第26話 漫画やアニメとかで美味そうだなって思ったモノは何かありますか?私は男おいどんのラーメンライスですけどなにか?
朝日が昇り始めた頃、現代日本と違って日の出とともに一日が始まるこの世界では、既に日々の生活が始まろうとしていた。
一時はエウローペー亜大陸の国家全ての住人、上は王族から下は乞食に至るまでが、魔獣大襲来に戦々恐々としていたが、正式な発表は未だ無いとはいえ噂の駆け巡る速さは尋常ではないと見えて、他国ではそれとなく、そしてこのモノイコス王国では既に魔獣撃退が既成事実として扱われているようである。
預言の当日は戒厳令下か廃墟の街かと思えるほどの人通りだった城下は、今朝にはもうすでにいつものような一日が始まり喧噪が訪れているようだ。
先日ギルドハウスが沖に着水した折りに、情報流出の懸念よりも人心の安寧を優先し、流石に様子を見に海岸近くまで人を送り出して来た街の代表者らにも口止めした上で、ギルドハウスの簡単な説明と、戦闘終了までの経緯とを大雑把に伝えていた。
口約束とはいえ時期が来るまで他言はしない事と言っていたのだが、呉羽の予想通りその日のうちには城下の人々に広まったようで正に『計画通り』といった感じであった。
人の口に戸は立てられぬとはよく言った物である。
そして一安心した街の人達はと言うと、取りあえず様子見ついでに腹ごしらえ等に奔走した。
しかしながらお店と言うお店が休業していた事もあり、おかげさまでというかなんと言うか、唯一常時開いているギルド本部内店舗に足を伸ばしてやって来る者もいて、程よく人が入り、相も変わらぬ好調ぶりであったという。
心地よい朝の光がカーテンの隙間から差し込む中、シアは眠い目を擦りながらベッドから起き上がった。
「あふ…。いい天気、かな?」
ゆっくりと伸びをして、身体と意識を覚醒させる。
窓に近づきカーテンを開けてみると、朝の陽の光で輝く海と、その向こうにギルドハウスが浮かんでいるのが見えた。
「うん、中々のお天気ね」
朝の空気を思い切り吸い込んで、シアは窓を閉めて身支度を整えて部屋を出た。
今日一日は王都見物である。
が、その前に新人二人に稽古をつける約束をしているのだ。
その後王都を軽く巡ってから、支部へと出発する予定となっている。
とりあえず腹ごしらえをと思い下の階へと降りる階段を目指して歩き出すところで、ちょうど上がってきた呉羽の姿が目に入った。
「あ、おはよう、呉羽」
「おはようございます、シア。よく眠れましたか?」
起こそうと上がって来たらしく、シアの顔を見た呉羽はそのままシアと共に階段を下り始める。
「うん、よく眠れた。寝る前は遠足前の小学生状態だったから、ちょっと心配だったけど」
「無事安眠できたのならよかったわ。さ、食堂に行きましょうか。他の皆は先に食べてると思うけど」
そういいつつ、二人は一階の食堂へと向かう。
途中、三階ロビーでは既に食事を済ませたギルメンらが寛いでいたりした。
軽く手を振って声をかけてくる者達に挨拶を返して食堂へ。
そこでは既に結構な人数が席を埋め、にぎやかに食事を楽しんでいる様子が伺えた。
「ギルメンじゃない人も結構食べに来てるのね」
「ええ、港の関係者とかね。昼と夜はもう少し街の方からも人が来るわね」
「ふーん」
トレイを取りつつ、厨房が覗けるカウンターに向かう。
どこかで見たようなフードコート形態のコンセッションカウンターの前に、トレイスライダーが展開されている。
基本、好きな物を選んで取り、最後にお会計というシア的にはおなじみのシステムを採用しているようであった。
好きな組み合わせが選べるという事で、結構好評との事だ。
「うんと、昨日の朝食べたパン美味しかったしなぁ。今日は、っと」
トレイを滑らせて、カウンターに並ぶ料理を見比べる。
「朝から結構な重さの料理が並んでるよね、やっぱし」
肉団子の入った山盛りスパゲティ、厚切りパンに大きめに切られたチーズと目玉焼きのセットは基本らしく、皆手に取っている。
「そりゃ、この世界身体が資本だからぁ。食べておかないと動けないわよぉ」
シアの呟きに応えたのは、厨房の中にいた水棲人の女性だった。
陸上生活に適応するための人化を行っているために体表に鱗などは見えないが、ヒレのような耳と共に首の横には幾つかの切れ込みのように水中呼吸用のエラが見受けられ、水棲人の特徴を残している。
