閑話って言うんですかね?こういうのを一度書いてみたかったのですよ?
それは、何の前触れも無く告げられた。本当に唐突に、告げられたのである。
ありとあらゆる国々に存在する、三柱の大神を祀る神殿にて、神の御使いから預言を賜ったのだ。
神託———それは疑う余地もない未来の出来事を告げる言葉———により、魔獣の大襲来が告げられたのである。
各国は日頃の対立意識などは据え置き、その対策に翻弄された。
冒険者ギルドの本部が置かれているモノイコス王国もその範疇に漏れず、何らかの働きを担う必要があった。
であるのだが、如何せん距離があるのとなにより準備に時間がかかるために当地よりの派遣は間に合わないとして、近隣諸国で軍の派遣が間に合う国々へと、間接的な支援活動に従事する事となった。
流石に大国と言われる国などは、編成も糧食の確保も素早く、すぐ隣のゴール王国などは即座に各国と連携を図った上で、大規模な軍を組織、整然と出立して行ったという。
以前はともかく、現状経済的にさほど困窮はしていないモノイコス王国であるが、常備軍を保有していない為、同様の即応体制などは望むべくも無かった。
国土も小さく、人口も少ないうえに、これといった産業もない。
商業的に考えても大きな街道が通っているわけでもないこの国は、正直他国から手を伸ばしてまで欲しいと思わせるだけの価値がなかった。
そのため、自国の防衛は対国家ではなく対魔獣、対亜人を主眼に置いた形となり、大規模な戦闘を想定した軍事組織などは存在しなかったのだ。
陸続きになっている隣接国家はゴール王国一国だけ、というのもそれに拍車をかけていた。
ゴール王国としては、いつでも片手間で攻め滅ぼせる程度の国であった上、比較的友好国でもある。
金をかけて軍事行動を起こして占領するよりも、むしろ商品の一方的な輸出先である事と考えれば、現状維持の方がよほど利益を生むと考えられていた。
そのために長年放置されてきた、というのが正解なのだろう。
無論、王らの外交努力もあっただろうが、それはただただ下手に出て機嫌を損ねないようにするという屈辱的な行為に他ならなかった。
「だからと言って、あの頃は他にどうしようもなかった訳ではあるが」
そう口ごもるのは、由緒正しい先祖代々伝わるやけに背もたれが縦に長い椅子に身を沈めている、モノイコス王国の王である、フランチェスコ・ガルバルディ・モナイコスである。
装飾の余り無い、磨きあげられた石でくみ上げられているシンプルではあるが荘厳な印象を見る者に与える謁見の間。
その最奥の一段高くなっている場所で、王は一人物思いにふけっていた。
王の配下としての常設軍———それはともすれば国庫を疲弊させてしまうほどの散財を余儀なくされる。
純粋に対軍戦闘だけを主眼に置いた者達など、それだけにしか使い道が無い。
今現在、王国が抱えている戦力と言えば、片手に余る程度の近衛騎士と、それらの従士、王城の警備を任せている衛兵と、稀に出没する亜人や魔獣を撃退する為の、弓兵を兼任する剣士部隊ぐらいである。
総勢にして100に満たない、城下の治安維持すら、臣民らの手により自警団を組織させ行わせているという、下手な領軍にすら劣るやも知れない体たらくである。
無論、下手に軍備を整えてしまうと、お隣の軍事大国を刺激してしまうという事実もあるが、やはり一番の理由は金である。
それがある日。
愚鈍との誹りは聞かないが、賢王と言われるほどではない彼に似ず、やけに聡明に育った息子である王太子が連れて来た者達によって、様変わりする事になった。
はじめは怪しげな連中だと思い、会う事すら否定的だったのだが、王太子はそんな彼に対していつになく饒舌に、遠回しにではあったが廃位まで仄めかし、最後には頷かせたのである。
暫定的な代表者として姿を現したのは、魔人と呼ばれる容姿を持つ女性であった。
魔に触れて生まれでるモノ。
その生まれ持った高い能力故に表立って忌避される事は無いが、敬遠される事は間違いなく、いわゆる流れ者になるのが常だと言われていた。
のだが、このように一集団を纏めて率いているとは、何とも珍しい。
また、魔人として生まれた者は、魔獣同様にその身に秘めた魔に惹かれ、異形に転じたまま戻れぬ者もいるという。
そこまで行かずとも、外見はひどく醜悪になる事が多いとか。
けれど、謁見に際して着飾ったのであろうが、それを差し引い てもその女性は姿形もさることながら、麗しいと思えるほどの所作と、その瞳に宿る高い知性を示す輝きを持っていた。
まさに傑物と言う言葉を体現していたのである。
そして、何より。
妖艶とはこの事かと思えるほどの美貌であった。
傾城とも思える姿に、もしや王太子が籠絡されたのやも知れぬと密かに傍に立つ本人に問うたほどであった。
答えははっきりと否であったが。
曰く、彼女は男性に対して恐怖を覚えるのだと。
そう言って向き直った王太子は他の者には聞こえぬ声で、言った。
