第25話 諸国漫遊といえばあれですよね?つかえるお供が二人とうっかり者が一人ってのが定番ですよね?
エウローペー亜大陸への魔獣侵攻は、水際で食い止められる事となった。
その最大の功労者である冒険者ギルドの面々は、それに対する褒賞を『煩わしい雑事』として辞退。
後に残るであろう煩雑で面倒な手続きや対応は、旧知であるジョセフ・ジョフル将軍に一切を任せ去っていった。
その、計り知れない戦力と神代の伝説に登場するような空を行く島と共に。
圧倒的な力で魔獣を屠った冒険者ギルドであったが、その実力を全て見せたわけではない。
しかしながら、あまりにも桁違いのな力の為に、多くの国々はその報告を真実と受け止めず、ただ単に古代の遺物を所有していたがための成果だと、そう解釈しているようである。
「まったく、どうしようもねえな」
ジョセフ・ジョフル将軍は、城塞都市【アストラカーン】に置かれた連合軍の総司令部へと帰還してすぐ、戦勝報告と共に重大な報告があるとして、各国より派遣されている大使を召集。
戦闘時における冒険者ギルドの果たした役割と、その重要性と彼らの意志、及びギルドマスターから預かったアイテムを、使用したのだ。
★
「以上がこちらで確認できた魔獣の総数です。ですが、恐らくこれを上回る数を、冒険者ギルドのみで殲滅しております」
確認できた魔獣を種別、形状、大まかなサイズで区別し、それらを分類して纏めたデータに、実際に確認できた総数を記して報告書を作成した。
出来る限り真実に近い、嘘偽りの無い情報を記載し、相手がいかに強敵であったかということを知らしめたかったのだが…。
その数を、過小に報告してさえ、実際に目にした者でない限り、真実とは思えないだろう。
大地を埋め尽くす、魔獣の、その出鱈目な数。
空中からの監視でさえ、大地の色がわからなくなるほどであった。
地平線をはるかに越えた所まで、全て魔獣で埋まっている。
普通、そんなことは想像の範囲外であり、文章で報告したとしても、誰も信じないだろう。
俺だって立場が逆ならば一笑に付したかもしれない。
そして、その数を撃退できた、と聞いたならば、まさしく出鱈目な報告だと責任者を処罰したかもしれない。
しかし実際に魔獣は駆逐され、モルダヴィア大砂漠にその屍を晒している。
種類によっては貴重な素材となるものも多く、様々な魔獣の部位を持ち戻っている分に関しては、その存在を否定のしようが無いだろう。
が、しかし、あの3体の幻獣が薙ぎ払った魔獣どもは、塵となってしまっていた。
炎に焼かれ灰と成るもの、瞬時に凍結して粉々に砕け散ったもの、そして、漆黒の穴に吸い込まれていった魔獣たち。
むしろ、それらの幻獣に屠られた数の方が圧倒的に多く、あとに残った魔獣の死体の方が、圧倒的な量とは言えども比較すれば明らかに少ない。
とは言え、それですら半ば以上を冒険者ギルドの連中が倒したものである。
本来ならば、倒した者に所有権があるのだが、彼らはこちらで好きにしてくれと言っていた。
その代わり、色々と面倒な事は丸投げされたが、致し方ないところだろう。
緊急展開による戦費の割り増し分を穴埋めする、多少の足しにはなろう。
そんなことを考えながら、報告の為に集まって来ている各国大使らに目を向ける。
どいつもこいつも、隙あらば相手の寝首でも掻こうかと画策してそうな連中ばかりである。
俺だとて、うかうかしていると、どうしようもない状況での些細な非をつつかれて、その対応に手間と時間を無為に費やす羽目になる。
言いがかりでも何でも、自陣側でない者の足を引っ張る事ならば、なんでもやってくると思って間違いない。
それが、目先の利益を優先する余りに、将来的な大打撃になるやもしれんと言うのに、だ。
「しかし将軍、よくもこの数を撃退できたものですな」
「左様、全軍をはるかに超える魔獣をいったい如何様にして討ち果たしたのか。ぜひともこの非才なる身にお教え願いたいものです」
全てお前達の手元にある資料に書いてある通りです、と机に置かれた資料に向けて、奴らの頭を打ち付けてやりたい衝動を覚えつつ、言葉を選ぶ。
「資料に記載した通り、討って加わっていた冒険者ギルドの戦力による所が大きい。彼等は正しく一騎当千、戦線を維持し得たのも彼等の功績と申せましょう」
そう一気に告げ、一旦切る。
胡散臭そうな視線が集中するが、全くの事実なのでこれっぽっちも揺るがない。
どうせ各国の部隊がそれぞれの国で同じような報告を…上げる、だろうか…?