「おはよう、シア。調子はどう?」
にっこりと笑顔で二人を出迎えたのは水棲人の女性で、名はツィナー・ジャコビニと言い、おっとりとしたお姉さん、と言った感じである。
そして、水棲人の水棲人たる、と言えるのかどうか。
「うん、それはいいから上に何か羽織れ。ブラとショートパンツだけの恰好にエプロンとかアンタは露出狂か?」
目の前の水棲人の女性は、むっちりしているけれどもデブではないという、矛盾をはらんだ体型をしていた。
そんな体型でありながら、ブラといえばサイズの小さいビキニのトップを弛ませる様に申し訳程度に身につけ、ショートパンツはサイズ測ったのか?と思えるほどに弾けるような太ももと尻の割れ目が見え隠れしそうでしないある意味狙ってるのではないだろうかと思えるほどのぎりぎりサイズの物であった。
そこにおまけのようにエプロンをつけたら、むしろ逆にエロいよ!正面から見たらどう見ても裸エプロン状態です、本当にご馳走様でしたって駄目だろそれはと、シアは涙ながらに訴えたのである。
「いやあ、そんな気は毛頭ないんだけど、気がつくと脱いでるのよねぇ。朝起きた時はちゃんと着てきたのよ?さっきまではちゃんと着てたの、いやほんとよ?きっと私の水棲人としての身体が本能的に服って言うものを拒んでいるとしか…」
「などと供述しており。っていいから服着て!っていうか男どもも黙ってないで!?って、言ってるそばからエプロンはずすなー!お前は木山先生か!?」
「私、水棲人なのに木とか山とか…ちょっと勘弁してくれないかしら、そんな呼び方」
「うん、論点そこじゃないよね?」
シアがマジ涙目になるほどに、ツィナーの反応とその姿は目の毒であった。
しかしまあ、呉羽程ではないにしても、ヘスペリスとタメを張るほどの盛られ方をしているとある部分は、ブラの上からエプロンをつけていてさえはみ出そうでヤヴァイ。
ともあれ実際に、水棲人はその本来の生息環境上、衣服を身に着けるのを生理的に嫌う。
水中では抵抗にしかならないためだが、人化していてもその性質が残るとは、本能恐るべしである。
上着を羽織りに奥へ引っ込むツィナーの後姿を見送っていると、背後から「ちえっ、毎日の楽しみが…」などと舌打ち交じりの声が聞こえたが、シアは後ろも見ずにトレイスライダーの前に置かれたフォークを摘んで一閃。
舌打ちした男の前に置かれたトレイが、その上の皿と共にフォークでテーブルへ縫い付けられていた。
「さて、何か文句がある人。怒らないから言って御覧。大丈夫痛くしないから」
そう言ってぢゃらりん、とシアの両手の指に挟まれた食卓用金物は、たいそう怪しげな輝きを放っていたりした。
そんなこんながあったが、きちんとした調理用の白衣を羽織ってきたツィナーを見届けてから、シアは呉羽と共にテーブルを囲んだ。
「ていうか、あんな恰好でお店やってたら、そのうち風俗店か何かと間違われそうでいやよ…」
むっしゃむっしゃと見た目とは裏腹に意外な健啖さを見せるシアに、呉羽はこちらもゆったりとではあるが、かなりの量を口に運んでいた。
「流石に風俗営業をする気はないわね。うん、ちょうど良い機会かしら。ギルドの職員の子達用に、制服でも用意してあげようかしら」
「あ~、それはいいかもねー。OLやってる時は制服あると楽だったもん」
自前でスーツを買って着なきゃいけない総合職の娘たちは大変だなぁ、などと思っていたものだ。
通勤時には私服に着替える一般職に就いていた前世界においては、色々と苦労して金をかけないように、しかしみすぼらしくならないように、ダサ過ぎない様に、毎日同じ服を着て行かないようにと苦労していたのだが。
今思い返すに、制服って凄い発明だよなと感嘆していた。
「んじゃあ、その辺の要望もついでに実地で聞いてくるって事にしようか。呉羽も本部の子達に適当な案無いか聞いておいて」
常識的に考えてねって注釈を忘れずに、と付け加える。
そんなこんなをしばらく呉羽と食べながら歓談していると、熊子やハイジ・クリスも食事にやって来て隣のテーブルについて話に加わった。
「ヘスペリスは?」
外には出ていないはずなのに見当たらないダークエルフの行方を尋ねたシアに、帰って来た声は予想外の方角からであった。