「彼等と知り合って、まだわずかではありますが、彼女が男性に触れるところは見た記憶がありませぬ。それがたとえ身内であっても」
内心を露にせず応対する事にこれほど尽力する事になろうとは、思いもよらなかった。
その彼女の申し出は、なにか裏がありますと言っているようにしか思えないものであったから。
曰く、冒険者ギルドなる組織を興したいので、王家としてその承認を。
その見返りとして、破格の保証金を支払う用意がある事。
さらに、収益に応じて税とは別に借款も可能だという。
また、根拠地としての施設を建設したいという事だったが、利用し難い立地であろうといかなる地味であろうとかまわないと言う話なので、それも許した。
1も2も無く承認してしまったのは、今でこそ英断と思えるが、当時は暫くの間浅慮であったかと悩んだものであった。
結果として、彼等の興したギルドは、成功した。
王太子に曰く、それでも彼等としてはまだまだ物足りないらしい。
その彼等が、神託に呼応して出兵したと聞いた時には耳を疑った。
自らの利益を優先する商人、という彼等の顔の一面をより知っていたからかもしれない。
その出立に際して、そう言えば彼等は自ら秘境に赴き魔獣を狩り、希少な植物や鉱物を、果ては幻獣が住み着く古の遺跡にまで探索の手を伸ばすというのを聞き及んだ。
それほどまでに手練ならば、足手まといにはならぬであろうと口をついたのを聞いた王太子は、珍しく吹き出して笑った。
何がそんなに可笑しいのか。
何度聞いても、それには答えてくれなかった。
そして、神託の日。
城下は静まり返り、道を行く者は自警団の者と、街の大門を守る衛兵のみ。
魔獣の侵攻に伴い、根付いている各地の魔獣が活性化するのではという噂も流れた為、自然と戒厳令のような状態となってしまっていた。
戦々恐々としながら、何らかの報告が上がるの待つが、結局その日は何事も無く陽が沈んだ。
そして、明くる朝。
陽が昇る東の空に、ぽつんと何かが浮かんでいるとの報告が、城の櫓からもたらされた。
水平線の彼方に小さく見えるそれは、間違いなくこちらに向かっているという。
それは、遥かに遠い海の彼方でありながら、確固とした存在感を示していた。
それは、巨大な城とも、岩の塊とも見えた。
そしてそれは———。
「冒険者ギルドの、モノだと?」
「はい、城に詰めておりますギルドの者が、櫓にて確認をされて、間違いないと」
王城の一室に居を構え、冒険者ギルドとの連絡役を担っている男がいる。
年嵩であるが慇懃な男で、城内での受けも良い。
常に沈着冷静で言葉遣いも至極丁寧、仕事は文句のつけようも無く、こちらの疑問や注文には即座に応え、満点以上の結果をもたらしてくるという、非の打ち所の無い優秀な男であった。
少々マイペースすぎる嫌いはあるが、それを差し引いてもこれまた傑物と言わざるを得ない人物である。
王自身もその男の事は知っており、その優秀さを目にして何度か引抜こうと高待遇を示した事があったが、残念ながら袖にされた過去がある。
何が気に入らないのかと問うた事もあったが、その男の答えはというと。
「そうですな。強いて申し上げれば、貴殿はシア様ではない、という点ですかな」
そう言って、片眉を上げた男は、いつも通りのかっちりとした礼をして、退出していった。
家臣が退出の際に付き添った折に、なぜそこまで頑なに断られるのか、と尋ねたところ、「二君に仕えずという言葉がありましてな」などと言いながら去っていったという。
そういう男の言ならば、信用出来る。
王は、さてどう対処すべきか、それを話し合おうとしたが、その前に、件の男が珍しくギルドからの連絡が入ったと伝えに来たという。
その内容というのが、冒険者ギルドの本来の責任者である女性がやっと帰還したとのことで、これまでの王国からの援助に対して是非とも礼を、いうことで謁見を求めてきたという。
状況を鑑みるに、それはあの空を飛んで来た岩の城に、すなわち冒険者ギルドの真の長が座乗していた事に他ならないのではないか。
そして、彼の者達がその帰還を待ち望んでいたという人物の人となりを知るのは早いに越した事は無く、あわよくば———。
そこまで考えて、王は頭を振って、それは悪手だと思い直した。
隣で王太子が剣の柄に手を置いているのは、脅しではあるまいと。
下手なことをしでかそうとしたら、間違いなく退位を迫られ、そして恐らくはそれは誰も止める者などなく、初めからその予定だったかのように粛々と禅譲が行われ、王は隠居という名の幽閉が良いところだろうか、などと有り得ないような有り得る未来を想像して息を整えた。
何をしようとも、王国の中では許される王たる身であるが、許されるからといって身に危険が及ばないという事ではないのである。
取り急ぎ支度を済ませ、執務室に男を呼び寄せ、入室を許した。
「突然まかりこしまして、早速のお目通り。感謝のしだいもございませぬ」