もし、いや、むしろ、だ。
参加した戦での己の働きが、良きにせよ悪きにせよ、それを証明する事が出来なければ?
そして、成し遂げていないはずの功績を、眼に見える形で見せる事が出来るのならば。
戦績を我が物としたがる輩が出ないはずが無い。
魔獣の群れが殲滅されたあと、後方に配置していた者達が、群がるように巨大な魔獣の躯に集っていたではないか。
っ!俺とした事が、最早既に後手か。
魔獣の魔獣たる、核とも言うべき、魔晶結石。
これは、魔獣の脳幹部分に生成される事がある物質で、強大な魔獣でも歳若い個体では持っていない者も多く、あったとしてもせいぜい握りこぶし程度。
戦場に残されていた魔獣の死体は、まるで挽肉のようになっているモノも多く、こちらで確保出来たのは、おおざっぱな物でしかない。
牙や爪、角などの、比較的破壊されにくく、目立つ部分が主だ。
核のように小さな物は、隠そうと思えば隠し通せるだろう。
功無き者がその核を手にしていた場合、それなりに実力があるならば、その偽りの功績を否定し辛くなる。
力なき者でも、それを誰かに上奏するという手段をとれば、対価を得る事は容易いだろう。
俺も耄碌したという事なのだろうか、ギルドマスター殿に会って、浮かれていたという訳ではあるまいに。
託されたとはいえ、実のところコレを使う気はなかったのが本心だ。
あのギルドマスター殿がどのような事をコレで伝えたいのかは知らんが、俺に口頭で告げた事と大差あるまい。
…だが、あれは、あれでは、大国の威信を逆撫でするだけになりはしないか、と。
———『私は冒険者ギルドの最高責任者にして最高位の硬度10、星の金剛石シア。私たちギルドは、あらゆる国家に対して中立を保ちます。もし、何らかの手段で私たちに服従を求めるのならば、それに抗う事に躊躇いはありません。我々が追求するのは未知への道程。領土的な野心も権力闘争にも興味はありません。私たちは、恩義に報いるに命を投げ出しましょう。仇なす者には命で償わせましょう。我がギルドは不退転。何者にも屈せず、何者をも支配しない。ジョセフ・ジョフル将軍。これ以後、我がギルドの成す行為全ての責を、マスターたる私が負いましょう。貴方は直ちに国許へ戻り、その旨を国にご報告なさってください』———
彼女の声が、今もなお、脳裏に蘇る。
凛とした、彼女の姿が眼に浮かぶ。
美しい、と。
素直にそう思えたのは、いつ以来だろうか。
俺もまだ若いと思っていたが、若く美しい女性を見て、純粋にそう思えたというのは、男としてどうなのだろう。
抱きたいと思うなら、俺の中の男がまだ残っている証拠だと思えるが、この気持ちは…。
守りたい、と言う奴か。
誰かを庇護したいと思うなどとは、ここ何十年も無かったな。
そうだな、守れば良いんだ。
ギルドに不利な情勢になるというなら、俺が守ってやれば良い。
幸い俺の領地は、奴らの本拠地モノイコス王国にほど近い。
なにかの助けにはなれるだろう。
そうさ、今の俺は昔の俺のように無力な一匹狼ではない。
それなりの影響力も本国にはあるし、誰はばかる事無く使える領軍も、無傷で残っている。
抗うには十二分な力がある。
一世一代の大博打といこうか。
伏せたカードの数字は俺自身も知らないが、運命の女神様に全て預けるとしよう。
そして俺は、粗方の報告を済ませ、雑談に移りそうになって来た場を賭場にして、伏せたカードをオープンにした。
シアがモノイコス王国で王と謁見した日から、およそ五日後の事である。
☆
「という事で。ギルド支部に顔を出してみたいんだけど」
風呂から上がり、身支度を整えているところで、シアは不意に口を開いた。
「相変わらず唐突だな、ねーちん。うーん、いんじゃないの?遅かれ早かれ支部には一回くらい顔出しとかないとだし」
そこらへんのところどう?と、熊子は傍らで角を磨いて艶出しをしている呉羽に声をかける。
「ええ、かまわないわよ?そうね、何人か付いて行けば不自由もないだろうし。んー」
