元を押さえ、目を潤ませた。
「え?ちょ、何?」
突然の事に訳がわからぬシアは、微笑ましいといった風情で見守る熊子に
「説明を要求する!」と訴えた。
「んー、わっかんないか。この娘はね、ウチのギルメンの娘だよん」
「ああ、なるほど。硬度7なのに道理で知らない訳だわ…って、ええええええええええええええええぇぇぇえぇぇえぇ!?」
いや確かに転生してからのこの世界での年月を考えれば子を生していてもおかしくないし、下手をすれば孫までいても勘定的にはあっている。
であるが流石に前置きも無しにいきなりこれと言うのは想定外だったこともあり、シアは激しく狼狽した。
「父がいつも申していました。真のギルドマスターであられるシア様は、何事においても誰にも邪魔されず自由で、なんというか全てが救われてなきゃあダメなんだって考えるお方であったと。独りであってさえ静かに全ての者の豊かさを求めていらしたと…」
「うん、色々混じっちゃってるみたいだけど、元ネタ的には確かに私推奨だから良いとして。…お父さんは、今は?」
陶酔したような表情でシアに父の言葉を告げるアウローラに、シアは尋ねた。
「…っ」
一瞬辛そうな顔をした後、彼女は熊子に視線を向けた。
熊子はその視線を受け止めた上で、彼女の求めに応えるようにゆっくりと頷き行動を承認した。
「あ、その無理に言わなくてもいいのよ?ギルメンだってのはわかってるんだから、その誰かって事よね。うん、今当てるから。えっと、鳥人のガルーダさん?それとも魔人族のハイネイルさん?古代普通人のシャーキーンさんかな?あ、それとも…」
「あの、父は…」
まくし立てるシアであったが、視線を彷徨わせるアウローラに、『亡くなってるとかの聞かないほうが良かった系?』と頬を引きつらせた。
「あー、まだるっこしいね。うん、その娘の父親、ダイサークだから。うん」
「え」
ゴーレム使いのダイサーク。
ホビットでありながら、自身の俊敏性を戦闘に用いずあくまで避けに徹し、敵を攻めるのはスキルを用いて呼び出す巨大ゴーレムである。
魔獣戦時に一番槍を押し付けられた彼だ。
「あーえー。ええええええええええええええええええええええええええええええ?」