「前置きはよい。話は聞かせてもらったが、お前達の真の長が帰還を果たしたという事らしいが、真か?」
王は、ギルドがどう出るつもりなのかを計れずに居たため、真偽を問いただすという行為からはじめた。
すると男はいつも通りの表情と口調で、その通りと肯定した。
あくまでも、事務的に伝えに来ただけだといった印象である。
それならばと、王は脇に控える秘書とも呼べる書記官に一言二言尋ね、今日のところは時間が取れないために、明日此方からギルドの方に連絡を送る事として、退出を促した。
すると男はもう一つお伝えする事柄が、といつも通りの飄々とした声で告げてきた。
「魔獣の侵攻は、昨日未明に撃退が完了したとの事。本陣からの王国への報告は今しばらくかかるかと思われますが、先ずはご一報までに。然らば御免」
言い終えると男はいつものごとく見事な礼をして、謁見の間を後にした。
いつも通りの男のいつも通りの対応であったが、幾分浮かれているような色合いが口調に混じっていたと感じたのは、王達の気のせいだろうか。
そうして翌日。
朝の早い時刻に、王城からの知らせがギルドへと届く事となる。
☆
「冒険者ギルド、ギルドマスター・シア殿」
呼び出しが入場を告げる中、ゆったりとしたしぐさで一人の人物が姿を現した。
ここはモノイコス王国の王城、その謁見の間である。
磨き上げられた、石造りの大広間の中央に敷かれた真紅の絨毯の上を音もなく歩くのは、冒険者ギルドの真の長であるという、エルフの女性であった。
美しい金髪は纏められ、綺麗に結い上げられており、そのせいでその特徴的な両耳がとても目立つようになっている。
シャープなラインの柳眉にすっきりと通った鼻筋。
切れ長の目には黄金色にも見える翡翠色の瞳。
花弁のような唇は艶やかで、そこから零れ落ちる言の葉を早く耳にしたいと思わせた。
すっきりとした雰囲気のドレスを纏うその姿は、触れるや解けてしまう雪の結晶のようで。
全てが黄金比により生み出されたかのようなその姿に、王はおろか、王太子も、その他彼女を視界に入れた全ての者の思考が、溶けた。
シアがゆっくりと歩みを進め、王の前で立ち止まった。
そのまま恭しく頭を下げたが、跪かず、シアは面を伏せたまま声を発した。
「初めてお目にかかります。冒険者ギルドがマスター、最高位の硬度10を戴いております、星の金剛石シアと申します。不敬とは承知しておりますが、膝を折ることはご容赦願います」
そう言いきると、彼女は王の言葉も待たずに顔を上げた。
しゃらん、と音が鳴るような動作で彼女が立つと、周囲の空気が一変した。
先ほどまでの柔らかな感触が、今まさに肉に食い込もうかというほどの刃のそれに変わったのだ。
が、不意にそれが消え去ると、今度は何かに包み込まれるような、柔らかな気配がその場を支配した。
まるで酒精に満ちた空間をたゆたうような心持ちに皆の精神が捕われてしまい、先ほどの非礼に誰も嗜めようともしなかった。
「許す」
王が一言だけ、絞りだすように、それだけ呟いた。
とたん、何の前兆も無く、全てが元に戻った。
とはいえ、何がどう変わったのか、誰にもわからなかったが。
「御身が彼の冒険者ギルドの最高責任者と言う事であるが、真か」
その身を以て、実感しているにもかかわらず、王はシアにそう尋ねた。
ギルドマスター代行、現在は副ギルマスとなっている呉羽と顔を合わせた折りには先のようなことは起こらなかったのだから。
「はい、ギルドマスターとして、全ての責任を負う者です」
はっきりとそう言い切ったシアに、王はまた言葉を投げた。
「名は、シアだったか。シア、なんと言うのかね」
王としては、何気なく聞いた一言であったが、シアは大きく眼を見開き、静かに閉じてから、口を開いた。
「シア。ただのシアです」
これからもよろしく頼む、的な事をなんとか伝えることが出来た王は、シアの退出後どっと疲れが出たのか、玉座に倒れるようにもたれかかった。
傍らでは王太子も膝に手を置き、息も絶え絶えに身体を支えていたほどだ。
他の、謁見の間で半ば観客のように見ているだけだった近衛や文官たちなどは、更にひどい体たらくである。
両の手を床について、息を荒げている者もいれば、口元を押さえて駆け出してゆく者すらいる。
その身から発する存在感とでも言うべきモノだけで、抵抗力の低い者は体調に異変を感じてしまったのである。
「…アレ《・・》はいったい、本当にヒトなのでしょうか、父上」
「…さてのぉ。見た目は間違いなく、エルフではあったが…」
とはいえ、ただのエルフのわけが無い、と言う結論に達した親子は、即座に次の行動に出た。
王城を出る前にシアを確保し、今暫く王宮に留めて今少し深い話の出来る場を持ちたいと願ったのだ。
王城の通路を、待機していた呉羽と共に歩む所をなんとか捕捉出来たのは僥倖であった。
そのまま二人纏めて昼食に招待したところ快く受けてもらえ、今度は何故か何ら違和感のようなモノを感じずに、ゆっくりと食事と会話を楽しむ事が出来たのであった。