言いつつ、呉羽はあごに人差し指をあて、天井を見上げるように思案する。
「そうだ、ハイジとクリス、あなた達付いて行ってくれる?」
ポンと手を打ち、背後で支給されたバスタオルを用いて湯上りの身体を拭いている新人二人に話を振った。
「うわぁ、これ凄いふわふわで水すっごく吸うわ…って、はい?」
「…剣と防具以外の日用品までこんなに使えるなんてね…全部買い換えようかね…って、アタシらなんかが付いてって、いいもんなのかい?」
新人二人は顔を見合わせて呉羽に問い返す。
加入早々、えらく信頼されたものであるが、荷が重いとも感じる。
「ええ、貴女達にも良い顔見せになるでしょ。あ・と・は・熊子。あんた行きなさい」
「を?ウチ?角ねーちんが付いてくもんだとばっかり思ってたよ。なんでウチ?」
自分を指差し、意外そうに視線を向ける熊子に、呉羽は眉間に皺を寄せながら呟くように告げた。
「…あんたが一番暇なのよ」
これからしばらく、冒険者ギルドは戦の後始末やら何やら、なんだかんだで忙しいのである。
おかげ様で、ギルド本部に限らず各支部で販売している商品が、かなりの売り上げで品薄になってしまっていた。
特に魔法軟膏系は売り切れ続出で、生産に材料収集にと力を振り向けなければならないのだ。
「あー、確かに他に比べれば役に立たないか。ウチだと」
普通に考えれば、新人二人以上に役には立つが、他の者を出すという事と引き換えならば、熊子が適任となってしまうのだ。
何しろスカウトとはいえ、探索には向いてないのだ。
主に性格的な部分で。
「黒ねーちんも忙しいのか。爺連中は留守番に生産だしなぁ」
「ヘスペリスには、私のサポートについてもらうから」
「不本意ですが致し方ありません。コレも仕事です。ですから熊子、任せたからにはわかってますね?」
呉羽とヘスペリスは、副ギルドマスターとその秘書的な関係を、ここに拠点を構えてから常に行って来ていた。
なんだかんだと意見の食い違いや個人的な好き嫌いもあり、言い合うことなどは日常茶飯事であるが、仕事においてはベストパートナーであった。
「にゅ?シアに近づく糞な輩を〆とけばいいん?」
「はい、『二丁目の厩戸皇子』と前世で呼ばれた私といえど、流石に遠く離れた場所では如何ともし難いのです、残念ながら」
ヘスペリスは前世において、ニューハーフでその系統のお店に勤めていた。
その際に様々なお客を同時にお相手しつつ、全てを楽しませることが可能だったという高い接客能力と多種多様で豊富な話題とそれらを裏打ちする記憶力により、そう呼ばれていたらしい。
「恐れ多い二つ名だこと。よくもまあ臆面も無くそんなのを名乗れたものだわ」
「言い出したのは私ではありませんし。どうせならもう少し麗しい二つ名がよかったです」
互いに視線を合わせないようにあさっての方角を向いて口々にののしりあう呉羽とヘスペリス。
「ん~、相変わらず二人は仲いいよねぇ」
「いや、今のやり取りでその反応出来るのねーちんだけだと思うよ?」
そんな風呂上り、シアの飲むギルド謹製のフルーツ牛乳は、甘い。
☆
その夜、シアはギルドハウスに一旦戻り、支部の視察を行う旨をカレアシンに告げるとともにギルドハウスに関する権限の代行を委任した。
これにより、ギルドハウスの機能は全て制御が可能となるが、カレアシンの現在の総MP量の関係上、主機関の始動や主兵装の展開などは難しく、全力稼動などは到底無理であり、可能なのはせいぜいが補助機関による移動程度であるが、対人防壁などは貯留されている魔力により稼動するので心配は無かった。
自室の個人倉庫を漁ったシアは、これまでの神々しい装備から一転して、ごくごくありふれた外観の、草色をしたノースリーブの腰紐付きチュニックに膝丈の革のブーツ、腿まで覆うような長さのサイハイソックス、肘の上までの薄手の手袋を装備し、背中には腰の部分にちょこんと乗る形になるいろんなアイテムを詰め込んだリュックを背負って、出来上がりである。