「ヘスなら、弁当箱に飯詰めこんで、竜のおっさんとこに運んでったよ」
「あ~、なるほど。ってあれ?」
声の方角を向くと、吹き抜けになっている部分から更に上、三階のフロアから柵を乗り越えるような姿勢でこちらへと視線を向けている一人の女性。
「そんなトコに寄りかかってると危ないわよ。って…」
シアが言い終わる前に、その女性は体勢を崩して吹き抜けに身体を投げ出した。
が、その女性はくるりと姿勢を変えて、何事も無かったかのようにふうわりと一階にまで降り立った。
その背中の、真っ白な翼を広げて。
「食堂で羽広げないでって何度も言ってるでしょう!?」
直後にスカーンと、側頭部にツィナーの投げたお玉が直撃してぶっ倒れてしまったが。
「ん、と。あー、ナスカちゃん。久しぶり?」
「…ええんよええんよ、別に気ぃ使わんでも。格好よう登場しよう思てスカ引いたんは自業自得やし」
しょぼーんと下を向いたままの翼人女性は、若干関西弁訛りの入っている口調でシアに気遣い無用と言い張っている。
どう見ても気にかけて下さいと背中に書いているように思えてならないが。
「ふーん。じゃ、放置で。それじゃあ熊子にハイジとクリスさん?出かける用意しよっか」
「ごめーん、久しぶりやしお話ししたかったんよ。見捨てんといて?」
本当に出かけて行ってしまいそうなシアにすがりつくと、涙ながらに訴えた。
取りあえず、まだ時間もある事なので、再び席に着き直したシアはテーブルの向かいに無理矢理割り込んだ。
「元気そうで何よりやね、シア。長い事待っとったんよ?」
「いやあ、その辺に関しましては誠に申し訳ないとしか」
頬をぽりぽりとかきながらごまかすシアである。
「まあ、来てくれたんだからもう文句やらは無いんよ?ただ、ほんまにシアが来たんやなぁ、て。私らなんかよりも、呉羽ねーさんの方がどんだけエラかったか…」
「はいはい、その辺りはもういいのよ、全く。シアが困っちゃうでしょう?」
自分の事まで持ち出された呉羽は、照れ隠しなのかナスカの後頭部をぺちぺち叩いて嗜めた。
「うー、せやかて」
「まあまあ、お出かけって行っても今回はそう長く無いはずだし」
しょぼくれるナスカに、シアは宥めるように言った。
「ほら、移動用の召還獣でぱっと行ってぱっと帰って来ても良い訳だし」
「あら、駄目よ。ちゃんと関所を通らないと」
さくっと行って帰ってこようと言うシアに、呉羽が止める。
魔獣侵攻戦後に戻って来る際には通らなかったのに何故に?と不思議に思ったシアに、呉羽は「アレは特別」と告げた。
あんなモノで一々関所を抜けるなど、逆に問題になるに決まっているからだ。
「だから今回は関所をちゃんと通る事。通行手形は正式なのがあるから」
と言って、懐から取り出したのは、例のギルドカードだった。
「これ、この国の刻印が打ってあるでしょう?コレが身元保証も兼ねてる訳よ」
裏を見せながら、そう言えば自分の分を作ってないわよね?とシアに尋ねた。
おお、と手を打つシアに、相変わらずどこか抜けてるな、と思う昔ながらのギルドメンバー達であった。
「で、ねーちん?行けるとしたら、どんな召還獣使う気だったの?」
いろんな意味で召還獣の宝庫とも言えるシアの所持品は、未だに謎が多い。
個人的に秘匿しているとかではなく、整理していないからである。
本人ですらはっきりとは覚えていないので、魔窟と言っても過言ではなかった。
ギルドハウスの倉庫でちょこまかと動いてくれている、魔法生物が個人としても欲しい所である。
「んーとね、ずっと前にゲットだぜ!した幻獣さん?でぇ。鶴みたいな形してるの」
「鶴?そんなのいたっけ?」
「あ、鶴って言っても鳥の鶴じゃなくって、折り鶴みたいなのね」
そう言って、手をぱたぱたとさせる。
「折り鶴みたいな形…?」
誰か知ってる?と周りを見渡すが、皆否定の沈黙である。
「賢い子でねぇ、ちゃんと喋るのよ。名前はチャーイカだったかな?大っきくてねぇ、すっごい速いのよ。生まれは宇宙とか言ってたけど、そのへんはよくわかんない」
全く要領の得ないシアの説明であったが、ギルメン達は何となくわかって来た。
『ああ、幻獣殺しなのだな』と。
恐らくは実装されていなかった類いの幻獣なのであろうか。
「育つのに千年かかったんだって。大変よね」
シアさんは、相変わらずその辺りはご理解なされていない様子であった。