絶対領域が出来ているのを確認したシアは、部屋から出るとギルドハウスの建物の前で寝転がるカレアシンの元に足を進めた。
「おう、着替え済んだか」
「うん、御免ね勝手言って」
芝生の上で寝転がる竜人の横にちょこんと腰を下ろしたシアは、カレアシンの視線の先を追うように空を見上げた。
「綺麗な星空だねぇ」
「…ああ、前の世界とは星の位置なんかまるで違うからちょいとアレだけどな」
一応こちらの世界にも、神話や伝説を基にした星座があるらしいが、その辺りはカレアシンもよくは知らない。
空気を汚す公害の無い世界で見る満天の星空は、こんなにも明るく見えるのか、とシアは感嘆していた。
「明日、王都を見物し終えたら、支部を回ってくるんだったな?」
「うん、この世界の事、何にも知らないからね。あ、そりゃあゲームの時の設定とかだったりは覚えてるけど、そういったのとはまた違うわけだし」
「ああ、俺らも結構戸惑った」
何しろ、異世界転移や転生において常道ともいえる、HP回復用のポーションを作って売りさばく、という行為であるが。
効果が高すぎたのかして、この世界に元から居る人間に飲ませると、鼻血を噴いてぶっ倒れてしまうという事態に陥った。
実験台にされたこの世界の人間というのは、言わずと知れたジョフル将軍な訳だが、ポーションを飲んだ後しばらくの間色々と滾って仕方がなかったそうである。
それに懲りて、ポーションを薄め蜜蝋などと混ぜ合わせた塗り薬的な魔法軟膏が開発された経緯があるのだった。
「ま、楽しんできな。こっちの面倒は俺らで見とく。早く顔を見たい奴らもいるだろうしな」
そういう竜人に、シアは苦笑しながら頷いた。
「それはそうと」
視界の隅をふよふよと漂う物体に、シアは視線を向けて言った。
「魔法剣さんは、カレアシンが気に入ったの?」
「さーて、どうなんだろうなぁ」
付かず離れず、竜人の側に浮かぶ剣を、シアは興味深そうに見つめる。
『気に入っタって言うカ、俺は元々普通人用の装備じゃナインよ。今ン所俺っちをマトモに使えそうナのがこノおっさんだけだって感じ?』
「さて、溶かすか」
『お待ちにナって、ご主人様ヨ。おッさんって呼称がキになるお年頃なノ?って言うか、そこノお嬢ちゃん。あんた…』
鼻の穴から不完全燃焼の炎を煙とともに吐き出しながら、魔法剣を掴んだカレアシンに、その剣が平謝りしている。
と、その魔法剣は自分に降りかかる案件を放置して、シアに対して不思議そうな声色でなにやら言いたげにしていた。
「ん?なに?」
「なんだあ?シアに命乞いか?」
それをやられると、十中八九お願いを聞いてしまうカレアシン的には、ため息が出そうになるが。
「うーん、忘れた」
「溶かすか…」
「溶かしちゃって。まったく、どこの駄剣の真似よ」
『いヤイヤ、忘れちまっタって言うより、今さっきマで考えてたのヲ消されたって感じデして、いやホンと悪気は無いんでスって』
某駄剣と比べてそう古いモノでもないのに物忘れが激しいのは、アマクニにより解明されていたが。
元々銘が入っていたと思われる部分が削られているのだが、恐らくはその際に思考を焼付けされている魔法分子結合の回路が欠落したのだろうという事であった。
下手に修理をすると、直るどころか意識自体が無くなるかもしれないと言うことで放置されていた。
そもそも、カレアシンや呉羽が触れたことによる大魔力の注入により、現意識の覚醒が成った可能性も高く、要研究という話だそうな。
「まあいいか。んじゃ後はよろしくね?」
「ああ、気ぃつけてな。なんかあったらいつでも呼べよ?」
私がやばかったらカレアシンだともっとやばいんじゃない?と笑って飛行魔法を起動させたシアに、違いない、と返す。
飛び去るシアの後姿に手を振り、カレアシンは呟いた。
「…ミニスカートはいてる時には飛ぶなって、言っておいてくれないかね、呉羽さんよ」




